ヒトネコトリップ! ~ヒトネコホテル~ 7
Added 2019-11-23 14:37:52 +0000 UTC目を覚ました時、わたしの全身はもふもふとした感触に包まれていた。
わたしが埋もれているのは、人をダメにするクッションをさらに気持ちよくしたようなふわふわのクッションだ。
掛け布団はなかったけど、空調は適温を常に保ってくれていたし、熱が程よく散る素材だったので暑苦しいということもない。非常に快適な寝心地だった。
無限に寝ていられそうな、そんな寝床だ。
気持ちよすぎる感覚に起きたくなくなってしまうけど、ちらりと時計を見上げてみたら起きる予定の時間を少し過ぎてしまっている。
名残惜しいけど、起きなければならない。
「ふわぁ……んにゃ……」
柔らかくふわふわしたクッションを押しのけながら身体を起こし、顔を手の甲で擦る。肉球グローブは手の甲の部分まで柔らかい素材で覆われているので、それだけで結構気持ちいい。
(でも、汚れてしまうかな……)
わたしの髪の色に合わせた黒い毛皮だから、汚れても目立たないとは思うけど、白いパターンとかだとこういうときは気になってしまうかもしれない。
そういう意味では黒系で良かった、というべきか。
わたしは自分に宛がわれた部屋――といっていいのかどうかわからないけど――で猫らしく、四つん這いのままぐっと伸びをした。
「ふあ~……っ」
誰もいないことをいいことに、大きく口を開けて欠伸をする。
(んー……まだ眠いなぁ……)
すっかりこの姿で猫らしく動くのに慣れてしまっていた。
寝床になっていた柔らかいクッションから這い出て、部屋の入り口へと向かう。
ヒトネコに宛がわれた部屋はそれほど広くない。
まず、立つことも出来ないほど天井は低かった。とはいえ、基本四つん這いで移動するからそれで問題ないけど。
平面的には身体を十分に伸ばすことは出来る広さがあったけど、決して部屋として広いわけではなかった。カプセルホテルよりは広い、くらいかな。
そして何より特徴的なのが、入り口に当たる面の壁が、格子状のドアで区切られているということだ。
移動の時に入れられたケージが大きくなったような印象で、こういう表現もどうかと思うのだけど、ペットショップで飾られているペットみたいな感覚だった。
(人間サイズに合わせてあるから……動物園の檻とかのが近いかも?)
大富豪に攫われて『ヒトネコ』として売りに出されたらこんな感じの部屋に飾られるのかもしれない。
そんなくだらないことを考えつつ、入り口に当たる面の壁の脇にある呼び出しボタンを押す。すると待つというほどのこともなく、作業員の女性が現れた。
昨日わたしを洗ってくれた人とは違う人みたいだ。とはいっても、白衣とマスクとキャップで極力個性を殺した格好なので、本当に別人なのかどうかは判断がつかなかったけど。
「おはようございます。朝の身支度を始めさせていただきますね」
その人の挨拶が、人の言葉が理解出来たことに――理解出来る方が当たり前なのに――驚いてしまった。
いまは相手の言葉を理解する必要があるからか、猫耳付き耳当ての人語抑制機能は動いていないようだ。
「にゃおっ」
お願いします、と言ったつもりが、猫のような鳴き声になる。首輪にある人声抑制装置の方は働いているようだ。ちょっと恥ずかしい。相手にとっては当たり前のことだったみたいなので、何も反応されなかったのが幸いだった。
寝ている間は両方の抑制装置の電源が切れているはずだけど、わたしの主観だと途切れていた感じがしないので、後々影響が出ないか少し心配になる。
これまでのお店の仕事で、何度もこの装備を身に付けていたとはいえ、これほど長い時間着けっぱなしにしたことはなかったし。
作業員の女性が開けてくれた入り口から、彼女に抱えられて外に出される。
女の人相手とはいえ、抱き上げられるのはまだ少し緊張したけど、昨日一日散々色んな人に触れられたので、さすがに慣れてきた。
少しの距離を運ばれたわたしは、化粧台の前の、大きな丸い椅子の上に降ろされる。目の前の鏡に、首輪に猫耳、猫の尻尾にラバースーツ、そして肉球グローブとブーツを身に付けた自分の姿が映し出されていた。
何度見ても奇妙で、どことなくエッチで、それがいまの自分の姿なのだという実感が湧かない。
「失礼いたします」
作業員の女性がわたしの猫耳と首輪を取り外してしまう。
そうなると急にヒトネコらしさがなくなってしまうので、丸い椅子の上で膝を立て、お尻を突いて座っているのが恥ずかしくなった。
脚を下ろし、普通に丸椅子に座る。もちろん脚は閉じてなるべく股間を晒さないようにする。
猫耳と首輪を外し、座り方を普通にするだけで途端に『ヒトネコ』から『ラバースーツを着た特殊性癖の人』になってしまったように感じるのが不思議だ。
尻尾はついたままだし、肉球グローブやブーツも履いたままだというのに。
なんとなく、肉球グローブを着けたままの手を身体の前に持ち上げ、胸を隠す。いまさらではあったけど、急に恥ずかしく感じたのだ。
(か、考えてみればこのラバースーツだけの姿……っていうのも、十分、恥ずかしい姿だよね……)
どこか夢心地だった感覚が、急に平静に戻ってきたような気がする。
猫耳には人語抑制機能があるわけだけど、もしかするとそれだけではなく、そういう平静さを失わせる機能もあるのかもしれない。
さすがにそこまではないだろうと思いつつ、色々オーバースペック気味の技術を駆使していることを思えば、それくらいあってもおかしくないかもしれないと思うのも事実なわけで。
(うぅ……ママさんに今度聞いてみようかな……もしあったとしたら、応えてくれないと思うけど……)
一度気になり出すと仕方ないので、わたしはそう決意するのだった。
その間にも、作業員の女性の手は休むことなく動いて、わたしの髪に櫛を通したり、顔を暖かなタオルで拭いてくれたり、薄く化粧を施してくれたりと、必要な身だしなみを整えてくれていた。
そういえば、特に教えたりはしていないはずなのだけど、わたしがいつもやっている程度の化粧に留めてくれている。リップも濃い色のものじゃなく、保湿成分が多めのクリームを塗ってくれていた。
わたしは色つきのリップがあまり好きじゃない。化粧し初めの頃、唇を真っ赤にしてしまった結果、周りにタラコだの妖怪だのからかわれたからだ。自分の塗りすぎが原因とはいえ、いまでも心のしこりとして残っている。
(どうしてわたしの化粧の癖を知ってるのかな……)
不思議に思っていると、それが視線から伝わったらしい。作業員の女性はニッコリと笑顔を浮かべてくれる。
「基本的には、あなたに一番似合うお手入れを選んでるだけですよ。加えて、責任者の方から情報もいただいておりますしね」
つまり、ママさん経由で、ある程度の情報は伝わっていたというわけだ。
確かにお店で化粧をする機会もあったし、ママさんがどこかから貰ってきたという化粧品のサンプルなどの中から好みのものを選んだりするから、普段からそういうところを見られて癖や好みを把握されていたということなのだろう。
さすがの洞察力というべきだろうか。
(ママさんは絶対に敵に回せないなぁ……)
まあ、ママさんが誰かを貶めたり脅したりしているところは想像つかない。それくらいの信用というか、信頼はしている。
まあ、ノリが軽くて美里と協力してわたしをからかってくることは多いけど。
美里のことを思いだして、わたしはふと暗い気持ちになる。
(そういえば、美里……そろそろ機嫌直してくれたかなぁ)
昨日の触れ合い場で怒らせてしまって別れてから、美里には会えていない。
あの後、ヒトネコカフェとかアトラクションのあるレクリエーションコーナーなんかにも行ってみたのだけど、美里とは会わなかった。
ちらりとわたしが泊まっていた個室を振り返ってみる。カプセルホテルのそれのように壁一面にずらりと部屋は並んでいたけど、外から中にいるヒトネコはほとんどみえなかった。
(……大部屋の方に行ってる可能性もあるんだっけ)
わたしは寝るときはひとりになりたい派だけど、美里の性格なら大部屋に行っている可能性はある。美里なら見ず知らずの相手とも普通に絡みあいながらでも寝られるだろうし。
寝相とかいびきとか大丈夫なのだろうか。あんまり美里が静かに寝ている姿は想像できない。
(でも考えてみたら、美里がその辺どうなのか知らないな……)
泊まりで遊びにいったことはないし、そもそもあのお店でアルバイトを始めるまでは、そこまで親しいというわけでもなかった。
なんだかんだと絡むことが多くなって、色々知った気でいたけど、美里に関して知っていることは実際そう多くない。
(今度、お店とは関係なく、わたしの方から遊びに誘ってみようかな)
折角少しは仲良くなれたのだから。
密かにわたしが決意を固めている間に、お手入れは終わったようだった。
「はい、終了です。お疲れさまでした」
作業員さんがそう言い、まずは首輪が締められる。
ラバースーツの端を抑えるように巻かれた首輪が、きっちりと首に収まる。ぴりっと電気が流れるような感覚が少しした。発声抑制機能が働いたのだろう。
さらに猫耳つき耳当てが被せられる。そうするとしっくり来るように感じてしまうのは、この装備にすっかり慣れてしまったからだろうか。
鏡の中には椅子に普通に座っているヒトネコがいた。
わたしは座っていた丸い椅子から降りると同時に四つん這いになる。我ながら自然な動きだった。
昨日、ヒトネコ横町にいた時のように、四つん這いを強制される拘束具をつけられているわけでもないのに。
ヒトネコの装備を身につけたら、四つん這いになるというのが、習性として刷り込まれている感じだ。
「にゃんっ」
わたしは作業員の女性に向かって、お礼の意味を込めて声をかけた後、ご飯を食べに食堂へと向かった。
階段を降りて食堂へと向かうと、ヒトネコに合わせた形で朝食が用意されていた。集まっているのはヒトネコばかりで、給仕の人に手伝ってもらいながら朝食を取っている。
グループに机が用意されていたので、わたしがそこにいくと、どこからともなく現れた美里がわたしに身体を擦り着けてきた。
「んにゃにゃっ」
昨日のことなどすっかり忘れているらしく、啼きながら楽しげに擦りつけてくる美里。
いつもと変わらない彼女の様子に、わたしはひっそりと安堵の息を吐いた。
(まったく、もう……美里ってば……)
美里ほど我が道をいくタイプではないので、彼女の機嫌が直っていなかったらどうしようかと不安だったのだ。
わたしは頭を擦りつけてくる美里に、自分も頭を擦りつけ返した。すると美里は少し意外そうな顔でわたしの行動を受け入れつつ、楽しげに笑った。
「にゃふふ。にゃはっ」
「なーお、にゃお」
くすぐったくて笑い合う。それから、ふたり一緒に給仕の人からご飯を食べさせてもらった。
食後の小休止を取っていると、ふらりとママさんが現れた。
別に大声を張り上げるわけでもないだろうに、その手には拡声器っぽい道具が握られている。
「皆、おはよう。昨日はよく眠れたかしら?」
拡声器は人語抑制装置をすり抜けることの出来るものだったらしく、ママさんの声はちゃんとした言葉として認識できた。
「朝食も済んだことだし、さっそく次の目的地へと移動するわ。ホテルのラウンジに集まってちょうだい」
まだ小旅行は二日目。
他にも行くところはまだまだあるのだった。
(でも、どんなところに行くのかな……)
ヒトネコ横町とヒトネコホテル。
この二カ所だけでも十分なほど、ヒトネコとして色々な経験が出来た。
他の施設ではどんなことが待ち構えているのか。
わたしは次の目的地について話すママさんの話を聞きつつ、次の目的地が楽しみになっている自分を感じた。
つづく