改変された世界の片隅で ~赤土政夫視点~ その4
Added 2020-02-27 13:57:38 +0000 UTCネットで様々な情報を集めた結果。
わかったのは世界はごく最近に改変させられた、ということだった。
(そうでなければ、私が覚えているのと全く同じ人類史になるわけがない)
元から今のように、女性を肉便器として扱うのが普通という世界だとしたら、人類の歴史も大きく変わっているはずだ。
少なくとも教科書に載るようなレベルの歴史に関しては、私の記憶している通りの内容で間違いなかった。
(少なくとも、パラレルワールドのような世界に迷い込んだわけではない、ということは確かだ。それに加えて……)
女性と思われる個々人のブログやツイッターなどを確認した限り、半年ほど前までは何の変哲もない内容が記録されていた。
友人とどこそこに遊びにいっただとか、彼氏と別れただとか付き合い始めただとか、結婚を親にせっつかれて面倒だとか、就職に失敗続きで将来が不安だとか、好きな小説・漫画の展開だの感想だのがどうだ、とか。
至って普通の女性としての――普通の人間としての――ものだった。
しかし、半年前のある日を境に、それら普通の女性による書き込みは急激に少なくなり、特に若い女子の作ったアカウントのほとんどが停止していた。
稀に普通に書き込みが続いているものもあるが、書き込みの内容が急に性的なものになっていたり、以前の世界ならモラル的にどうかという内容になっていたり、肉便器が普通にあるような世界に準拠した内容になっていた。
(自分でも過去の書き込みは見えているはずだが……誰も過去の自分の書き込みや記録には触れていないな)
改変された思われる日の直前に「今週末に彼氏とデートする」と書き込んでいた女性らしきアカウントがあったが、改変日を境に、そのデートのことには全く触れていなかった。
否、それまで毎日のように触れていた彼氏のことに触れなくなっていた。
デートの日に別れて、彼氏のことに触れなくなった、という可能性もあるがおそらくはそういう話ではないだろう。
(改変によって様々な関係性が変化した……ということなんだろうな)
内容が目立つので女性ばかりに目がいってしまうが、男性の方にも影響は大きい。
女性と同じく若い男性のアカウントも停止していることが多いし、内容もどこか画一的だ。前までのゴチャゴチャした玉石混合感がなくなり、よくいえば洗練され、悪く言えば統一されている感がある。
(そのおかげか、争い事はほとんど起きなくなってるようではあるが)
この世界には戦争や殺人事件がない。ニュースが取り上げていないだけかもしれないが、死亡者の話は不慮の事故か病気だけで、前までの世界なら毎日のように目にしていた国家間の揉め事すら起きていなかった。
洗脳による世界平和が真の世界平和といえるのかはともかく、人が死ぬ機会はいままでとは比べものにならないほど減っているようだ。
それはこの現状が、個人の意志によって成された結果だということを示している。
良いか悪いかの善悪の話はこの際どうでもいいとして、私が考えるべきことは。
(具体的にこれからどうするべきか、だな)
私は顎に手を当てて考え込んだ。
明らかにこの世界は異常だ。何者かの意思によってねじ曲げられている。
私の予想が正しければ、性的な行為を娯楽として捉えている光樹のように、エロいことに目がない男の意思だろう。
それとは直接関係のない戦争や争い事を抑制していることから、人が死ぬことをなんとも思わないような極悪人ではないことはわかる。女性の扱いを考えると善人でもないが、いまのところ生命的な意味での浪費はしていないようだ。ちゃんと死なないように手段は尽くされていた。
戻すか戻さないかを選ぶとすれば、戻したほうがよいとは思うが、世界レベルで洗脳を仕掛けることの出来る相手なのが問題だった。
(どう考えても、一介の大学生じゃ、太刀打ちできないよな……)
勇者でも天才でもない私に勝ち目などないし、命を賭けてまで世界を元に戻したいかというと、そういうわけでもない。
(大体、改変が始まったのが半年前だとして、その間の私たちはどうしていたのかという話だ)
記録上そうなっているというだけで、実際に世界が改変されたのは昨晩のこと、という可能性もあったが、改造されたトイレのことなども踏まえると、もっと筋道の立った理由が考えられた。
私と光樹の認識も、昨日まで改変されていたが、改変者のなんらかの意図があって、元に戻されたという可能性だ。
改変から逃れられたのではなく、狙って外された。
その方が、よほどいまの状況に説明がつく。
(自分が特別だなどと思う気はないからな……しかし、そうなると、いまの私の行動も思考も、改変者には筒抜けなのかもしれない)
私はなんとなく部屋の隅を見上げてみる。もしかするとそういう視点で私や光樹のことを見ているかもしれないと思ったからだ。
だが、いずれにしても確証は持てない。
これからどう行動するかは、自分で決めてどうにかしなければならなかった。
(ふむ。あらためて状況が理解できてくると、光樹のように何も考えずにこの世界を楽しむのが、結局一番賢いのかもしれないな)
下手な考え休むに似たり、とはよくいったものだ。
この世界を楽しむために外に出かけた光樹の行動は、最適解だったのかもしれない。
(まあ、かといって私に光樹と同じことはできないんだが)
これはもう性分だから仕方ない。
私は私としての行動を貫くだけだ。
(とりあえず、まだ改変者に気づかれていないということを前提に動くとして……)
モルモットとして観察されているのだとしても、気づかれていないと考えて動くのがいいだろう。
最悪のパターンを想定し、それを防ぐための方策を立てていく。
最悪のパターンは、改変者にとって私たちの存在が完全なイレギュラーのパターンだ。この場合、もし私たちの存在が改変者に気づかれたら、全力で排除されかねない。
私ならそうする。不確定要素を放置する意味が無い。
ほとんどの人間は改変者の洗脳下にあるのだから、極端な話、特殊部隊をけしかけて私と光樹を亡き者にしてしまうのが一番手っ取り早い。
改変者としての自分の立場を守ろうとするなら、それが一番いい対処法に決まっている。
(もしそんな風にされたら……私や光樹では到底生き残れないだろうな)
改変者に目を付けられないようにするのが最善と言えた。
幸い、女性はともかく、男性にとってはかなり生きやすい世界になっている。
慎ましく、目立たぬように生きていくようにしておけば、最悪見つかった時も見逃して貰えるかも知れない。
(大筋の方針はこんなところか)
情報収集は絶えず続けるとして、これからどうするべきか具体的なことを考え始めた。
(何はともあれ……光樹に悪目立ちしないよう、改めて釘を刺しておいた方がいいな)
まずはそこから対処することにしよう。
もし光樹が改変者に見つかったら、芋づる式に私まで見つかってしまいかねない。
一応朝の段階で目立たないように言っておきはしたが、改めて釘を刺しておいた方がいいだろう。
そう考えた私は、光樹にメッセージを送る。
(『重要なことがあるから、夜になったら一度戻ってくるように』……と。こう書かないとあいつは絶対戻ってこないからな)
長い付き合いなのだから、それくらいはわかる。
スマホを置いた私は、光樹が帰ってくるまでの間にどうするかを考えた。
その思考の最中に、自分のお腹の虫が鳴り響く。
(そういえば……ろくに朝食も取っていなかったな)
ふと時計を見上げれば、すでに時刻は昼になっていた。夢中になって色々と調べている間に、時間が経っていたようだ。
「まずは何か食べるか」
そう思って備蓄を漁ってみたが、思った以上に何もない。
(ああ、そういえば今日買い出しに行くつもりなんだった。少しはあるかと思ってたが……光樹の奴が食べたかな)
買い出しに行こうかとも思ったが、それより良いことを思いついた。
(出前については調べてなかったな……試してみるか)
普段はあまり利用しないが、こんなときくらいは多少金を使っても構わないだろう。
それに、改変された世界ならでは、の要素も期待出来る。
試しにこの近辺で出前もやってる有名なラーメン店を調べてみた。行列が出来るという意味で有名なのではなく、ここで働いている看板娘が有名なのだ。
俗な言い方になるが、とにかく可愛いのである。
裏で何を考えているかまではさすがにわからないが、接客態度などは非常に良く、彼女目当てのリピーターも多い。
(他の女性のように、他のところで使われている可能性もあるが……たぶん)
スマホでラーメン店のホームページを検索し、出前のメニューを開いてみると、そこには到って普通のラーメン店の出前としてのメニューに加え、末尾に特殊なメニューが加わっていた。
そこには「看板娘明日美のサービス」という大分類で、その下に「口」「手」「足」「胸」「貝」「菊」などと書かれていた。
猟奇的な話でなければ、恐らくその身体の部位で彼女が奉仕してくれるということなのだろう。調べてみて感じたことだが、改変者は女性を性的な形で使いはしても、命を危険に晒させるようなことはしていないようだったので、これもそういう話ではないはずだ。
サービスとはいえ、料金が一切書いていないところが気にはなりはしたが、仮に法外な値段を提示されても試してみる価値はある。
私はすぐに店に電話をかけた。今日は平日。恐らくそんなに混んではないと思うが、早い者勝ちだ。
数コールで電話が繋がった。
『いつも御利用ありがとうございます。ラーメン富楽でございます』
可愛らしい明日美さんの声が耳元で響いた。少しドキリとしながらも、出前の注文を行った。
「チャーハンセットをひとつ。それから餃子小も付けて……あ、あと」
さすがに少し緊張する。ごほんと咳払い。
「サイトで『看板娘明日美のサービス』って見たのですが、それもお願い出来ます、か?」
『はい、できますよ。料理をお渡しする時に行いますので、その際に改めてお伺いしますね』
緊張するこちらに比べて、あまりにもさらっと明日美さんは応えた。
若干拍子抜けしつつ、住所を伝えて注文は終了。
『それではいまから調理してお伺いしますので……そうですね、二十分後を目安にお考えください。玄関周りのスペースの確保をお願いいたします』
「あ、はい」
通話が切れた。
玄関周りのスペースを確保しろというのは、そこで行為に及ぶからだろうか。
私は急いで玄関周りの荷物を退け、要らない靴をしまい込んで、そこそこ広いスペースを確保した。
(どのサービスにしてもらうか……悩むな。やはり膣……? いや、しかし肉便器とは状態が違うだろうから、口というのも捨てがたい……)
そんなことを悩む日が来るとは、正直思っていなかった。
どうしてもそわそわしながら玄関先で待っていると、程なくしてこの家に何者かが向かって来る足音が聞こえてきた。
カツン、カツン、という鋭い音が響く。
(……あの店で見た限り、明日美さんがヒール付きの靴を履いてた記憶はないんだが)
私はそう思いつつ、待ちきれずにチャイムを鳴らされる前に玄関扉を開いた。
すると少し離れたところに、ラーメン屋の看板娘たる明日美さんがやって来ていた。
岡持ちを持って、ラーメン屋の商号が入ったシンプルなエプロンを身に付けている。快活そうな笑顔と態度によく似合うお団子頭で、ヘアピンで前髪をあげてオデコを出し、清潔感もばっちり。
「ご注文ありがとうございます! お持ちしました!」
朗らかな笑顔と態度には思わずこちらも笑顔になってしまうような、そんな元気の良さが感じられた。
彼女はいままで通り、ラーメン店の看板娘として抜群の存在感を放っている。
しかし。しかし、だ。やはり彼女も改変されたこの世界の影響からは逃れられていなかった。
見慣れたエプロン姿ではあるのだが、問題はエプロン以外の服装だった。
いや、それは服装と言って良いのだろうか。
彼女は俗に言う――裸エプロンの状態だったのである。
赤土政夫視点 その5 につづく