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はじめてのヒトイヌ公園 その4 ~ヒトイヌの「あかり」~


 全身を隙間なく覆うラバースーツ。

 四肢を曲げた状態で固定する袋状の拘束具。

 お尻の穴に挿し込まれた尻尾飾り付きのプラグ。

 そして――口枷と連動するギミックのついた、犬の口を模したマスク。


 それらを身につけた瀬田さんはもはやぱっと見では人には見えない。

 暗がりでシルエットだけみたら、犬と勘違いしてもおかしくない姿になっていた。

「ウゥ……」

 棒を噛みしめるような形で存在する口枷が彼女の声を奪っており、呻き声しか上げられなくなっている。普段の彼女の賑やかな声は封じられていた。

「ワフッ、ウーゥッ」

 犬型のマスクの口をパカパカと開閉させる瀬田さん。どうやらどの程度の力を込めればギミックがどれくらい動くのか、確かめているようだ。

「ハゥ、ァゥあ」

 少し慣れてきたのか、口をパカリと開け、わたしを見上げてくる。開いた口の中で、口枷を咥えている彼女の口角がわずかにあがっているのがわかった。目元も緩んでいるし、楽しそうなのが伝わってきた。

「ふぁ、ふぁこー」

 瀬田さんがわたしの名前を呼んだのがわかった。

「……意外と、呻き声以外も形になるんですね」

「マスクに備わっているギミック上、完全に塞いでいるわけではありませんからね。それに、あまり過度な口枷は涎が垂れ落ちてしまい、長時間着けられませんから」

 そういえば、完全に塞いでしまうタイプの口枷はともかく、ボールギャグとか猿轡とかは唇の端からどうしても涎が出てしまうという。

 そういった口枷は相手を苦しめ、反抗心を折る目的では有効らしいのだけど、この場にはそぐわないということなのだろう。

 あくまでこの公園ではヒトイヌとして調教するのではなく、人に飼われることを自ら選んだヒトイヌと一緒に過ごすという主旨の方が強いわけだ。

「ただ、本気で喋ろうと考えれば、いまのように可能ではあると思いますが、当公園の主旨には反しますので、緊急手段とお考えください」

 そう言い聞かせるように職員さんに言われ、瀬田さんは神妙に頷いていた。確かに、犬が唸り声や鳴き声で主張することはあっても、直接ご主人様の名前を呼んだり、自分の意思を直接言葉で伝えるのは筋が通らない。

 そう固く考えてしまい、緊張するわたしだったが、そんなわたしを安心させるように職員さんは続けた。

「……とはいえ、瀬田様と今市様は初めてのプレイですし、今回意思疎通に関するペナルティは取りませんのでご安心くださいませ。必要と思えば言葉による意思の疎通も行ってくださいね」

 丁寧にも「言葉で意思疎通をとっても問題視はしない」と告げてくれたわけだ。確かにそうハッキリ言っておいてもらった方が、いざというとき躊躇わず動ける。

 それ自体はとてもありがたいのだけれど、改めて『プレイ』と称されると気恥ずかしいものを感じる。

「……わかりました」

 わたしの返事を確認してから、職員さんは次の道具を手に取る。

 それはヘッドセットのような形をした、耳当てと犬耳がセットになったものだった。

 犬耳の色は瀬田さんの髪の毛となるべく似た色を用意してくれたみたいだ。さっきは意識していなかったけど、改めてみると尻尾飾りもそんな感じの色をしている。

 犬耳は、日本犬によくある三角がピンと立ちあがった感じの形をしていた。

「こちらの耳当ては人間としての耳を塞ぎ、上にある犬耳から音を聞くような感覚になるためのものです」

 聞こえ方を確認するためか、職員さんはその耳当て兼犬耳をわたしに被せてくれた。

 するといままで頭の横から入ってきていた音が、頭の上から聞こえてくるような感覚に変わった。わずかな差ではあったけど、これは犬に成りきる上では有効なのかもしれない。遮音性と音の聞こえ方が実に自然で、必要以上のハイテクノロジーを感じる。

 ここまで拘る必要が、果たしてあるのだろうか。

 そう不思議に思っていたわたしは、職員さんがある機能の説明をしてくれたことで、そこまで拘っていた理由がわかった。

「この犬耳を通して音を拾う際、意味の通った言葉を無意味な言葉の羅列に変換する機能があります。このように――」

 職員さんが何かの機能をオンにしたと思われた瞬間から、聞こえてくる職員さんの声が急に意味不明な言葉の羅列に変わった。

「げうれいてれきい、だえふぇきえっきあえお――」

 言葉の意味はわからなくとも、その声に込められている感情はなんとなくわかる。そんな感じ。

 少し気味が悪くなって、わたしは耳当てを取ってしまった。

「いかがでしたか? ヒトイヌが人の言葉を理解出来てしまうのはおかしいだろう、ということで、最近実装された機能です」

「……ちょっと、気味が悪かったですね」

 正直な感想を述べると、職員さんはニッコリと笑った。

「それはある意味、正しい反応だと思います。しかし、ヒトイヌに、一頭の犬に成りきりたいと考える方には好評なのですよ」

 そう言いつつ、職員さんは何かのスイッチのようなものをわたしに渡してくれた。

「この機能を使うかどうかは暫く散歩をしてから、今市様がご判断ください。最初からこれを使用すると、瀬田様がパニックを起こしてしまう可能性もありますから」

 慎重な方針にわたしは納得する。

 確かに、ただでさえ非日常で非常識なプレイをしようとしているのだ。急に制止しなければならない時もあるかもしれない。

 そんな時、人の言葉が理解できないままだと咄嗟にパニックになってしまうことも十分考えられた。

「ありがとうございます。使えそうなら、使わせてもらいます」

「それでは、早速装着してしまいますね」

 わたしが職員さんに返した耳当て兼犬耳は、すぐに瀬田さんの頭に取りつけられた。口枷に固定することが出来るようで、瀬田さん自身が暴れたり擦りつけたりする程度では外れそうにない。さらにどうやら固定は鍵がかかるようになっているようで、機能こそ自由にオンオフ出来るけど、気軽に犬耳を付け外すことはできない。

 犬耳を取りつけられた瀬田さんは、わたしと同じように、声の聞こえてくる方向が微妙に変わったことに気付き、驚きつつも感心しているようだった。

 そして、とうとう最後の道具を職員さんが用意する。


 最後の道具――それは、首輪だった。


 放し飼いの犬であったとしても、飼い犬ならば絶対に身につけておかなければならない身分証のようなもの。

 造りとしては極普通の、犬が身につける革の首輪と似通っているけれど、人間の首に巻く用だからか、内側にしっかりと当て布がされていた。

 擦れても肌が傷つかないための配慮だろう。SM用のものよりも着心地の良さに重点が置かれているようだ。ごつさは全然違うけど、チョーカーを着けるのと感覚は変わらないかもしれない。

 首輪には黄色のタグと、銀色のプレートが下がっていた。

 黄色のタグには「接触禁止」の文字が彫ってあり、説明で聞いていた他のヒトイヌとの接触を避けるための、意思表示のためのタグのようだった。

「いきなり他の利用者との接触は厳しいでしょうから、とりあえず装着させていただきました。こちらは必要に応じて外したり付けたりしていただいて構いません。もう一方のプレートの方は取り外さないようにお願いいたします」

 その、もうひとつ。

 銀色のプレートには『あかり』と彼女の名前がひらがなで彫られていた。

 裏返すと「飼育者:今市ちゃこ」の文字。

 いまのわたしと瀬田さんの関係性を、端的に示すプレートだった。

「こちらでご用意させていただきましたプレートはお帰りの際にお持ち帰りください」

 記念品、ということだろう。

 一時的なものだからか、そんなにしっかり作られているわけではなかった。この公園にしては安っぽい感じもする。

(まあ、この短時間で用意出来てるのがすでにわりとすごいんだけど)

 それ以上を望むのはバチが当たるというものだ。

 そんなヒトイヌが身につけるための首輪を、職員さんはわたしに差し出してくる。

「この首輪はヒトイヌにとって、とても大事なものですから、主である今市様が着けてあげてくださいませ」

 一時的にとはいえ、ご主人様はご主人様だということだろうか。

 わたしが首輪を受けとると、責任感も伴ってか、どっしりとした重さを感じた。

 首輪を手に瀬田さんを見る。瀬田さんは乗せられていた台から下ろされ、肘と膝で体を支える四つん這いで、わたしの足元に近付いてきた。

「ウゥ……」

 恐る恐る、と言わんばかりの情けない顔と呻き声を上げながら、瀬田さんがわたしを見上げている。

 わたしは自分の心臓が、どくんと大きな音を立てたことを自覚した。

(ふー……っ、覚悟を決めないとね)

 流されて来て、成り行きでこうなったとはいえ、ここからはわたしは彼女のご主人様にならないといけない。

 わたしは膝を突いて瀬田さんと視線を合わせた。

「瀬田さん……最後の確認ですけど、本当にわたしがご主人様でいいんですね?」

「アゥ、ウゥッ」

 瀬田さんの返事に躊躇いはなかった。わたしの問いに被せるほどの速度で頷く。

 もう彼女の方では覚悟が完了しているようだ。

 それは当たり前だろう。彼女は、もうすっかりヒトイヌの格好になっているのだから。わたしの持つ首輪が、最後のピースとなる。

 だから覚悟を決めるべきは、わたしの方だった。

「わかりました……いえ、わかったわ。あかり。わたしは、今日だけあなたのご主人様になる」

 呼び方も改めて、彼女を人間の友人としての「瀬田明里」ではなく、被飼育者でヒトイヌとしての「あかり」として扱うことを告げた。

 その宣言を受け、瀬田さんは――あかりは、嬉しそうにその眦を緩ませた。

「わふっ!」

 小さく吠えると上を向いて、首を曝け出すあかり。

 首まで覆うラバースーツの端を覆うような形で、手に持った首輪を彼女の首に巻き付けた。苦しくない程度に、けれど緩まないように気をつけて、しっかりと締める。

 ここに、一頭のヒトイヌが完成した。

「よろしくね、あかり。大事にするわ」

 頭を撫でると、あかりは嬉しそうに尻尾を振って、頭をこすりつけるようにして、わたしの手にすり寄ってくるのだった。


 こうしてわたしは正式に、あかりの『一日ご主人様』に成った。



つづく


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