アナルゼリー相撲。
ただでさえ訳がわからない状況で、より一層わけのわからない言葉が出てきた。
(アナル、ゼリーに、相撲……?)
それぞれの単語が意味あるものとして結びつかない。
困惑しているのは真波さんも同じらしい。困り切った目が私の視線とばっちり合った。
『まあ、二人とも知らないだろうね。準備を進めてもらっている間に説明するから、良く聞いておくといいよ』
機械で作られた声がそう告げる。
私たちは嫌でも耳を澄ませるしかなかった。
『基本的なルールはとても簡単だ。これから君たちの肛門にそれぞれ赤と青の色がついた特殊な液体を注入する』
いきなりとんでもないことを言い出されて、開いた口が塞がらない。
『その上で君たちの肛門同士をチューブで繋ぎ、排泄する要領で互いのお腹の中にあるものを相手のお腹に押しこむ。押しこまれた側が負け。簡単だろう?』
行う内容としては、確かに簡単かもしれない。
けれど、それをさせようという誘拐犯の考えは理解出来なかった。
「なによ……それ……そんなの、最悪じゃない……!」
怒り心頭という様子の真波さんが声の主に向かって食ってかかる。
「大体、それが美波の解放に繋がるっていうのなら……勝ち負けがある以上、あの子たちふたりのうち、どっちかは犠牲になれってこと!?」
真波さんがそう叫んだことで、私もその点に気づいた。
勝敗が存在するのなら、当然勝った方の妹が、勝利報酬として解放されるのだろう。
でもそれなら、負けた方はどうなるのか。解放されないまま、解放された方の排泄物を注ぎこまれることになってしまうのか。
遅ればせながらその可能性に気づいた私は、青ざめるしかなかった。
ここまで協力してきた彼女と、争わせるのが目的なのだろうか。自分だけならまだしも、妹が犠牲になるのだとすると、私は本気にならざるを得ない。彼女もそうだろう。
一瞬の間にそこまで考えた真波さんは凄い。凄くて、尊敬するからこそ、そんな彼女と争わなければならないのは辛かった。
そんな真波さんの怒り様にも、声の主は怯まない。
『フフフ……お怒りはごもっとも。けれど、だからこそ見ている側は楽しいのさ。本気じゃない勝負事なんて面白くないだろう?』
本気にさせるための処置、ということだ。
真波さんは一瞬押し黙り、再び口を開いた。
「あなたの性格が悪いのはわかったわ……でも、私が負けた時のペナルティを妹に与えないで。美波に繋がってるチューブは――私に繋いで」
そう提案する真波さん。
その提案は予想外だったのか、声の主が驚く気配が伝わってきた。
『あー……本気かい? そこまでして、美波くんを守りたいものなのかな』
探るような質問にも真波さんは一切動じなかった。
「愚問ね――私は、あの子の姉なのよ」
堂々とした宣言に、今度こそ声の主は言葉を失ったようだ。
『お、おぉ……わかったよ。君がそこまで言うなら、美波くんのチューブは君に繋ごう。美波くんには今回の記憶は一切残らないだろうね』
さて、と声が呟く。私はどくんと心臓が高鳴るのを感じた。
嫌な緊張感。この場から逃げ出したくなる。
『真波くんはそうするみたいだけど……恋花くんはどうする?』
問われると予想はしていたけれど、その問いを聞いた私の心臓は、一際大きく跳ねた。
もちろん私も、妹は大事だ。
そもそも大事じゃなければ、誘拐犯のいうことを素直に聞いて行動しなかった。
出来れば妹には何事もなく、この場を切り抜けたい。
それを考えれば、真波さんの提案は非常に理に適っている。何が何でも妹には傷を残さないという、真波さんの意地が感じられる。
私だって、同じ気持ちだ。
同じ気持ちなのだけど、堂々と自分から宣言した真波さんに比べると、自分の気持ちが軽く思えてしまう。
(真波さんに……勝てる気がしない)
仮に純粋に妹への思いや覚悟を比べ合ったとしたら、私は彼女に勝てないだろう。
ならどうしたらいいのか。
私は決意を固める。緊張で喉の奥がひりついた。
「……愛華のは、そのままで」
私はそう決めた。
一瞬、真波さんの目に軽蔑のような色が浮かんだけど、それはすぐに消えた。私と目が合って、私の覚悟を感じ取ったからかもしれない。
「私は絶対に勝つから。それなら愛華に記憶は残らないでしょう?」
同じ土俵に立って真波さんに勝てないのなら、私は違う形で私を追い込む。
私が負けたら愛華が傷つく――なら、私は負けられない。
声の主にもそれは伝わったのだろう。
『背水の陣、か。いいね、面白い。形は違えど、妹を背負うその心意気! 本来勝負事は条件を対等にしないといけないけど……これは試合じゃないからね。面白ければなんでもいい』
こうして私たちの希望は通った。
黒子たちが美波ちゃんのマスクを取り外しに動く。それを真波さんに被せるのだろう。
真波さんは喋れなくなる前に、私に声をかけてきた。
「……どっちが勝っても、恨みっこなしよ」
ちらりとスピーカーらしきものを見上げる真波さん。
私はその意図を理解して頷いた。
「ええ、もちろん」
私たちが恨むべきはお互いではなく、こんなことを仕掛けてきた誘拐犯だ。
互いにそのことを理解していることを確かめ合い、勝負に集中する。
とんでもなく異質で異常な勝負であったけど。
私と真波さんは向かい合って立っていた。
すぐ側に愛華と美波ちゃんが囚われている壁がある。ふたりは時折苦しげに顔を歪めながらも、起きる気配はない。両手両足が壁に埋め込まれ、無防備に晒された胴体の白い肌が目に眩しい。
ふたりの肛門には太いプラグが挿し込まれていて、そのプラグに連結されたチューブは、美波ちゃんのものは愛華の口に、そして愛華のものは真波さんの口へと繋げられている。
ガスマスクのようなもので愛華と真波さんの口は被われている。
マスクはふたりの口を隙間なくぴっちり覆っているため、呼吸の面で真波さんは若干不利かもしれない。
私と真波さんは、胸と胸が触れるほどの近さで向かい合って立っている。
脚は肩幅に開いた状態で床に固定され、両手はひとつに纏めて縛られ、天井から吊されている。基本的には人の字の形から動かせない。
胸、というか乳首はメカメカしい金属片で出来たビキニで覆われていて、股間はこれもまた金属で出来た貞操帯のようなもので覆われている。
貞操帯の内側にある突起は、秘部と肛門に潜り込んでいる。
肛門側はプラグ兼液体の注入口になっているようで、チューブがそこに繋げられていた。
チューブの反対側は、私たちの背後に控えている黒子が持っているポンプのようなものに繋がっている。
あれでゼリーを注入する気らしい。
『さて、装備はこれくらいで完了だ。最後の準備……ゼリーの注入を始めよう。とても苦しいと思うけど、基本的に人体には無害だから安心していいよ』
大量に浣腸するだけでも十分危険なのに、注入する液体は人体に安全だと言われても、安心出来るわけがない。第一、本当に無害な物質を使っているのかどうかも、私たちにはわからないのだ。
そう思って嫌味のひとつでも言いたくなったけど、すぐに注入が始まったから黙らざるを得なかった。
冷たい液体が体の中に入ってくるのがわかる。ぞわぞわと背筋に悪寒が走った。
『注入している間に最後の説明だ。アナルゼリー相撲のルールはさっき話した通り。自分のお腹の中にあるゼリーを、より多く相手の腹に押しこんだ方の勝ち。時間制限は十分。十分経ったところで、ふたりを繋ぐチューブの中心を越えている方の勝ちだ』
そしてさらに、と声は続ける。
『ただ息んで押しこむだけじゃ、腹筋やらなにやら、要は単純に体の強い方が勝っちゃう。君たちの身体能力にそう差はないようだけど、単調な力比べじゃ面白くないよね』
そこで用いられるのが、私たちの身に付けている金属の装飾具のようだ。
『胸と胸、それから股間同士。ぶつけ合うとその勢いに応じて刺激が生じるようになっているんだ。つまり、胸や腰を振って相手と体をぶつけ合うことで、相手の息む気持ちを散らすことが出来るってわけ。どこで息んで、どこで相手を責めるか、結構重要だから考えて動いてね』
触れあいそうなほど近くに立たせられたのはそれが理由だったみたいだ。
腰や胸を突き出せば、確かにぶつけることも出来るだろうけど。
試しに胸を触れあわせて見る。
「ンムッ……!」
私から胸を合わせにいくと、胸があった瞬間、真波さんがびくんと体を跳ねさせて引いた。わずかに私の方にも振動が伝わってきたけど、金属越しだからか、それほど大きな刺激には感じなかった。
今度は真波さん側から胸を合わせに来た。
「ひゃぅッ!?」
すると、思った以上の鋭い刺激が胸に走った。びりっと電気でも流されたみたいで、否応なくそちらに意識が向いてしまう。
(な、なるほど……自分から行くか、相手から来られるかで、かなり違うわね……)
行くか受けるかによって、刺激の強さがあまりに違うので、確かにこれは勝負の上で重要な要素になりそうだ。
『理解出来たようだね。秘部同士も反応するから、上手く活かして相手より有利に立てるようにがんばってくれ』
そういえば股間の方にも同じ機能があるんだった。
胸の刺激も十分に強かったのに、股間の方はあまり想像したくないことになりそうだ。
あらかじめ覚悟は決めておいた方がいいだろう。
『ちなみに、強い刺激が走るのは触れあった瞬間だけで、ずっと密着させていると両方に対して弱い振動に切り替わる。それも覚えておくといいよ』
ありがたくも色んな仕込みがあるらしい。こちらにしてみれば迷惑な話だった。
そうこうしている間に、ゼリー注入はかなりの量になってきていた。自然にしていても感じられるほど、お腹が重くなりつつある。すでに苦しいのに、相手の分まで注ぎこまれたらと思うと、地獄の苦しみが容易に想像出来る。
かなり苦しくなってきたところで注入が止まる。チューブがポンプから取り外され、そのチューブ同士が連結された。
これで私と真波さんの肛門が、チューブで繋がったことになる。
チューブは透明だから、チューブの中が赤色と青色の液体で満たされているのがよくわかった。
『まだ中央の仕切りを取り除いてないから、ゼリーの移動が始まることはないから安心していいよ。もう少し待機だ』
そう声が言う間に、私たちの体に変化が生じる。
お腹が、ごろごろと不穏な音を立て始めた。腸が勢いよく蠕動しているのだろう。注ぎこまれたゼリーはいわば体にとって異物。
その反応は自然なことではあったけど、出入り口が塞がれている状態で催すのはかなりキツい。
「う、うぅ……っ」
体が熱を出した時のように熱くなり、嫌な汗が滲み出す。
単に出したいのに出せないというだけじゃないような、異常な感覚があった。
(人体には害はないって言ってたけど……変な薬が混ぜられてるんじゃ……?)
高熱を出した時のように、頭がぼーっとし始める。気を抜いたら気を失ってしまいそうだ。目の前の真波さんも同じようなことを感じているのか、明らかに目の焦点が揺れている。
私たちを無事に帰す気なんて、最初からないのかもしれない。
(ま、真波さん……! 負けちゃダメ……!)
遠くなりかけた意識を無理矢理戻し、胸を突き出して真波さんの胸にぶつけに行く。びりっとした衝撃が走ったのだろう。茫洋としかけていた真波さんの目に意思が戻ってきた。
「ングッ! ムーッ……」
どうやらいい刺激になったようで、真波さんの目に光が戻る。
(本当は……起こさない方が良かったかもだけど)
敵に塩を送ったようなものかもしれない。けれど前後不覚になった真波さんをただ責め立てることは出来なかったのだから、仕方なかった。
自分でも甘いと思うけど、それが同じ立場にいる者同士としての誠意だと思ったから。
復活した真波さんは、額から脂汗を流しながらも、しっかりと脚を踏ん張り、意識が回復したことを示す。
感謝を込めた目で見られたので、私は何も言わずに小さく微笑んでおいた。
『さて……そろそろかな。いい具合に排泄物と混ざり合って、アナルゼリー相撲をする準備は整ったはずだね』
声の主はどこまでも楽しげに、最後のゲームの開始を告げる。
『さあ、僕たちを楽しませてくれ。君たちの健闘を祈っているよ。これが終わったら、全員家に帰してあげるからね』
お互いに譲れないものを賭けて。
私は真波さんと、アナルゼリー相撲の一騎打ちに挑む。
『3.2.1……スタート!』
その声の合図と同時に、私と真波さんを繋ぐチューブの中間の仕切りが開いた。
つづく