目が見えない状態で歩くということが、こんなにも恐ろしいことだったとは思っても見なかった。 普段、眼の見えない視覚障害者のことを考えているようで、実際には考えられていなかったのだと自嘲する。 こんな形で経験したくなかったけれど。 「フゥ……フゥ……」 かつんかつんと私たちの歩く足音が響いていた。 視界を塞いだ上にこんなヒールの靴を履かせるなんて、本当に性格の悪いことだ。 幸い、まだ許容出来る範囲のヒールの高さだからなんとか転ばずにいられる。音からすると恋花さんのヒールの方が高いようだ。 「フー……、フー……」 すぐ近くでする不自然な呼吸音は、恋花さんのものだろう。彼女は私と違って口が塞がれているみたいだから、鼻で呼吸することしかできないはず。 呼吸を制限される彼女も辛かろうに、私に腕を貸してくれている。 まあ、私は見えないからそうせざるを得ないのだけど。 どんな風に見られているのか、周りがどうなっているのかわからないから、歩くペースもルートも、彼女の判断を信じるしかない。 (信じてるわよ……) 顔も見れていない相手を信用するのは、なんとも不安になることだったけど、いまは他に頼れる人がいない。 相手も似たような心境だろうし、その辺はお互い様だ。 (それにしても……こんな格好で街中を歩くことになるとはね) 私たちの格好はとても心細い状態だった。上着こそ着ることができたけど、その内側には下着の1つも身につけていない。 手の先や膝から下は手袋やブーツに覆われていたけど、真冬でもないいま、その格好がどれだけ悪目立ちするかは、目が見えなくともわかる。 いまのところ他の人の足音は聞こえてこないけど、もしかしたら遠くから誰かが見ているかもしれない。 そう考え始めると、途端に恥ずかしくなってしまう。歩くのに支障が出ない程度に体を縮こませ、恋花さんの腕を掴む手に力が入ってしまった。 「ウー……ッ」 恋花さんはそんな私の不安がわかるのかわからないのか、しきりに唸っていた。 もしかすると掴まれた手が痛いのかと思い、手の力を少し緩める。 それでもやっぱり、時々唸っていた。 (うぅ……知っている人なら、少しは何を言いたいのかわかると思うんだけど、ぜんぜんわからないわね……) 信頼関係など構築のしようがないのだから仕方ない。 信用しなければならないからしているだけだ。 この不安定な状況がいつまで続けられるのか。私は湧き上がってくる不安を無理矢理に押さえつけ、歩くことに集中する。 そうしているうちに、不意に周囲の雑音が大きくなった。どうやら建物の中から外に出たみたいだ。遠くに人の喧騒が聞こえる。 いよいよ人が通りかねない場所に来てしまったのだと察した。 肌が泡立ち、周りから視線を向けられているような、そうでもないような、よくわからない感覚が襲ってくる。 「ウゥッ」 恋花さんが小さく唸る。先に進むことを促しているのだろう。 (立ち止まっている暇はないものね……) 「進みましょう。こんなこと、さっさと済ませるに限るわ」 小さく呟き、掴んだ彼女の腕に寄り添って歩き出した。 外に出たことで、今まで感じなかったものを感じる。 それは風だ。 強いとは言えない、微風程度のそれ。 しかし確かに存在するそれは、私たちの体にも容赦なく吹き付けてきた。 そよ風があそこを撫でて通り過ぎていく感触に、思わず背筋が粟立った。 (ひゃっ……変な、感じ……) ノーパンの感触というのが、これほど頼りない感覚だとは思わなかった。股間がスースーする強い感覚が、全身の肌の感覚を鋭敏にしてしまっているような気がする。 裸の上から直接上着を着ているから、素肌に直接布地が触れて、思わずぴくりと反応してしまった。 (ん……っ、ああ、もう! 気持ちいいわけないのに……!) 私がどう感じていようが、刺激を与えられたら反応してしまうのが生理現象というもの。 歩くこと以外なにも出来ず、意識を身体に集中させていることもあってか、私は自分の乳首が硬く存在を主張しているのを鋭敏に感じ取ってしまっていた。 (これじゃあまるで変態みたいじゃない……!) 上着の生地は極端に薄いものじゃなさそうだから、乳首が浮かび上がって見えたりはしてないだろうけど、眼の見えない私にはわからない。 (それに、上着を着れたことで安心してたけど……物凄く白くて透ける素材だったりして……ま、まさかとは思うけど、透明な生地だったりしないわよね?) 肌に擦れる感覚から、そんなことはないだろうとは思いつつも、そうだった時のことを想像してしまった。 手の先と膝上から下と眼だけが覆われ、明らかに下に何も身に付けていないことがわかる痴女の姿を。そんな格好をさせられていたとしても、私には知る術がない。 恥ずかしさのあまり、頬が熱くなるのを自覚した。無性に胸やあそこを隠したくなる。 その時、少し強めの風が吹きつけてきた。 「いゃっ……!」 短い上着の裾が舞い上がりそうになり、思わず片手で裾を抑える。声も出そうになったけど、周りの状況がわからないので、慌てて飲み込んだ。 裾の片方を抑えると反対側が持ち上がってしまうので、下手をすれば余計に恥ずかしいことになりかねない。 (目で見て調整ができないから、気をつけないと……!) アソコを隠した代わりにお尻を大公開してしまう、なんてことがあり得る。 そうならないために、何度も手で触ってチェックしなければならない。 だけど、そうすると余計に歩きにくくて、歩くペースが落ちてしまう。 「ウゥッ、ムーっ」 それが不満なのか、恋花さんはしきりに唸り、私が絡めている腕を引いてきた。 (仕方ないじゃない。不安なんだから……) 思わずムッとしてしまう。相手の真意がわからないから余計に不安になる。 「急かさないでよ……」 「ウゥ……っ」 肩を二回叩かれる。 否定の合図、ということは急かしているわけではなかったようだ。 じゃあどういうつもりだったのか。直接訊けないのがもどかしい。 (もしかして誰かが見てた……とか?) 人が見てるから不審な動きをするなということだったのかもしれない。恋花さんの真意はわからない。 とにかく、いまは彼女の先導に従っていくしかない。 途中、恋花さんが唐突に立ち止まったりすることもあったけど、なんとか目的の場所まで来れたみたいだった。 街中ではあまりない土と植物の匂い。街中に点在する公園のひとつにやって来たのだろうと推測出来た。 「公園……かしら?」 そう呟いて見ると、恋花さんが肯定してくれる。 「あなたの知っている公園?」 「ウゥ……」 今度は否定。 もし彼女が知る範囲の公園なら、一端彼女の自宅に行って拘束をどうにかする、という選択肢が生まれたのだけど。 (いえ……人質を取られている時点でそれは出来ないか。でも恋花さんが知らない場所なら、少なくとも彼女は知り合いに見られる可能性は低いということかしら?) 私の方が知っている公園かもしれない。目隠しまでされているから、遠目で私だとわかることはないだろうけど。 恐らく誘拐犯が次に指定したのがこの場所なのだということなのだろうけど、ここで果たして何をさせる気なのか。 何も見えない私は、恋花さんの次の行動を待つしかなかった。 目的地の公園にたどり着いた私は、やっと一息つくことができた。 (うぅ……見えないのが羨ましい……) 駅のトイレからこの公園にたどり着くまで、羞恥の連続だった。 目隠しをされている真波さんはまだ気づいていないみたいだけど、いまの時間帯は人気の少ない真夜中ではなくーーいままさに朝を迎えたばかりの、早朝だったのだ。 あのボイスレコーダーの「おはよう」は、眠らされていた私たちに対する挨拶というだけではなく、時間帯にも即したものだったのだ。 夜の街を女性二人で歩くのも怖いとはいえ、いまの格好で朝方の街を歩くのは恥ずかしくて堪らなかった。 遠目からでもおかしな二人組だということはわかっただろうし、実際遠くを歩いていた人が怪訝そうな顔をしてこちらを見ていたような気がする。 幸い、このあたりは朝方は人がほとんどいないのか、周りが静かなのは助かったけれど、朝である以上、いつ周りが活動し始めるかわからない。 (そういう状況がわからないのは……ある意味、幸せよね) もちろん見えないことによる不安もあるだろうけど、できれば代わってほしいとさえ思ってしまう。 コートの短い裾が気になるのはわかるけど、大して捲り上がってもいないのに何度も何度も裾を触るような動きをしてたら、遠目にも怪しく見えてしまう。目が見えないとそんなこともわからないのだ。 自然を装って歩いて欲しくて唸ってしまったけど、その意図が通じることはなかった。 彼女は急かされたと思っていたようだけど、とんだ誤解だった。 (うぅ……他人の責任まで取れないのに……) 私の誘導に彼女の命運もかかっているというのは、正直とてもストレスだった。 仲のいい友達か、それこそ人質に取られている大事な妹のためならどんな責任だって背負うけど、見ず知らずの人の責任までは取れない。 彼女と離れることができないから仕方ないけど、もし彼女を見捨てることができたのなら、とっくに見捨てていたかもしれない。 (でもそれは、この人も一緒だよね……) 私がそう感じるということは、彼女も似たようなことは思っているだろう。信頼関係なんて、初めからないのだから。 暗い方向に傾いていく考えを頭を振って払い、私はできる限り急いで移動を続ける。 そうして公園のトイレにようやくたどり着いた。 (さっきと同じように洗面台とかに次の指示の紙が置いてあるのかな……?) ここのトイレはきちんと定期的に清掃が入っているようで、綺麗なのが救いだった。 臭いもそれほど酷くはない。 「ここは……トイレ、かしら?」 酷くはないとはいえ、アンモニア臭はするので、その臭いで場所がどこかは真波さんもわかったようだ。私は彼女の肩を一回叩いてから、次の指示を探す。 (ない……ない……) しかし、女子トイレの隅々まで探してみたけれど、メモらしきものはどこにもなかった。 (まさか、誰かが持って行ってしまったんじゃ……?) 人気がほとんどないとはいえ、街中のトイレであることに違いはない。ふらりと立ち寄った誰かが、誘拐犯が用意したメモや道具を持ち去ってしまった可能性がある。 もしそうだとしたら私たちはどうなるのだろう。 焦りで全身から嫌な汗が噴出するのを感じていると、真波さんが腕を引いてきた。 「ねえ、もしかして、次の指示は男子トイレにあるんじゃないの?」 「ウッ!」 言われてその可能性に気づいた。確かに、女子トイレしか頭になかったけど、こんなことをする誘拐犯のすることだ。 指示には「◯×公園のトイレ」としかなかったし、男子トイレにメッセージが置かれている可能性は高かった。 (でもこんな格好で男子トイレに……?) 誰かに見つかってしまったらどうなるのか。 ただの会社員みたいな人に見つかるならともかく、もしもガラの悪い男性の集団に見つかってしまったら。 ぞっとしない想像だった。 恐怖に足がすくんで動けないでいると、絡めた腕が軽く引かれた。 「ねえ、行くのなら早くした方がいいわ」 (それは……そうだけど……!) 目が見えない彼女は気楽なものだ。真夜中と思っているなら、人が全然いないと思っているのかもしれないけど、それならそれで危険な人と出くわす可能性を考えないものだろうか。 (……真波さんにイライラしても仕方ないよね) 私も彼女も被害者であって、加害者じゃない。 怒りを向けるべきはこんなことを仕掛けてきた誘拐犯にであって、真波さんにではない。 私は鼻で深呼吸して気を落ち着けた後、男子トイレに向かうべく真波さんを誘導して、女子トイレの外へ向かった。 ひとまずトイレの外に出て、公園の中に人が入って来ていないことを確認。誰にもみられていないか、周りを見回してから、男子トイレの中に入った。 男子トイレでは、さっきより強いアンモニア臭がした。気のせいかもしれないけど、男性特有の臭いもするような気がする。 (うぅ……男子トイレに入る時が来るなんて……) こんなことがなければ一生入ることがなかった場所だろう。 あまり詳細にみないようにしながら、男子トイレの中に誘拐犯からの指示がないかを見渡す。 それはすぐに見つかった。手を洗う洗面台の上に、さっきと同じように紙袋が置かれていたからだ。 大きさ的には、最初ボイスレコーダーが入っていたのと同じ大きさのもの。 (あの中にボイスレコーダーが入ってそうね) 私はそう考え、その紙袋の中を覗き込みーー固まった。 中には、禍々しい形状をした、男性器を模したものが、ハッキリ行ってしまうと、バイブが入っていたからだ。 バイブの根元にはベルトのようなものが付いていて、バイブを体の中に入れた後、固定できるような構造になっていた。 (今度はこれを身につけろっていうの……!?) とんでもない太さだ。潤滑油に使えそうな、小瓶に入ったローションも一緒に入っていたけど、それが何の慰めになるのか。 バイブにはメモが引っ付けられていて、そこにはさっきと同じ達筆な文字で残酷な事実が書かれていた。 『ここまでたどり着いた君たちにプレゼントだ! プレゼントはまだたくさん用意してある。どっちがどれだけ身につけるかは、君の判断に任せるよ♪』 そのメモが示しているのは、今後も色々な性具が用意されていてーーそれらをどっちがどれだけ身につけるのか、私が決めなければならないということだった。 つづく
夜空さくら
2019-08-31 02:31:32 +0000 UTCfesto
2019-08-13 20:34:26 +0000 UTC