ヒトネコトリップ! おわり
Added 2019-11-25 14:39:07 +0000 UTC二泊三日の小旅行・ヒトネコトリップ。
ヒトネコになって関連施設を回るという行程で、ヒトネコ横町、ヒトネコホテル、ヒトネコミュージアムに、ヒトネコカーニバルなど、様々な場所で様々なことを経験した。
お店でしていた時よりたくさんの人がいる中で、ヒトネコとして振る舞うのは恥ずかしかったけど、その分色んな人に色んな形で触れあえたのは、貴重な経験だった。
そして、特殊で濃厚な旅行の時はあっという間に過ぎていって――。
この三日間ですっかり慣れてしまった移動時の振動が、止まる。
目的地に着いたことをママさんに言われるまでもなく理解したわたしは、ケージの中で丸めていた身体をくるりと反転させ、入り口に顔を向ける。ケージの扉についている小窓から外の様子を窺った。
トラックの荷台のドアが開く音がして、ざわざわと人が動き回る声や音がし始める。
個性を殺した格好をした作業員さんたちが一斉に荷台の中に入ってきて、ヒトネコたちが収まっているケージを次々運び出していく。
(終わりかぁ……長かったような、短かったような……)
何かが終わった時にはいつも思うことだけど、そんなことを思う。
しみじみとそんな風に思っていると、ケージの外に目深に帽子を被った作業員さんが現れた。咄嗟に顔を伏せてしまう。
何か言っているようだけど、人語抑制機能が働いている状態のわたしには『何か言っている』としかわからない。
(たぶん……動かしますよ、とかかな?)
そう思って恐る恐る顔をあげてみたら、もう作業員さんは作業に移っていて、小窓から見える位置にはいなかった。
わたしのケージが動き出し、ケージごと台車に乗せられてトラックから運び出される。
さすがにこの移動の際は、それなりの振動が襲いかかってきた。
それに暫く耐えていると台車の移動が止まって、ケージの扉が開かれた。
わたしが這い出ると、そこではママさんが他の人のヒトネコ装備を外しているところだった。
自分の順番が来るのを、そのすぐ側で待った。
程なくしてママさんがわたしに近付いてきて、猫耳と首輪を取り外してくれた。
「宮子ちゃん、お疲れさま。グローブだけ外すから、あとは自分で脱いで貰える?」
「にゃ……んんっ! な、ぉ……けほっ! あ、い……」
人間の言葉で喋るのが久しぶりすぎて、変な声になってしまっている。
何度か咳払いをしながら、かろうじて「はい」と応えることが出来た。
そんなわたしの様子を、ママさんはグローブを外しながら楽しげに見詰めていた。いや、あまり楽んしんでもらっては困るんだけど。
グローブが外され、ようやく手先が自由になる。
身体を洗ってもらう時とか、自由になっていた時も割とあったんだけど、基本的にはずっとグローブを嵌められていた。なので、まずは握ったり開いたりを繰り返して慣らす必要がある。
「ん……っ、くぅ……あー、うー、あー……」
床に正座して上半身を起こし、掌を動かしながら喉を鳴らす。
そうしている内に、少しはマシになってきた。
「宮子ちゃん、ヒトネコトリップはどうだった?」
こちらがある程度の余裕を取り戻すのを待っていたように、ママさんが話しかけてくる。
わたしは念のため何度か咳払いをしてから、それに応えた。
「そう……です、ね……た、たにょ、しかった……です」
噛んだ。まだ舌が上手く回らない。
色々と恥ずかしい目にはあったけど、それを差し引いても楽しかったと言っていいと思う。わたしの答えを聞くと、ママさんはニッコリと笑顔を浮かべた。
「それなら、良かったわ」
なんだか久しぶりなせいか、人と普通に会話していることに違和感を覚えてしまう。
わたしはその違和感を払拭するために、自分から口を開いた。
「それに、しても……驚きました。あんにゃ、に、ヒトネコ関連の施設があるにゃ……なんて」
数回似たような音を言い間違えたことで、わたしは噛んでいるわけじゃないことに気付く。この三日間、「にゃーにゃー」啼いていたせいで、口が自然とそう発声してしまうのだ。
(うう……恥ずかしい……っていうか、これも十分後遺症って言えるんじゃ……)
じとりとママさんを睨んだけど、ママさんは特に気にした様子はなく、わたしの言った内用に応える。はぐらかされているような気がした。
「そうねぇ。この業界って、色々ディープだから、結束が強いのよ。実は、巡った施設のうちのいくつかは、いつもはヒトネコ専門の施設ってわけじゃないの」
「え……そう、なんですね」
「さすがにヒトネコ要素だけじゃ採算が取れないからねぇ」
言われてみればそうかもしれない。
「今回のツアーを計画したのはうちじゃないけどね。ヒトネコオンリーでツアーを組みたいっていう強い要望があったらしいわ」
「そん、な、人がいるんですね」
「結構な資産家らしいわね。あまり詳しくは教えてあげられないの」
ママさんにも守秘義務があるらしい。
「あ、でもヒトネコ横町は、本当にヒトネコだけが対象の施設よ。あそこはいつもヒトネコプレイを楽しむために、さっき言った出資者や複数のスポンサーが運営資金を出してるところだったから」
あそこが一番規模としては凄かったと思うのだけど、どれほどヒトネコに拘りがあるのだろう。感心すると同時に、少しあきれてしまった。
だから、とママさんは意地悪そうにわたしに向けて微笑む。
「もしまたヒトネコ横町に行きたいなら、便宜を図ってあげれるから、いつでも言ってね」
「……っ」
結構です、とは言えなかった。
わたしは壁に手を突いて立ち上がる。直立するのは久しぶりで、身体が不自然にふらついた。ずっと四つん這いだったから不安定になっているけど、ずっと身体を動かしていなかったわけじゃないから、身体が固まってはいない。
「すぐ立って大丈夫? まだ無理しなくていいわよ?」
「だ、だいじょうぶ……です」
言いつつ、わたしは再びしゃがみ込む。先にブーツを脱がないと余計に不安定だった。
鍵で止めているわけではないから、ブーツのジッパーを下まで下ろし、脚を引き抜く。
足先までラバースーツに包まれているから、外気を感じたわけではないけども、ブーツによって圧迫されていた分がなくなって、程よい開放感があった。
「ふぅ……」
足の指先をもみほぐし、固まっていた分を解消する。
そうしている内に身体も馴染んで来たのか、なんとか普通に立てるようになった。
次はラバースーツを脱がなければならない。端を押さえていた首輪はもう外れているから脱げるけど、中は今日一日の行動で汗だくになっている。
「シャワー、浴びてきます」
「はーい。いってらっしゃい」
ママさんからの返事も受け、部屋から出て行こうとしたわたしの背中に、いきなり誰かが飛びついて来た。
慌てて踏ん張って耐えたけど、もう少し勢いが強かったら転倒していたかもしれない。
誰が背中に飛びついてきたのか、振り返らなくてもわかる。
「ちょっ、と……! 危ないでしょ、美里!」
「にゃはは。ごめんにゃさい~」
軽い調子で謝って来る美里。彼女も猫耳や首輪を外されていて、すでにグローブやブーツは脱いだらしく、ラバースーツに猫の尻尾だけの姿になっていた。
(ん……? 猫の尻尾?)
それのことを思いだしたわたしがお尻を触ると、着けっぱなしになっていた。
慌ててそれを取り外す。別にラバースーツを脱ぐときでも良かったのだけど、尻尾だけついているのは変な感じだからだ。
「あ、気付いちゃったのね。可愛かったのに」
「ママさん……言ってくださいよ」
じろりと睨むと、あらあら、と軽い調子でかわされてしまう。
そんなわたしの背を尻尾を着けたままの美里が押してきた。
「まあまあ。それより早くシャワー浴びにいこ? 汗だくで早く帰りたいにゃ-」
「美里、あなたねぇ……」
にゃあにゃあ言っても美里は特に気にしないらしい。彼女らしい適当さというかなんというか。
だけど早く帰ってゆっくり寝たいというのはわたしも同意見ではある。
「それじゃあママさん、今日はこれで――」
「あ、ごめんなさい。美里ちゃん、宮子ちゃん、悪いけどシャワー浴びて着替えたら私の部屋に顔を出してくれる?」
シャワーを浴びたらそのまま帰ろうと思っていたのに、止められてしまった。
「わ、わかりました」
「ママさん、じゃああとでねー」
何の用事だろう、と思いつつも、美里がぐいぐい押してくるので、とりあえずシャワーを浴びて着替えることにする。
店のシャワー室は広いけど、一度に十数人がシャワーを浴びることを想定してはいない。
だから、わたしと美里は一緒にひとつのシャワーを使うことにした。というか、美里が勝手に入り込んできた。
同じヒトネコとして、この三日間濃厚に絡んだことも多かったとはいえ、全裸をくっつけ合うのは正直恥ずかしい。
「美里……狭いんだけど」
「えー、いいじゃん。それに、この広さなら全然狭くないよ! ミュージアムでヒトネコ玉にされた時に比べれば……」
「……あれはあんまり思い出したくないんだけど」
なんで訪れた側があんな扱いをされなければならなかったのか、いまだに疑問だ。
狭くて小さなボールの中に、美里と一緒に閉じこめられ、暫く鑑賞物にされた記憶はまだ新しい。ヒトネコ同士の絡みをテーマにした芸術展示、ということだったけど、本当にわけがわからなかった。
「ミヤの背中流してあげる!」
「ひゃあっ! しなくていいから!」
いきなり背中をタオルで擦られ、わたしは悲鳴をあげた。ラバースーツにずっと包まれていたためか、素肌に触れられることに、敏感になってしまっていた。
巫山戯て触ってこようとする美里の手をかわしつつ、わたしはなんとかシャワーを浴び終え、三日前に脱いだ服を身に着ける。
ラバースーツもなくなって、ようやく普通の人間に戻れた感じだ。
「ママさん、なんの用事かしら?」
「さあ? でもたぶん悪いことじゃないよ」
「それは、そうだと信じてるけど……」
また何か変なことに巻きこまれそうな気がするのだ。
わたしはバックレたかったけど、美里が腕を組んで引っ張ってくるので逃れられなかった。もしかするとわたしがこっそり帰らないように、美里も一緒に呼んだのではないかと思ってしまう。
ママさんが待機する部屋は、わたしたちにはあまり縁が無い部屋だ。会社でいうところの社長室のようなもので、バイトの面接の時に入ったくらいだろうか。
わたしと美里は一緒にその部屋の扉を叩いた。
「ママさん、藤原です」
「美里でーす」
「どうぞ入ってー」
中からママさんの声がしたので、わたしと美里は中に入る。
部屋の中の様子は面接の時に見た時と少し変わっていた。色々な物が運び出されたり運びこまれたりしているらしく、少し乱雑な印象も受ける。
ママさんはいつも来ている肌色のラバースーツではなく、到って普通の服を身につけていた。その姿はなんだか逆に新鮮で、かえってドキドキする。
「あらあら、仲がいいわね」
「え?」
ママさんに言われて、わたしはここに到るまでずっと美里と腕を組んだままだったことに気付いた。言われるまで気付かなかった。
(こ、この三日間で距離感がおかしくなってる……!)
この旅行中、なんだかんだ美里とヒトネコとしてじゃれ合う機会も多かったから、距離感が完全に狂っていた。
とはいえ、いまさら振り払うわけにもいかない。美里の方も少し驚いたような顔はしていたけど、離れる気は無いようだった。
そんなわたしたちの様子を見つつ、ママさんは来客用の椅子に座るように促す。わたしたちが椅子に座ると、ママさんも対面の椅子に座る。
「改めて、ヒトネコトリップは楽しかった?」
「楽しかった! ね!」
「……はい。かなり、恥ずかしかったですけど」
何の躊躇もなく楽しかった、と言える美里が少し羨ましく感じる。
特に美里は、皆が見ている前で性器を弄られ、絶頂するところも見せていたのに。
羞恥心がないというよりは、ヒトネコの時はヒトネコの時、と切り替えが出来ているのだろう。つくづく、脳天気な性格なのだ。
「うふふ。宮子ちゃんはそうやって恥じらうのがいいのよねぇ。美里ちゃんみたいに正直なのもまたいいんだけど」
「そ、それで、何のご用ですか?」
このままここにいると、延々とママさんにからかわれる気がして、わたしはそう話を促した。
ママさんはその問いに対し、「実はね」ともったい付けて応えてくれる。
「今回のヒトネコトリップ、ヒトネコの参加者は皆ヒトネコとして、とても楽しんでくれたわ。その中で、初々しい宮子ちゃんと、天真爛漫な美里ちゃんは、それぞれの形でヒトネコとして、とても魅力的だったわね」
だから、とママさんは続けた。
「そんなふたりに、今回のヒトネコトリップを企画した出資者さんから、特別なオファーが来ちゃってるの!」
ニコニコと楽しそうに、ママさんは言う。
わたしと美里は顔を見合わせた。
「特別、オファー?」
「どういうオファーなんですか?」
わたしたちの問いに、ママさんはよくぞ聞いてくれました、とばかりに笑顔を深くする。
それはヒトネコトリップを超える、非日常への誘いだった。
「ヒトネコとしてのふたりを、どうしても飼ってみたいという要望なの。もちろん永遠にじゃなくて、飼育期間は一ヶ月。ヒトネコトリップ最大の出資者さんの館で、ヒトネコとして暮らすだけ! 細かい契約内容はおいておいて……一言で言うなら!」
ママさんはわたしたちがさっきまで身に付けていた猫耳を手に持ちながら告げる。
「オファーの名前は――ヒトネコライフ!」
ヒトネコとして旅行するのではなく、ヒトネコとして生活する。
そんな、怪しげな誘いだった。
ヒトネコトリップ! おわり
ヒトネコライフ! につづく