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夜空さくら
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状態変化なふたり ~液体ゴム抱き枕・ことね視点~


 私の大切な同居人――ありさは呪われている。

 体がゴム化してしまうという呪いで、本来なら自分の形を見失い、気が狂ってしまう呪いだ。

 どうしてそんな呪いにかかったのかは聴かされていないけど、ありさはその呪いに順応して、自由に体をゴム化して動かすことが出来た。

 気が狂わずに過ごせるだけでもすごいのだけど、彼女はその力を普通以上に使いこなしているのだからさらにすごい。

 単純にゴム化して人形のようになるのは勿論、ゴム化したままの体を動かしてゴム人間になることも出来る。もっというなら、ファンタジーの世界のスライムみたいな液体状のゴムとなって自由に動くことも出来るのだ。

 呪いと共存するにもほどがある。そんなありさの呪いのことを知っているのはいまのところ私だけらしい。

 ちなみに呪いはありさの任意で人にも移すことが出来る。

 だから私も体がゴム化する感覚を味わったことはあった。体が文字通りゴムのように柔らかくなって、ありさの好きなように弄ばれる感覚は、呪いによって与えられる快感のような気持ちよさも相成って、病みつきになってしまいそうな危うさがあった。

 ただ、ありさ自身、あまり呪いを移して広げることはしたくないのか、ある程度体の形を保ったままでのゴム化が主で、全身を完全にゴム化させられたりすることはなかった。

 私の安全を考えてくれていることは嬉しいのだけど、全身がゴムになる感覚はどんなものなのだろうかと密かに思っていた。



 ある日、同居人のありさが、寝る直前にこんなことを言い出した。

「ねえねえ、ことね~……お願いがあるんだけど~」

 ありさが猫なで声を出す時、ろくなことになった試しがない。

「イヤだけど」

 だからとりあえず断る。

 さっさと寝てしまおうとベッドに寝転がってありさに背を向けた。

「せめて内容を聴いてから応えてよ~!」

 私にすがりつき、キャンキャンと子犬のように喚くありさ。

 いまは私もありさも普通の恰好で普通の姿だったから、ありさは私の寝間着を手で掴んで揺すってくる。

 子供か、とは思ったけど、結局私は彼女のお願いに弱いのだ。

「はいはい……なに?」

 体を反転させ、ありさの方を向くと、ありさはわざとらしい上目遣いで。

「あのねあのね。一晩でいいから、私の抱き枕になって欲しいの」

「抱き枕? 抱いて寝たいってこと?」

 思ったよりも普通のお願いだったので拍子抜けしてしまった。

 あとから考えると、ありさのお願いがただ抱き枕になって欲しいというわけがなかったのだけど、あの子の発想は色々ぶっとんでいるから、私がすぐにわからなかったのも仕方ないと思う。

「それくらいなら別にいいけど……」

 だから、思わず許してしまった。

 ありさは途端に表情を輝かせる。

「わーい! ことね大好き!」

 だから子供か。

 私とありさは恋人関係にあるから、『大好き』なのは間違ってはいないのだけど、彼女の言い方は子供っぽすぎて時々心配になる。

 ありさはベッドから降りて、隣の部屋からいそいそと何かを持ってきた。

 私はベッドの上に腰かけて、それを見る。

「じゃあ早速だけど、これ着てもらってもいいかな!」

 そういってありさが広げて見せてきたのは、ラバースーツだった。

 思わず首を傾げてしまう。

「……なんで普通のラバースーツなんて買ったの?」

 ゴム化の呪いを完璧に使いこなしている彼女は、私の身体を薄くゴム化した体で覆って、ラバースーツを着ているのと同じような状態にすることが出来る。それを利用したプレイで散々な目に遭わされたこともあった。

 当然、ありさがその場その場で形作るラバースーツの精度は、市販のものとは比べ物にならない。破れたり壊れたりしてもすぐ直せるし、普通のラバースーツを買うメリットはほとんどないはずだった。

 ありさは不敵な笑みを浮かべている。なんか嫌な予感。

「ふっふっふっ……それはね……」

 そう呟いたありさの体がどろりと液体ゴムの状態に溶け、ラバースーツを飲み込みながら、私の身体へと迫って来る。

 アメーバのような生物に補食される感覚というのは、こういうものなのかもしれない。

「ちょ……っ、ぷあっ」

 海で大きな波に襲われた時のように、思わず目を瞑る。

 全身をありさが舐めていくような感触が生じたかと思うと、気付いた時には私の全身はラバースーツに覆われていた。

 寝間着はいつの間にか脱がされて、部屋の隅に畳んで置かれている。無駄に器用なことを。

(大体そこまでするなら……下着を寝間着の上に置くのは止めて欲しいなぁ)

 わざとらしくて恥ずかしい。

 そんな私の思いなど知らない調子で、ありさは再び人の形を取り戻す。

 彼女も服を脱ぎ捨てており、全裸だった。

「うん。これでオッケー。ばっちりことねに合わせたラバースーツの完成!」

 えへんと、形の整った胸を張るありさ。

 ゴム化することの出来る彼女にとって、大きさとか形とかはいくらでも変えられるものだ。今日は巨乳の気分らしく、豊かなボリュームのそれがゆさりと音を立てて揺れていた。

 少し恥ずかしくなった私は、ありさから視線を逸らし、自分の身体を撫でる。

「ん……っ、これ、ありさの体じゃ、ないんだ……?」

 ぴちぴちとラバースーツを鳴らしながら、私は自分の身体を覆うラバースーツの感触を確かめる。

 いつものようにありさの体が覆っているのなら、ありさはそれを動かして私にいたずらを仕掛けてくるはず。けれどこのラバースーツは動くことなく、ただ私の身体を覆い続けている。

 結構生地が厚めのラバースーツを選んだのか、指先を動かそうとすると結構な抵抗があった。足の指先まで一つ一つしっかり覆われていて、ラバースーツというより全身タイツを身につけているかのようだ。

 全身を均等に締め付けてくるラバースーツの感触は、ありさの身体に覆われるのとは全く違い、少し冷たい感じがする。

 普通の着用方法とは全く違う方法で身に付けさせられたから、ありさが脱がしてくれるまで私はこのラバースーツを脱ぐことが出来なかった。背中側にジッパーがあるということもなく、全身ぴっちりと覆われている。

「この格好で、ありさに抱かれて寝ればいいの?」

「まだだよー。最後にこれも身につけて欲しいんだけど……危ないからベッドに寝ちゃって?」

 そう言ってありさが取りだしたのは、私がいま身に付けているのと同じようなラバーで出来た何かだった。

(全頭マスク……かな? 危ないって、視界が制限されるから……?)

 不思議に思いつつ、ありさの指示に従ってベッドに仰向けに寝転がる。

 間髪入れず、ありさが私の上に馬乗りになってきた。見た目は裸の美女のありさにラバースーツしか身に付けていない体の上にのし掛かられると、さすがに少しドキリとする。

「それじゃ、いくよー」

 ありさはそう言って、腕だけを液体のようなゴムに変える。手に持っていたラバー素材の何かはその流体のゴムの手の中に飲み込まれていった。

 そして、その腕が私の頭に覆い被さってくる。

 目を閉じ、息を止めてドロドロしたありさの手を受け容れた。

「はい、オッケー。とりあえずこれでいいわね」

 ありさがそう言うのが、くぐもった状態で聞こえる。どうやら耳まで完全に覆われているみたいだった。

 終わったのだと思って止めていた呼吸を再開しようとして、息を吐くことも吸うことも出来なくなっていることに気付く。正確には吐くことは出来るけど、普通みたいに広がっていく感触がなく、何かで押さえつけられているような感覚なのだ。

(え……なに、これ……?)

 ラバースーツを着せられた手で、顔面を探る。

 ラバーの厚みを場所によって変えているのか、のっぺらぼうみたいに真っ平らな感触が返ってくる。穴が一切ない。

「んんっ、んんんっ!?」

 爪を立ててみようとしたけど、手もラバースーツに覆われているから、表面をカリカリと?くくらいしか出来ない。

 首の境目を捜し出して脱ごうとしたけど、首筋を指先で探ってみても、全く引っかかるものはなくて、完全に体を覆うラバースーツと全頭マスクが一体化してしまっていた。

(ちょ、ありさ! これ、苦し……!)

 ラバーによって全身覆われてしまった私は、呼吸する術がなくてもがいた。けれど、体の上にこありさが馬乗りになっているから、動けない。

 ありさのものらしき手が、私のみぞおちに置かれる。

「大丈夫、ことね。力を抜いて……私に任せて」

 きっと何か意図があるんだと思い、ありさに言われるまま、抵抗するのをやめて脱力した。


 そして――全身から、力が抜けた。


 それは不思議な感覚だった。

 体が溶け、自分の形というものが失われていた。

 体を動かそうとしても、力が入らない。まるで水中の中に溶けているような、そんなふわふわした感覚。

 想像した通りのことをされているのだとしたら、体の輪郭も完全に失われてしまうはずだったけど、なぜかそれだけは残っている。

 体の輪郭、と考えた私は、そのことに気付く。

(あ……あのラバースーツって、このために……)

 声もでない状態で、そのことにようやく思い至る。

 例えるなら、それは水風船。

 ゴムで出来た袋の中に、水が入れられているように。


 液体ゴムとなった私は――ラバースーツの中に詰められているのだった。


 全身をゴム化させられるのは初めてのことだ。

 それも普通のゴム化じゃなく、液体ゴム化。

 自分の輪郭を失ってしまうのはとても危険なことで、順応力の高いありさでも最初は戸惑って、自分がなくなるような感覚に恐怖したらしい。

 けれど、いまの私はそれを恐ろしく感じなかった。

(なんでだろう……体が液体になってるって、考えてみればすごく怖いことのはずなのに……)

 ラバースーツによって身体の輪郭が維持されているというのが、いい方向に働いているみたいだった。

 全身がドロドロになって溶けている感覚は、例えるなら、温泉とかに浸かって気持よくなっている時の感覚に近い。

(ありさはこの輪郭すら溶かしてるんだもんね……すごいなぁ……)

 確かに気持ちよくはあるだろうけど、元に戻れる気がしない。

 いまだって、もしありさがうっかりラバースーツを破いてしまったら、私は辺りに零れだしてどうにもならなくなるだろう。シーツや床に染み込んで、『私』という存在が消えてなくなってしまうかもしれない。

 改めて、ありさの異常さを感じる私だった。

 そんな私の唯一残った輪郭に触れる者がいる。

(ありさ……)

 二つの掌が、私の腕、肩、胸、お腹、脇腹、お尻、脚、頭、顔などを順番に撫でさすっていく。

 なんとなくの場所はそれでわかったけど、いまの私の中身はどろどろに溶けている。段々その感覚も、対流するように溶けて混ざっていっていた。

 頭のあった部分にお腹の感覚が移動したり、脇腹辺りに胸の感覚があったりと、どんどん感覚がカオスに混ざっていく。

 普段は頭から動かない私の意識も、背中やお尻に移動して、頭が大いに混乱する。

(ああ……全身が混ざっていくこの感じ……怖いけど……気持ちいい……)

 眠る寸前の意識が茫洋とするあの感じが、感覚がはっきりとしているのにずっと続いているような、そんな不思議な快感だった。

 自分が世界に溶けていく寸前で、ギリギリ踏みとどまっているような、そんな危うい気持よさがあった。

 もちろん経験はないけど、危ない薬によってトリップして、前後不覚になってしまった人は、こういう感覚なのかもしれない。

(こんな経験をずっとしているのだとしたら……ありさって……本当に……正気なのかな……?)

 元々色々おかしな子ではあるのだけど、彼女が普通に振る舞えているのは、あるいは奇跡なのかもしれなかった。

 そんなありさが、私の身体を――ラバースーツに包まれた液体と化した私を、しっかりと抱きしめてくるのを感じる。

 ありさの腕や脚、お腹や胸の感覚を全身で感じる。

 それは身体が世界に溶けていきかねない私を、ギリギリのところで繋ぎとめる楔になった。


 私はこうして――ありさの抱き枕になった。


ありさ視点につづく

Comments

本来の想定としては、元々ありさが子供のような性格をしているというものです。 ただし、精神は肉体に影響を受ける、ということはよく言われることです。なので、以前本当の子供のように振る舞ったことが人格に多少影響している可能性は大いにありますね。

夜空さくら

コメントを確認しながら小説を読み直しながら生じた疑問ですが、ありさが子供のようだという表現が出ますが、これはありさの性格が元々そんなものですか。 それとも小説"液体ゴム・スーツ形態"からありさが幼い子供の状態にあった時の影響を受けてしまったということの暗示なのですか?

festo

ありがとうございます。ツイッターで素晴らしいイラストを見て、とにかく書かねば!と思い立ちました。もう一方の視点も、なるべく早く書いてアップしたいと思っています。

夜空さくら

予想できなかった状態変化短編ですね。 ヒトネコシリーズもまだ終わってないので、いつ上がってくるかは分からないが、次に上るのはことねの観点からだろうか。

festo


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