ガラガラと、車輪の回る音が響く。
数台の馬車が連なって移動を始めると、その周囲はにわかに騒がしくなった。
奴隷商人リルドの館は町の外れに位置しているが、大きな街道を移動しようすれば、必然、人通りの多い街中を通ることになる。
普段はそこまでおおっぴらにしないのだが、今回は幌を外して、積荷を見えるようにしているため、注目度も段違いだった。
檻の中に閉じ込められたうら若き乙女たちが、見世物のように晒され、運ばれていく様はなんとも哀れなものだったが、同情の視線は少なかった。
それは、ムトゥ王国の王権が崩壊して以来、新しく奴隷として扱われているような者は、大抵がかつての上流階級にいた者達だったからだ。
最大の原因は王族の暴走であったとはいえ、それに便乗するように己が利益を貪っていた上流階級の者達に対する恨みは強い。
民衆にとっては敵であり、憎むべき相手なのだから、その対応も当然であった。
「ほおお……あいついい身体してんなぁ」
「俺はあっちの若い娘の方が好きだな。めちゃくちゃにしてやりてぇ」
男達はおおっぴらに欲望を露わにし、遠慮容赦のない視線や言葉を奴隷たちに向ける。
身体は性的に開発され、心もしっかりと調教されてしまっている奴隷たちも、不特定多数の男達から欲望に正直な視線を向けられることには慣れておらず、男を知らない生娘のように恥じらい、檻の中で身を縮ませていた。
そんな中、先頭の馬車には幌がかけられ、積み荷の様子を窺えなくしてあった。
なぜ先頭だけ隠しているのか、疑問に思う者もいないではなかったが、その後ろに続く普通の奴隷たちや、さらに最後尾の馬車に積まれている『よくわからないもの』の存在に目を引かれ、先頭の馬車はスルーされている状態だった。
最後尾の檻の馬車に乗せられている者。
それは、全身が真っ黒で、まともな人の形をしていなかった。
売り主であるリルドにそれのことを尋ねたなら『ラバースーツを着せてヒトイヌ拘束を施した性処理用の肉奴隷だ』という応えが返ってきただろう。
ヒトイヌの彼女たちは皆、全身をラバースーツに包まれていた。
手足の先から首元まで、隙間無くラバースーツが覆っている。
頭には分厚いラバーで出来た全頭マスクが被せられ、目と鼻と口に空いた穴以外、外に露出している部分はない。
全頭マスクとラバースーツの境目は、分厚く太い金属の首輪が覆っており、どう足掻いても外せないようにされていた。
首輪からは太い鎖が伸びており、それはアナルフックと連結され、一分の緩みもなく彼女たちの肛門を引き上げていた。首輪の分厚さと太さも相成って、顔を俯けないようにしているのだ。
それだけではなく、さらに彼女たちの身体には厳しい拘束が施されていた。
ただでさえラバースーツによってラインが強調される胴体は、革のベルトで作られたボンテージが彩っており、彼女たちの身体をイヤラシく絞り出している。特に乳房にはそれぞれの大きさを際立たせる工夫が施されており、大きな乳房を持つものは根元をくびり出されて流線型を形作っていた。逆に慎ましやかな胸を持つ者には、乳房を横断するようにベルトが食い込み、頂点をあえて隠すことによって、別種の魅力を生み出していた。
ボンテージのベルトは彼女たちの股間にも食い込んでおり、微かにヒトイヌたちが身動ぎをする度に、その場所に食い込む音が周りに聞こえていた。その食い込みようは凄まじく、かなりの衝撃を見る者に与えた。
そして、彼女たちの両手両足は、小さく折り畳まれ、革で出来た袋が覆っていた。
ほとんどのヒトイヌは手足を折り畳まれていることがわかるフォルムをしているが、中には肘から先の腕や膝から先の脚がなく、本当に手足が半分ほどの短さになっていることが明らかな者もいる。
肛門に挿し込まれ、引き上げているアナルフックには、犬の尻尾を模した飾りが取りつけられていた。彼女たちがお尻を動かす度に、まるで本物犬のように尻尾が揺れる。ラバースーツを身に付けている全身が固い印象を受けるだけに、そのふわふわとした尻尾飾りはよく目立った。
そして拘束は身体だけではなく、頭部にも及んでいる。
元々全頭マスクで目と鼻と口以外ほとんど露出していないのだが、執拗なほどに拘束が施されている。
まず、目はゴーグルのようなもので覆われており、視界をかなり制限していた。レンズに使われているガラスも、透明度の高いものではない。曇りガラスとまではいかなくとも、見え方に相当影響するのは間違いない。
さらに、口には穴の開いた丸いボールのようなもので出来た口枷が噛まされている。穴から空気が出入りし、呼吸こそ出来るが、代わりに涎がだらだらとその口からは流れだしていた。躾のなっていない犬のように、涎があとからあとから零れだしている。無論、人間らしい言葉が出せるわけもなく、犬の鳴き声のような呻き声しかあげられない。
鼻の穴には小さなアナルフックが差し込まれ、フックに繋げられている鎖は頭頂部を通って首輪に繋げられており、彼女たちの鼻を無様に開かせている。その結果、多少鼻呼吸は楽かも知れないが、常に鼻の穴を広げられている痛みがある分、どちらがマシかは難しいところだ。
さらに人間の耳がある部分には耳当てが装着されており、周りの音が聞こえているのかもわからない。その代わりになのか、頭頂部を通る形で左右の耳当てが連結されており、その二つの耳当てを結ぶ部分には、犬の耳を模した飾りが着けられていた。それで周りの音が聞こえるわけもなかったが、犬としてのフォルムにより近づけられている。
そんなヒトイヌたちは、四つん這いになるのがやっとの大きさの鉄の檻に閉じこめられている。元々身動き一つ取れないであろうに、檻の各部と鎖で繋がれていて、全く動けないように拘束が施されていた。ただし、それは見た目こそ拘束であったが、結果的にそれらによって彼女たちは空中に持ち上げられることになり、四つん這いの負担が軽減されていた。
そんな状態で、馬車の上に積み上げられていた。
総数こそ十頭ほどだったが、その異様な風体の存在感は大きく、ヒトイヌ、という存在を初めてみた民衆達は、その様子に釘付けになっていた。
「なんだ……あれ?」
「あれも人、なのか?」
「なんか、臭くない?」
ざわめきが民衆の間に広がっている。
そんな反応を示している様子に、リルドは確かな手応えを感じた。
(よし……あの感じなら問題ないだろう……)
民衆は知らない。
彼ら彼女らが注目しているヒトイヌの中に、かつての王族、国の頂点に限りなく近かった存在――シェラ姫がいることを。
元々彼らが見ることが出来たシェラ姫は遠目でしかなく、まして壮麗な装飾品やドレスで着飾っていた姿だ。
そんな彼女が、身体の自由を限りなく奪われ、見た目にも無様な鼻フックやアナルフックを施された状態でそこにいるなど、想像することすら出来ない。
(街中でバレる心配は最初からしていない……問題は……)
リルドは先頭の馬車の御者の隣で、遠くを見据えた。
その視線の先には、ムトゥ王国から出国するには避けて通れない――関所がある。
関所に着くと、兵士たちが馬車の周囲を取り囲む。
リルドは馬車から降り、近づいてきた兵士長に丁寧に応対した。
「イッセイ兵士長、お世話になります」
名前を呼ばれたその兵士長は、少し驚いたようだったが、すぐに納得したように頷く。
「……リルドか。お前も、出国するんだな」
リルドはその兵士長と顔なじみの関係にあった。
元々リルドは騎士身分にいたため、兵士たちとの繋がりもあったのだ。彼が王族の暴走による被害者であることは兵士長もよく知っている。
リルドが出国を王族に禁じられていたため、見張っていた兵士長だが、王族がいなくなってその命令が解除された以上、兵士長がリルドを引き留める理由はない。
「ええ、もうこの国に用も未練もありませんので。隣国で最後の商売を終えたら、そのまま旅にでも出る予定ですよ」
「そうか……残念だ。まあ、仕方あるまい」
「国を出ていく前に、思いがけずイッセイ兵士長に最後に会えて良かったです。旅路の良い兆しですね」
無論、偶然ではない。
リルドは問題なく出国出来るよう、顔見知りが責任者を担当している時間帯を狙ってやって来たのだ。
それでチェックが甘くなることまでは期待していないが、互いのことを何も知らない相手に比べれば、疑われる可能性は少し下がる。
兵士長の気分が良くなるよう、抜け目なく声をかけつつ、リルドは話を切り出す。
「すでにギルバストック様から連絡は入っているとは思いますが……」
「ああ。話は通っている。アーリアと、偽のシェラ姫だったか? ……没落させられたとはいえ、王族への敬意も遠慮も何もないな」
責めているような言葉だったが、リルドはその声音の響きようから、彼なりの軽口であると看破し、同じような声音で応じる。
「まあ、先に私たちの忠誠を裏切ったのは王族の方ですからね。バカな命令によって身分や親を失えば、忠誠心も尽きるというものですよ」
「確かにそうだ。私がいまの立場にいられるのは、お前の親ほど正直ではなかっただけだからな。お前の恨みはよくわかる。……とはいえ、念のためだ。本物を逃したとなればこちらの命が危ういからな。しっかり商品のチェックはさせてもらうぞ」
その兵士長の提案をリルドが断るわけもない。
「もちろんです。姫を逃がそうとする者が積み荷の中に紛れ込ませるということはありえますからね。私が無事に出国するためにも、しっかりお願いします」
しっかり調べてもらわなければ困るのだ。
中途半端なチェックの結果、本物を偽物として逃した、などと噂を流されてはここまでの苦労が水の泡となる。
兵士たちにはしっかり調べてもらい、『奴隷商人のリルドが国外に連れ出したのは偽物である』と証明してもらわなければならないのだから。
「では早速始めよう」
数人の兵士を伴った兵士長が先頭の馬車の中に入っていく。先頭の馬車にのみ幌がかけられており、一番人が隠されていそうな場所だからだろう。
その後ろにリルドも続いた。
「これは……!」
兵士長の驚く声が聞こえてくる。
先頭の馬車の中には、リルドが用意した囮としての最大の目玉――偽のシェラ姫と、本物に仕えていた女騎士・アーリアが捕らえられていた。
つづく