奴隷商人リルドが管理する複数台の馬車の連なり。
その馬車の中には彼の商品である奴隷たちが、それぞれの役割ごとに分けて乗せられている。
そして、先頭の馬車の中には今回リルドが用意した奴隷の中でも目玉商品である、偽のシェラ姫と、本物の女騎士アーリアが捕らえられていた。
確認を行うべく馬車の中に乗り込んだ兵士長は、その姿を見て息を呑む。
馬車の中に、一輪の花が咲いていた。
兵士長が一瞬そう感じてしまったほど、その女性の姿は可憐だった。
暗い馬車の中が明るく感じるほどの美貌。
座り込んだ姿勢のため、床に広がっている長い黒髪は、まるで夜のカーテンのように艶やかな色合いだった。
さらに、身に付けている白いドレスは、質素なデザインながら細やかな装飾が随所に施されている。嫌味無く高級感を醸し出すその手のドレスは、シェラ姫が好んで身に付けていたドレスそのものだった。
一刻の姫らしい姿。だが、姫らしくない装飾も彼女の身体を彩っている。
折れそうなほど細い足首には、いかにも重量のありそうな鉄の足枷が嵌められ、その枷には太く強靱な鎖が繋がれていた。鎖の反対側は大の男が両手を使って抱え、ようやく持ち上げられそうな鉄球に繋がっている。細腕の彼女が持ちあげることも、引き摺って逃げることも出来ないことは間違いなかった。
否、仮にその枷を彼女が持ち上げられたとしても、彼女に逃げることは出来なかっただろう。
なぜなら、彼女の両腕は背中に回した上で捻り上げられ、両手首が首の後ろで交差する形で縄で縛られていたためだ。縄は彼女の腕を固めているだけでなく、胸の上下にも通され、たわわに実った彼女の胸をさらに大きく強調している。
それだけでも十分な拘束だったが、さらに彼女は発声の自由も奪われていた。
丸い球状の口枷が彼女の口内を埋め尽くし、吐き出せないように左右から伸びたベルトが後頭部でがっちり留められていた。球状の口枷は歯を傷つけない程度には柔らかかったが、噛み千切れるほど柔くはなく、ギリギリ限界に口を開いた状態で固定していることもあり、彼女がどんなに頑張っても噛み千切ることは不可能だった。
「フゥー……フゥー……」
口が塞がっているため、鼻息が荒くなるのは仕方の無いことだ。口を開きっぱなしのまま固定されてしまううことで、口の端から涎が垂れ落ちてしまうのか、滴る涎が彼女のドレスの膝辺りを汚してしまっていた。
そのことを恥じるように、偽のシェラ姫は兵士長が馬車に乗り込んだ瞬間はそちらに顔を向けていたが、いまは顔を俯けてしまっていた。
恥じらう仕草はとてもいじらしく、男の嗜虐心をくすぐる。
それが偽者だと聞いている兵士長だったが、思わずリルドに尋ねていた。
「これは……本当に偽者、なのだよな?」
本物がこんなところにいるわけがない。
兵士長も頭では理解していたが、それほどまでに偽シェラ姫の姿は、本物のシェラ姫のものに迫っていた、
リルドはそんな兵士長の反応に満足しつつ、はっきりと応える。
「勿論です。限りなく本物に寄せることは出来たと自負してはいますが」
その自身の溢れるリルドの言葉に、兵士長も頷かざるを得ない。
「ああ……これは驚いた。事前に偽者だと聞かされていなければ、本物だと思ったかもしれん……これは素直に、すごいな」
兵士長は彼女の側に膝を突き、その顎を掴んで顔を上げさせる。乱暴な手つきではあったが、傷を付けないような最低限の配慮はあると判断して、リルドは何も言わなかった。
無理矢理顔を上げさせられ、顔を真っ赤にする偽シェラ姫。その目を覗き込んだ兵士長は、ふぅむと呟いた。
「なるほど……確かに目の色が王侯貴族と明らかに違うな……ん? こいつの片目、充血していないか?」
「それは、少し色々とありまして。眼帯をつけようかと思ったのですが、これから彼女には目立ってもらわなければなりませんから」
リルドがそう応えると、兵士長は実感を込めて頷く。
「どうして先頭だけ幌で覆っているのか不思議だったが……これならば納得だ。偽者だとわかっていても騙されかけたくらいだし……ムトゥ王国内では、無闇な混乱を生んでいただろうな」
言いつつ、兵士長は偽シェラ姫から手を離す。
「正直、偽者のシェラ姫など、何の価値があるのかと思っていたが……これは場所によっては非常に価値がありそうだ。隣国で売るんだったか?」
「そのつもりです。こいつはあくまで『亡国の姫風』性奴隷であって、本物のシェラ姫の仕草や性格などは再現していませんから。この国の者には違和感の方が大きくなるでしょう」
「なるほど、確かにその方がいいだろうな。……しかし、そうなるとそっちは少し勿体ない気もするなぁ」
そう呟いた兵士長は、偽シェラ姫に向けていた視線を、馬車の奥へと向けた。
そこには、リルドにとっても想定外だったもうひとりの目玉商品――シェラ姫付きだった女騎士アーリアがいる。
王族の側仕え兼護衛として十分な実力を持っている騎士の彼女には、偽シェラ姫のような中途半端な拘束では不十分だ。
拘束具の重さだけで自由を奪えるほど、騎士の実力は温くはない。
ゆえに、彼女には偽シェラ姫とは比べ物にならない厳重な拘束が施されていた。
偽シェラ姫は普通に座る体勢を取れていたが、アーリアは普通の体勢を取ることも出来ていなかった。
彼女は、馬車の構造と一体化した鉄の柱に縛り付けられていた。それもただの縄で縛り付けられているわけではない。
両腕は背中で合わせた状態で固定するアームバインダーという拘束具によって、身体から一ミリも離せないようにされていた。手首、二の腕、肘、腕の付け根辺りを強固な革のベルトが締め上げ、曲げることも動かすことも出来ないようになっている。
それと同様に、両足も分厚く丈夫な革の袋を被せられている。腕よりも太く丈夫な革のベルトが足首、ふくらはぎ、膝、太ももの辺りを締め上げ、動かせなくなっていた。
アームバインダーや脚を覆う袋は鉄の柱と繋げられており、人間の力での脱出はおおよそ不可能であると見えた。
さらに、両手両足の厳重拘束に留まらず、アーリアには他にも拘束が施されている。
首輪には分厚い鉄の板を曲げてそのまま繋げたのかと思うほど、鉄の塊のような首輪が採用されていた。その首輪はアーリアの首の可動域を極限まで減らし、前にも後ろにも斜めにも首を傾けられないようにされていた。
さらに、彼女には口枷が施されている。
「ム……ウゥ……ウ……」
微かな呻き声だけが聞こえる。その口枷は、偽シェラ姫に施されている口枷とはその構造からして全く違っていた。
大部分が革で出来たその口枷は、顔の下半分を覆う形で、完全に下顎を固定してしまっている。首輪と繋がる構造になっていて、左右に首を振る自由さえ、彼女は剥奪されていた。
口枷は彼女の鼻までを覆い、わずかな隙間から空気は吸い込めるものの、相当息苦しいことは間違いない。常に手のひらで口と鼻を覆っているようなものだからだ。
さらに彼女には目隠しも施されている。目隠しは分厚く黒い布で、馬車の内部が元々暗いこともあるが、彼女は一分の光も感じられていないに違いなかった。
さらにさらに。大きな耳当てがその耳には当てられていて、聴覚も奪われている。ヒトイヌに取りつけている耳当ては、場合によっては周りの音が聞こえる細工がしているものもあるが、彼女が現在取りつけられているものは、明らかに厳重で分厚く、穴もなく、全ての音を遮断しているのがわかるものだった。
彼女は自分の立てる音以外、身体を通じて聞こえる音しか聞こえていなかった。
女性に施すには、あまりにも厳重すぎる拘束。男性がされたとしても脱出の目はほぼないが、女性の筋肉量では不可能であることが明白な拘束具合だった。
そんな全ての自由を奪われたアーリアに、兵士長が近付く。
「こうなってしまえば、騎士のエリート様もただの女だな……こいつなら、この国で売れると思うんだが」
庶民派だったシェラ姫のお付きであるゆえに、他の上流階級の人間よりは向けられる恨みなどはマシなほうだ。
だが、革命が成される時、上手く立ち回って将軍に取り入った者の中には、王族付きの騎士という存在を疎ましく思っていた者も多い。
その者達の中にはアーリアを徹底的に犯したいと思っている者もいるはずで、ムトゥ王国の中で買い手はいくらでも存在しそうなものだ。
兵士長の当然の疑問に対し、リルドは軽く肩を竦めて見せた。
「それも考えたんですが、そもそもアーリアが手に入ったのはイレギュラーなことでしたので……買い手の候補の選定や面倒なことに巻きこまれるかもしれない可能性を考えると、元々の予定通り偽シェラ姫を売り払う際に、付加価値を付けるほうがいいんじゃないかと」
そのリルドの説明に、兵士長はなんとも言えない表情を浮かべた。
「ああ……まあ、そうかもしれんな。……ここだけの話、色々きな臭い話も上がってきている。実は俺も早めに兵士長の職を辞して国外に逃げようかと思っていてな。折角革命を生き残れたのに、下手な騒動に巻きこまれては敵わん」
「心中、お察しします……」
こそこそと囁く兵士長に、リルドはそう無難に応えた。
「俺もリルドほど柔軟に動ければよかったんだがな。……おっと、無駄話はやめておくか。済まないがそいつの目隠しを外してみせてくれ。国外に出ようとする女は全員目の色を確認することになっているからな」
「わかりました」
リルドは磔にされているアーリアの背後にまわると、その視界を奪っていた目隠しの布を取り外す。
布の下から表れたアーリアの目は、力無く開かれ、いまにも気絶しそうな様子だった。
兵士長がそのアーリアの前髪を掴み、瞼を無理矢理上げさせる。
「……ふむ。まあ、体格でわかっていたが、本物の騎士・アーリアのようだな。こうなってしまえば、騎士もなにもあったもんじゃないが」
言いつつ、兵士長は空いた片手で、アーリアの乳房を平手で打つ。
「ンギッ、ンォッ」
敏感なところに対する突然の刺激に、アーリアが奇声をあげて悶えるが、拘束具はその力を遺憾なく発揮し、アーリアの身体は微かに軋んだだけで、拘束具はまったく緩まなかった。
「兵士長……一応、商品ですから」
「おお、すまん。こいつにはちょっと生意気な口を利かれたことがあったもんでな。つい手が出てしまった」
あまり悪いと思っていない様子で、兵士長はアーリアから数歩離れる。
痛みで意識が覚醒したのか、アーリアは睨むような視線を兵士長に向けていた。
そんな彼女の敵意を遮るように、リルドが再び彼女の目隠しを着け直す。彼女は暫く身体を軋ませて抗う様子を見せたが、すぐに大人しくなった。
「しかし、こんな厳重に拘束してたんじゃ、騎士のアーリアだってわかんないんじゃないのか?」
兵士長がそう尋ねると、リルドは軽く頷く。
「ええ。ですから隣国で晒してまわる際には、また別の拘束方法を考えています。騎士らしい姿でないと、騎士だと認識してもらえませんしね」
「色々大変だなぁ……さて、お前ら。馬車を徹底的に調べろ」
兵士長は他の兵士たちに命じ、馬車の内部を調べ、隠し空間がないかどうか、人が隠れていないかどうかを徹底的に確認した。
その間、リルドは兵士長の目に届く範囲で、ひたすら彼と当たり障りのない世間話を交わす。
いつも通りの、なんとも感じていないようなリルドではあったが、内心緊張していた。
(……さて、ここまでは想定通り……あとは、本物が誤魔化しきれるかというところか)
リルドと兵士長がいるところから少し離れた、馬車の最後尾。
彼の片腕たるインディーが、兵士たちを馬車の中に招き入れていた。
「こちらの馬車には特殊な性奴隷……ヒトイヌの奴隷を集めております」
初めて見るヒトイヌという存在に、兵士達は呆気に取られていた。
彼らにとっては異様な存在でしかないヒトイヌの中に――本物のシェラ姫は混じっているのだ。
つづく