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ヒトネコトリップ! ~ヒトネコ横町~ 3


 ヒトネコ横町を飄々とゆく美里の後ろを、わたしは一生懸命ついていった。

 膝をついて動かなければならないいま、そうそうスピードは出せないはずなのだけど、美里は平然とした調子で、すごいスピードで動いていく。

 わたしはそのスピードに合わせて、必死になってついていかければならなかった。

(まったく、もう……恥ずかしくないのかしら……!)

 猫になりきっているといえばそうなのだろうけど、わたしたちは人間である。

 感じてしまう羞恥心などはどうしようもない。

 いまのわたしたちが着ているラバースーツは、体のラインが強調されるものだ。

 特に胸のあたりは各々の胸の大きさに合わせて隆起するようになっていて、激しく動けばその分揺れる。わたしは結構大きめな方だから余計に恥ずかしいというのはあるのかもしれない。

(スレンダーな美里はそのへんの感覚は薄いのかも……)

 などと少し失礼なことを考えてしまう。

 美里はわたしが遅れそうになると、背中に目がついているかのように振り返り、「んにゃ!」と啼いて急かしてくる。

 そのせいで余計に焦ってしまって、わたしは汗だくになりながらも美里の後に続いた。

「ふ、にゃ……ふにゃ……ふにゃ……っ!」

 手足の疲労がピークに達しようかと言うとき、不意に美里が止まった。少し引き離されていたので、ぶつかることはなかったけど、危うく美里のお尻に顔から突っ込むところだった。

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……にゃ、お……ぅ?」

 どこで立ち止まったのかと、お店を見上げてみると、重厚な木で出来た引き戸が目についた。お店の壁もかなりの高級感溢れるもので、お品書きらしきものがひとつずつ木の板に書かれている。

(ここって……お寿司屋さん?)

 それもよく街中で見かける回転寿司のチェーン店などではない。

 いわゆる『回らない寿司屋』という風情だ。

 魚屋さんとはまるで違う、格式すら感じさせる門構えである。

(え……? まさか、ここに入る気……? いやいや、さすがにちょっと……)

 いくらここがヒトネコ横町とはいえ、ヒトネコが入っていいような場所じゃない。

 そもそも扉も開いていないし、と思っていたら美里がその口に咥えていた箸のような棒を、扉の下の方に設置されていたパネルのようなものに触れさせる。

 すると明らかに手動だと思われた扉が自動的に開いた。ちょうどヒトネコが体を滑り込ませそうな隙間だ。

「んにゃ!」

 得意げに啼く美里が中に入るよう、わたしを促す。

 なんで普通は入れなさそうな場所に入れる鍵を美里が持っているのか。

 疑問に思ったけど、ヒトネコになっているいま人間の言葉でのコミュニケーションは取れない。

 わたしは仕方なく、美里に促されるまま、中へと入ってみることにした。

 体を滑り込ませると、中は想像した通りの、いかにも高そうな寿司を出しそうなお店だった。ただ、客として人が入ることを想定していなさそうな店の造りだった。カウンターは普通だけど、明らかに無駄な広いスペースが確保されている。

 普通はテーブル席とかが用意されていそうな空間に物がなく、ヒトネコとしては動きやすい空間になっている。

 カウンターの中は見えなかったけど、そちらの方から人が回り込んできた。寿司職人らしい風体をした初老のおじいさんだ。

 その人は店に入ってきたわたしをみると、少し不思議そうな顔をした。

「ん……? 初めての子だな」

「にゃ……っ」

 そんな意図はないのだろうけど、威圧感のある眼でじろりと見られ、思わず身を竦めた。

 わたしに続いて入って来た美里は、躊躇なくその人に近付き、咥えている棒を差し出す。

「君も初めての子だな。それにしては……。なるほど、そういうことか」

 何がわかったのか、棒を受け取った寿司職人さんはひとり頷いていた。

 得意げに胸を張っている美里の頭を撫でながら、わたしに向けて棒を見せて説明してくれる。よく見るとその棒には『寿司屋・ヒトネコ横町店』と刻印がされていた。

「君はこの子の友達だな。この店は本来、ある程度ヒトネコ横町に慣れてきた子向けに、より長くヒトネコ体験をしてもらうための『ご褒美』として用意されている店だ。横町にいる者に気に入られると、こういった特別な鍵を入手することが出来る。この鍵があると普通なら入れない店に入れるようになって、特別なサービスを受けられるというわけだな」

 本物の猫にするように、美里の顎の下をくすぐって構ってあげる寿司職人さん。

 絶妙な指使いなのか、美里は気持ちよさそうに眼を細めていた。

「もし今後も定期的にくる予定があるなら、色んな者と積極的に触れあってみるといい。それぞれ与えられている『ご褒美』は違うからな。普通はある程度仲良くなってから渡されるものだが……この子はよっぽど気に入られたんだろう」

 美里はごろごろと喉を鳴らしながら寿司職人さんの手に擦り寄り、体全体を使って喜びを表現している。

 こんな風に猫らしく懐かれては、思わず贔屓してしまうのもわかる気がした。

(美里、そういうの得意だしなぁ……)

 わたしはそのおこぼれをもらっているようなものなので、『ご褒美』をもらってもいいのか不安になったけど、わたしが不安になっていることを悟ったらしい寿司職人さんが「大丈夫だ」と言ってくれた。

「際限なく来られると困るから制限をかけているだけで、仲の良いヒトネコ友達を連れてくるくらいは許容範囲だ。……まあ、初めての時にいきなりそれをやろうという子はなかなかいないがね」

 苦笑いを浮かべる寿司職人さんに対し、美里はすました様子で素知らぬ顔をしている。

 そんな美里の所作は実に猫っぽい。

 いきなり『ご褒美』にありつけるのも納得というべきだろうか。

 寿司職人さんが立ち上がった。

「ここでのご褒美は、みればわかると思うが――最高級の寿司を提供するというものだ」

 そう言って寿司職人さんは、カウンターの中から差し出された小皿を受け取ると、その場にあぐらを搔いて座った。

 姿勢が低くなったことで、その小皿に物凄く高そうなマグロのお寿司が乗っているのが見えた。

「本来猫にこういった寿司はよくないが、君たちはヒトネコだからな」

 言いつつ、程よく醤油をかけてくれる。そしてそれを摘まんで美里に食べさせてあげていた。

 美里は嬉しそうにお寿司を頬張ると、眼を見開いて体を震わせる。

「んにゃ! にゃにゃにゃにゃ!」

「はっはっはっ、そうか。そんなに美味いか?」

 興奮気味に頷く美里は、わたしの背後にまわると、ぐいぐいと寿司職人さんの前にわたしを押し出す。

 言葉にはされなくても「めちゃくちゃ美味しいよ! ミヤも食べてみなよ!」という意味だというのはわかる。

 けれど、いきなり押し出されて寿司職人さんの眼に晒されると、改めて自分の格好を思いだしてしまい、恥ずかしい。

(お、押さないで美里……!)

「にゃ、なぉ……っ!」

「うむ。とても初々しい反応だな。そっちの子のように積極的なのもいいが、君のようなのもまた良しだ。大丈夫だから近くにおいで」

 どっしりと構える寿司職人さんの、余裕ある態度は少し安心する。

 恐る恐る近付いて行くと、さっき美里にやったようにお寿司を摘まんで、差し出してくれた。

 人に物を食べさせてもらうという経験は、実はお店でしたことがあった。

 何度やったところで、恥ずかしいのに変わりはなかったけど。

「ん、にゃ……んっ」

 口に入れて貰ったお寿司を咀嚼する――それと同時に、わたしは思わず美里と眼を合わせていた。

「にゃっ」

 どや顔とはこうあるべきもの、というほど的確なドヤ顔で美里が胸を張っている。普段の日常生活でなら思わず腹の立つ振る舞いだけど、今回はそのドヤ顔も許された。

(なにこれ……美味しすぎるんだけど!)

 ヒトネコとして人にものを食べさせて貰っている異常な状況も忘れ、わたしは口の中の寿司を堪能するのに夢中になった。

 そんじょそこらで食べられるお寿司とは文字通り格が違う。

 ネタもシャリも、最高級の名に恥じない美食だった。

(こんな凄いお寿司を、こんな場所で提供してていいのかな……?)

 わたしは思わずそう思っていた。こんなコアな趣味の街で提供されていていいレベルの食事ではなかったからだ。

 あとから知った話、一般人としてこの横町に紛れ込んでいる人間の人たちは、大体が最低でも大企業の幹部クラスの、一角の人物ばかりらしい。わたしたちが入った時はたまたま人がいなかったけど、その人たちが普通の客にもなっているので、問題ないのだった。

「よしよし。どんどん出してあげよう」

 そう言ってくれる寿司職人さんの好意に甘え、わたしと美里は一流のお寿司をたくさんご馳走になってしまった。もし、普通に人間として訪れたらどれほどの代金になるのかは、考えたくない。

 ただ、わたしと美里が競うように寿司職人さんの手から寿司を食べていくのは、寿司職人さん的には非常に良かったらしく、店を出る頃にはかなりご満悦の様子だった。

「よければまた来てくれよ」

「にゃーん♪」

 美里が寿司職人さんの足下に擦り寄り、撫でてもらっていた。

 わたしも感謝の気持ちを表すために、美里ほど自然には行けなかったけど、寿司職人さんの脚に頭を擦りつけた。

「にゃ、にゃん……っ」

 美里に比べると啼き声も硬い。けれど寿司職人さんはそれには何も言わず、優しくわたしの頭も撫でてくれた。くすぐったいけど、少し嬉しい。

 お腹も心も満たされたわたしと美里は、寿司職人さんが空けてくれた扉から再び外に出る。

 外に出て歩いて気付いたけど、思ったより満腹になっていたようでお腹が少し重い。

(うーん、激しく動いたりはしたくないなぁ……少し休みたいかも……)

 そう思っていると、美里がちょいちょい、と肩を突いて来た。

「にゃにゃっ」

 歩きだす美里。何かいい休憩場所でもあるんだろうか。

(美里も初めて……のはずよね? なんでこんなに詳しいのかしら)

 元々行動的な彼女だけど、それでもあまりに知り尽くしている風なのが気になった。

 もしかすると、わたしにはサプライズとして知らされていなかっただけで、事前にヒトネコ横町について調べる機会があったのかもしれない。

(わたしみたいにいきなり放り出されちゃ、楽しめるものも楽しめないものね……)

 そのこともあって、美里が案内してくれているのかもしれない。

 とりとめもないことを考えながら美里についていくと、なにやら道の中央に奇妙なオブジェがあった。

 そこだけ妙に明るいというか、日射しが燦々と照りつけている。上を見てみると、そのオブジェの上空だけ少しガラスが変わっているようだ。

 オブジェは低い木のような複雑な形をしていて、材質はクッションのように柔らかいもののようだ。その木の枝によじ登ったり、根元の窪みで寝ることが出来るようになっていた。

(ここで休憩していこうってことかな?)

 美里は身軽にひょいひょいっとオブジェによじ昇り、比較的上の方の空間でのんびり横になる。

 いくらヒトネコ用に昇りやすく作られているとはいえ、わたしはそこまで身軽じゃないので、その木の根元に寝転がることにした。

 日射しがぽかぽかと暖かい。ラバースーツを着ているわたしたちは、普通なら暑くなってしまいそうなものだけど、ガラスに特殊な加工がしてあるのか、透過してくる日射しは程よい強さで、あまり暑くはならない。

 和やかな陽気で、わたしは思わず猫のような大あくびをしてしまった。お腹がいっぱいなのもあって、すこし微睡んでしまう。

(んー……少しくらいなら……いっか……)

 ここは道のど真ん中で、色んな人に見られるということだったけど、わたしはそのことをあまり意識しなかった。

 ただ穏やかな居心地の良さに負け、そのままで船を漕ぎ出してしまう。

 ちなみにこれも後日わかったことだけど、眠そうに微睡むわたしの姿は色んな人に見られていて、物凄く暖かい視線を向けられていたそうだ。ママさんが特別に撮った写真も見せてくれて、あまりの羞恥にわたしが言葉もなく赤面したのは言うまでもない。

 後にそんな羞恥地獄が待っていることも知らず、微睡んでしまったわたし。

 ふと、わたしは目の前に気配を感じ、眼を瞬かせた。

 そして数秒後、驚愕に眼を見開くことになる。


 なぜならわたしの目の前に――ほぼ裸身を晒した見知らぬヒトネコがいたからだ。


つづく


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