SamSuka
夜空さくら
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繋がれたふたりは。1


 紙袋の中には、メモが貼り付けられたボイスレコーダーが入っていた。

 特に特徴のない、どこにでもある安価なものだった。そのおかげで、ボタン構成がシンプルで、ミトンみたいな手袋に覆われた不自由な手でも、辛うじて操作できそうだ。

(ふざけたことが書いてあるけど……要はこれを聞けってことよね……?)

 私は紙袋からボイスレコーダーを取り出し、待ってくれている彼女の元に戻る。

 座ったままの彼女は、待っている間に自分の状況を手で触って確認していた。

 ミトンみたいな手袋は分厚いから、それ越しじゃ触った感触はよくわからないんじゃないかと思ったけど、触られた側の感覚で自分がどんな格好をしているかくらいはわかるのだろうか。

 私が近付くと、足音で気付いたのか、彼女の顔が私の方を向く。

「何か、見つかった?」

 私は彼女の肩を軽く一度叩いてから、彼女にも聞こえるように私と彼女の間にボイスレコーダーを持ち上げ、再生ボタンを押した。

 ピッ、という機械音が響いた後、ボイスレコーダーから声が流れ始める。

『やあ、おはよう。突然こんなことになって驚いていることかと思う』

 流れてきた声は、明らかに肉声じゃなく、機械で作った音声だった。

(声なんて明確な証拠を残すなんて、よほどバカな犯人だと思ったのに……さすがにそこまでバカじゃなかったわね)

 肉声だったら得られる情報も多かったのに、これじゃあ相手が男か女かもわからない。

 残念に思っている間にも、音声は流れ続ける。

『恋花くんに真波くん。録音音声で失礼するよ。君たちは不幸にもーー僕たちの企画に選ばれたのさ』

 恋花が私の名前だから、真波というのはおそらく目隠しをされているもう一人のことなんだろう。

『この企画はいわゆる脱出ゲームと考えてくれて構わない。君たちの所持品、衣服は僕たちの方でお預かりしている。企画に即して脱出を目指してくれれば、全てお返ししよう』

「勝手なことを……」

 真波さんがボソリと呟く。声こそ出せなかったが、私も同意見だった。だから彼女の肩をぽんと叩く。

『このあと君たちは脱出の鍵を得るために街中を歩かなくてはならない。ああ、別に警察に駆け込んでも構わないが、その場合は放棄ペナルティとして、大変望ましくない結果になると忠告させてもらう』

 こんな姿にされている以上、弱みになりうる写真や動画は撮られているんだろう。裸の写真とか。もっと酷いものも撮られているのかもしれない。

 無理やり言うことを聞かせようとする脅しとしてよくある話だ。

 まさかその当事者になるとは思っていなかったけれど、出来れば一生縁がなくいたかったものだ。

 それはそれとして、私は思う。

(こんな話、聞くことないわ)

 誘拐犯の言うことなんて聞いていたら、何をさせられるかわかったものじゃない。

「無視しましょう」

 どうやら、真波さんも同意見のようだった。彼女が冷静な人で助かる。いまでも十分酷い状態なのに、言われた通りにした結果、もっとひどいことになるのは目に見えている。

 仮に裸の写真が拡散されるとしても、それはもう仕方ない。こんなことをした以上、犯人は必ず捕まるだろうし、こんなことをする相手に好き勝手させることはできない。

『ああ、ちなみに望ましくない結果になるのは、君たち自身じゃなくて、愛華くんと美波くんだからその辺良く考えてね。彼女たちはすでに僕たちが丁重に保護してるから、そこのところよろしく』

 その名前を出されて、私はドキリとした。

 それは、私の妹の名前だったからだ。

(くっ……! 私ならどうなってもいいのに!)

「美波に手を出したら殺すわよ!」

 ドスの効いた声で真波さんが怒鳴る。

 相手はボイスレコーダーだから意味はないのだけど、思わずという感じだろう。もしくは、私たちの反応を見ている人がいるという推測をしているのかもしれないけど。

『ふたりは君たちにとっては大事な存在だろう? 君たちがちゃんと企画に参加してくれれば、彼女たちには何もせずに解放すると約束する。君たちの対応次第だ』

 真波さんは歯を食いしばって、怒り心頭という様子だったけど、私たちの状況を踏まえてどうにならないと悟ったのか、項垂れる。

「……仕方ないわ」

『さて、納得したかしてないかはさておき、企画の説明をしようか。君たちには脱出ゲームのようなことをしてもらう。改めて説明する必要はないかもしれないが……一応知らなかった時のことを考えてね。君たちの身体を拘束している道具。気に入ってくれたかな? それは鍵がなければ取り外せない。その鍵は街のどこかに隠してある。それを見つけ出し、回収するのが、君たちの目的だ』

 とはいえ、と声は続ける。

『脱出ゲームに例えはしたけど、謎解き要素はあまり重視されてなくてね。君たちは指示された通りに街中を移動すればそれでいい。ただ――それ相応の仕掛けは施すことになるけども。だから君たちはその仕掛けに負けないようにするといい』

(仕掛け……?)

 不穏な単語だ。何をされるかわからないという意味でも。

『ちなみに、出来ないと思うが別行動はしない方がいい。君たちにつけた首輪はある一定以上の距離を取ると防犯ブザー並みの騒音を立てるようになってるからね。音が鳴っても失格扱いではないけど、そんな音を鳴らしてしまったら周りから注目されて仕方ないと思うよ』

(一緒に行動しろってことね……)

 見ず知らずの相手と協力するのは難しい。ましてや彼女は目が見えない状態だ。

 仲の良い友達と一緒なら協力もしやすいし心強いのだけど。いや、この格好で友達と一緒にいなければならないというのも辛いから、一長一短というところだろうか。

(私は彼女には見られないし、そういう意味ではまだ恵まれている、かな?)

 彼女の方は見ず知らずの相手に見られてしまうし、そもそも目が見えない状態で街中を歩かなければならないという苦痛があるだろうし、気の毒ではある。

『それじゃあ最初の指令だ。君たちのいるトイレにある戸棚に、次の移動場所と装備品を用意してある。それを身に付け、指示された場所へ行くこと。幸運を祈る――』

 最後に勝手なことを言い残して、ボイスレコーダーから声がしなくなった。

 私は溜息を――口が塞がれているから鼻息になってしまったけど――吐く。

 とんでもない犯罪に巻きこまれてしまったものだ。

 気持ちは同じなのか、隣の真波さんも深々と溜息を吐いていた。

「はぁ……行くしかないわね。……ええと、恋花さん、でいいのよね?」

 肯定。肩をぽんと叩く。

「迷惑をかけるけど、リードお願いします」

 丁寧に頭を下げる真波さん。危うく頭突きを喰らうところだったけど、目が塞がれているから仕方ない。

 もう一度真波さんの肩を叩いた。

(それにしても……落ち着いてる感じがするし、真波さんは社会人なのかな……?)

 そう思って見ると、なんだか大人の色香が感じられるような。

 胸も若干私より大きい気もするし。

 思わず視線が行ったことに気付いたのか、ただの偶然か、真波さんが腕で自分の胸を隠しつつ、立ち上がろうとする。

「戸棚に装備があるって言ってたわよね……恋花さん、見てもらえる?」

 私は彼女に手を貸して立ち上がらせ、彼女が壁に背中を預けてから、肯定の返事をした。

 さっきは先に紙袋が見つかったからスルーしたけど、このトイレには換えのトイレットペーパーなどを入れておくための戸棚がある。

 私はその戸棚に近付いて、その扉を開いた。意外と奥行きのある戸棚の中には、さっきボイスレコーダーが入っていた紙袋と同じ模様の、大きめの紙袋が入っていた。

(これのことね……どれどれ……?)

 紙袋の持ち手に手を引っかけ、ひとまず洗面台の上に置いて、中を覗き込んでみる。

 中には大きな薄手のコートが入っていた。その上にメモ用紙に大きく目的地らしい公園の名前が書かれていた。

(ああ、こんな格好でどう街中を移動しろっていうのよって思ってたけど……これを上に羽織れってことね)

 コートはちゃんと二人分あった。一枚しかなかったらどうしようかと思ったけど、幸いそういうわけじゃなくて良かった。

 ほっとしながら二枚のコートを取り出すと、紙袋の底にまだ他にも装備があった。

 何気なくそれを覗き込んだ私は、思わずぎょっとして目を見ひらいてしまう。

 紙袋の底にあったのは――ピンク色のローターだったからだ。

 卵形をしたそれ。一般的に見る物と違って、コードやリモコンはなく、完全に独立して駆動するようだった。電池がすぐ切れてしまいそうだけど。

(う、嘘でしょ……こんなの付けろっていうの?)

 それが何かわからないほど、性的なことに興味がないわけじゃない。それをどう使えばいいかはわかってしまう。

 いまの手の状態でもなんとか剥がして付けられるようにテープが用意されていて、用意周到だった。

(テープが一緒に入ってるってことは……中に入れなくてもいいってことかな)

 ピンク色の存在感に気づけなかったけど、ローターの下には小さなメモが敷かれていた。

 そこには『ローターは膣か肛門の中に入れるか、もしくは乳首かクリトリスに貼ること。その他の部位は装着したと認めない』とあった。

(うぅ……こんなの、真波さんに付けられないし……)

 眼が見えない真波さんに余計な刺激を与えたくない。

 私は仕方なく、自分の右乳首に張り付けることにした。膣や肛門に入れるのは、出せなくなりそうで嫌だし。

 私は上手く動かせない指先に四苦八苦しながら、なんとかテープを台紙から剥がし、ローターに十字状に張り付け、それを自分の右乳首に当たるように貼ることに成功した。

 親指が独立して動くタイプの手袋でなければ、まず無理だっただろう。

「恋花さん? 何してるの? 大丈夫?」

「ウー……」

 真波さんが立っている壁際からは少し離れた洗面台で作業していたので、彼女には何をしているかわからなかったようだ。

 私はまず自分の分のコートを羽織り、前のボタンを留める。

 こうしてしまえば、ひとまず誤魔化しは利くはずだった。

(それにしても、また嫌なデザインのコートね……)

 コートの材質自体は、薄手なこともあっていまの時期に着ていても辛いものじゃない。けど、デザインが明らかに真冬向けで、しかも男性用なのだ。こんなコートを着て歩いていたら悪目立ちするのは間違いない。

 おまけに裾が絶妙に短く、ちゃんと着込んでもお尻の下のあたりがちらちらと見えてしまう。その短い裾から膝上のブーツの間の素肌が目立ってしまっていた。

(うぅ……かがんだりしたら絶対見えるじゃん。これ……)

 それだけじゃなく、風で裾が翻ったりするだけで、股間が晒されてしまうだろう。

 だけどないよりはマシだ、というか、これがなかったら街中を歩けない。

 私は真波さんの分のコートを、彼女に手渡す。

「……これ、ジャケット? いえ、コート、かしら」

 肩を叩いて肯定した。

 上下の向きなどを修正して、真波さんが着るのを手伝ってあげる。

「裾が短いわね……」

 真波さんも私と同じ部分に違和感を抱いたのか、裾を引っ張ってしきりに気にしている様子だった。

「……最悪」

 私も同意見だ。肩をぽんと叩く。

 さて、ひとまず身体は隠せたけど、口枷や目隠しは露わになったままだ。紙袋の中を探って見ても、これ以上の装備品はなさそうだし。

(ん……? なにこれ?)

 紙袋の底に四十センチくらいの長さの、鎖があった。物凄く太いというわけじゃないけど、私や真波さんみたいな女性ではとても引きちぎれないような強度はある。

(まさかこれも身に付けろっていうの……? どう付ければいいのよ?)

 鎖の両端はナスカンになっていて、どこかに引っかけることは出来そうだけど。

 その時、ふと真波さんの首輪が眼に入った。いかにも何かを引っかけてくれと言わんばかりの、円形の金具。自分の首輪にも同様の金具がある。

(……まさか)

 試しに、ナスカンのついた鎖を、自分の首輪の金具に取りつけてみる。

 まるであつらえられたかのように――実際あつらえてるんだろうけど――ナスカンがカキンと音を立てて嵌まる。

(これで、私と真波さんの首輪を繋げろってこと……?)

 そうとしか思えない。首輪を繋げると、かなり自由が制限されることになる。それはかなり厳しい。

(でも、どうせ離れられないのは一緒だし……)

 私はそう考え直した。

 ただのナスカンだから外そうと思えば外せるし、とりあえず付けておけばいいだろう。

(悪目立ちはもう絶対避けられないけど……いまさらだよね)

 口枷や目隠しの時点でもそうだし、不自然に一部だけ露出してる素肌の脚もそうだ。

 季節柄手袋もおかしいし、普通の人から見れば変なのは避けられない。

 首輪の鎖が増えても、いまさらという感じはする。

(真波さんが理解してくれればいいんだけど……)

 私はまず真波さんの手を取って、鎖を触らせた。手袋越しではあったけど、なんとなく形を理解してくれたみたいだ。

「これは……鎖?」

「ウゥ」

 次に彼女の首輪の金具にその鎖の端を付ける。真波さんはびくりと身体を震わせたあと、恐る恐る繋げられた鎖を触り、その鎖を辿って、私の首輪にたどり着く。

「ウー……」

 どこに繋がっているのかわかるよう、唸り声をあげると彼女はぴくりと反応した。

「これ……恋花さんの首輪に繋がってる?」

「ウゥ」

 ぽん、と肩を叩く。

 真波さんはなるほどと頷き、軽く引っ張ってみたりして、鎖がどれくらいの長さか確かめているみたいだった。

「そういう指示があったのね。わかったわ。とにかく、こんなくだらないことはさっさと終わらせてしまいましょう」

 そういうと、真波さんは私の肘の辺りを軽く掴む。

(あー、確か眼を見えない人を誘導する時には、こうした方がいいっていうもんね……でも……)

 真波さんは見えてないからわかってないみたいだけど、私と真波さんを繋げる鎖がかなり目立ってしまっていた。

 だから、眼の見えない人にやるように、というよりは、恋人がするように腕に腕を絡めてもらうことにした。

 どうしてそういう風にしたのか、真波さんはすぐに理解してくれたようで、大人しく腕を絡める形にしてくれた。

「それじゃあ……行きましょう」

「ウゥッ」

 彼女の言葉に応じ、私はトイレの扉を開けて外に出る。


 こうして繋がれた私たちは、自由を得るために歩き出した。


つづく

繋がれたふたりは。1

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