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夜空さくら
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ヒトネコトリップ! 0


 その商店街は『ヒトネコ横町』と呼ばれていた。


 見た目は一昔前のレトロな雰囲気を醸し出す商店街、という雰囲気だけど、明らかに普通の商店街では有り得ない光景が広がっていた。

 その中でも他の商店街では絶対に有り得ないのが、猫に扮した人間の女性たち――『ヒトネコ』が闊歩しているということだ。

 『ヒトネコ』の全身を覆うのは、ラバーのような質感のスーツ。艶めかしい女性の身体のラインを強調し、維持する不思議なスーツだ。

 頭には猫耳が、お尻には尻尾が取りつけられている。猫耳が取りつけられている耳当てが彼女達本来の耳を隠していた。その猫耳と尻尾は彼女たちの動きに合わせて動き、まるで本当の耳と尻尾のようにも見える。

 首には涼やかな音色を奏でる鈴がついた首輪をつけており、『ヒトネコ』たちの居場所を性格に示す。

 手足の先は肉球型の手袋とブーツが覆っていて、人間らしい手先の動きは出来なくなっていた。

 『ヒトネコ』達は四つん這いで行動しており、痛めないようにか、膝にサポーターらしきものを取りつけられていた。

 見る者によっては、少し怪しげな店で猫のコスプレをしているようにしか見えないかもしれない。

 しかしこの場にいる『ヒトネコ』たちがそれと違うのは明らかだった。

 『ヒトネコ』たちはそれぞれ、恥ずかしがったり堂々としていたり、態度こそ様々だったが、いずれにしても街中を平然と歩いている。

 彼女達は『ヒトネコ』として『ヒトネコ横町』の風景に溶け込んでいた。

 そんな彼女達の存在を、商店街を行き交う普通の人たちも、特に大きな反応をすることなく、『ヒトネコ』の存在を自然体で受け容れていた。

 ある意味、とても異常な光景だ。

「にゃぉおおん♪」

 魚屋の看板が出されている建物の前で、ひとり……いや、一匹の『ヒトネコ』が楽しげに啼く。ショートカットの黒髪がとても動きやすそうだった。その髪に合わせたのだろう、黒い猫耳がぴこぴこと動いている。

 彼女は均整の取れた体つきをしていて、雑誌のグラビアを飾っていてもおかしくはない。それほどに人間として、とても優れた容姿をした彼女は、『ヒトネコ』としてもとても美しい。ゆらゆらと揺れる尻尾からも、気品を感じるほどだ。

 そんな『ヒトネコ』の声を聞きつけた店主が、店の奥から現れる。

 仮に普通の猫が魚屋の前などに顔をだせば、嫌な顔をして追い払われるだけだろう。

 けれど、『ヒトネコ』を前にしたその店主は笑顔で『ヒトネコ』の頭を撫でた。

「おー、また来てくれたのかい。ちょっと待ってな……っとと」

「にゃおん♡」

 喉から甘えた声をあげ、その『ヒトネコ』が魚屋の店主の足元に擦り寄る。

 ラバーのような素材で覆われた彼女の胴体はすべすべしていて暖かく、店主は思わず恍惚とした顔になってしまっていた。

「んん……っ、まったく、サービスの上手い子だねぇ……ちょっと奮発してあげよう」

 そういって店主が冷蔵庫から取りだしたのは、程よく薄く切った鯛の刺身だった。醤油皿に一切れか二切れずつくらい分けて保管してあるようだ。

 醤油を少量かけた一切れの刺身を、店主が箸で摘まむ。

「わさびはつけるかい?」

 本当の猫に食べさせるのであれば、わさびや醤油といった調味料は不要だが、この場合相手は『ヒトネコ』だ。好みによって調味料の有無は変わる。

 問われた『ヒトネコ』は少し迷った末、首を横に振った。

「にゃにゃお」

 頭を振った拍子に猫耳も一緒に揺れる。ぴこぴこ、と動く様子は本物の耳のようだが、本人の感情に合わせて動く、ハイテクな機能が搭載されているのだ。

「要らないのかい。わかった。それじゃあ……はい、どうぞ」

 魚屋の店主は地面に膝を突き、『ヒトネコ』が食べやすい位置で箸に摘まんだ刺身を差し出す。

 刺身を差し出された『ヒトネコ』は、喜んで食らいついた。咀嚼する様子はとても美味しそうなものだった。こりこり、とした歯ごたえのいい刺身であることがよくわかる。

「よしよし、美味いか?」

「にゃおん♪」

 ニコニコと笑顔を浮かべ、『ヒトネコ』は店主の膝に頭を擦りつける。それを店主も喜び、頭を撫でてやっていた。

 暫くなでなでを堪能していた『ヒトネコ』は、不意にごろりとお腹を見せるようにその場に横になった。

 猫に扮しているとはいえ、その身体は人間の女性らしい膨らみと括れが際立つもので、魚屋の店主が思わず息を呑む。

 店主は恐る恐る、仰向けになった『ヒトネコ』に問い掛けた。

「え、っと……お腹とか、胸に触っていいのかい?」

 彼らは『ヒトネコ』に対し、動物にするように接しているが、本当に猫だと思っているわけではない。当然、『ヒトネコ』に扮した人間の女性であると認識している。

 だから胸を触って良いか、という問いは当然そういう意図を含んでいる。

「……にゃお!」

 少し恥じらいを浮かべつつ、『ヒトネコ』が承諾の声をあげると、魚屋の店主の目がきらりと光った。このときばかりは、店主の方が猫のような狩人の目をしていた。

「じゃあ、触らせてもらうよ……」

 『ヒトネコ』を驚かせないようにだろう、店主の手がゆっくりと動く。

 仰向けに寝転がり、無防備にお腹を晒している『ヒトネコ』が、ぴくりと反応した。

 店主の無骨な手がそのお腹を優しく撫でる。

「ふにゃ……っ、んっ♡」

 くすぐったそうに身体を捩る。

 ぴちぴちのラバースーツに覆われた彼女の身体は、とても扇情的だった。店主の喉が上下に動き、生唾を飲み込んでいるのがわかる。

 その店主の手が、お腹をさすりながら上半身の方へと動き――いかにも柔らかそうな乳房に触れた。

「にゃっ! ……にゃぁっ、うぁ……」

 あくまで店主の手つきは優しい。膨らんだ乳房の形をなぞるように動く。その形を歪めたり、握りつぶそうという様子は欠片も見られない。

 優しく乳房を愛撫し、指先がその頂点にそっと乗せられた。

 触られている『ヒトネコ』の身体が、びくんと反応する。

 明らかに感じている様子だった。

「いい反応だ……素敵だよ」

 囁くように褒める店主の指が、執拗にヒトネコの乳首を弄る。肩を竦め、手足を縮ませた『ヒトネコ』は、非常に気持ちがよさそうだった。

 蕩けた顔で、発情しているのが明らかな鳴き声をあげる。

「にゃぉん……んにゃっ♡」

 太もも同士を擦り合わせ、弄られている胸を張って、少しでも店主から与えられる刺激を堪能しようとしていた。

 店主もそんな『ヒトネコ』の気持ちが良くわかっているのか、執拗に胸を弄るのを止めようとはしない。

 掌全体で乳房を包み、こりこりと音がしそうなほどに執拗に指先で乳首を刺激する。

 そのたびに『ヒトネコ』の身体がぴくんぴくんと震えた。

「んにゃっ、にゃあああああっ♡」

 一際大きく『ヒトネコ』の身体が震え、性的な絶頂をしたと周りから見ても明らかな様子を見せる。

 それを確認した店主は、彼女の乳房から手を離した。

 絶頂を迎え、呼吸を荒くしている『ヒトネコ』に、店主は緊張気味に声をかけた。

「……どうする? うちで『遊んで』いくかい?」

 期待を覗かせて店主はちらりと店の奥を見やる。

 店の奥は外とは打って変わって、極普通の洋室のような、綺麗なベッドルームになっていた。

 つまり、店主のいう『遊び』とはそういう類いの行為を示しているのだ。

 『ヒトネコ』は、とろんとした眼で暫く呼吸を整えていたが、不意に仰向けの身体をくるりと回転させ、元のように四つん這いに戻ると。

「にゃん♪」

 軽やかに一声啼いて、さっさとその場を離れていってしまった。

 まったく未練を見せない様子は、まさにきまぐれな猫。

 人同士の関係であったなら、自由奔放にもほどがある問題行動だが、いまの彼女は『ヒトネコ』だった。そういう態度でも責められることはない。

 とはいえ、あまりに鮮やかな切り替えに、店主は一瞬惚けていた。

 だが、『お誘い』をフラれたことを察すると、やれやれとばかりに苦笑して立ち上がる。

 普通なら怒るなり、少なくとも不機嫌になりそうなところだけど、この横町にいる『人間役』の人たちには教育が徹底されている。

 ずばり、『ヒトネコが最優先』。『ヒトネコ』が嫌がったり気が進まなかったりすることを無理強いするのはキツく禁じられている。

 行為が禁じられているだけではなく、精神鑑定や心理テストなどを駆使し、そもそも猫の気まぐれに腹を立てたり気分を害したりするような人間は『人間役』になれないようになっている、らしい。

 万が一、その規則を破った場合は、横町の到るところに潜んでいる黒服が、即座にその対象者を拘束して罰則を与えるのだとか。

 とにかくここでは『ヒトネコ』ファースト。


 『ヒトイヌ』が自由気ままに過ごせるというのが、この横町の魅力だった。


 だから横町には様々な『ヒトネコ』がいる。

 おもちゃ屋の店主に『ねこじゃらし』を使って『遊んで』もらっている子がいれば。

 横町の一角にある噴水広場で、ひなたぼっこをしながら寝ている子がいて。

 通りを行ったり来たりしながら、道行く人や他の『ヒトネコ』を観察している子もいる。

 時には二匹の『ヒトネコ』が身体を絡み合わせ、盛りのついた鳴き声をあげていたり。

 とても私の知る世界とは思えない、ある種異常な光景が広がっていた。

 けれども、その光景を異常だという資格は私にはない。

 なぜなら――


 ふと、魚屋の店主が私の方を見た。


 さっきの『ヒトネコ』に振られた直後は残念そうだったが、すでに切り替えているのか、にこやかな笑みを浮かべている。

「おや、初めて見る顔だね。お前も食べるかい?」

 そういって先ほどの『ヒトネコ』にもあげた鯛の刺身を挿し示す。

 私は悩んだものの、ここまで来たら恥ずかしがっていても仕方ない、と考えて彼の側に近付いた。

 慎重に一歩、また一歩。四つん這いで近付く。

「にゃ、にゃお……ん……」

 けれど、先ほどの彼女のように愛想良く啼いたりは出来ない。自分でもわかるほどかすれた声で私は啼いた。

 そんな私を、魚屋の店主は笑顔で迎え入れてくれる。

「よしよし、いきなり触ったりしないから安心していいよ――子猫ちゃん」

 そう、私が他の『ヒトネコ』やこの商店街のことを異常だと言えない理由。

 私はそう呼ばれたことで、いまの自分の格好を改めて自覚し、恥ずかしさで顔が真っ赤になるのを感じた。


 身体のラインを強調するような、全身を覆うラバースーツに身を包み。

 頭には猫耳、首には首輪、お尻には尻尾を装着し。

 手の先は肉球グローブで覆われ、膝はサポーターで覆われている。


 そんな『ヒトネコ』の一匹に――私も成っているのだから。



つづく


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