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ヒトネコトリップ! 2


 ヒトネコトリップ・一日目・朝。


 連休の初日、わたしはお店に朝早くにやってきていた。

 店から車で移動するらしいのだけど、詳しくは当日に説明すると言われてしまい、わたしには行程表すら配られていなかった。

(わたしはともかく……他の人たちはそれでいいのかなぁ)

 ママさんや美里に弄られることが多いわたしは、いい加減こういう扱いにも慣れてきていた。けれど他の人たちはそうではないはずで、行程も何も知らされないまま旅行なんて出来ないはずだ。

 そこまで考えて、わたしは嫌な確信を抱く。

(わたしだけ行程を聴かされてないとか……ありそう。っていうか確実にそんな気がしてきた)

 新鮮な驚きを与えてくれるのはいいのだけど、スタッフの中でわたしだけそういう扱いというのはどうなのだろうか。

 わたしだけいつまでもお客さんの立場なような気がしてしまう。

「あの、旅行の行程ってご存じですか?」

 たまたま近くにいた古株の先輩に尋ねてみた。

 正式に働くことになって、スタッフの人たちとは一通り顔合わせと自己紹介は済ませているけど、残念ながらわたしはその一度で全ての従業員の顔と名前を覚えられるほど頭が良くなかった。

 特に勤務時間が被らず、顔合わせからほとんど顔も合わせていない相手だと名前もほとんどわからない。

 そのうちのひとりである、大人らしい妖艶な容姿をしたその人は、わたしに問い掛けられると、なぜか楽しげに口角をあげた。

 ちなみに、わたしは覚えられていないけど、スタッフさんからは結構覚えられている。なぜかはいうまでもなく、ある意味特別扱いされているからだ。

「あー……知ってるけど、あんたには言うなって頼まれててね」

 ある意味思った通りの答えに、わたしは思わず頭を抱えた。

「ああ……やっぱりそういうことなんですね……ありがとうございます」

「あんたも大変だねぇ。ママさんは気に入った子はとことん意地悪したくなるタイプだからねぇ……まあ、ある意味愛されてる証拠さ。がんばりなよ」

 ぽん、と慰めるように肩を叩いてくれる。

 安心出来る材料ではなかったけど、気を遣ってもらったのだから無碍には出来ない。

 曖昧な笑みを浮かべてやり過ごしていると、ママさんが現れた。いつもの裸にしか見えない全身スーツではなく、バスガイドさんのようなスーツに身を包んでいる。

 ママさんが普通に服を着ていることに違和感を覚えてしまうあたり、わたしもだいぶこの店に毒されてきた感がある。

(……にしても、いつもに比べたら全然普通の服のはずなのに、ママさんが着ると……なんだかエッチだなぁ)

 本人にはとても言えないけど、そう感じた。なにせママさんはスタイルがメチャクチャいい。常に全身スーツを身に纏っているからか、その体つきには一分の隙もなかった。 

 出るべきところは出て、引き締まるべきところは引き締まっている。それがかなり大きい方向で整っているものだから、とにかくそういったところの印象が強くなっていた。

 同性でも思わず目が引き付けられてしまうのに、異性に慣れていない人だったらどうしようもなくなりそうだ。

 そんなことをつらつらと考えている間に、ママさんが皆の前で声を張り上げる。

「はーい、皆よく集まってくれたわね。今日から三日間。存分に『ヒトネコトリップ』を楽しんでちょうだい! 旅の恥は掻き捨てというわ。旅行の間は自由な心で、本能のまま、存分に野生を開放してちょうだいね!」

 ぱちぱちぱち、と散発的な拍手が起こる。万雷の拍手じゃないあたり、割とマイペースなスタッフが多い店だった。

 それにしても、野生を開放って……『ヒトネコ』ってそういうものだっけ。

 美里と一緒にステージで『ヒトネコ』になったイメージが強いのか、わたしはお客さんから『ヒトネコ』になって欲しいと望まれることが多かった。

 特定のスタッフに特定の格好をさせる、というのは結構な高額オプションのはずなのだけど、わたしがシフトを入れると三回に一回の確率で『ヒトネコ』ショーの希望が入るくらいには人気だ。

 美里とか他のスタッフさんと一緒ならまだしも、他の皆が普通にしている中でひとりだけヒトネコになるのはめちゃくちゃ恥ずかしいのだけど、ママさんやお客さん曰く、それがいいのだとかなんとか。

 人の恥ずかしがるところを見て喜ぶお客さんたちはハッキリいって変態なのだろうけど、そのおかげで毎回のように有り得ない額のボーナスを貰ってしまってるので、複雑な気持ちだった。

 基本紳士的な人しかいないし、されることも『ヒトネコ』として撫でられたり餌付けされたりするだけだから、あんまり文句も言えないんだけどね。

「――と、いうわけで、早速移動の準備を始めましょう! 皆、裸になって!」

 いきなりママさんが爆弾発言をした。

 なんとなくわかっていたけど、まさかいきなり裸になれと言われようとは。

 唖然とするわたしに対し、あらかじめ行程表を配られていたのであろう他のスタッフたちは動じない。

 いっそ清々しいほど鮮やかに、一斉に脱衣が始まった。

 いまは観客こそいないけど、わたしたちがいまいるのは普段全身スーツを来てお客さんの相手をするメインホールだ。そんなところで裸になるなんて恥ずかしい、という気持ちが膨れあがる。

 そんなわたしのことを置いてけぼりに、慣れていることもあるのか、他のスタッフたちは瞬く間に全裸になっていった。

 数人が全裸になったところで、わたしは嫌な予感を覚え、慌てて服に手をかける。

 このままだと、全裸の集団の中にわたしひとり取り残されてしまう。

 そうなったら、必然的に皆の注目を一斉に浴びることになって、余計に恥ずかしいことになるだろう。

 私は大急ぎで服を脱ぐ。旅行の詳しい行程は教えてもらえなかったけど、準備はしっかりさせてもらっていた。

 そのうちの一つが、脱ぎやすい服を着てくるというもの。

 今回の『ヒトネコトリップ』では、『ヒトネコ』になる者は持ち物が一切不要で、必要なものはすべてお店側が用意してくれる。

 服も不要になる予定だったので、脱ぎやすい服を着てきた、というわけだ。

 ただ、服が脱ぎやすくても、周りに人がたくさんいる状況で、周りから見られていると思うと、服を脱ごうとするわたしの手は当然遅くなる。

 もたもたしている間に、他の人たちは皆全裸になってしまい、わたしだけ下着姿で取り残されてしまった。

 本来は全裸の方が恥ずかしいはずなのに、その数が逆転すると下着姿の方がよほど恥ずかしくなる。先に脱ぎ終わった人たちが、一斉に視線を向けてくるから、恥ずかしさはさらに増していた。

 裸になった人たちも恥ずかしいのは恥ずかしいのか、頬が赤くなったり、足を摺り合わせてももじもじしていたりしている。

 自分の恥ずかしさを誤魔化すためか、そういう人ほど、わたしに対して向ける視線は強かった。

 わたしの指が震えて動かなくなるほどに。

「あ、ぅ……っ」

 皆に合わせて脱がなかったことを後悔する。周りだって全裸なのに、まるでひとりだけストリップショーをさせられているかのように錯覚してしまう。

 気が急けば急くほど、わたしの身体は思うとおりに動いてくれなかった。

 可能な限り身体を小さく丸め、手を背中に回してブラジャーのホックを外そうと奮闘する。いつもなら、自分の部屋だったなら、数秒もかからないのに、いまは手が震えて全然ホックが外れてくれない。そうやって脱衣に手間取っていることも恥ずかしかった。

 周りの人も気を遣ってか、暖かい目を向けて来るから余計にだ。親戚の小さい子供が拙い動作で何かをしているのを見守っているかのような、そんな優しくも生暖かい目だった。

 焦り、羞恥、様々な感情が沸き上がってどうにもならない。

 恥ずかしさが極まり、いよいよパニックになるというところで――

「えいっ♪」

 背後に立った誰かに、ブラのホックが外された。

「きゃあああっ!?」

 外すために奮闘していたというのに、ブラジャーが緩んで乳首が露出した瞬間、思わず悲鳴をあげてしまった。

 思わず手でカップを抑えながら背後を振り返ると、そこには天真爛漫に悪戯を成功させた子供の笑顔で、美里が立っていた。

「おはよー、ミヤ。ほらほら、早く脱がなきゃ!」

「んな、にゃ、ななな……っ」

 心臓がバクバクいっていて、頭が回らない。

 顔を真っ赤にして、口をぱくぱく開閉させることしか出来ないわたしを、美里は完全に面白がっていた。

「あらら、ミヤったら、もう『ヒトネコ』になっちゃったの? しょうがないなー。脱ぐの手伝ってあげる!」

 美里はそういうと、猫のように俊敏な動きで再びわたしの背後に回り込むと、いきなり脇腹に手を添えてきた。

「ふにゃッ!」

 わたしはくすぐりに非常に弱いので、思わず声をあげ、美里の手を押さえようと両手を伸ばす。

 そのわたしの手をするりとかわして、美里の手はわたしのショーツを一気に膝下まで降ろした。

「んぎゃ!?」

 もうただでさえ一杯一杯なのに、ブラやショーツを半脱ぎにさせられて、パニックが加速する。思わず出た悲鳴もわけのわからない声になった。

 そんなわたしの反応が面白かったのか、美里はけらけら笑った。

「ミヤ、いますっごい猫みたいな悲鳴出たよ! さすがは『ヒトネコ』一番人気だけはあるね!」

 美里にからかわれ、皆の見世物と化したわたしは、そのまま皆に微笑ましく見られる中、ブラとショーツを美里に剥ぎ取られ、全裸の仲間入りを果たすことが出来た。

 まだ『ヒトネコトリップ』は始まってもいないのに、わたしは早くも疲れ果てていた。

「うぅ……美里ぉ……恨むからね……」

 わたしは美里の影に隠れて皆の視線を避けつつ、美里に恨み言を口にする。美里に翻弄されながらも、美里から離れないわたしのことを、周りはますます微笑ましく見詰めていたのだけど、わたしはそれに気付くことが出来なかった。

 そんな人たちの意識を、ママさんが手を叩いて集める。

「はいはい。それじゃあ次ね。それぞれの髪の色に合わせたスーツを準備したから、それぞれ装着していくように」

 そういって配られたのは、極普通の……というと語弊があるけど、一般的に売られていそうな全身スーツだった。

 首から下の身体を覆う形なのは変わっていないけど、背中が開いていて、チャックで閉めるようになっている。

「今日は、あれ使わないんだ……」

 わたしは思わずそう呟く。このお店でわたしが『ヒトネコ』に扮する時、下地となる全身スーツはいつもコーティング式の全身スーツを身に付けていた。

 首から上を覆うヘルメットを被り、特殊な機械の中に入って、全身にラバーのようで違う不思議な素材を直接吹き付けられ、それによって全身を覆う。テクノロジーの無駄遣い極まるものだ。

 けれどその分、ぴっちり具合は普通のスーツの比ではなく、本物の皮膚がそのまま全身スーツになってしまったかのような、そんな感覚になるものだった。

 普通の全身スーツも、個々人に完璧にフィットするように作られているから、一体感はすごいのだけど、コーティング型に比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 そう思っていると、全身スーツを着ながら美里が教えてくれた。

「あの装置まで持って行くわけにはいかないからねー。ほら、あれは脱ぐのにもあの機械が必要じゃない?」

「ああ、そういえばそっか……」

 でもそれってもしかしなくとも、あの機械がないと脱ぐ手段がないってことなのかな。

 コーティング型の全身スーツは、長期間着ていても平気らしいけど、もし着ている時にあの機械が壊れたら、機械が直るまで脱げなくなってしまうのだろうか。

 日常的にあのコーティング型の全身スーツを身につけている身としては、ちょっとぞっとしない話だ。

 ともかく、いまは普通の全身スーツを身につけるのが先だ。ひとりで着るのは大変なので、美里と協力しながら全身スーツを身につけていく。

 わたしの黒髪に合わせて作られた黒い全身スーツを身に付けると、ちょっと黒光りして妖しげな姿になってしまう。コーティング型よりもテカリが強い気がする。その辺は純粋なラバースーツと、なんちゃってラバー風コーティング型スーツの違いだろうか。

 美里に背中のジッパーを上げてもらうと、全身を覆うラバースーツがわたしの身体をぎゅっと締め付けてくる。これはコーティング型のスーツにはない点だ。

「んっ……ありがと、美里」

「どういたしまして。あ、先にこれも付けちゃうね」

 うなじあたりまでジッパーを引き揚げたあと、美里はわたしの首に首輪を巻く。ちりんと鈴が鳴った。

 飼い猫が付けられているような、そんな鈴の音が首元から響く。

 『ヒトネコ』へと変わりゆく第一歩――その音色を聞きながらわたしは心臓が早鐘を打つのを自覚していた。

(スーツを着て、首輪を巻かれただけなのに興奮するなんて……変態だよねぇ)

 そう想っていたわたしは、普通の人にとって、身体のラインが否応なく出る全身を覆うラバースーツを着て、首輪をつけられるということは、それ『だけ』というわけではないことに思い到らなかった。


 わたしはもうすっかり、この店に――『ヒトネコ』に染まっていた。


つづく


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