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はじめてのヒトイヌ公園 その1 ~事前準備~


 通された更衣室に、拘束具がずらりと並べて準備されていた。


 ヒトイヌ拘束を行うために用意されたそれらの拘束具は、いずれも精巧かつ重厚に出来た『本物』だった。形だけ取り繕った安物感は一切なく、どれも最高級品質のものであることが、素人目にもわかる。

(これがレンタル出来るなんて……どれだけお金かかってるのよ……)

 それらの拘束具がどういうものなのか、知識としては知っているわたしだけど、実際にそれらを眼にするのは初めてだ。もちろん、触れたことなんてないし、ましてやそれらを着けるなんてことはいままで一度だってなかった。

 隣にいる瀬田さんをこっそり盗み見る。瀬田さんは口元を手で抑えていた。

 手で口元が隠れているのに、その眼がキラキラ輝いているために、彼女がどういう気持ちでいるのかわかってしまう。

 めちゃくちゃ期待している。

「さ、触っても、いい? ですか?」

 わくわくという擬音が聞こえてきそうなほど弾んだ声で瀬田さんは言う。その様子からすると、彼女も決して拘束具に慣れているというわけではなくて、初めての経験のようだ。

 ヒトイヌ拘束は初めてとのことだったけど、てっきり拘束具は多少の経験があるものだと思っていた。

(よくそんな状態でわたしにカミングアウトする気になったわね……)

 憧れが積もり積もった結果のことなのかもしれないけど、それにしたって色々とチャレンジャーすぎると思う。

 カミングアウトする緊張自体はもう解れたのか、あるいは、わたしがそれを受け入れたからか、態度自体はすっかりいつもの社交的で前向きの陽キャな瀬田さんに戻っていた。

 そんな瀬田さんに、職員さんが微笑みながら応じる。

「構いませんよ。どうぞ触れてみてください。あ、乱暴には扱わないようにお願いします」

 職員さんに許可を出された瀬田さんが、うきうきと拘束具の並べられた机に近付き、拘束具を手に取って眺め始める。拘束具の本格的な造りを感じてか、小さく感嘆の声をあげていた。

 はしゃぐ彼女の姿は、いまからしようとしていることの影響もあってか、人懐っこい小型犬のように見えた。

(……早速毒されている気がする)

 そんな彼女のことを微笑ましく見つめていた職員さんが、雰囲気を改める。

「では、まずは瀬田様のお着付けから行わせていただきます」

 その職員さんは、さっきまでヒトイヌ公園のことを説明してくれていた受付の人ではなかった。

 彼女は拘束具の装着を手伝ってくれる専門の職員さんだった。

 白い仮面のようなものを身につけていて、個性を殺した髪型と服装をしている。たぶん、装着を手伝う際、利用者に恥ずかしい思いをさせないための工夫なのだろう。

 正直、ちょっと不気味だったけど。

 職員さんに呼び掛けられた瀬田さんは、さすがに緊張した面持ちで姿勢を正した。

「よ、よろしくお願いしますっ」

 瀬田さんの返事を聞いてから、職員さんの顔がこちらを向く。

 心臓がどくんと高鳴った。

「今市様に身につけていただく御衣装は、瀬田様の装着が済んだあとご用意いたしますね」

「は、はい。宜しくお願いします」

 彼女に向け、ぺこりと頭を下げた。

 わたしは結局、受付の人に提案された『特別オプション』を受け入れることにしていた。

 どういった『特別オプション』があるのか、一覧表を確認させてもらったところ、わたしが受け入れられそうで、かつ利用料金の割引率の高いものがいくつかあったのだ。

 それによってパートナー入場にかかる費用がかなり軽減出来ることになっていた。

 いくら瀬田さんが自ら望んで支払ってもいい、と言ってくれていたとしても、あの金額をただ支払わせるというのは、わたしのくそ真面目な良心が許せなかった。

 瀬田さんに自分の趣味嗜好を知られるのはリスキーではあったけれど、それをいうなら瀬田さんも条件はほぼ同じだ。

 むしろ、そのことを知られて関係が変わってしまうことを恐れるような、親しい友人がいないわたしに対し、瀬田さんにはたくさん存在する。

 そもそも彼女はそういった友人に知られたくないから、わたしをこうしてこの公園に引き込んでいる。だから、彼女が周りにわたしの嗜好を知らしめる可能性はほぼないだろう。

 有利不利の話ではないとは思いつつも、どちらが優位に立っているかは明白だ。

(マウント取ってるみたいで嫌な考えだけど……)

 根暗な性格の癖でそんなことを考えてしまいながら、わたしは頭を切り替える。

 わたしと瀬田さんはふたりとも拘束具に関しては素人だ。だから、職員さんの手腕に全て任せざるを得ない。

 職員さんはまず事前準備について話し始めた。

「それでは早速ですが……服を脱いでください」

 瀬田さんがびくり、と肩を震わせる。顔を赤くして、恥ずかしそうに身を捩った。

「は、はい」

 いつもの瀬田さんと比べるとかなりしおらしい態度だ。従順に服を脱いで行く。

 彼女の好みなのか、かなり派手な下着が露わになった。いかにも見せることが前提の高い下着で、脱ぐことを前提としてやって来たのがわかる。

(……普段から普通の下着を着てて良かった)

 まさかこんなことをすることになるとは思っていなかったので、わたしは極普通の下着を身につけていた。

 出かける時にはくたびれたものを着ないようにしていた普段の自分に喝采を贈ってあげたい。

「し、下着も……よね?」

 下着姿になった瀬田さんは、真っ赤になりながらもそう確認を取る。眉をへの字に曲げて気弱な雰囲気を醸し出す彼女は、普段の快活な様子と違ってとてもいじらしかった。

「どうしても無理な場合は、下着の上からラバースーツを着ていただくことも可能ですが、基本は裸の方がよろしいでしょう」

 淡々と告げられ、瀬田さんは観念したようだ。

 えい、とばかりに勢いを付け、ブラのホックを外した。するりとブラジャーを腕から抜き取る。瀬田さんの胸はさほど大きい方ではないけれど、絶壁というわけでもない。ブラジャーから解放された乳房は彼女の動きに合わせ、柔らかそうに揺れていた。

 そして最後の砦となったショーツも、えいやと脱ぎ去った瀬田さんは、普通の部屋の中で全裸になった。すぐに手で隠してしまったのでハッキリとは見えなかったが、あそこに毛が生えていなかったように見えた。

(まさか生えてないってことはないだろうし……剃ってるのかな)

 わたしも詳しいわけではないけれど、拘束具を日常的に身につけることが多い人はそこを綺麗に剃ってしまうこともあるらしい。本格的な拘束具に慣れている様子はない彼女だったけど、もしかすると縄などの手に入りやすいものを、股間に通すことはよくあるのかもしれない。いわゆる股縄という奴だ。それなら、毛が縄に絡んでしまうことを防ぐため、剃るのもわかる。

 そんなことをぼーっと考えていたら、瀬田さんが身体を手で隠して恥じらいながら、わたしに向かって口を開いた。

「ちゃこのえっちぃ。じっと見ないでよぅ」

「……ッ、そ、そういうつもりじゃ……!」

 興味津々で見ていたようじゃないか。いや、実際見てはいたんだけど、改めて指摘されると恥ずかしかった。

 わたしは頬に熱が集中するのを感じた。

 そんな風にわたしと瀬田さんがやりあっている中、職員さんが瀬田さんに近付いた。

 瀬田さんが思わず怯むのに構わず、職員さんは手袋に包まれた手を、瀬田さんへと伸ばす。

「瀬田様、肛門についてはどうされていますか?」

 普通にされたらぎょっとするような質問だったけど、ここでは普通のことのようだ。

 平然とされた質問に、瀬田さんは慌てて応える。

「あっ、えっ、と……あんまり、弄ってない、です」

「でしたら、浣腸をして洗浄をしていただいた方が良いかと思いますが……いかがなさいますか?」

 真っ赤になってしどろもどろに応える瀬田さんに対し、端的に提案する職員さん。やはり明らかに素人っぽさが出ていて、本当に大丈夫なのか不安になる。

 瀬田さんは職員さんに促され、壁に手を突いてお尻を突き出すような体勢を取らされていた。白くて丸いお尻がぷりんとこちらに突き出されている。

 こっちまで恥ずかしくなってくる。

「……今市様、瀬田様に浣腸を施してみますか?」

 いきなりそんな話を振られ、わたしは動揺した。

「一日だけとはいえ、ヒトイヌの主人となられるのであれば、ペットとして扱うことに慣れておかれた方が良いかと」

「う……いい、のかな……?」

 思わずちらりと瀬田さんを見てしまう。

 瀬田さんは壁に手を突いた体勢のまま、じっと動いていなかった。けれど羞恥故か身体が赤くなっていたし、身体も小刻みにふるふると震えているのがわかる。こちらに顔は向けず、体勢は崩さず、ただじっとしている。

 それは『待て』の命令を従順に守る忠犬らしい態度であった。少しずつ彼女もそのつもりになってきているらしい。

 となれば、一日だけとはいえ、ご主人様となるわたしもそれに応えるべきだろう。

 職員さんが差し出してくれた浣腸機を震える手で取った。

「やって、みます」

 浣腸機は大きな注射器のような形状をしていた。その中には無色透明の液体が入っている。ただの水というわけではなく、浣腸液のようだった。浣腸器全体がほんのり温かいのは、装入した時に負担にならないようにだろう。

「はい。では焦らずで良いので、慎重にいれてあげてください」

 職員さんの誘導に従い、突き出された瀬田さんのお尻の穴に浣腸器の先端を突きつける。こんな風に誰かの肛門を見るなんて初めての経験だ。彼女は耳の先まで真っ赤にして恥じらっていたが、こっちも相当に恥ずかしい。

 それでも務めて冷静に、わたしは彼女のひくつく肛門に浣腸器の先端を挿し、ゆっくりと中の液体を注ぎ込んでいく。

「はうっ」

 背中を仰け反らせ、瀬田さんが身体を震わせた。そんな彼女のお腹は浣腸液が入った事で、少し膨らんだようにも見える。実際にはそこまで大量に入れたわけではないのだけど。

 浣腸器を抜くと、瀬田さんの肛門はまたすぐに小さく締まった。ごろごろ、と不穏な音が彼女のお腹から鳴り響く。

「ひぅっ……も、もれちゃう……っ」

「まだ出してはいけませんよ。最低でも五分は我慢してください」

 無情にそう告げられ、瀬田さんは絶望的な顔をした。さっきまでとはまた別の意味で、いままで見たことのない彼女の表情だ。

 まだ拘束が始まってもいない、準備段階でしかないというのに、彼女の色んな表情を見ている。

(態度は変わらない……つもりだったけど)

 果たしてこの調子で彼女に付き合い続けて、果たして今までと同じように接することが出来るのだろうか。我ながら自信が無くなって来た。

 そんなことをわたしが考えている間にも、瀬田さんの体内に注入した浣腸液は過たずその効果を発揮し、瀬田さんのお腹からは不吉な音が幾度となく響き出していた。

 グルグルグル、とお腹を下した時のような、腸が活発に動いている音だ。

 その響きを暫く確認していた職員さんが、ひときわ大きな音が響いたのを受けて瀬田さんをトイレへと誘導する。

 こういう時のためだというのはわかるのだけど、この部屋にはちゃんとトイレが用意されていた。

「出したあとはウォッシュレットでしっかり洗うようにお願いしますね」

 そう告げる職員さんへの返事もそこそこに、トイレに駆け込む瀬田さん。

 ほどなくして、水の流れる大きな音が響いた。

 そしてさらに暫くして、トイレのドアが開き、裸の瀬田さんがおずおずとでてきた。

「だ、だしたよ……」

 すっかり借りてきた猫のように大人しくなっている。数時間前までは想像もできなかった瀬田さんの姿。そんな彼女の姿を見ていたわたしは、なんとも言いがたい不思議な気分になっていた。

(なんだろ……嫌悪とか、興奮でもなくて……なんだか変な気分)

 自分の中に芽ばえたその感情の正体に、わたしはまだ気付いていなかった。

 一方、職員さんは淡々と次のステップへと進む。

「では、最初の衣装――ラバースーツを身に付けていただきます」

 机の上にばさりと広げられた、漆黒の人の皮のようなそれを見て、瀬田さんだけではなく、わたしの鼓動も速くなった。


 なぜならラバースーツは――わたしも身につけることになっていたからだ。


つづく


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