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夜空さくら
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姉好き妹はセクサロイド 1


 病弱だった妹に押し倒された時、私は彼女が本当にセクサロイドになってしまったのだと理解せざるを得なかった。

「ま、待って! 待って、かえで!」

 咄嗟に止めようとして、彼女の――花楓の身体を手で押しのけようとしたけど、その細い身体付きからは想像も出来ない、圧倒的な力で押し返される。

 それは自動車を手で止めることが出来ないのと同様のことだった。人間の力で機械の力に勝てるわけがない。

 その違いがあるとすれば、冷たい感触しか帰ってこない車と違って、セクサロイドに改造された妹の身体は、ほんのりと温かいこと、そして生身の人間――完全に、とはいかないけど――のような、柔らかい感触の肌をしているということだろうか。

 仰向けにベッドに寝かされた私の腰の上に、妹が、花楓が座っている。機械化された彼女の身体は重く、私がどんなに力を込めて持ち上げようとしても、花楓の身体はびくともしなかった。

(あんなに、軽かったのに……っ)

 機械化する前の彼女の身体は、病魔に蝕まれていたこともあり、女の私でも持ち上げられるくらい軽かった。しかしいまの彼女の重さは凄まじく、小揺るぎもしない。

 その重みがもろに私の身体にかかっていたなら苦しくて仕方なかっただろうから、私の身体の両脇に突かれた花楓の両足が重みを支えているのだ。

 花楓はその無機質なカメラアイになった瞳を動かす。フォーカスを合わせているような音がして、私を見詰めているのがわかった。

 その表情は自然な笑顔だったけど、プログラム通りの笑みという感じで、少し薄気味悪い。これならよほど表情に乏しかった、普通の人間の身体の時の方がわずかな微笑みにも温かみを感じた気がする。

「やめない。観念して――お姉ちゃん」

 妹の声が響く。彼女自身の声が完璧に再現されていたけれど、どこか機械的な響きが混じっていた。録音した声を聞いているようだ。

 花楓は私にのし掛かったまま、その身に纏っていた服を脱ぎ捨てる。

 彼女の着ていた服はいわゆる検診衣という奴で、簡単に脱ぎ着が出来るものだった。そして花楓はその下に本来は身に付けているはずの下着の一切を身に付けておらず、あっという間に全裸になる。


 生まれたままの姿――ではなく、機械化されたままの姿を晒す。


 その姿に、思わず私は息を?んだ。

「か、花楓……」

 それは、とても美しい姿だった。

 機械化されたばかりの、新品なのだから当然なのだけど、汚れや傷ひとつない。

 その裸身が蛍光灯の光を反射して、眩しく光っている。

 生まれつき病弱で、ベッドの上からほとんど動いたことのなかった元々の身体も、真っ白で傷一つなかったことは共通している。

 けれど、かつての花楓の肌には、血の気がなくて、言葉通り病的に白い肌には生気が感じられなかった。薄暗がりに立てば、私にも幽霊としか見えなかったくらいだ。

 それに対して、いまの花楓の肌は健康的な肌の色艶を再現しているからか、とても血色が良く見える。

 いまの彼女の身体には血潮が流れていないのに、かつての身体よりよほど生気が感じられるというのは、酷い皮肉だった。

 そんないまの身体は、花楓にとってとてもお気に入りのものらしい。

「ねえ、お姉ちゃん。花楓、綺麗?」

 花楓の誇らしげな問い掛けに、私はどう応えたらいいのかわからなかった。

 いまの彼女の身体を褒めることは、かつての花楓を否定することに繋がるのではないだろうか。

 本人にしてみれば、ほとんど動くことも出来なかった元の身体は嫌なものなのかもしれないけど、私からすればそれもまた花楓の一部なのだから、否定し切れない。

 花楓の問いに応えられない私は、視線を泳がせ、その視線は自然と花楓の身体の一点に引き寄せられる。

 人体を機械化するのは法律で禁止されていない。

 ただ、生身の存在とそうでない存在を明確に区別するために、例えどんな精巧な身体にするにしても、数カ所は外から見て「機械だ」とわかる部分を必ず作らなければならない。

 その部分のひとつが、目だ。

 いまの最高の技術で本気出して作れば、本物の目とまるで変わらない疑似眼球を作ることは可能らしい。

 けれど、全身を機械化するときは、外から見て明らかなカメラアイにすることが義務づけられていた。

 全身を機械化した花楓の目は、見た目明らかなカメラの目であり、視線を動かす時や焦点を合わせる動きをする際、機械音がわざとらしく鳴るようになっていた。

 本来の目だって瞳孔が開いたり閉じたり、色々動きはしているのだけど、いまの花楓の目はそれが露骨にわかりやすくなっていた。

 瞼らしきものはあるけど、瞬きの必要性がないからか、さっきから全く瞬きをしない視線が常に私に向けられ続けている。

 細かく動くその目が気になって見詰めていると、花楓の顔が少し曇った。

「花楓の目、気になる? ……気持ち悪い?」

 機械的な響きがするようになったとはいえ、感情の動きは明確に理解出来る。花楓の声のトーンは明らかに下がっていた。花楓を悲しませたくはない私は、慌てて声をあげた。

「ち、違う! そうじゃなくて!」

 気持ち悪いわけではない。

「その……なんというか……き、綺麗だなって……」

 いまの目を綺麗に思っていることは、確かに嘘ではないのだけど。

 どうか間違った意味で伝わらないよう、祈った。

 幸い、花楓はいまの身体を褒められることが嬉しいようで、重くなっていた雰囲気が少し軽くなる。

「そうでしょ? 遠くまですっごいよく見えるよ。そしてもちろん……お姉ちゃんの様子も、すっごくよく見える」

 花楓の目が、組み敷いた私の身体を見詰めている。

 その明らかに機械として作られた部分以外の身体は、極めて人間らしく作られていた。

 かつての痩せ衰えた手足は、瑞々しく健康的ですらりとした手足に。

 闘病生活で荒れ果てた髪は、艶やかで癖一つ無いさらりとした髪に。

 控えめだった彼女の乳房は、程よく大きく張りのある輪郭の乳房に。

 寝たきりで形の悪い臀部は、丸みを帯びて引き締まった形の臀部に。

 誰がどう見ても綺麗で美しく、可愛らしい姿に仕上がっていた。

 病気さえなければ、花楓はこうなっていただろう、という理想形そのものだ。

 それが身体を機械化したからではなく、病気を克服したことで起きた現象であったならば、私は諸手を挙げて喜んでいただろう。

 いや、機械化されたことによる結果でも本当は構わない。

 彼女が元気で駆け回れるのであれば、その方法を否定することなんてするつもりはない。

 けれど、いまの花楓は「ただ身体を機械化しただけ」じゃないのが問題だった。


 最愛の妹は――セクサロイドになってしまったのだから。


 それはただ病気を克服するための機械化ではなく、性的行為を目的にして身体を機械化した、ということだ。そういった行為を職業的に行う人たちが、膣や肛門などの身体の一部を機械化し、避妊の必要をなくすために行っているのは珍しくない。

 けれど、そんな人たちでも全身をまるごと機械化し、セクサロイド化することは珍しいことだった。それこそ性病にかかってしまったり、激しいプレイの末に身体が著しく損傷した時くらいのことだった。

 もしくは――誘拐され、強制的にセクサロイドに変えられてしまった、というような。

 いずれにしても特殊な例だ。

 妹の場合は、必要に駆られてのことではあったけど、人の手で強制的に変えられたというわけではなかった。

 花楓は、自分でその道を選んだのだ。

 その機械の目が、私をじっと見詰めている。熱など感じないはずのカメラアイから、確かな熱の篭もった視線を感じていた。

 機械化された妹から向けられる視線としては、あまりにも生々しい、情欲の熱が篭もった視線。

「お姉ちゃん。花楓と一緒に、気持ちよくなろう?」

 セクサロイドとなった彼女に、性欲があるのかどうか私にはよくわからない。

 でも確かな現実として、花楓から性的に求められているということを感じてしまう。

 花楓が、私の服を脱がそうとしてくる。いまの花楓の力を持ってすれば、服程度は破いて無理矢理剥がすことも可能だろうけど、あえて丁寧に脱がそうとしているところに、花楓の誠実な気持ちを感じる。

「だ、駄目っ、花楓っ」

 それでも、私は花楓を止めた。彼女の両手の手首を掴んで、引き剥がそうと試みる。

 花楓の手は、びくともしなかった。

 物理的に止めることは出来なかったけど、抵抗する私を見て、花楓が動きを止める。

「……いや? 花楓と一緒に気持ちよくなってくれないの?」

 悲しみの感情が篭もった声。

 思わず流されそうになるのを、私はぐっと堪えた。

「こんなこと……っ、やっぱり、駄目よ……!」

 花楓と私は姉妹だ。

 例えお互いにそういう気持ちがあったとしても、駄目なものは駄目なのだ。

 姉として彼女を支えてきた私の矜持が、そう叫んでいる。

 花楓は悲しげな声のまま、言った。

「でも、お姉ちゃんがしてくれないと……花楓は、知らない男の人のところにいかなくちゃいけなくなるよ?」

 花楓はセクサロイド化される時に、条件が定められていた。

 全身を機械化するというのは、とてもお金のかかる施術だ。一昔前よりは一般的な値段になってきたとはいえ、とても私ひとりの稼ぎで賄える金額ではなかった。

 だから治るかもわからない治療をずっと続けていたのだ。もし機械化する施術が安価であったなら、私たちはもっと早くにその選択をしていただろう。

 今回花楓が全身を機械化する施術を受けることが出来たのは、出資者がいたからだ。私が知らない間に、花楓はパトロンを募集していたらしい。

 出資者の協力によって全身の機械化を行えたまでは良かったのだけど、その出資者がとてつもない変態だった。

 セクサロイド化し、自分に仕えさせるならまだわかるのだけど、その出資者は花楓を機械化するときの条件として。


 実の姉である私を、花楓の『主人』として入力することを求めた。


 つまりその出資者は、セクサロイド化した妹と、その姉が性的に絡む光景を見たいという屈折した性癖の持ち主だったのだ。

 定期的にその光景の映像記録を出資者に渡さなければ、花楓というセクサロイドの所有権は別の誰かに移ってしまうのだという。

 主権者である花楓が、それでもいいと許容してしまったために、そんな歪な条件が成り立っている。

(私が花楓を抱けば……今まで通り、いえ、花楓はいままで以上に自由に暮らせる……定期的な行為さえすれば……でも……っ)

 思考がぐるぐると回る。花楓のためだと理解していても、感情はそれについていってくれない。

 いままで私は花楓を妹として見てきた。すぐにでも消えてしまいそうな花楓の存在を守ることが私の存在意義とすら感じていた。

 私にとって、大きすぎる存在だったから、正直な話、そういう想いがないわけでもなかった。姉として、庇護者としての立場が強かったからその想いは封印出来ていた。病弱な妹相手にそんな気分になれなかったということも大きい。

 だけどいま。

 妹は妹でありながら妹でなくなった。

 私が必死に守らなくても、存在していける身体を手に入れた。セクサロイドというものであっても、全身を機械化した者の能力は普通の人間の比ではない。

 私の腕の中にいたはずの花楓は、私を組み伏せてしまえるほどに、強くなった。

 立場が逆転してしまった。その事実に感情がついていかなかった。

 どうすればいいのか、わからずに戸惑う私。

 そんな私に業を煮やしたのか、花楓は私の服を脱がす作業を再開した。

「わかった。お姉ちゃんは動かなくて良いよ」

 抗う間もなく、私は服を脱がされていく。

「最初は花楓が――お姉ちゃんを気持ちよくしてあげるから。任せて」

「き、気持ちよくしてあげるって……」

 そんなことが花楓に出来るのだろうか。

 正直、私はそう思ってしまった。

 確かに年頃の花楓がそういうことに興味を持っていてもおかしくはないし、今時ネットを通じていくらでもそういった情報を得ることは出来る。

 別に花楓がそういったことを調べることを制限していたわけでもないし、色々と花楓が知っていてもおかしくはない。

 けれどそれは実体験を伴わないことで、いくら気持ちよくする方法を花楓が知っていたとしても、それが出来るとはとても思えない。


 私は妹がセクサロイドになったということを、よくわかっていなかった。


 私の服を脱がし、下着姿にしてしまった花楓の目から、唐突に意志の光が消えた。

 無機質なカメラアイが激しく動き、その焦点が私の身体に合わせられる。

『セクサロイドモード・起動。ただいまより、対象・瀨木穂こずえへの愛撫を開始します』

 感情の一切が抜け落ちた花楓の声が、私の鼓膜を震わせた。


つづく


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