SamSuka
夜空さくら
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改変された世界の片隅で ~男子二人の部屋から始まる改変世界認識~


 その日、私はルームメイトの千本松光樹を起こすため、彼の部屋のドアを開けた。


 私たちは小学校の時からの腐れ縁であり、一度もクラスが離れることはなかった。

 進学した大学も同じ地方の大学で、実家から通うには少し遠かったため、ふたりでアパートを借りてルームシェアをして暮らしている。

 互いに気心の知れた間柄であり、はっきり言って遠慮などは一切ない。

 アパートはそれほど広くなく、それぞれに個室があるとはいえ、間の壁は薄い。ゆえに昨日も隣で、光樹がAVを見ながら深夜までオナニーしていたことはわかっていた。

 同じ大学に通ってはいても、必ずしも同じ講義を受けているわけではないため、互いの生活には不干渉が原則だ。

 ルームシェアはしているが生活時間を合わせるつもりはお互いにこれっぽっちもなく、精々相手が寝ている時は極力静かにする、自分が使ったものは自分で責任を持って片付ける、というくらいが最低限の決め事だった。

 だが、この日ばかりは私もさすがに光樹を起こしに来なければならなかった。

 寝ている光樹は声をかけた程度では起きない。

 ノックもせずにドアを開け、ベッドに歩み寄って直接光樹の身体を揺すった。

「おい、光樹。起きろ、緊急事態だ」

 基本的に光樹は夜更かしが大好きだ。昨夜もオナニーを深夜までやり続けていたのだろう。パンツ一丁で布団にくるまっていた。

「ん~? なんだよ政夫……朝、目が覚めたら美少女になってたとか言うなよ……?」

「何の話だ。いいから起きろ」

 恐らく光樹の知るAVだかエロ漫画だかによくある話なのだろうが、そんなことはどうでもいい。

 そんなことより、遙かに大変な事態になっているのだから。

 根気強く光樹を揺すっていると、寝起きの悪い光樹も渋々起き出した。ベッドの上で半身を起こし、大きなあくびをする。だらしなくぼさぼさになった頭が間抜けている。

「んだよ……ふぁ……今日は自主休校するから、昼間で寝ているつもりだったのに……」

「お前、単位足りてるのか? まあいい。そんなことより大変なことがある」

 こいつが留年しようが何しようがどうでも良かった。光樹の母親にはしっかり見ておいて欲しいと頼まれたが、親の言うこともろくに聞かないこいつに何を言っても仕方ない。

 留年したら私が先に卒業することになって、ルームメイトを失うこいつは困るだろうが、困るのは光樹であって私ではない。

 そんなことより、いまは優先すべきことがある。

「本題に入る前にお前に確認しておきたいことがあるんだが――お前にとって、女性とはなんだ?」

 光樹は凄く変な物を見る目で私を見た。起き抜けにする話ではないことはわかっている。

 しかしそれでもそれを尋ねなければならなかった。

 光樹は少し眠気が覚めて来たのか、首を傾げながらも応える。

「ああ? んなの……『ヤらせてくれる今の彼女』か、『前までヤらせてくれた彼女だった女』か、『今後彼女になってヤるかもしれない女』に決まってるだろ?」

「うん、光樹は光樹だな」

 清々しいくらい最低な下半身直結思考だが、わかりやすくてありがたい。

 とっかえひっかえ彼女を作っているこいつだが、一応最低限の分別はあり、誰かと付き合っている時に他の女性に浮気することはない。

 別れる理由も大体は性格の不一致が原因だったり、相手方の心変わりだったりする。

 私には理解しがたい付き合い方だが、女性の方も納得しているようなので、まあそれで構わないのだろう。いまのところ大きなトラブルになったことはないようだし。

 女性に対し、光樹がそういう認識であることは、私の記憶とも一致する。

「ふむ。その認識が変わっていないということは……お前はおかしくはなっていないようだな……」

「なあ、何の話だ? なんかあったのか?」

「百分は一見にしかず……とりあえず服を着てリビングに来い」

 そう言って私は先にリビングに移動した。

 光樹も適当なズボンを穿きながら付いてくる。

 キッチンと一体型のリビングは狭い。一応、私たちふたりが同時に席に着ける程度の広さの机はあるが、棚や冷蔵庫などもあってほとんどの空間が埋まっており、あまり余裕のある造りでは無かった。

 私も光樹も積極的に自炊をする方ではないから、なんとかなっているが。

 私は狭いアパート特有の、リビング直結のトイレのドアに手をかけた。

「なんだ? デカいクソして詰まりでもしたのか?」

 腹をボリボリと搔きながらついてきた光樹。

 下品な物言いと態度だが、いつものことなので気にしない。

「いいか、驚くと思うが騒ぐな」

「んあ? なんだってんだ……?」

 私のトーンから本気度合いを悟ったのか、さすがの光樹も少し警戒した様子になる。

 それを確認してから、私はゆっくりとトイレのドアを開いた。


 まず聞こえてきたのは、微かに鳴る鎖の音だった。


 中にいたのは――否、『あった』のは、厳重な拘束を施された一人の女性だった。

 全身が薄いラバースーツのようなもので包まれており、肌色はほとんど見えない。頭まで全頭マスクによって覆われているため、髪が長いのか短いのかすらわからない。

 その目には分厚い目隠しのような物がかけられているため、一欠片の光すら感じていないだろう。柔らかそうなクッションを太いベルトが押さえ付けるような形の目隠しだから、透けて見えるということは万が一にも有り得ない。そもそも眼球が無事なのかどうか。圧迫し続けたら失明するはずだが、そうなっていないのかどうか、外からは判断できなかった。

 耳のある位置には、これもまた厳重なヘッドホンのような耳当てがされていて、音を一切遮断していそうだった。現にこっちが扉を開けても、ほとんど反応していない。

 視覚と聴覚を完全に奪われている。

 前頭マスクにはいくつか穴が開いていて、鼻の穴も一応は開いていた。しかし、その鼻には物凄く痛そうな鼻フックがかけられている。それは容赦なく彼女の鼻の穴を上方向に広げていて、彼女の鼻を豚鼻に変えていた。これだけ強烈に拡げられていたら、いざ外した時にもかなり鼻の穴が変形してしまって、無様なことになるだろう。拡げられた鼻の穴からは鼻水が垂れた後があり、それも彼女を無様に見せている一因だった。

 そして口。口にあたる部分にも全頭マスクには穴が開いていた。そして彼女は大きく口を開いているのだが――開いているのに、彼女の口は塞がっている状態にあった。

 というのも、彼女の口には円筒形の口枷が噛まされていたのだ。顔の大きさからして、顎が外れる直前まで口を開かざるを得ない大きさの口枷だ。それほどの口枷を噛まされているのは、相当な苦痛に違いない。金属で出来ているため、枷の方が壊れることはまずなさそうだ。

 その円筒形の口枷の中央には穴が開いているのだが、その穴はゴムの栓で塞がれていた。排水溝の栓というとあまりにも無残だが、そうとしか見えない。栓はいかにもそれらしい細い鎖で彼女の顎付近に繋げられていて、抜き取った時垂れ下げておけるようになっていた。

 口枷は口内を満たすだけではなく、彼女の下顎全体を覆うマスクと繋がっていた。穴がちょうど斜め上を向く角度で固定されている。それが何を目的としている角度か、推測は出来るが、そうだとしたらなんとも残酷な仕組みだった。

 首にはマスクと一体化している太く分厚い首輪が巻かれており、頭を左右に動かすことも出来なくなっていた。首輪には頭部に付けられている、目隠し、鼻フック、耳当ての全てが固定されていて、彼女の首から上の自由の一切を奪っていた。

 彼女は何の言葉も発することは出来ず、呻き声すら上げにくい状態になっていた。

 そして首から下にも、その執拗なまでな拘束は続いている。

 まず身体全体をラバースーツが覆っている。分厚いものではないため、彼女自身の身体のラインがむき出しになっている。ただ、折角整ったラインも、色々な物によって歪められていた。

 まず胴体を絞り出すボディハーネス。縄でいうところの亀甲縛りのように身体を締め上げるそのボンテージは、彼女の柔らかそうな身体を、食い込むほどに締め上げていた。それによって彼女の乳房は強調され、熟れた果実のようにボロンと絞り出されている。

 そんな乳房の先端にある乳首だけ、ラバースーツに空けられた穴から飛びだしていた。彼女の乳首は綺麗なピンク色をしてたが、金色のピアスが横向きに貫いており、彼女が微かに身体を揺らす度にキラキラと光を反射していた。

 彼女の両腕はアームバインダーと呼ばれる道具によって、後ろに回した状態で固定されているため、彼女の乳首は堂々と晒されざるを得なくなっている。アームバインダーはかなりキツく締められてるらしく、彼女の肩はほとんど後の方を向いていて、強制的に胸を張るような姿勢を取らざるを得ないようだ。分厚く丈夫そうなベルトが幾本も腕を縛りあげていて、とてもじゃないが彼女の力でそこから脱出するのは不可能だろう。手の先は丸くなっているため、指先を使うこともできそうにない。

 彼女は洋式トイレの便座に座っている姿勢なのだけど、どうやら便座は彼女が座れるように、後方が少し開けたものに変わっているようだ。蓋もなく、彼女の手は便座の後ろにある水が流れる配管に鎖で固定されている。鎖は短いのでほとんど自由はない。立ちあがることはできそうになかった。

 そしてその両足は、大きく股を開いた状態で固定されていた。力士が四股を踏む時ほどに拡げられた両足には、膝と足首に金属製の枷が巻かれている。その枷には太い鎖が繋げられていて、左右の壁に固定していた。

 鎖の遊びはほとんどなかったが、わずかに彼女が身動ぎをするだけの余裕はあるため、微かに鎖が鳴る音が響いていた。

 最後に、その股間だ。彼女の股間は、恐ろしく強固な金属製の貞操帯のようなものが覆っていた。何やらウインウインと機械の動く音がしているのは、おそらくその貞操帯のようなものに何か機能があるためだろう。外から見える範囲ですら、凶悪な大きさと太さをしたものが蠢いているのがわかる。


 あまりにも厳重で執拗な完全拘束を施された女性が、私たちの家のトイレの便座に座らされて――否、『設置』されていたのだ。


 光樹は唖然とした様子で固まっていた。非童貞なこいつならそこまで驚かないと思ったが、やはり相当な驚きを受けたようだ。

 だがそれも無理はない。私もいまでこそ落ち着いているが、朝起きて用を足そうと何気なくドアを開け、初めて彼女の姿を目にした時は、衝撃のあまり数分動けなかったのだから。

 たっぷり数十秒はかけて、ようやく光樹も初見の衝撃から立ち直ったようだった。

 恐る恐る、視線を私に向けてくる。

「…………政夫、おめぇ……ついにやっちまったのか」

「ついに、とはなんだ。失礼な」

 私はさすがにむっとして光樹に反論する。軽口なのはわかっていたが、光樹の言い様ではいつか私が犯罪に手を染めるような人間のようではないか。

「誘拐してきたわけじゃないなら……あれか? ついにお前も付き合い始めたのか?」

「お前も私の趣味は知っているだろう。私は純愛が好きなんだ。こんなことが私の趣味に合っていると思うか?」

 光樹曰く「いかにも童貞臭い」嗜好らしいが、私はあくまで一途に愛し愛され合う関係を好ましく感じている。相手を便器扱いするような嗜好はしていなかった。

 もしも、愛し合った相手がSMプレイとしてこれを望むのであれば、大いに悩むとは思うが、少なくとも光樹も使う自宅のトイレですることはない。

 私が光樹の嗜好をよく知るように、光樹も私の嗜好をよくわかっている。伊達に腐れ縁を二十年近くも続けてはいなかった。

「確かに。……じゃあなんでこんなのが俺たちの家に、しかもトイレん中にいるんだよ」

「それが問題だ。もしかするとお前の新しい彼女かと思ったんだが、その反応だと違うようだな」

 そもそも光樹が彼女を連れてくることはないので、最初から違うとは思っていた。

「……ドッキリとかじゃね?」

「その説も考えたが、さすがに無理が過ぎる。明らかにドッキリでやっていい範疇じゃないだろう」

「それもそうだな……じゃあどうなってんだよ?」

「それを私も知りたい」

 光樹と私は、しばし人間の姿をした便器の前で途方に暮れた。


 顔も名前もわからない、トイレに拘束されている女性は、ただ静かに呼吸を繰り返すだけで、私たちの疑問に答えてはくれなかった。


つづく


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