はじめてのヒトイヌ公園 その5 ~ご主人様の「ちゃこ」~
Added 2020-04-25 13:36:11 +0000 UTCわたしの足元に四つん這いの瀬田さん――いや、ヒトイヌとなったあかりがいる。
あかりは四つん這いの身体でしきりにわたしの足に身体を擦りつけてきていた。
ラバースーツに覆われたあかりの身体が擦りつけられると、その独特の感触がわたしの足に伝わってくる。
「ん……っ、ちょっとっ、あかり……っ」
ラバーの感触がして、背筋にぞわぞわするものを感じる。だからあかりに身体を擦りつけるのをやめるよう手で制そうとしたら、四つん這いなのに俊敏に動いてするりとわたしの手をかわした。
まだそんなに動き回っていないのに、すでにヒトイヌ拘束に慣れ始めているみたいだ。順応性が高い。
「クーン……くふふっ」
手を避けながら愉快そうに笑うあかり。
口枷とマスクのためにくぐもった笑い声だったけれど、意図はよくわかる。犬みたいにわたしにじゃれるのが楽しいのだろう。
わたしの手をかわし、しきりに身体を擦りつけてくる。
(もう……こういうところ、ほんとあかりは上手いんだから……)
こっちが本気で怒っているわけではないことを察して、絶妙に甘えているのだ。
そういうあたりは、いつもの瀬田さんの人付き合いの巧みさが、あかりのヒトイヌとしての人懐っこさに活かされているというべきか。
そんなわたしとあかりのやり取りを、微笑ましく見つめていた職員さんが口を開く。
「あかりちゃん。これから今市様の衣装の着付けを行いますから、あかりちゃんはこっちの台で休んでいてもらっていてもいいですか?」
職員さんの、あかりの呼び方が変わっていた。どうやら首輪を付けた時点で、ヒトイヌとしての扱いに切り替えたようだ。
変わったのは呼び方だけじゃなくて、向ける声音も変わっていた。それまで通り丁寧な呼び掛けではあったけれど、それこそ人の飼い犬に対するようなものに変わっていた。
「ウー……むウッ」
職員さんの呼び掛けに少し不満げな唸り声をあげたあかりだったけど、大人しく従うことにしたみたいだ。いくらあかりが体力に自信があっても、膝と肘で体重を支える四つん這いをずっとし続けるのは難しい。本人もそのことは自覚的であるようだった。
さっきまで乗っていた台のところにトコトコと移動したあかりは、先ほどと同じく身体を擦りつけるようにしながら台の上へと乗る。
そして職員さんが台の高さを変えるまでもなく、両手両足を左右に開き気味にして、四肢への負担を軽減させていた。胴体で台を抱えるようにしていて、手足に体重がかからないようにしている。
犬を模したマスクを着けている分、顔が前に出っ張っているから、顔を伏せることは出来ず、顔は常に前を向けていなければならなかったけど、少しの間なら平気だろう。
あかりは四肢をだらんとさせ、休息に努めていた。お尻から飛びだしている尻尾飾りはまだ動かすのに慣れていないのか、だらんと垂れ下がっている。
台の上に伏せたような姿勢で視線だけを動かし、わたしをじっと見つめてくるあかり。
強い視線を観じて、少し居心地が悪かった。いまからここでわたしも着替えなければならないのに。
「あの、ね、あかり。……あ、あまり、じっと見ないで」
「ウーッ」
ヤダ、と言わんばかりにあかりが唸る。わたしもあかりの着替えを散々見ていたわけだし、あまり強く拒否することは出来なかった。
(うぅ……仕方ないか……)
そう思って観念している間に、わたしが身につける衣装を職員さんが持って来てくれた。
まず身につけるのは、あかりも身につけていたラバースーツだ。
あかりが身につけている首から下の身体を手足の先まで覆うものと違って、手足の先は出るようになっているタイプだった。
「まずはこちらを身につけてください」
「はい……」
わたしは観念してあかりの視線を感じつつ、着ていた服を脱いでいった。特に脱ぎにくいわけでもない、普通の服しか着ていなかったので、ほどなくして全裸になる。
裸を人目に晒すのは、あまりスタイルに自信がないので、恥ずかしいことこの上ない。さっきのあかりはこの上で浣腸まで人にさせていたのだから、信じられない。わたしだったら絶対無理だった。その辺が、ヒトイヌになりたいと願うあかりとヒトイヌにはなりたくないと思うわたしとの、わずかながら決定的な違いなのかもしれない。
(さっさと着ちゃおう……)
手早く済ませてしまおうと思い、わたしは職員さんに手伝って貰いながらラバースーツを身につけていった。
手足の先が出ている分、あかりに着せたものよりは簡単に身につけられる気がする。
すべすべとしたラバーが潤滑油でぬるっとした感触になっていて、なんとも不思議な着心地だった。あかりに着せていた時に触りはしたけど、自分で着るのはまた違う感覚だ。
「ん……っ、んんぅ……」
身体がラバーに包まれる感覚は、想像していたよりもかなり強烈なものだった。常に緩くラバーに身体が締め付けられて、変な声が出てしまう。
「ジッパーをあげますね」
両手両足をラバースーツに通し、位置がずれないようにしながら、背中のジッパーを職員さんにあげてもらう。
ジッパーがあがると同時に、ラバースーツが身体をさらに締め付けてきた。
「んあ……っ、ああっ」
あかりがしてもらっていたように、乳房の位置を職員さんに調整して貰いつつ、ラバースーツに首から下と手足の先から内側を包まれる。
ちょっとでも身体を動かすと、ラバースーツがギチギチと音を立て、身体全体をぎゅっと締め付けられるような感覚が走った。
「んぎっ……んん……」
自分で自分の身体を見下ろしてみる。そこには見慣れた自分の身体はなく、黒いラバーに覆われた異様な身体があった。
(うぅ……これ、想像していた以上に……恥ずかしい……!)
身体のメリハリが必要以上に強調されているような気がする。胸はまだしも、腰の括れやお尻の張りが如実に出てしまっていて、裸よりも恥ずかしい。裸より裸でいるような気さえした。全身タイツとは言わないけど、それに近いものを感じる。
乳首の突起や股間の割れ目までは見えなかったけど、乳房全体の形や股間の盛り上がりの輪郭はハッキリしてしまっている。
想像以上の羞恥に身悶えていると、次の装着品が差し出された。
それは、革のロングブーツだった。裾が長くて膝の上くらいまである。踵が異様に高く、ほとんど爪先立ちにならないといけなさそうな角度がついていた。
「立ったままでは難しいでしょうから」
そう言って職員さんが用意してくれた椅子に座り、ブーツに足を通す。ブーツの内側はちゃんとしたクッションが覆っていて、履き心地はそんなに悪くない。
足をブーツの底まで挿し込んで、編み上げになっている紐を締めようとしたけど、職員さんに制された。
「しっかり紐を締め上げないといけませんので、ここは私が行います」
職員さんはわたしの前で跪き、かなり力をいれてブーツの紐を締め込んでくれた。足全体がぎゅっと締め上げられ、一回り細くなったような気がする。
膝の部分はちゃんと動かせるようになっていたけど、足首はほとんど動かなかった。
(こ、これ……歩けるかな……?)
自分で選んだオプションとはいえ、想像以上の急角度に尻込みしてしまう。
もう片方の脚も同じようにブーツを履かせて貰い、一度椅子から立ちあがってみた。
かなり背伸びしているような状態だから、普段通り、とはいかなかったけれど、ブーツがしっかり固定してくれているからか、思ったよりは安定していた。
ヒールも高いことは高いけど、よくあるピンヒールみたいな細いものではなく、踵の接地面が広めに取られているタイプなので、想像ほどぐらつきはしなかった。
(重くないし、丈夫そうだし……実用重視ってことかしら)
足踏みをしたりグルグル歩き回ったりして、具合を確かめる。靴底が擦れて痛いとか、そういったことは一切なく、ものとしての出来の良さが窺えた。
「次はこちらですね」
職員さんが次の装着品を渡してくれる。
次は革で出来たグローブだった。ちゃんと手の先は指が分かれていて、指が使えるようにはなっている。ただ、肘の上まで覆うようになっていて、要所要所でベルトを締められるようになっていた。
そのため、一度着けられると自力で外すことは出来ないし、指が分かれているとはいえ、指先を使った細かな作業までは出来なさそうだ。
自分で手に嵌めたあと、職員さんにグローブのベルトを一つずつ締めて貰うと、わたしの身体で露出しているのは顔だけになった。
あかりの全身一体型のラバースーツより、手足の先が重厚な革で出来たブーツやグローブで覆われている分、重厚な雰囲気を醸し出している。
自分の身体じゃないみたいだ。
そしてまだ、装着品は続く。
次に着せられたのは、腰に纏うコルセットだ。
特にドレスとかそういったものを着た経験はないので、コルセットを着るのも初めてだった。映画や漫画ではよく見るけど、実際どんな感じなのかは全くの未知数だった。
(だから、どうせなら……ってことで選んだけど……)
想像以上にしっかりしたものが用意されていた。
今回、施設側が用意してくれたのは、レザー素材のコルセットだ。
かなり重厚な造りをしていて、ファッションでコルセットの形だけ取り繕ったものとはまるで違う。触ってみた感じも、高品質な革の感触が手袋越しにも伝わってくる。
「失礼いたします」
背中側に回った職員さんが、コルセットを装着してくれた。
コルセットは腰から下乳の辺りまでを覆い、背骨に沿って走る編み込みが下から順に締め上げられていく。
お腹の下の方から、キュッと締め上げられ、細い括れが生み出されていく。
「むぎゅ……っ、ちょ、ちょっと、く、くるし……ですっ」
緩めて欲しくてそういったのだけど、職員さんから返ってきた返答は無慈悲だった。
「大丈夫です。軽めに締めていますから」
「こ、これで……!?」
とてもそうは思えない。わたしの身体は自然とまっすぐ背筋を伸ばし、少しでも苦しくないように自然に姿勢が整えられる。こういう姿勢や体型の矯正こそがコルセットの役割だとわかってはいたけど、かなり苦しい。
最後まで力を込めて締め上げられた結果、腰の辺りががっちりと固められ、わたしは身体を曲げることができなくなっていた。
(こ、これ、かなり辛い……っ! 着込むことになるし、いいかと思ったけど……!)
オプションとして選んだのは早計だったかもしれない。
わたしは浅く早い呼吸を繰り返しながら、コルセットの締め付けに耐える。そうして呼吸することに慣れると、少し苦しみが和らいだ。
ふと、自分の身体を見ると、お腹や腰のあたりが引き絞られているせいもあって、胸の膨らみが異様に強調されていることに気付いた。元から小さな方ではないとはいえ、いまはあまりにも大きく見えてしまっていた。
(う……これは、かなり恥ずかしいかも……)
かといって背中を丸めようにも、コルセットの矯正力が無慈悲に働いて動けない。
あかりがこちらを興味津々な目でじっと見つめていることに気付いて、余計に頬が熱くなった。慌てて腕で胸を隠したけど、あまり意味がないことはわかっていた。
職員さんはわたしがコルセットの締め付けに耐えている間に、次の装着品を手に取っていた。
「次はこちらを身につけていただきますね」
それは、コルセットに繋いで装着するタイプの、股間を覆う貞操帯だった。
そもそもラバースーツが股間を覆っているのだから貞操帯を着ける意味があるのかわからなかったけど、まだ処女のわたしは身体の中に道具を仕込みたくはなかったため、このオプションを選んだのだ。
(い、色々欲張りすぎたかな……?)
せっかくだから、という勿体ない精神で色々とオプションを追加したのだけど、こうなるとわたしは少し後悔し始めていた。かといって、いまさら辞めるというのも言い辛い。
貞操帯はコルセットの前と後の裾に接続された。ちゃんとそれ用の金具があり、元からそのために作られたものなのだろう。
位置調節用のベルトが締め上げられると、貞操帯の本体が股間に覆い被さってきた。
股間に密着する金属の感触を、ラバースーツ越しに感じる。
(べ、ベルトが股間にくい込んで……っ)
お尻を割り割くようにベルトが走っているのがわかる。
脚を閉じるとそのベルトの感触が股間に伝わって来るので、気をつけていないと少しがに股気味になってしまいそうだった。
しっかり密着させられた状態で、ベルトの金具に鍵がかけられ、外せなくされる。
本当の貞操帯と違って、その気になればそのベルトを斬ってしまえば外せるけど、もちろん刃物なんて持っていないし、しっかりしたベルトの造りを見る限り、生半可な刃物では歯が立たないだろう。股間に触れられないようにする、という貞操帯としての役割はしっかり果たしているわけだ。
「本来であれば、計測した数値に合わせて作成した金属の貞操帯が望ましいのですが、すぐに準備出来るものではありませんので……」
申し訳なさそうに職員さんは弁明するけど、いくら潤沢な資金があっても、その場限りのレンタル品にありとあらゆるサイズを網羅した貞操帯を用意するのは無理というものだ。
だからその点に関して、不満を口にするつもりは一切なかった。
(全部金属の貞操帯にも、ちょっと興味はあったけど……仕方ないよね)
すでに相当な無理を聞いてもらっているのだから、望みすぎたら罰が当たる。
わたしは軽く脚を動かして見て、貞操帯が身体の動きを阻害しないことを確かめた。ちょっと身体を動かしただけで、全身を包むラバーがギチギチと音を立てる。
その音に酔いしれていると、今度は黒い袋のようなものを渡された。
「全頭マスクです。目と鼻と口の部分に穴が空いているので、前後に注意してください」
ラバー素材のそれを被る前に、髪の毛を纏めて水泳のキャップのようなものに納めた。その上から全頭マスクを被り、目と鼻と口以外を覆う。マスクはそんなに分厚くなかったから、耳が覆われても周囲の音は聞こえる。
さらに続いて顔の下半分、鼻と口を覆うマスクが用意された。
それは戦争映画などでたまにみかけるガスマスクのような形状をしていた。口のところに小さな円盤状のフィルターがついている。
「こちらは呼吸制御プレイにも用いられるマスクですが、今回のフィルターには酸素量を制限する機能はありません。全力疾走は難しいと思いますが、普通に歩く程度であれば問題なく呼吸出来ますので、ご安心を」
なるべく顔が隠せるようにと選んだ装飾具だったけど、ここまでしっかりした造りのものが出て来るとは思っていなかった。
どれくらい呼吸が制限されるのか試してみたくて、とりあえず顔にマスクを当ててみる。マスクは鼻の頭から喉元までしっかりフィットする構造になっていた。顔にぴったりと張り付き、空気が漏れることはなさそうだ。
ただ、職員さんの言った通り、呼吸はそんなに阻害されなかった。風邪を引いたときにつける普通のマスク程度には、息が通る。
フィルターには何か香りがついているのか、呼吸するとフローラルな香りが胸に広がった。激しく高鳴っていた心臓の鼓動が少し落ち着いたような気がする。
「ふー……すー……あ、あー……ちゃんと、喋れるんですね」
かなりくぐもってはいたものの、言葉はちゃんと形になった。
外側を覆っているだけで、口や下の動きを制限するものではないから、喋れて当然ではあるのだけど。
(見た目のものものしさに驚いたけど……実質的には普段してるマスクとそんなに変わらない、かも?)
口の前が塞がれていることによる息苦しさは感じるものの、過度に息が苦しくなるとか、そういった苦しみは一切感じなかった。
「ちなみに、散策中に飲料などが飲みたくなった際は、マスクの横についている水分補給用の穴をお使いください。このように――」
そういって職員さんが蓋を取ってくれた。すると、外気がマスクの内側に入ってくるのがわかった。
「穴を塞いでいる穴を取って、この穴にストローを挿し込んでお飲みください。水分補給が終わりましたら、忘れずに蓋を閉めてくださいね」
確かに蓋を開けたままでは、折角物々しいガスマスクを着けている意味が無い。例え呼吸制御が目的ではなくとも、見た目が問題だ。
(せっかくこんなにごついマスクを身につけているのに、それに穴が開いてたら雰囲気が台無しだもんね……)
そもそもオプションを身につけることで入園料が安くなるのは、見た目で他の客を楽しませることができるからだ。その見た目を損なうような真似をしたら、そもそもの意味すら失う。
水分補給の方法があるのは、色々と着込んでだいぶ暑くなってきたわたしにとって、とてもありがたかった。さすがにものを食べることはできないみたいだけど、何十時間もいるわけじゃないし、それは我慢しよう。
マスクが後頭部で留められ、カチャカチャと鍵がかけられる。鍵なんてかけられなくてもこのグローブの指先じゃあどっちにしても外せない。見た目上の演出の意味合いの方が強かった。
さらに、耳当てが追加された。あかりが着けたものと違って、犬耳はついていない。
わたしの耳当てには音声の拡大機能があり、全頭マスクのために若干聞こえづらくなっていた周囲の音が聞き取りやすくなった。逆に大きな音は増幅させずに絞ってくれるらしいので、耳が痛くなる心配もない。
「耳当てからはアナウンスも流れます。時間制限が迫ってきましたら耳当てを通してお伝えします」
「わ、わかりました」
耳当てはヘッドフォンと同じような形状をしていたけど、違うのはちゃんと頭に固定することができるようになっているところだった。頭頂部の辺りからベルトが伸びていて、顔の正面、額を縦断するようになっていた。そのベルトは鼻の流れに沿って二股にわかれ、ガスマスクに接続され、固定される。反対側も同じように、マスクの後頭部に繋げられていた。
それによって特別動きなどが制限されるわけではなかったけど、頭を縦横にベルトが走り、すごい「拘束されている」ような見た目になっていた。
さらに装着する品は続く。
ネックコルセットだ。首に選べる装着品には、ヒトイヌ公園らしい首輪もあったのだけど、わたしはそれを避けてこちらを選んでいた。
犬っぽさがない、というのが理由だったけど、いまから思えば首輪が嫌なら別に首には何も着けなくて良かった。いまさら後の祭りである。
用意されたネックコルセットは金属製ではなく、腰のコルセットと同じレザー素材で出来ていた。
「苦しければ言ってくださいね」
そう職員さんが前置きをして、ネックコルセットを装着してくれる。
首全体がきゅっと引き絞られ、シルエットが引き締められたことで、首が長くなったような気がした。レザー製とはいえ、物凄く硬い皮というわけじゃなかったから、無理をすれば首を横に曲げたり、俯いたりも出来たけど、楽な姿勢を取ろうとすると自然と首がまっすぐ伸びて、しゃんとした姿勢になる。
(……意外と、日常生活で身につけてても悪くないかも)
頭の重みをコルセットが支えてくれていることもあって、人によっては楽になるかもしれない。
こうして――ようやくわたしの身支度は完了した。
「こちらの姿見でご自身のお姿をごらんになってください」
職員さんに勧められるまま、わたしは大きな姿見の前に立って今の自分の姿を確認する。
姿見の中に映っていたのは、自分とは思えない黒い人型だった。
全身が真っ黒なラバーに覆われている。
至る所を走る重厚な革のベルトが、拘束されている感を出していた。少し身体を揺すると、各所のベルトに取りつけられた小さな鍵も揺れて、施錠されて脱げないことを自覚させられる。
髪の毛も完全にラバーの中に納められているので、丸っこい人の頭の形がそのまま現れていた。
頭髪に代表するわたしという個性はほとんどが消されていて、唯一わたしがわたしであることを示すのは露出した目元くらいのものだった。
体付きはラバースーツや各コルセット、ロングブーツやロンググローブによって「女」の特徴を強調されて矯正されているので、やはり「わたしの身体」という感じはしなかった。
他が厳重に覆われていることもあって、ラバースーツだけしか身につけていない胸とお尻が異様に目立っているように感じる。
(こ、これ……は……想像以上に、恥ずかしい……っ!)
ここの公園のような、特殊な環境で状況でも無い限り、こんな格好でいろと言われたら恥ずか死ねる自信がある。いまは同じくらい厳重にヒトイヌ拘束を施されたあかりが側にいるから、それによって緩和されてマシだったけど。
わたしの着つけが終わったのを見て、あかりが乗っていた台から降り、こちらに近付いてきた。
「くーん……」
あかりは心配そうにわたしを見上げている。
わたしがどのオプションを選んだのか、あかりも知っていたはずだけど、わたしがそうであるように、想像していた以上に重厚で厳重な装着品だったから、心配してくれているのだろう。
わたしはそんなあかりを安心させるために、跪いて――たったそれだけの動きが、結構な重労働だったけど――あかりの頭を撫でてあげた。
あかりの首輪に、職員さんがリードを取りつける。
「それでは着付けはこれにて完了です。あとは時間の許す限り、当公園をお楽しみくださいませ」
あかりにつけられたリードは、犬につけるリードと全く同じ、シンプルなものだった。
それをわたしが受けとると、あかりは心得ていると言わんばかりに、わたしの足元、身体の横に来て並ぶ。
ふたりして、厳重にラバー製・レザー製の衣装によって包まれた状態。
数時間前までは極普通の学生として街を歩いていたなんて、誰かに言っても信じてはもらえないだろう。それくらいわたしたちの姿はとんでもなく厳重に覆われていた。
(ふぅ。もう後戻りはできないし……)
覚悟を決めて、公園の散策をするしかない。
わたしはリードを引き摺らないよう、程よく手のひらに巻いて長さを調節する。
「……それじゃあ、行きましょうか。あかり」
強く引かないように気をつけつつ、リードを軽く引っぱってその力をあかりに伝える。
「わふっ! わむーぅっ!」
あかりは嬉しそうにわたしの足元で啼く。
更衣室から出て、施設の中を歩き始める。わたしのブーツが立てるコツコツという音が響く。手足が縛られていたり、拘束されていたりするわけではないけれど、ここまで厳重に着込むとさすがに平常通りとはいかない。
「しゅー……ふしゅー……」
ガスマスクを通して呼吸をしながら、一歩一歩着実に歩を進める。
そちらを窺う余裕は無かったけれど、リードのテンションが全く変わらなかったから、四つん這いのあかりも普通について来ているみたいだった。
「フー、フー、フー……」
あかりの呼吸音を耳当てが拾い、増幅して聴かせてくれていた。
(苦しそう……ではないわね。様子には気をつけておかないと……)
わたしも割と歩くので精一杯なのだけど、仮にもご主人様という立場であるのだから、あかりのことはよく考えないといけない。ただ、わたしの状態も状態なので、普段のようにちょっとだけ視線を向けるということは難しい。彼女の様子がおかしくないか、あらゆる間隔を総動員して、気をつけておかなければならなかった。
公園の出入り口までは、職員さんが先導してくれた。
ヒトイヌ用の出入り口と思われる小さなドアもあったけど、わたしがいるので普通のドアの方に誘導される。
職員さんの手で、わたしとあかりが並んで通れるほどの大きな扉が開かれた。
外の光りが差し込んで来て、一瞬目が眩む。
「改めまして――ようこそヒトイヌ公園へ。ひとときの非日常をお楽しみくださいませ」
礼をして見送ってくれる職員さんに軽く頭を下げて御礼の気持ちを示しつつ、わたしはあかりを伴ってドアを潜った。
それと同時に全身に感じたのは、風の感触。
壁に囲われて見えていなかった公園内の第一印象は、とにかく綺麗に整っている、ということに尽きた。
綺麗に整備された芝生と、その中を伸びる散歩道。遠くには東屋や少し大きな建物も見えた。四つん這いで移動するヒトイヌがいるからだろう。道や芝生にはゴミはもちろん、小枝や小石といった障害になるようなものが一切見られない。
目の前に広々と広がる、綺麗な芝生の公園。普通の状態なら珍しい風景ではない。
けれどわたしは見てしまった。公園のところどころに、いまのあかりと同じような姿をした、小さな黒い塊が動き回っていることを。
わたしたちと同じように、ラバー衣装に身を包んだヒトイヌがいる。
こうしてわたしとあかりは、ヒトイヌ公園へと脚を踏み入れたのであった。
つづく