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夜空さくら
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ヒトネコトリップ! 5


 運びこまれてきたケージは、いずれも同じ形で同じ大きさだった。

 形自体は、街でもよく見かける、ペットを入れて運ぶためのケージのようだったけど、大きさが普通とは明らかに違う。

 人間が――ヒトネコが入ることを想定しているのだから、当然だけれど。

 ただ人がひとり入るというには、あまりに小さかった。

「これに……入るんですか……?」

 入れなくはない、と思う。

 身体を伸ばすことは出来ないから、間違いなく窮屈だろう。

 けど、ある程度の広さは確保されているから、四つん這いになって身体を丸めればいけそうではある。

 それでも狭いと感じているわたし。ママさんはそれこそが狙い通りの反応だったのか、楽しそうだった。

「百聞は一見にしかず。宮子ちゃんは最後にして、先に他の子に入ってもらいましょうか」

 ママさんはそういって、まず美里を手招きした。

 美里は弾むようにママさんの足下に移動する。四つん這いでも身軽な美里は、ママさんの足下をくるりと周り、身体を擦りつけて遊んでいた。その姿はまさにじゃれつく猫という感じで、ママさんも楽しげに笑っている。

「うふふ。美里ちゃんは本当に猫みたいで可愛いわね。ほら、入って入って」

 ペットケージの扉を開き、美里を促す。

「にゃん♪」

 美里はそう楽しげに鳴くと、身体をくるりと反転させ、ペットケージにお尻を向けた。

 開かれた扉の中に、片脚ずつ差し込み、そのまま後退して身体をペットケージの中に折り畳みながら入れて行く。さらに背中を丸め、両腕を身体に引き寄せて縮ませる。

 そうすると見事にペットケージの中に美里の身体は収まってしまった。

「閉めるわよー。挟まれないように気をつけてね」

 ママさんが扉を閉めて鍵をかけると、嘘みたいにあっさりと、美里はペットケージの中に閉じ込められてしまった。ペットケージの扉には中の様子が見れるように透明な窓があって、中から美里がニコニコしながら手を振っているのが見える。

 わたしが半ば唖然として見詰めていると、美里はペットケージの中でごそごそと動き、身体を丸めて横たえ、寝る姿勢に入った。時折耳と尻尾らしきものがパタパタと動いているのがわかる。

 そうすると、巨大な猫が入っているようにしか見えない。普通に考えてそんな巨大な猫がいるはずがないんだけど、猫らしい姿と言えなくはない。

 他の人たちがどんどんケージに入れられていく中、わたしは美里のケージに近付いて、窓から中を改めて覗き込んで見る。

 美里はすっかりくつろぎモードで、窮屈なはずのケージの中で悠然と目を閉じていた。

(さすが……というべきなのかしら)

 呆れるべきか感心するべきか。

 わたしの理性は盛大に迷っていたけど、そうやって正しく猫のように扱われている美里を見ていると、ドキドキするのも確かだった。

 そしていよいよ、わたしの番が来る。

 空のケージの扉を開け、ママさんがわたしを呼んだ。

「宮子ちゃん――いえ、ミヤ。お待たせ」

 ヒトネコとしてお客さんの前に出る時の名前で呼ばれ、心臓がどくんと大きく脈打つ。

「さあ、こっちにいらっしゃい」

 ママさんの声音は、従業員のわたしを呼ぶものではなく、ヒトネコのわたしを呼ぶものだった。

「にゃ……ぁ」

 まだ首輪は人語抑制モードにはなっていないはずなのに。

 意識せずにわたしの喉から出たのは、猫のような鳴き声だった。

 その事実がどうしようもなく恥ずかしい。人としての理性が恥を感じている。

 ママさんは笑みこそ深くしたものの、そのことには触れなかった。触れられていたら、わたしは恥ずかしさのあまり逃げ出していたかもしれないから、ママさんはこういう見極めが本当に上手い。

 だからといって、恥ずかしいことに違いはなかったのだけど。

 わたしは早くケージに入ってしまおうと、急いでママさんの示すケージの入り口へと向かった。

 自分が入ると思うと、他の人たちがすんなり入っていったとは思えないくらい、ケージを小さく感じる。

(は、入れるのかな……)

 美里たちがそうしていたように、ケージにお尻を向け、片脚ずつケージの中に入れていく。

 ケージの中の床部分は、思ったより柔らかい素材で出来ていた。クッションほど沈み込みはしないけど、マットほどは固くない。程よい硬さのソファという感じだろうか。

 わたしが挿し込んだ片脚は、奥の壁にぶつかってしまった。壁の材質も固く冷たい感じじゃなく、低反発枕みたいな感触だ。

 その割に強度に不安は感じない。思いっきり体重を預けても揺らぎそうな感じはしなかった。無駄に先進技術が使われているような気がする。

(ん……脚を畳んで……)

 脚をどう折り畳めばいいのか、いまいちわからなかったけど、とりあえず正座を崩したような、一般的に女の子座りと言われる座り方で体を納めていく。お尻も奥の壁に着けた。

 それでも、まだ首がケージの外に出てしまっている。

(えーと、ここから……)

 わたしは背中を丸め、亀のように首を竦めて頭を引っ込めた。両手は肘が胸の横につくように丸め、両手の拳でケージの入り口の左右を抑えるようにしてみる。

 そうすると、かなり窮屈ではあったけど、ケージの中に体が収まった。

 わたしがケージに収まったのを見ると、ママさんが扉をゆっくりと閉めて行く。

 ケージの扉はあっさり、けれどしっかり閉められた。

 小窓からママさんが中を覗き込んでくる。そうやってケージの外から覗かれると、自分が本当の猫になったようで、実に不思議な感じだった。

「大丈夫そうね」

 ママさんの声は普通に聞こえている。外目からはわからなかったけど、たぶん空気穴がきちんと容易されているのだろう。

「それじゃあ皆、いまから移動を開始するわ。最初の目的地は『ヒトネコ横町』。着くまで結構時間があるから、ゆっくりしてて。寝ててもいいし、楽しんでもいいわ」

 楽しむってどうやって、と思いかけたけど、そのための装備を着けていた人もいたことを思い出した。狭いとはいえ、頑張れば壁や床に体を擦りつけたりすることは出来る。

 こういう時間があるときのためのものなのだと、今更ながら悟った。

「首輪の人語抑制機能はオンにしておくから、もし何か困ったことがあったり、急に気分が悪くなった時は、天井の緊急ボタンを押してね」

 ママさんの言葉に首を捻ってケージの天井を見ると、まるで冗談みたいに大きな赤いボタンが確かにあった。クイズ番組の早押し問題で使われるようなボタンだ。

 でもこれならあまり自由の利かないわたしたちの状態でも押しやすい。少し安心だ。

「定期的に皆の様子はチェックしているし、水分補給の時間もあるから、あまり心配せずに楽しんでね」

 万が一の時の準備はされているのだと説明があると、安心出来た。

 安堵するわたしの首に、もはや慣れ親しんだピリリとした刺激が来る。首輪の人語抑制機能が動き出したのだろう。

「にゃ……にゃあ」

 試しに声を出してみたら、「あー」と声を出したつもりが「にゃあ」になっていた。

 狭苦しいケージの中にいることも含め、本当に猫になってしまったようだ。

「それじゃあお願いします」

 ケージの外でママさんがケージを運んで来てくれていた人たちに声をかけると、ガタゴトと音がし始め、わたしたちの入ったケージが運び出され始める。

 すぐにわたしの番もやってきた。わたしごとケージが持ち上げられる。

「にゃ、にゃっ……!」

 その浮遊感はかなり怖かったけど、すぐに台車に降ろされたので、それほど恐怖は持続しなかった。

 台車に移されたわたしのケージが動き始める。慣性が働いて、体が一瞬ぐらりと傾いだ。

 けれど、思ったより移動の際の振動は少ない。

 台車の車輪がかなりしっかりしたものだということもあるのだろうけど、台車自体にかなり工夫が施されているみたいだ。積んだものに対してほとんど振動がいかないよう、サスペンションとかクッションとかが充実しているみたい。

(このために用意したのかな……? ……ううん、そんなはずないよね)

 出来る出来ないでいうなら、コーティング式全身スーツやら、人語抑制機能付きの首輪やらを作れるうちのお店が出来ないわけがないと思うけど、いくらなんでもこのためだけにこれだけたくさんの特殊な台車を用意するのは無駄が多すぎる。

(こういう台車をいつも使うような企業から借りた、とかかな……?)

 製薬会社とか、精密機械を扱う会社とか、こういった台車が必要そうな業種はいくつか思い至る。

 このときのわたしは、まさかそのものずばり『箱に入れた人間を丁寧に運ぶ』ために、こういった台車を日常的に必要とする企業から借りたものだということに思い至れなかった。


 その『頻繁に箱に詰められた人間を運んでいる企業』に、わたしが関わるのは、また別の話。

 ともかく、このときはただ快適な移動に身を任せていただけだった。ケージの扉の小窓から外の様子は見えなくはないけど、運んでくれている誰かと目が合ったら気まずいし、こっそりちらちらと窺うくらいしか出来なかった。

 そうしているうちに外に出て、お店の駐車場に止まっている大きな――視点が下からになっているか、めちゃくちゃ大きく見えた――トラックに、スロープを経て運びこまれる。

 トラックの荷台の中は薄暗かったけど、そんなに物々しくはなくて、どちらかといえば落ち着いた雰囲気だった。

(なんというか……徹底してるなぁ)

 トラックの荷台なんて普通は味気ないもののはずなのに、ちゃんと壁紙が張ってあって照明も裸電球とかじゃなく、ホテルの一室みたいな雰囲気だった。

 そんなトラックの荷台の左右の壁には、私たちの入ったケージを納めるためか、丈夫そうな棚が用意されていた。

 その棚の一角の前で止まると、また一瞬の浮遊感があって、ケージごと棚に収められる。

 なにやらケージの四隅から音がしたのは、固定用の金具か何かだろうか。

 ふと小窓から正面を見ると、同じようなケージが並んで棚に収められている光景が見えた。中の様子まではよく見えなかったけど、中にいる誰かがわずかに動いている。

 わたしもあんな風にケージに収められ、棚に並べられているのかと思うと、不思議な気分だった。

「その子で最後ね。ありがとうございます」

 外で、ママさんがわたしたちを運んでくれた人たちにお礼を言っている。

 コツコツ、とママさんが荷台に入って来る足音がした。なんとなく気になって小窓からその方向を覗いて見ると、ちょうど荷台の扉が締まるところだった。

 扉が締まるときの、独特の金属音が響き、この場所がトラックの荷台だということを思い出させる。

 ママさんはバスガイドさんのようなスーツ姿で、荷台の一角に用意されていた椅子に腰掛けていた。荷台を見回し、すごくいい笑顔だ。

(まあ、それはそうか……)

 ママさん視点からは、巨大なトラックの荷台いっぱいに、ヒトネコとなったわたしたちが詰まったケージがずらりと並んでいるわけだ。その光景は想像するだけでも壮観だし、実際にその光景を見ているママさんには溜まらないだろう。

 従業員ひとりひとりを愛でているママさんにとって、最高の光景と言えるかもしれない。

(わたしもそのヒトネコの中のひとり……なんだけどね)

 ママさんには愛されているというか、弄られてるけど。

 なんとなくママさんの様子を見ていると、視線に気付いたのか、ママさんがわたしの方を見た。ばっちり目が合う。

 ママさんが嬉しそうに手を振って来て、見られていたことに気付かれてしまったわたしは、なんとなく座りが悪くなって、顔を伏せた。

 心臓がドキドキ高鳴っている。

『出発しまーす』

 運転席からか、そんな声がかけられてトラックが動き出す。

 体にわずかにかかる慣性から動いていることはわかるけど、驚くほど振動は少ない。

 乗ったことないけど、リムジンとかの高級車に乗るとこんな感じなのかもしれない。

 わたしはそんなことを考えつつ、さてどうしようかと悩んでいた。

(寝れる……かな)

 美里は速攻で寝ていたけど、わたしはこんな狭いところで器用に寝れる自信がない。

 狭い中、体をなんとか回転させ、横向きに寝転がることは出来たけど。

 膝がすぐ目の前にあるし、折り畳んだ腕の収まりも悪い。

(こんなんじゃ……寝てなんか……いられないよ……)

 そう思っていた。

 けれど、思った以上に丸まって寝る体勢はわたしに合っていたみたいで。

 気付いた時には普通に眠ってしまっていた。長い移動時間、退屈せずに済んだのだ。

 早いうちに寝れたのは幸運だった。


 なぜなら――移動時間は他のヒトネコにとって、『お楽しみ』の時間だったからだ。


つづく


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