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ヒトネコトリップ! ~ヒトネコ横町~ 2


 ヒトネコ横町は、物凄く綺麗に清掃されているみたいだった。

(一応、屋外……よね?)

 まるで室内のような綺麗さだ。

 四つん這いで歩くわたしたちの目にすら、綺麗に磨かれたタイルが延々と続いている。上空を見上げてみれば、透明すぎてあるのかないのかわからないほど透き通った、ガラス張りのアーチが奥まで続いている。

 別に芸術的な装飾が施されているとかじゃないのに、ただその綺麗さだけで圧倒される。

(ふわぁ……ほんと、すごい……どれだけお金かかってるんだろう……)

 どうしてもそこを考えてしまうのは、わたしが小市民だからだろうか。

 四つん這いのまま、恐る恐る前へと進んでいく。

 不意に、すぐ近くを極普通のサラリーマン風の男の人が歩いて、思わず身を竦めた。

 あからさまにびくついた動きだったと思うのだけど、サラリーマン風の男の人は何も反応せず、ただ黙々と前へと歩いて行く。そして商店街の出口にさしかかると、くるりと体を反転させ、また商店街を歩きだした。

(……この人もスタッフ、なのかな)

 普通の通行人がヒトネコ横町にいるわけがないから、スタッフかエキストラなのだろう。

 黙々と歩くだけ、というのはつまらなくないだろうか。

 なんとはなしにその男の人を見ていると、視線に気付かれたのか、男の人が此方を見た。目が合ってしまい、思わず体が硬直する。

(あ、えっと、ど、どうしよう……っ)

 どう対応するのが正解なのか、わたしは冷や汗を流しながら考える。男の人の視線がわたしの体にも向けられているのがわかった。ぴっちりしたラバースーツを身に付けた、恥ずかしい姿を見られて、顔が熱くなるのを感じる。

(あ、あうぅ……っ)

 思わず体を縮めて、男の人の視線から身を守るように体を丸めてしまう。

 それはある意味、思いがけない近くで知らない人と目が合ってしまった、人見知りをする猫の仕草のようなものだった。

 男の人はわたしの反応を待つように暫くわたしを見ていたけど、ふと笑顔を浮かべるとその場に膝をついた。視線を低くしてくれたのだ。

 そして、舌を鳴らしながら指をこちらに差し出してくる。

 猫を呼ぶ仕草だ。

(こ、こっちに来いってこと……? で、でも……)

 わたしは躊躇する。美里みたいに吹っ切れていれば違うのだろうけど、わたしは彼女ほど猫に成りきれていない。

 この姿を見られるのは恥ずかしいという気持ちが常にある。その上、触られてしまったらどうなるのか。

 正直逃げたい気持ちがむくむくと膨らんでいた。

(けど……)

 恐る恐る、男の人の顔を見上げる。男の人は優しい笑顔でこちらを見ていた。見る者を安心させる、柔らかな笑みだ。

(せっかく、ヒトネコ横町に来たんだし……)

 いつもと違う行動や経験をして、新鮮な感覚を味わうのが、旅行する目的である。

 わたしは意を決して、男の人に近付いていった。

 ちちち、と男の人の舌を鳴らす音が大きくなる。

 差し出された手が、すぐ目の前に来た。

(えっと……こ、ここからどうしよう……)

 男の人はまだ動かない。わたしがどういう触れ方をするか、見極めようとしているようだった。

(舐める……はさすがに無理だし……ほ、頬摺りくらいなら……っ)

 我ながらびくびくしつつ、わたしは男の人の手に顔を近づける。

 男の人はわたしを焦らそうとはしなかった。あくまでヒトネコの側の意思に任せるようになっているのか、手をそのままの形で動かさない。

 差し出されたその手に、わたしはえいやと気合いを入れて頬を擦りつける。男の人らしい、ごつごつとした無骨な手の感触が頬に伝わってくる。

「よーしよし……良い子だ」

 低い声で男の人が囁いてくれる。声音から優しさが伝わってくるようだった。

 男の人はすり寄せたわたしの頬を、掌で優しく撫でてくれる。その手つきは慈しみに溢れたもので、触れられているところが暖かく感じるほどだった。

「ふにゃ……にゃ……っ! にゃっ」

 包み込むような暖かさに絆され、思わず変な声がでてしまった。

 慌てて飲み込む。恥ずかしすぎて頭が沸騰しそうだ。どれほど顔が赤くなっているのか、考えたくない。

 そんなわたしの反応はこの横町では珍しい方なのか、男の人は物凄く楽しそうだった。

 頬を撫でていた手が、ゆっくりと移動を開始する。

 男の人の手はわたしの頭へと移動し、猫耳や耳当てをずらさないように器用に避けながら撫でてくれた。

(手慣れてる……って感じね)

 恥ずかしいことに変わりはないけど、本物の猫にするように、他の意図を見せずにただ撫でてくれているから、少し余裕が生まれた。

 そんなわたしの反応を読み切っているのか、男の人はすかさず手を移動させ、今度はわたしの顎の下で、くすぐるように指を動かす。

「ふにゃ……っ」

 普通は触れられない場所をくすぐられ、思わず首を竦めて俯いてしまう。

 男の人は執拗に追ってくることはせず、わたしが首を竦めるとすぐに手を引っ込め、また頭を撫でる動きに戻っていた。

(く、くすぐったかったぁ……も、もう少し……)

 撫でられるのに慣れてくると、自然ともっと色んな場所に触れて欲しくなる。

 身を晒す恥ずかしさを堪えつつ、わたしはまた顎の下を男の人に差し出した。

 男の人は、今度はゆっくりと、触れるか触れないか程度の動きで、わたしの顎の下をくすぐる。

「んにゃ……っ、ふ……にゃっ……♡」

 さわさわと絶妙に指が動くものだから、気持ちよくて思わず喘いでしまった。

(触り方を心得てる……ってレベルじゃない、わね……っ)

 たぶんそういう練習を幾度もやっているんだろう。男の人の指先のテクはかなり素晴らしかった。ただ顎の下を触られているだけなのに、背中の方までぞくぞくする感覚が走る。

 腰くだけになりそうなのを堪えて、身を捩り、声を殺して啼く。

 わたしとしてはそれだけのことだったのだけど。

 それを外から見た時、仕草と自分の浮かべている表情が、どれほど扇情的なものなのか、理解していなかった。

 優しい笑顔を浮かべていた男の人が、真顔になっている。

 わたしはそれに気付かないまま、男の人の指先の動きを耐える。

 男の人は無言でもう片方の手をわたしの体に伸ばして来て――


 ラバースーツに包まれた胸を掴まれた。


 掴まれた、というほど力は強くはなかったかもしれない。

 けれど、そこに触れられた感触は強く、そこから電気が流れたかの如く、わたしは感じてしまった。

 すっかり油断していた分、思わず過剰に反応してしまった。

「ふにゃああ!?」

 びくんと体を跳ねさせ、声をあげてその場に蹲る。

 心臓の鼓動が一気に最高速に達し、口から心臓がまろび出そうなほど、心臓が暴れ回る。耳の奥で鼓動が何重にもなって鳴り響いているように感じた。

 幸い男の人はすぐ胸から手を離してくれた。

「わっ、わわっ、ごめん!」

 泡を食ったようにわたしから離れる男の人。その男の人の側に、いつの間にやって来たのか、警察官の姿をしたいかにも屈強な男の人たちが現れていた。

「ちょっと君……話を訊かせて貰ってもいいかな」

 男の人が青ざめている。

 恐らく警察のようなこの人たちは、ヒトネコが何かされた時のための警備員なのだろう。

 わたしが了承していないのに、無理矢理体に触れたとか、そういう風に思われているのは明らかだった。

(ち、違う……! そうじゃなくて……!)

 いきなり胸を触られて、びっくりしただけ。

 そう言おうとした。

「にゃ、にゃあぉ……」

 けれど、撫でられるのは確かに気持ちよかったけど、いきなり体まで触られて驚いたのは事実だ。でも頭を撫でられるのを許したのに、体を撫でるのは許さないというのも変な話しのような気がした。

 なんと言えばいいのかわからなくなって、警察官に囲まれた男の人の前でおろおろするしか出来ない。

 そんなわたしの複雑な心境を察してくれたのか、警察官のひとりがわたしの前で膝を着いて尋ねてくれた。

「大丈夫かい? 何か、嫌なことをされた?」

「にゃ、にゃぉ……」

 嫌かどうかと言われれば、そうではない。首を横に降る。

「じゃあ、驚いた?」

「にゃっ!」

 我が意を得たり、と思って思わず大きな声をあげてしまった。

 顔が赤くなるのがわかる。穴があったら入りたい。

 そんな私の反応は、いままでのヒトネコに全くない反応ではなかったようで、大体の状況を察してくれたみたいだった。

「大体わかった。一応彼は連れて行って話を訊くけど、罰則等はないと思うから安心してくれ。君はこのまま行って大丈夫だよ。それでは――良いヒトネコ体験を」

 そう警察官の人は言って、サラリーマン風の男の人を連れて去って行った。

 警察官の口ぶりからすると、すぐに解放されるだろう。

(監視カメラとかもあるだろうし、問題ないことはすぐわかるわよね……悪いことしちゃった)

 けれどいきなり胸を触られて驚いたのも確かだ。

 もっと順序よく、背中とかお腹から順番に撫でていってくれればわたしだって――とそこまで考えて、自分の想像が猛烈に恥ずかしくなった。

(こ、こんな場所でそんな風に触られたら、周りにも見られたい放題じゃない!)

 本当の猫なら気にしないのだろうけど、わたしはヒトネコだ。

 異常な雰囲気に当てられてそうならずに済んだのだから、思わず胸に手を出してしまったあの男の人に感謝するべきかもしれない。

(……あとで見かけたら、もう一度撫でさせてあげようかな)

 『あげようかな』などと、すっかりヒトネコ側の思考に毒されていることにも気付かず、わたしは再び商店街を歩き出す。

 その前方から、美里がやって来た。

(もう商店街を一周してきた……の?)

 わたしが首を傾げてしまったのは、美里がなにやら棒を咥えていたからだ。

 お箸とかそれくらいの細さなのは、人間の口でも横向きに咥えて持ち運べるようにあえてだろう。

 何の意味があるのかわからず戸惑っていると、美里はわたしを見つけて、勢いよく近付いてきた。

「んにゃっ! んー、んー!」

 美里はわたしのすぐ側に来ると、わたしの体に自分の身体を擦りつけながら、前脚で商店街の奥の方を指し示す。

(着いて来いって?)

「にゃ?」

 そういう思いを込めて啼くと、意図が通じたのか、美里は頷き、わたしの前を歩きだす。 少し行ったところで振り返り、くいっと首で着いてくるように促してきたので、間違いなさそうだ。

(一体何があるっていうの?)

 わたしは不思議に思いつつ、美里に導かれるまま、ヒトネコ横町の奥へと進んでいった。


つづく


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