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夜空さくら
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ヒトネコトリップ! 4


 ヒトネコにとって、鳴き声をあげることによる意思表示は重要なことだと思っていたから、口枷が装飾品の候補に入ってくることに驚いた。

 そんな気持ちが視線から伝わったのか、ママさんが口枷を手にしたまま説明してくれる。

「口枷を着けると声は出せなくなるわね。だから嫌がる子は多いのだけど、猫の鳴き真似は恥ずかしいって子もいてね……あと、声が出せると、大きな声で喘いじゃう子とか」

 そうママさんがいうと同時に、視線を明後日の方向に逸らした人が何人かいた。

 自分がそうだと自白しているようなものだったけど、わたしは気付かないふりをする。

「あとは顔をなるべく隠したいっていう要望に応えるためでもあるわね。こういう顔の下半分を覆うマスク型の口枷もあるのよ」

 それはちょっと興味があるかもしれない。

 わたしはそのマスク型の口枷を見て――絶句した。

 確かに、マスクは顔の下半分を覆う大きさで、それを身につければ限りなく正体がバレる心配はなくなるだろう。

 けど、そのマスクの内側には、巨大な突起が、はっきり言ってしまうと、男性器のような張り子があったのだ。

 目を見ひらいてそれを見ていたので、ママさんもわたしが何を見ているのか気付いたようだ。

「ああ、これはね……マスクで完全に口を覆ってしまうと、水分補給もできなくなっちゃうでしょう? この大きな張り子は水のタンクなの。栄養満点な、ドロドロした、白い液体が定期的に先端から放出されるようになってるの」

 ニコニコ笑顔でとんでもないことをいうママさん。

「それって明らかにせい……なんでもないです」

 まさか本物ではないだろうけど、明らかにそれを意識して作られている液体だ。

 顔を隠せるとしても、わたしはそれを身につける気にはなれなかった。

「ちなみに顔の上半分を隠すマスクもあるわ。でもこれはひとりひとりにぴったり合うものしか作っていないから、宮子ちゃんには着けてあげられないの。ごめんなさいね」

「……そういうことなら仕方ないですけど、なんでそれだけ?」

 他の道具だって、サイズ合わせが必要そうなものはいくつもある。

 なぜ顔の上半分を覆うそれだけが用意されていないのか気になった。

「実際に着けるところを見てもらったらわかるわ」

 そういってママさんはその仮面を身につける予定だったらしい人を側に呼ぶ。

 その人は真っ赤になっている顔を隠すようにして、出てきた。

「この子は赤面症でね……あんまり赤くなるものだから、周りが思わず体調の悪化を心配してしまうの。装着するのは、それを防ぐためね」

 そういう事情もあるんだ。

 わたしはよくこの店で働いているなぁ、と思った。けど、考えてみればわたしもそういう恥じらいが評価されてここで働くことになったのだ。そのことを思い出して複雑な気持ちになる。

 その間に、その人の顔にマスクが取りつけられた。マスクは鼻の頭から彼女の額までをしっかり覆い、頬も半分くらい隠していた。

 顔の曲線に綺麗に沿って作られているそのマスクは、確かに他の人が身につけようとしても、わずかにでも差があれば上手く身につけられないであろうことは確かだった。

 またデザインも凝っていて、彼女の髪型などに合わせた装飾がされている。過度に猫らしいものではなく、かといって明らかに仮面が浮いてもいない、絶妙なバランスだった。

(なるほど……ひとりひとりの顔に……頭にあったデザインになってるんだ。これは確かに、汎用性のあるものじゃないかも……)

 とはいえ、疑問はあった。

「わたし、いままでヒトネコやってきた中で、こんな装飾品の選択肢があるって知らなかったんですけど。なんで教えてくれなかったんですか?」

 ひとりひとりに合わせた調整が必要だというなら、わたし用にも作ってくれれば良かったはず。実際、耳や尻尾、肉球手袋やブーツはわたしの体格や髪・肌の色などに合わせて作られた専用品なのだから、マスクだって作ってくれてもいいはずだ。

 そのことをわたしはママさんに問うと、ママさんは実に困ったような笑顔を浮かべた。

「それはね……とても重要な理由があるの」

「恥ずかしがる顔がよく見えるように、とか言ったら怒りますよ?」

「…………」

「図星ですか!」

「言わなかったのに宮子ちゃんが怒ったぁ」

「そりゃ怒りますよ!」

 意地が悪いというか往生際が悪いというか。

 いまからでもマスクを作って貰うように言った方がいいんだろうか。

 わたしがそう考えていると、ママさんはぺこぺこと低姿勢でお願いしてくる。

「宮子ちゃんはヒトネコとしてとっても人気だから、顔を半分覆った状態にはならないで欲しいの……需要があるのよ……お仕事の内だと思って……」

 そう言うのはずるいと思う。わたしは深く溜息を吐いた。

(納得はできないけど……実際、それでボーナスもらっちゃってるしなぁ……)

 わたしにはヒトネコボーナスが支給されている。ヒトネコになる本人としては、わたしの何がそんなにいいのかわからないけど、それでお金を貰っている以上、堪えるのも仕事のうちかも知れない。

「実は今回の旅行でも、ヒトネコな宮子ちゃんと遭遇するのを楽しみにしてる人が結構いるのよ……」

(なるほど、それでちょっと旅費が安くなってたんだ……)

 美里と旅費の話になった時、わたしだけ妙に安いのには気付いていた。

 その時は初参加だからかなと思っていたけど、そういうカラクリがあったようだ。遭遇を楽しみにしている誰か――店の常連ということは、相当な身分の人だ――がわたしの旅費を一部負担してくれたのだろう。

「はぁ……わかりましたよ」

 わたしは仕事に対しては真摯であらなければならないと思っている。

 多少他の人より多めに恥ずかしい思いをしてしまうのも、そういう仕事だと思えば、納得はできなくても理解は出来る。

 わたしの結論を聴き、ママさんはとても嬉しそうだった。

「ありがとう宮子ちゃん!」

 わたしを抱き締めて、頭を撫でてくるママさん。わたしはそのスキンシップの激しさに辟易していた――のだけど。

 旅行後、美里に「ミヤったらママさんに撫でられてた時、顔は嫌そうなのに耳と尻尾が嬉しそうに揺れてたから『あれが真のツンデレ猫だ』って、皆和んでたよ」と指摘され、悶絶することになるのだった。

 ともあれ、装飾品はそんなところのようだったのだけど、全員に着ける装飾品がまだひとつあった。

「これは膝のサポーターよ。移動出来る道は綺麗に整えられてはいるけど、外に違いはないからね。これでスーツの膝あたりを保護するの」

「サポーター、なんだかごつくないですか?」

 わたしは思わずそう聴いていた。ママさんが用意してくれた膝サポーターは、バレーボールの選手が着けているような薄手のものじゃなく、どちらかというと自転車競技とか、スケボーで遊ぶ子供が身につけるような、分厚いパッドが着けられていた。

 本物ほどパッド部分は固くなく、身体の屈折に合わせて形が変わるみたいだけど、それにしてもあまりに厳重そうに見えた。

「ああ、これはね。着けてみたらわかるわ」

 そう言われたので、わたしはママさんにそのサポーターを着けてもらう。

「軽く膝を曲げて……そうそう。じゃあ、着けるわねー」

 楽しそうなママさんの声と共に、膝にサポーターが取りつけられる。膝の皿に当たる部分に分厚いパッドを当て、上下のベルトで脚にそれを固定する方式だった。

 ベルトが締められると、ふくらはぎと太ももにベルトが食い込み、脚がまっすぐ伸ばせなくなって――。

「お、おっとと!?」

 わたしは思わずサポーターを着けている側の膝を着いていた。そうなって始めて、このサポーターの意味を悟る。

「これって……もしかして、四つん這いにならないといけなくなるってことですか?」

「うん。ご明察。猫が当たり前みたいに二足歩行してたらおかしいでしょ?」

 もう片方の脚にもサポーターが取りつけられると、わたしは四つん這いで歩くことしか出来なくなっていた。

 普段ヒトネコに扮する時は自分から四つん這いで移動するようにしていたから、慣れた姿勢ではあるのだけど。

 立とうと思っても立てず、四つん這いを強制されているという状況は、思ったよりもドキドキした。

 膝パッドのおかげか、地面に着いている膝が全然痛くないので、四つん這いを取る身としては、むしろ楽だ。

 ベルトは肉球グローブを嵌められた手では解けないし、なんだか自らヒトネコに扮する、というよりは、強制的にヒトネコにされている、という感覚が強い。

 否が応でもヒトネコ状態に没頭するように。

 なんとなくそんな気がして、わたしは気持ちが高まるのを感じていた。

「さて……これで装飾は終わり」

 手際のいいママさんのおかげで、準備が整ったみたいだ。

 わたしが周りを見渡して見ると、四つん這いのヒトネコたちがたくさんいた。

 いままでわたしが経験してきたお店のイベントでも、ここまでたくさんのヒトネコが同時に用意されることはなかった。

 見渡す限りのヒトネコたち。

 ある種壮観な光景にわたしは見入ってしまう。

 そんなわたしの側に、わたしと変わらないヒトネコスタイルの美里が近付いてきた。

「にゃおん♡」

 甘えた声をあげながら、美里にスリスリと身体を擦り寄らされ、ラバースーツ同士で触れあったところに強い刺激を感じる。

 そんなわたしたちの様子を満足そうに眺めていたママさんは、ぱんぱん、と手を打った。

 それと同時に、部屋の扉が開いて台車をひいた謎の作業員たちが入ってくる。

 第三者の目が増えてざわつくヒトネコたちに構わず、ママさんは彼らが台車に乗せて運んできたものを示した。

「旅行中、猫の移動といえば、ペットケージ! というわけで、ヒトネコ専用のケージを用意したわ!」

 そう、わたしたちは本物の猫よろしく――ペットケージに入れられて、移動するのだ。


つづく


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