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夜空さくら
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はじめてのヒトイヌ公園 プロローグ


 その休日、わたしは典型的な陽キャのクラスメイト・瀬田明里さんに呼び出された。


 彼女が待ち合わせ場所に指定してきたのは、学校から電車を乗り継いで移動しなければならない辺境の駅で、わざわざその駅に行く用事なんてなさそうな駅だった。

 実際、駅に到着して周りを見わたしてみても、商業施設自体がほとんどなく、住宅街のひとつという感じで、遊べるような場所は全く見当たらない。

 ネットで調べた限りでは、広めの有料公園が近くにあるようだったけど、彼女がそんな場所に行きたいと思うとは思えない。

(瀬田さんなら公園じゃ無くて、もっと賑やかな街で遊ぶよね……)

 彼女の目的がハッキリしていないため、なんとなく不気味なものを感じる。

 わたしは彼女から今日の目的について聞かされていなかった。

 彼女に「明日の休み、暇だったらここに来て!」と言われたから来ただけなのだから。

 我ながら素直過ぎる対応だけど、別に今日用事があったわけでもなく、断る理由もなかったから来ただけのこと。

 いつもそういうスタンスでいて、頼まれ事を断らないわたしは、彼女や彼女と同じような性格の子達からは「体のいい雑用係」として認識されているに違いなかった。彼女たちのグループからすれば従順なペットのようなものかもしれない。

 幸いにして過度に不利益を被るような命令はされたことがなかったし、お金を巻きあげられたりもしていなかったので、とりあえず従ってあげている。

(ショッピングの荷物持ちとか、人数合わせだと思ったんだけど……予想が外れちゃったな)

 ボーリングで人数が揃わないからとか、カラオケで人数が少ないからとか、そういう理由で呼びだされて、遊ばされたことは一度や二度ではない。

 ささやかなことで大盛り上がりする彼女たちのノリに、陰気なわたしはついていけないため、馴染めているとは言えないけれど。

 実際、わたしがその場にいるからといって彼女たちは彼女たちで勝手に盛りあがるのが常だ。わたしの存在はあくまで人数合わせとしての価値しかない。

 無視されているわけでもなく、無理な要求をされるわけでもなく、自分でいうのも何だが、なんとも奇妙な立ち位置で居続けている。

 瀬田さんはそんなグループの中で、リーダー的な存在だった。

 だからなのか、人数が足りないとなったときにわたしを呼びだすのはいつも彼女だ。リーダーとして、グループでの遊びを人数不足で盛り下げることは出来ないと思っているのかもしれない。ちゃらんぽらんに見えて、意外と責任感はあるようなのだ。毎度突然呼びだされるこちらとしてはあまり歓迎出来ることではないけども。

(そういえば、今日みたいに前日から話をされるのは珍しいな……)

 そんなことをつらつらと考えていると、待ち合わせ時間ほぼぴったりに瀬田さんがやってきた。

 わたしを見つけると、ぶんぶんと大きく手を降りながら駆け寄ってくる。まだ一言も喋ってないのに、行動が酷く賑やかだ。

「おはよー! ちゃこ! さすが、はやいねー! えらいえらい!」

 彼女の対人距離は異様に近い。決して親しいとは言いがたい関係のわたしに対しても、普通に名前で呼んでくる。

 さらに駆け寄ってきて抱きついて来たかと思うと、わざわざ背伸びをして、頭をわしわしと犬みたいに撫でて来た。折角セットしてきたのに、乱さないで欲しい。

「やめてください……」

 言いながら、彼女の手をやんわりと押し返す。

「あと、ちゃこじゃなくて、今市って呼んでくださいよ。恥ずかしい……」

 今市ちゃこ。

 それがわたしの名前だ。「ちゃこ」という名前は普通に呼ばれるなら問題ないのだけど、呼び方によっては犬の名前みたいに聞こえるので、あまり好ましいものではなかった。

 特に瀬田さんの呼び方はフレンドリーである分、気安さが前面に出ることもあって、そういうものを呼んでいるように聞こえる。呼ばれる身としてはあまり喜ばしいものではない。

 しかし彼女は、わたしのわりと切実な願いを聞こうとはしなかった。

「えー、だって『いまいち』って呼ぶのやだしー」

 ぶーぶー、と口で言ってるのかと思うほど露骨に嫌がる瀬田さん。

「ちゃこの方がカワイイからいいじゃん! それより、ほら、いこいこ! ちゃこ!」

 話を濁すと、そのままわたしの腕を引っぱって歩きだす。

 彼女のテンションと大きく響く声は目立って仕方ない。辺境の駅であるために、人気が少ないのが幸いだった。

(はぁ……仕方ないなぁ……)

 わたしは溜息を吐きつつ、彼女に手を引かれるまま歩きだした。子供じゃあるまいし、手を放したいのだけど、彼女の方から繋いできているので放しようがない。彼女の強引な行動はいつものことだったから諦めるしかない。

 しかし、ふと気になることがあった。

「瀬田さん、他の皆は? 待たなくていいんですか?」

 いつものグループの人数合わせだろうと思っていたのだけど、瀬田さん以外のメンバーは全く見当たらない。

 他のメンバーは他の待ち合わせ場所なのかと思っていたら、瀬田さんは不思議そうに首を傾げた。

「今日はあたしとちゃこだけだよ?」

「…………はい?」

「まあいいから! いこいこ! すぐ近くだから!」

 そういって瀬田さんはわたしを引っぱってずんずん進む。

「行くって、どこに……? この辺りには、有料公園くらいしかなかったと思いますけど」

 そう何気なく口にした瞬間、瀬田さんが「ハッ!」と言わんばかりの態度でわたしを見上げた。本当に一々行動がうるさい人だ。

「……もしかして……知ってるの?」

 有料公園のことだろうか。

「知ってるというか……地図でみたらそういうのがあるっていうか、この辺りにはそこくらいしかないっていうか……」

 そう応えると、瀬田さんはなぜか肩を落とした。なぜ肩を落とすのか。

「ちゃこは真面目だなぁ」

「……普通調べませんか?」

 行く場所の近辺くらいは調べるものだと思っていた。

「まあいいや! 行ってみたらわかるから!」

 そういってまたわたしの腕を引いて歩きだす瀬田さん。なんとなく、誤魔化されているような気がした。

 いつもの瀬田さんだったら、どこにいこうとしているのか、すぐにでも口にするはずだ。彼女の性格的に、黙っていられないから。しかし今回はどこに行こうとしているのか、何を目的にしているのか、言おうとしない。

(もしかして、本気でヤバいところに連れて行かれようとしてる……?)

 そんなお店があるのかわからないけど、無理矢理性的な奉仕をさせられるみたいな、そんな危険な場所に連れて行かれようとしているのではないだろうか。

(さすがにない、とは思うけど……)

 彼女たちのグループは目立って悪いことをするような不良というわけではないが、サボりとか無気力な態度とかは露骨なので、先生たちの覚えはあまりよろしくない。わたしの知らないところで、そういうアンダーグラウンドな世界との繋がりがあるのかもしれない。

 いざというときには逃げられるように構えておいた方が良さそうだった。

 わたしは念のため、いつもポケットに忍ばせている痴漢撃退スプレーの位置を確認する。


 そのわたしの予想は、当たらずとも遠からず、だった。


 瀬田さんに腕を引かれるまま歩くこと、数分。

 わたしと瀬田さんは大きな白い建物の前に辿り着いていた。

 やはり瀬田さんの目的地は、近くにある有料公園だったのだ。

(公園……なのよね?)

 不思議なのは、有料公園の中がほとんど見えないということだろうか。刑務所とは言わないけど、それなりの高さの塀が敷地をぐるりと囲んでいて、園内の様子が窺えない。木の先端とかは見えているから、公園であることには間違いないみたいだけど。

 公園の中には目の前にしている建物を通じてしか入れないようだ。徹底している。

 しかし、瀬田さんはなぜここに来ようと思ったのだろう。ボール遊びをしたいというわけじゃないだろう。もしそうだとして、学校の近くにだって公園はあるのだから、そこですればいいだけだ。

 そう思って瀬田さんの様子を窺うと、瀬田さんはなぜか緊張しているようだった。

「ちゃこ。いまからここに入るけど、ちゃこは何も言わずに、いつもみたいに頷いてくれればいいからね」

「……はぁ」

 雲行きが怪しくなってきた。

 わたしがなんとも言えずにいると、瀬田さんはわたしの腕にほとんどしがみつくような形で、建物の入り口を潜る。

 中はまるでホテルのエントランスみたいな、綺麗な受付だった。

 受付の中に立っていたお姉さんが、わたしたちの方を見て一瞬怪訝そうな顔をした後、にこりと営業スマイルを浮かべる。

「いらっしゃいませ。当公園は初めて御利用ですか?」

「は、はいっ」

 誰に対しても割とフレンドリーというか、馴れ馴れしい瀬田さんが、妙に緊張している。こっちまで緊張が移ってきそうだ。

「それでは、まずは身分証明書のご提示をお願いします」

 身分証明が必要な場所なのだろうか。

 とりあえず言われるまま、財布から学生証を取り出して見せた。瀬田さんも同じように学生証を提示していた。

 それらを確認し、なにやら記録を取った後、受付の人は学生証を返してくれた。

「はい、結構です。ところで確認ですが……お二人とも、ご自身の意志でここにお越しくださいましたか?」

「はいっ、もちろんです! ね? ちゃこ?」

 視線の圧がすごい。わたしはそれを感じつつ、応えた。

「まあ、そうですけど……」

 とりあえずそう応えると、受付の人はやはり怪訝そうな顔はしつつ、何やら書類のようなものを取り出した。

「ではこちらにご記入をお願いします」

「あたし書きます! いいよね、ちゃこ?」

 そういって有無を言わさず書き始める瀬田さん。わたしは必要事項らしきものを埋めていく瀬田さんの手元を見ながら、一体何をしたいのか不思議に思っていた。

「……よしっ、これで! お願いします!」

 そういって書類を受け付けの人に返す瀬田さん。

 受付の人はそれを受け取り、目を通した後、何とも形容しがたい顔でわたしの方を見た。

「……ええと、申しわけありません、瀬田様。当公園では入園する場合には、必ずご本人の同意を取らなければならない決まりでして」

 どうやらわたしの同意がないとみなされたようだ。まあそれはそうだろう。だってわたしは瀬田さんが何の書類に記入したかも知らないのだから。

 瀬田さんはびくり、と体を震わせると、ふるふる震えながら受付の人に確認する。

「うぅ……だめぇ?」

 上目遣いでうるうるとした瞳でいう瀬田さん。ちょろい男の人なら落とせたかもしれないけど、あいにく受付の女の人には通用しなかった。

「ルールですから。……それに同意がないと危険ですし」

「え、危険なんですか?」

 そんなことをさせられそうになっていたと知って、黙ってはいられない。瀬田さんは慌てて首と手を横に振った。

「き、危険はないよ! ね! 安全対策はしっかりされてますもんね!」

「それは、もちろんですが……いえ、やはり同意がなければ危険なことにもなりかねませんし、何より他のお客様にも迷惑がかかりますから」

 屹然とした態度で言ってくれる受付の人。

 怪しげなところではあるけども、きちんとした倫理観はあるようで少し安心した。瀬田さんが何を求めているのかはわからないけど、無理やり何かをやらされるということはなさそうだ。

「……わたし、ここがどんな公園も知らなくて、彼女に連れてこられたんですけど、ここってどんな公園なんですか?」

 瀬田さんが目を見開いてこっちを見る。いや、そんな「裏切られた!」みたいな顔をされても。さすがに黙ってはいられない。

「そうですね……一言で申し上げるなら――」

 受付の人は信じられない単語を口にした。


「当公園は、『ヒトイヌ公園』と申します」


 予想を斜め上にぶっちぎる答えが飛んできた。

 あまりのことに思考が停止してしまう。

「『ヒトイヌ』公園、ですか……? それは、その……ええ? 公園で?」

 中の様子がほとんど見えなかったとはいえ、野外であることは確かだったはずだ。

 野外でヒトイヌ、なんて聞いたことがない。だからこその反応だったのだけど、その反応こそ、受付の人にとっては意外だったようだ。

「驚かれるのですね」

「……あっ」

 何気なく呟かれたその言葉で、わたしは失態を悟る。

 そしてその反応で、瀬田さんにも完全に気づかれたしまった。

「そーだよ。もしかしてさ……ちゃこ、『ヒトイヌ』がどういうものなのか知ってる?」

 うかつだった。確かに普通の人なら、『ヒトイヌ』という単語自体なんなのかよくわからないから、驚くより困惑が先に立つはずだった。

 それが普通野外ではありえないことを知るのは、『ヒトイヌ』がどういうものなのか知っている人だけだ。

 じっと見つめてくる受付の人。キラキラとした目で見つめてくる瀬田さん。

 わたしは言い逃れできないと踏んで、白状する。

「……実際に見たことはないです。けど、そういうものがあるってことは知ってます」

 わたしはそれについて調べてみたことがあるのだ。

 四肢を拘束し、四つん這いになって、犬のように振る舞うプレイの一種。

 ペットプレイのひとつであったり、SMプレイのひとつでもある、言ってしまえば性行為の一種。

 特殊性癖の一種だから、誰にも話すつもりも、離す機会もなかった。

 それがまさかこんなところで、ふたりに知られることになるなんて。

 瀬田さんはさらに輝きを増した、キラキラとした目でわたしを見ている。

「それなら、話が早いじゃん……!」

 彼女の目には期待の光がありありと浮かんでいる。

 その眼を見て、わたしは彼女の意図を悟った。

(なるほど……そういうことか)

 この場所がヒトイヌ公園と呼ばれる公園であったことを知って、おかしな瀬田さんの行動を理解できた気がする。

 瀬田さんは、わたしをヒトイヌにしたいのだ。

 それが彼女の性的衝動なのだろう。わたしならいうことを利かせられるとそう思ったのだろう。

 だが、それはわたしを理解していないといわざるを得ない。

(犬扱いは、わたしが一番嫌いなことなのよ。ましてや、ヒトイヌにされてリードを牽かれるなんて、絶対に嫌!)

 興味を持って調べたのは認めよう。

 けれど、別にわたしはヒトイヌになりたいわけじゃない。

 わたしはそう決然とした気持ちで、瀬田さんにハッキリ「NO!」と突きつけようとした。

 そんなわたしに、瀬田さんは明確に自分の欲求を口にした。

 わたしの『予想外』の要求を。


「お願い、ちゃこ! 今日一日、あたしのご主人様になって!」


 否定のために口を開きかけていたわたしは、その瀬田さんの要求を聞いて、思わず。

「……は?」

 と声に出していた。

 開いた口が塞がらない、とはこういうことを言うのだろう。


 彼女はわたしに――ヒトイヌになった自分のご主人様になれと言ってきたのだ。



つづく


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