ヒトネコトリップ! ~ヒトネコ横町~ 1
Added 2019-10-02 14:28:11 +0000 UTCその商店街は、一見普通の商店街だった。
どことなくレトロな雰囲気を醸し出し、古き良き商店街という感じだ。
太く大きな一本道の左右に様々な店舗が建ち並び、上空はアーチ状の屋根で覆われている。活気ある呼び込みの声が響き、通行人もそこそこ歩いている。
普通の、一般的な商店街と違う点は、三つ。
まず子供の姿がない。いかにも子供を連れていそうな買い物途中の女性と思われる人物の隣にも子供はおらず、普通の商店街ならありそうな子供向け玩具が置いてある店舗はひとつもなかった。子供の姿がないのは、ある意味当然ではあったが、ひとりもいないので少々異質な印象を受ける。
二つ目の普通の商店街と異なる点は、綺麗すぎるということ。
無論普通の商店街にも綺麗な商店街はある。ある程度きちんと整備や清掃が行われている商店街であれば、綺麗なことは珍しくない。だがこの商店街は必要以上に綺麗だった。ゴミが落ちていないのは当たり前。床はタイルが歪み無く敷き詰められているように見えるが、そのタイルも顔が映りそうなほど綺麗に磨き込まれていた。タイルとタイルの隙間は滑り止めの役割も果たしているのか、白いゴムで埋められているが、それも欠損や汚れが一切なく、常に新品を保っているかのようだ。商店街の各所には景観のためか、観葉植物が植えられているのだが、それもよく見れば土を必要としないダミーで、万が一でも汚れることがないように整えられていた。
そして三つ目。
この商店街が普通と違う理由は、その三つ目の違う点にあった。
それは、ヒトネコたちが、自由に動き回っているということ。
猫耳と尻尾、そしてラバースーツと肉球ブーツとグローブを身につけるのを基本として、思い思いの装飾を身につけている様々なヒトネコたち。
ざっと商店街を見渡すだけでも、十数頭のヒトネコが思い思いに活動していた。現在表にいないヒトネコも合わせれば、三十ほどのヒトネコが同時に活動していることになる。
そんな光景が見れるのは、世界広しといえど、このヒトネコ横町くらいのものだろう。
そしてそのヒトネコ横町に、大きなトラックが到着した。
ヒトネコ横町に新たなヒトネコが解き放たれようとしている。
商店街の住民達――に扮したエキストラたち――は、その気配を敏感に感じ取っていた。
どのようなヒトネコたちが追加されるのか、与えられた役割に沿った行動を取りながらも、期待に胸を膨らませるのだった。
そんな彼らの期待に応えるように、大きなトラックの荷台の扉が左右に開き始めた。
ヒトネコトリップ・最初の目的地・『ヒトネコ横町』。
ここの話だけは事前に美里が洩らしてくれていたので、どんな感じの場所かはわかっていたつもりだったけど、実際目にするとあまりの非現実さに目眩がした。
綺麗すぎる商店街の中で、ラバースーツを着た女性が四つん這いになって、猫耳と尻尾を揺らしながら動いている。街行く人々はそんな彼女たちを当たり前のように受け容れていて、基本的には反応すらしていない。しかしヒトネコが反応を求めて近付いていくと、それぞれの役割に応じた反応をして、ヒトネコと自然に交流していた。
自分も似たような格好をしているのだということを忘れて見入ってしまうほどに、彼女達は商店街の風景に溶け込んでいる。
それはわたしだけじゃなく、同じように運ばれてきたヒトネコたち皆同じだった。
ヒトネコたちの様子に見入っていると、皆を出したママさんが手を打って皆の意識を引き寄せた。
「はーい、見入るのはわかるけど、一端トラックの外に出ましょうか。注意事項を伝えるから、まだトラックから離れないでね」
そのママさんの言葉に従い、わたしたちはトラックから降りる。トラックの荷台からは緩い坂になっているスロープが伸びていて、安全に降りられるようになっていた。
トラックが停まっているのは商店街の入り口付近だったけど、その辺りもちゃんと塀に覆われていて、外からは商店街の様子が見えないようになっていた。
(まあ、それはそうよね……こんなの見られたら、大騒ぎどころじゃ済まないし……)
快晴の空の下にヒトネコがぞろぞろと集まっていること自体、異様な状態なのだけど、わたしはそのうちの一人なのでなんとも言えなかった。
ヒトネコ横町について、皆の気持ちが浮ついているのがわかる。
一見普通の商店街なのに、ヒトネコとして活動出来るのだから、楽しみでしかたないのだろう。
わたしもその倒錯的な状況に、少し興奮してしまっている自覚はあった。
皆が外に出揃うと、さすがに視線を観じる。商店街の中で活動している人たちは到って平静を装っているけど、明らかにこちらに意識を向けているのがわかった。
(うう……見定められてるみたい……)
恥ずかしく感じてしまったわたしは、近付いてきた美里をこれ幸いと受け容れ、その影に身を縮めて隠れる。
「にゃお?」
美里は堂々としたものだ。ある意味、ヒトネコになりきっているのだろうけど。
頭を軽く擦りつけられて、くすぐったい。けれどその存在がありがたいのは事実だった。
わたしが美里に癒やされていると、ママさんがわたしたちの前に立って説明を始める。
「さて、ヒトネコ横町に到着しました! 皆、お疲れさま!」
ニコニコした笑顔を浮かべたママさんが、わたしたちを見渡す。
「念のため聴くけど、気分や体調の悪くなった子はいないわね? いたら正直にいうこと。もしヒトネコ横町を散策している途中で気分が悪くなったら、蹲って啼けばすぐ医療班が駆けつけるから心配しないでね」
相変わらず、至れり尽くせりの体勢が敷かれているようだ。
(商店街にいる人たちもそうだけど……どれだけお金かかってるんだろ……人件費とか……)
気にするのも野暮とはわかっているけど、ついそんなことを考えてしまう。
これほどの規模の施設、よほど酔狂な出資者が複数いないと意地できないだろうに。
「ここでの注意事項を伝えるわね。皆はヒトネコとしてこの商店街の中に入るから、大事なことはひとつ! 『ヒトネコとして行動する』こと!」
ざっくりとした基準だった。
それでいいのか、正直疑問に思ってしまう。
「ヒトネコとして行動する限り、誰からも文句は出ないし、制限もかからないわ。禁止事項は『人として意思疎通を試みること』『ヒトネコらしくない行動を取ること』『無闇に人を傷つけること』ね。まあうちの子たちはその辺大丈夫な子達ばかりだから、問題にはならないと思うけど」
そういってわたしたちを見回すママさんの目には信頼があった。
その辺が問題になるような人はそもそもこの旅行に参加していないだろうし、その信頼も当然かもしれない。
「ヒトネコ横町では食べ物や飲み物を恵んでもらえるわ。もちろんヒトネコ用に調整してあるから、色んなお店に行って色んなものを食べたり呑んだりしてみるといいわね。残念ながらお酒はないけど」
そう言ってママさんは笑った。
「ちゃーんと夜にはお酒を飲めるタイミングがあるから、お昼は我慢してね」
(あるんだ……)
わたしはそこまで飲酒に拘っていないので、あってもなくてもどっちでも良かったんだけど。
ああそれと、とママさんは何でもないことのように続ける。
「もし排泄や排尿がしたくなった時は、商店街の各所に用意されたヒトネコ用トイレに入りなさい。そこで出来るわ」
(……どうやって?)
思わずわたしがそう思ってしまったのは、わたしたちが身につけたラバースーツが、そういった機能を一切持たないものだったからだ。普通なら股間にジッパーとかがあるのだろうけど、そういったものは一切ない。わたしは着けてないけど、金属の貞操帯のようなものを着けている人だっている。
もしトイレに行くのであれば、全部脱がなければならないはずで、それはヒトネコから人間に戻ってしまうことになって、気分を削いでしまわないだろうか。
(こんなに長くヒトネコになってたことはないしなぁ……)
お店でヒトネコに成るときは、先にトイレとかは済ませておいたものだし、そもそもそこまで長い時間ヒトネコになるということはなかった。
そんなわたしの疑問が浮かぶ目を読み取ったのか、ママさんはわたしの方を見てニコリと笑った。
「ふふ、行ってみたらわかるわ」
ママさんの表情からして、なんとなく普通の方法ではない気がしたけど。
(どんな風にされるにせよ、まだ催していないから考えなくてもいいか)
そんな風に思うことにした。
ちょっと楽観的な思考が、美里に似てきたかもしれない。
ちなみに美里は早く商店街に行きたいのか、キラキラした目で商店街の方を見ていた。
むしろ美里みたいに考えている人の方が多いみたいで、そわそわと浮き足立っているのがわかる。
そんな空気はもちろんママさんにも伝わっているらしく、ママさんは苦笑しながら手を叩いた。
「集合時間は三時! それまでに帰ってこなかった子はあとで別ルートで移動することになるからね! 以上、解散!」
なんか気になることを言われた気がする。
(別ルートってなんだろ……ってはやっ!?)
美里が猛スピードで商店街の方に向かっていた。膝を着かなきゃいけない四つん這いなのに、驚きのスピードだ。
(なんというか……猫っていうか、解き放たれた犬ね……)
そしてさっそく商店街を歩いていた買い物途中っぽい女の人の足下に擦り寄り、頭や体を撫でて貰っていた。なんという躊躇のなさ。
「にゃーん♡」
「うふふ。猫ちゃん可愛い♪」
まるで本物の猫にするように、女の人は美里の頭や体を撫でてあげている。美里は少しの間女の人との触れ合いを楽しんだあと、再び猛スピードで商店街を駆け抜けていった。
(そ、そんな風に離れたら女の人もいい気がしないんじゃ……)
恐る恐る女の人の反応を窺う。
幸い、女の人はあまりの速さに一瞬唖然とはしていたものの、楽しそうに笑って再び歩きだしたので、気分を害したりはしていないようだ。
(よ、よかった……)
美里がやったことなのだから、わたしが何かを感じる必要はないのだけど、ついそんな風に考えて胸をなで下ろす。
他のヒトネコたちも思い思いに商店街に流れ込んでいっていた。
目に見える範囲に人間よりもヒトネコの方が多いという、不可思議な光景に頭が混乱しそうだ。
(とりあえず……わたしもいこう……)
入り口付近でずっと留まっているのも変に注目されそうだと感じ、わたしは恐る恐る商店街に入っていった。
まずは『ヒトネコ横町』がどんな場所なのか、一通り見て歩くことにする。
こうしてわたしは、ヒトネコ横町に脚を――ヒトネコ風に言うなら前脚を――踏み入れたのだった。
つづく