はじめてのヒトイヌ公園 ~歩くだけでも激しいプレイ~
Added 2020-04-28 14:09:10 +0000 UTC透き通るような青空の下に、青々とした芝生が広がっている。
それはとても爽やかな光景で、その風景だけを見ると、ここが倒錯的な性的趣味を満たすために用意された公園――『ヒトイヌ公園』だなんて、誰も思わないだろう。
(なんなら、普通に散歩しに来たいくらいだわ……)
緩やかなカーブを描きながら伸びる散歩道は、普通に歩いたらさぞかし気持ちがいいだろう。丁寧に整えられた道には起伏も少なく、ウォーキングするにはもってこいの環境だ。
そよ風が吹いて、程よく伸びた芝生がさわさわと揺れる。そんな優しい風を実際に肌で感じることが出来れば、さぞ爽やかな気持ちになれるであろうことは明らかだった。
けれど、この場にいるわたしたちには、その風はほとんど感じられない。
特にわたしは外気に直接触れているのが目元だけだったから余計にだった。
全頭マスクのために、頭までしっかり覆われていて、ラバー越しにしか風を感じることは出来なかった。
足元のヒトイヌ拘束を施されているあかりでさえ、髪の毛が風に靡く感触くらいは感じられているというのに。四肢の自由がないあかりよりも、四肢の自由があるわたしの方が、ある意味不自由なのかもしれない。
――シュー、フシュー、フー……
爽やかな屋外には似つかわしくない、空気が狭いところを通る時の音が、すぐ傍から響いている。
わたしのガスマスク越しの呼吸音と、足元にいるあかりの口枷越しにする呼吸音だ。
ほぼ全身をラバーで覆われているわたしたちの姿は、開放的な公園とはどこまでも相容れない。異様なものだった。傍から見た絵を想像すると違和感しかない。
「ふー……それじゃあ、行こうか。あかり」
「わふっ!」
自分たちの姿に対する違和感を無理矢理胸の奥に押し込めて、わたしはあかりの首に繋がったリードを軽く握り直し、歩き出す。
――コツ、コツ、コツ、コツ……
ブーツの踵が地面を叩く音が響く。
一方、四つん這いのあかりの方はほぼ無音だった。よく耳を澄ませば肘や膝が地面を突く音が聞こえるけど、わたしの足音に比べればほとんど音が立っていないようなものだ。
あかりの四肢に被せられた袋は、地面に接するところが非常に分厚く作られていて、傷がつかないようになっている。それが結果的に足音を消す効果を生み出していた。
あかりは忠犬よろしく、わたしの歩調に合わせて動いてくれていた。
本来はヒトイヌ拘束で四つん這いで歩くあかりに、普段通り二本の足で歩くわたしが歩調を合わせるべきなのだろう。
けれど、いまは二本足で歩くわたしの歩みの方が、あかりよりも遅かった。
「ふー……ふー……ふー……」
歩いているだけなのに、呼吸が荒くなる。
情け無い気はするけれど、仕方ない。踵の高いロングブーツを履くのも初めてなら、腰と首を締め上げて引き締めるコルセットを着るのも初めてなのだ。ふらつかないようにまっすぐ歩くのだけで精一杯だった。
その上、着けた当初はそんなに気にならないかなと思っていた、ベルトによって股間に食い込んでいる貞操帯が、想像以上に効くようになっていた。
歩くごとに食い込みがキツくなってきて、楽な足の動かし方を探ると、自然とがに股に足が開いてしまう。かといって堂々とがに股出歩けるほど、羞恥心を捨て去ることなどできない。結果、足を強く閉じてしまい、必要以上に貞操帯の存在を大きく感じる。
一歩動くごとに、そこを貞操帯に抑えられていることを強く意識せざるを得ず、恥ずかしいやら歩き難いやらで、本当に大変だった。
(職員さんのお薦めをホイホイ聴くんじゃなかった……っ)
いまわたしが身につけている衣装のほとんどは、オプション拘束の制度について説明してくれた職員さんがお薦めしてくれたものだ。
割引率が高くなる手足の拘束は避けたものの、それ以外は大体職員さんのお薦めに従って身につけていた。
ラバースーツを含め、こういった道具を身につけるのは初めてだと伝えたのだから、もっと初心者向けの装備になるようにして欲しかった。
まあ、職員さんのお薦めを唯々諾々と受け入れた上、なるべく入場料が安くなるようにと、できる限りのお薦めを超えたオプションを選んでしまったのは、わたしの落ち度で、職員さんのせいではないのだけど。恨み言のひとつは言いたくなる。
そんな風に職員さんに対する恨み言を心の中で呟きつつ、わたしはあかりと一緒に公園内の散歩道を歩き続けた。
――フーッ、フーッ、フーッ……
歩きだして数分。
早くもわたしは全身から滝のような汗を搔いていた。
ただでさえ空気が篭もりやすいラバースーツを身につけている上、歩くだけでも相当神経や体力を使ってしまうので仕方ない。
全身が覆われているから、熱の逃げ場がなく、ラバースーツの中が汗まみれになっているのがわかった。ブーツやグローブがじんわりと蒸れ始めているのがわかる。
(今日はまだ日射しが弱いけど、これ、真夏とかにやったら死ぬんじゃないの……?)
いまはちょうど季節の変わり目で、過ごしやすい気候だからまだこの程度で済んでいるけど、もしも燦々と太陽光が降り注ぐ真夏だったら、間違いなく熱中症で死ぬだろう。
ふと、足を止めて足元のあかりの様子を窺う。
わたしよりは体力があるあかりは、四つん這いでも軽快にひょこひょこ歩いている――わけでもなかった。額に髪の毛が張り付くほどに、大汗を搔いている。
その足取りは歩きだした当初、施設の中から出たばっかりの時よりは明らかに重くなっていて、傍から見ても疲労感が感じられる。
――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!
あかりは浅く早い呼吸をしきりに繰り返していた。
呼吸音だけを聴くと、本物の犬みたいだ。
口で深呼吸したいだろうに、口枷とマスクが塞いでいるから、そういう風に浅く早い呼吸をするしかないのだ。
必死になっているように見えたけど、あかりはわたしが立ち止まったことに気付き、その動きを止めた。
そして、荒い呼吸をしながらも、わたしを振り返って見上げ、不思議そうにこちらの様子を窺う素振りを見せる。
あかりだって大変だろうに、わたしのことを気遣っているようだ。
――ちゃこ、だいじょうぶ?
そんなあかりの声が聞こえてくるようだった。別にわたしとあかりは以心伝心の親友、間柄というわけじゃないのだけど。
どうやら似たような格好になっているせいか、目元くらいしか見えないためにかえって目が口ほどに物を言う状態になっているのか、とにかくあかりが何を言いたいのかが少しわかるようになっていた。
わたしは軽く身体全体を曲げ――腰や首などがコルセットで固定されているからだ――手を伸ばし、あかりの額に張り付いていた髪を横に払ってあげた。
「くぅん」
張り付いていた髪は結構鬱陶しかったのか、あかりが喜ぶのが伝わってきた。確かに髪の毛が肌に張り付く感触は不快なものだから、その気持ちはよくわかる。
普段なら「額に張り付いた髪の毛を払う」なんていうことは自分で当たり前にできることだ。いまのあかりはそんな当たり前のことすらできない状態なのだと、改めて実感する。
――フー、フー、フーッ……
呼吸を阻害するマスクをした上で、四つん這いで歩かなければならないあかりは相当辛いのだろう。というか、立ち止まっているだけでも、あかりは体力を消耗してしまうのだ。
現に、立ち止まって暫くするのに、あかりの呼吸は荒いままだった。
一方のわたしも、ガスマスクをしていてフィルター越しにしか呼吸ができないし、コルセットでお腹が締め付けられて深く呼吸がし辛いので、立っているだけで苦しいのは同じだった。
(いったんこれは……休んだ方がいいわね)
わたしは散歩道を少し歩いた先にある東屋――休憩所を指で示した。
「あかり。あそこで、いったん、休憩に、しましょ」
整いきらない呼吸をしながら、わたしはあかりにそう提案する。
「ふー……ふー……わふ、わふっ!」
賛成だ、とばかりに頷くあかり。
わたしとあかりは同じ思いで、見えている東屋を目指す。
東屋は普通の公園でもよく見かける構造をしていた。
座って休むためのベンチに、その前に用意された平たい机、そしてそれらを覆って日陰を作り出す屋根。四方に壁はなく、風がそのまま通り抜けていく。
とてもシンプルな、公園によくある休憩所だった。
ベンチの高さが若干高かったり、逆に机が低かったりしたけど、わたしたちの格好に比べれば、普通の東屋の範疇だ。
その建物のすぐ傍にはなにやら水飲み場のようなものもあった。これだけ大量の汗をかいたのだから、水分補給もしなくてはならないけど、いまは先に身体を休めたい。
日射しなどを遮る屋根の下に入って、そこに置かれたベンチに慎重に腰かける。
(あ……座り、やすい、かも)
ベンチの高さは私の膝より少し高めに設定されていて、少し腰を落とせば座れるようになっていた。
どうやら、わたしみたいに普通の格好じゃない人が休みやすいようになっているみたいだ。いまのわたしは身につけていないけれど、オプションの中には、貞操帯の中に膣の中や肛門に潜り込むプラグみたいなものを装着するものもあった。
そういったものを身につけていた場合、座る際にうっかり勢いがついてしまったら大変なことになる。だからこその高めのベンチというわけだ。
わたしのようにオプション拘束をつけて入場する人ばかりじゃないだろうに、そういった細かいところまでよく考えて作られていた。
一方、あかりは低い机の上に、這い上がるようにして昇ったあと、身体を反転させて仰向けになり、手足を休めていた。
机の上に寝転ぶなんて行儀が悪いと一瞬思いかけたけど、よく見ると机の側面に注意書きがあって、「台の上にご自由にお上がりください」と書かれていた。
その注意書きからすると、どうやらその机は机というよりは、ヒトイヌが寝転んで休むための台、らしかった。
(ベンチも台も、どっちも野外に置いてあっていいような造りをしていないわね……)
わたしはベンチの表面を手のひらで撫でながら、そう思った。
どちらも木製ではあったけれど、表面が必要以上に滑らかになるような加工が施されていた。普通の公園の設置物にありがちな、木のささくれやひび割れが一切見られない。
まるで普通の家のフローリングのように、すべすべしていた。
四方の角も身体に引っかかることがないように作られている。ラバースーツを着たヒトイヌが寝転んでも大丈夫なようになっているのだ。
その恩恵を存分に活かし、あかりはあおむけにひっくり返って手足を休めている。足が開いてちょっとあられもない格好になっていたけれど、気持ちが良さそうではあった。
一番身体が楽な姿勢を追求した結果なのだろうから、多少の見目の悪さは仕方ない。
「……あかり、気持ちいい?」
ふと気が向いた私は手を伸ばし、あかりの頭を撫でてあげた。
「んぅっ――わふっ!」
ぴくん、と身体を震わせながらも、応えるあかり。ぱかりと開いたマスクの内側で、口枷を噛みしめた口元が緩やかな弧を描いている。
(嬉しそうね……)
本人が望んだこととはいえ、四つん這いで歩くのは相当辛いはずだ。しかしそれ自体は全く苦ではないようだった。
体力や身体の構造上の限界はあるにしても、ヒトイヌとして扱われること自体は嬉しいようだ。
犬を模したマスクをしていてもわかるくらいに、ニコニコとした笑顔を浮かべている。
(…………可愛い)
元からあかりの見目は派手だけど良いとは思っていた。いまは自分の秘めた願望を存分に曝け出しているからか、二割増しであかりのことが可愛らしく感じてしまう。
わたしはあかりの膝に手を動かした。
外から触れても、柔らかなクッションの感触がした。グローブ越しでも、その部分のクッションが非常に優秀な性質を持っているのがわかる。
(突いた肘や膝が痛くならないような柔らかさはもちろん、柔らかすぎて位置がズレたり擦れたりしないようにもなってるのね……)
その辺のクッション性と機能性の兼ね合いの素晴らしさは、わたしのブーツも同じだ。
履き慣れない靴を履いた時、靴の中で足の側面や裏がズレたり擦れたりして、痛くなってくるものだけど、いまのところこのブーツではそういう気配が微塵も感じられない。
相当な力で締め上げられて、しっかり固定されている、ということもあるのだろうけど、素足で履いているにも関わらずこの安定度は、内側のクッションの性質が優れているということを示している。
非常に快適だった。
(汗もしっかり吸収してくれているみたいだし……すごい技術よね。……あれ? でもそういえば)
手脚の先が出ていて、手袋やブーツに流れた汗が吸収されているわたしと違い、あかりは手脚の先までラバースーツに覆われている。
そうなると汗の逃げ場が無くて、下にしている手脚の先に汗が溜まってしまうのではないだろうか。
不快になるだけならまだしも、蒸れて皮膚がふやけてしまうかもしれない。そしたらいくらクッションが優秀であっても、そこで擦れて破れてしまいかねない。
全部が終わって脱がしてみたら血まみれだった、なんてぞっとしない話だ。
少なくともいまはまだ、特にそういったことはないようだ。
わたしが膝や肘を掴んで見ても、あかりはくすぐったがるばかりで痛がっている様子はない。
「あかり、大丈夫? 痛くはない?」
言いながらあかりの膝や肘全体を擦ってみた。その刺激にも、あかりはくすぐったがるものの、痛みを覚えている様子はなかった。
少し安心する。
(どんな構造になっているのかわからないけど……とりあえず、気付いたら血まみれになっているとか、そういう心配はしなくても良さそうね)
元々ヒトイヌのために作られている公園なのだから、ヒトイヌが快適に過ごすための工夫はラバースーツを初めとして、至る所に施されているのだろう。
オーバーテクノロジーな気はしたけれど、わたしが考えてもその構造がわかるわけでもないので、帰る際に覚えていたら職員さんに尋ねてみようと思った。
思考を切り替え、改めてあかりの様子を観察する。
(それにしても……あかりってば、相当……なんというか……エロい、わよね)
わたしの目の前の台で寝転がっているあかり。
ヒトイヌ拘束を施された状態で、仰向けにひっくり返っているものだから、非常に扇情的な光景になっていた。本人にその意図はないのだろうけど、見ようによっては誘っているようにさえ感じるかもしれない。
ゆるやかな弧を描く胴体のラインは健康的でありながらも、どこか性的な魅力をも滲み出している。
ラバースーツ独特の光沢が陽光に照らされていることで強調されていた。
手を膝から動かし、そのラバースーツに包まれた胴体に触れてみた。
「ひゃふっ」
身体を捩ってくすぐったがるあかり。身を捩って身悶える彼女の姿には、思わずわたしがどきりとしてしまうほどの、蠱惑的なものを感じた。
もっと触れてみたい。もっと声をあげさせてみたいという欲求が心に広がるのを感じる。
わたしはその欲望に従って手を動かしかけ――不意に強くなった日射しに、ここが外であることを思い出し、冷静になった。
別に問題はないのだろうし、きっとこういった休憩所は「そういったこと」をするために用意されていると思われるとはいえ、危うくあかりを襲ってしまうところだった。
(……公園的には、そういう絵が撮れた方がいいかもしれないけど)
ふとそんなことを思う。何気ない風を装って周囲を確認すると、監視カメラがこちらを向いて設置されているのに気付く。
東屋の天井の四隅には、カメラが設置されていた。
それらのカメラは入場者の行動を監視し、ルール違反があれば警備員さんが即座に駆けつけるためのものだという説明を受けていた。
そう説明されてはいたけど、同時にそこで撮っている映像はしっかり記録されているのだろうな、という推測もできていた。
この公園に入るための誓約書で、この公園内に存在する監視カメラなどによって記録された映像は、施設側が自由に使ってもいいことになっている。
考えようによってはかなり危ない誓約だったけれど、利用するにしても個人の特定はされないように映像を加工することが最低条件として組み込まれていて、プライバシーに関しては厳に守られている。
加えて、映像を他の施設利用者にも見られる形で使用する際には、事前にどのように使用されるか説明があるということだったので、条件を受け入れていた。
それを踏まえて考えると、いまも監視カメラ越しにわたしたちの姿は見られているはずだし、記録されているはずだった。
わざわざオプション拘束を提案してくれまでしたのだから、わたしたちの様子を映像に納めていないわけがない。
見られていることがわかっていながら、気にせずにあかりと絡めるかというと、とてもそういう気分には、まだなれなかった。
(入場したばかりだし……もう少し公園を見て回ってからでもいいわよね)
わたしはそう判断し、あかりの身体から手を放す。
そのことに、あかりは若干不満そうだったけれど、せっかくヒトイヌ公園に来たからには、公園自体を楽しみたい思いはあるらしく、それ以上の不満は露わにしなかった。
少しの間、何もせずに身体を休めて、わたしは立ちあがる。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「わふっ!」
器用に机の上で身体を反転させ、俯せになったあかりは、うねうねと身体をずらして膝からベンチの下へと降りた。そして身体を捻って肘を地面に降ろし、再び地面に四つん這いになった。器用なものだ。
いつでも行ける、とばかりに意欲的にわたしを見上げる彼女だったけど、出発前にやっておくべきことがある。
「移動する前に、ちゃんと水を呑んでいきましょうか」
いくらラバースーツが優秀であっても、汗をかいている事実に変わりは無い。しっかり水分を取らないといけなかった。
わたしとあかりは東屋に併設されている水飲み場に移動する。
水飲み場、という表現はされているけども、実態はどちらかというとマラソンでいうところの給水所に近い。
ストローのついた容器がいくつも用意されていて、日光や外気温で劣化しないように半透明の箱にしまわれていた。箱には冷蔵庫と同じ冷却機能もあるようで、中からドリンクの入った容器を取り出すと程よく冷えていた。
(自販機もある、みたいな話だったけど……ここにはないのかしら)
わたしは周囲を見渡してみたけど、それっぽいものはなかった。気を取り直して手に取ったドリンクを飲んでみることにする。
あかりに飲ませる前に、どんなドンクなのか、まずは自分でそれを飲んでみる。ただの水かと思いきや、スポーツドリンクのような味を感じた。
凄く美味しいのは、元々美味しいのか、それとも水分を身体が欲しているからか。
(なるほど……これなら、塩分も補給出来るわね)
大量の汗を搔いている時は、水だけ飲んでもダメだというのは常識だ。かといって塩飴みたいな固形物はわたしもあかりも食べられないので、水分補給の際に塩分も取れるようになっていなければならない。ちゃんと考えられている。
あまり急いで飲みすぎるとトイレに行きたくなってしまいそうだったので、ゆっくり飲んでいると、あかりや膝のあたりに軽くぶつかってきた。
軽い頭突きだったので別に痛くもないし体勢を崩したりもしなかったけど、あかりの言いたいことは十分伝わってきた。
「うー」
大量の汗を搔いているのはあかりも同じ。喉が渇いて仕方ないのだろう。恨めしげな目でわたしを見上げていた。喉がカラカラの状態で目の前で美味しそうにドリンクを飲まれたら腹が立ちもする。
「ご、ごめんね。あかり。いま飲ませてあげるから」
わたしはそういって屈もうとしたけど、ブーツやコルセットのこともあって上手く屈めなかった。無理をして屈むとこけてしまいかねない。
そこで容器を持って一度東屋に戻り、机に背を向けるようにして、ベンチに腰かけた。
と、同時にあかりがわたしの身体を挟むように肘をあげて、膝の上に上半身を乗せてくる。ちょっとびっくりしたけど、それによってあかりの上半身が起こされ、飲物を飲み込みやすい体勢になっていた。
(四つん這いのままじゃ、首を上に向けることになって飲みづらいもんね)
自分の状態に対する理解が早い。
ちょっと感心しつつ、わたしは彼女のマスクの下顎部分に片手を添えた。
「はい、口を開けて」
「あう……んくっ」
開いた犬型マスクの内側、あかりが噛みしめている口枷の穴にストローを差し込み、容器を傾け、中のドリンクをゆっくりと注ぐ。吸わなくてもちゃんと注げるよう、容器の上部にはちゃんと小さな穴が開いていた。
注がれる液体を一心不乱に飲むあかり。当たり前だけど、相当喉が渇いていたようだ。
わたしは注ぐ量を調節して、ゆっくり飲ませた。
「あんまりがっつくと、おトイレに行きたくなるよ」
そう言いつつ、もし催した時はどうすればいいのだろうかということが少し気になった。そういえばその説明はしてもらっていなかった気がする。
(貞操帯の事もあるし……どうすればいいんだろう?)
飲み干した容器を水飲み場に置かれていた回収箱に納めたのち、わたしとあかりは東屋を出発した。
出発する際、東屋の近くの地面に、案内板が寝かされているのを見かけた。完全な平面ではなく、上の方が若干高くなっていて、緩やかな三角形になっている。
普通に低い位置に立てておけばいいと思うのだけど、地面にある方がヒトイヌが見上げずに済んで、見やすいという判断なのかもしれない。
案内板を見る限り、ちゃんとトイレのマークが公園内にいくつか存在していた。
ただ、ヒトイヌ公園らしく、普通の男女のマークの他に、ヒトイヌの事を示すと思われるマークも併記されている。徹底した工夫に感心するべきか、笑うべきか微妙なところだ。
とにかく、催したらそこにいけばいいのだとわかると、少し安心できる。
せっかく案内板を見かけたことだし、それを参考に次の目標を決めた。
「よし……次は、この先にある『遊技場』ってところに行ってみようか」
そこにはちゃんとトイレのマークもあるし、もし催しても大丈夫なはずだ。
「わふっ、わぅっ!」
あかりも賛同してくれているようなので、わたしはあかりと一緒に、『遊技場』を目指して、公園内を歩きだした。
道を歩いていると、ふと散歩道の脇に地下に下がる脇道があることに気付く。
(これって……もしかして、話にあったヒトイヌ専用の移動手段かな?)
今回、あかりにはわたしという飼い主が存在するから使う機会はないとされていたけど、この公園内にはヒトイヌのみが使える特別な移動手段があるのだという。
それが地下を走るトロッコ列車という奴で、公園の地下にはその線路がいくつも張り巡らされており、なるべく早く移動したいヒトイヌが乗り込むらしい。
(確かに広すぎて、移動するだけで時間使っちゃいそうだものね……それはわかるけど)
だからといって、トロッコとはいえ列車を走らせてしまうあたり、ヒトイヌ公園の無駄な資金力の高さが窺えた。
トロッコという移動手段に若干興味はあったけど、ヒトイヌ専用らしいのでわたしはそれを使えない。そのまま脇を通って目的の『遊技場』へと向かった。
少しずつこの格好で歩くのに慣れてきた頃、『遊技場』らしき建物が見えてきた。
外見はこじんまりとした体育館のようだった。綺麗な外壁が目に眩しい。
(入り口は……あれかな)
道に面した壁面に、『遊技場』の入り口が見えた。一見重厚なドアだったけど、わたしたちが近付くと自動的に開く。
中はそれこそ体育館のようにひとつの広い空間になっていて、二階分は外周に沿って作られた観覧席になっているみたいだった。入り口脇に階段があって、『見学のみの方は観覧席からご覧ください』という案内板が立っていた。
その案内板によると、ヒトイヌと遊ぶための空間には飼い主の立場にある人しか入ってはいけないようだ。
(つまり、わたしは入って良いってことだよね……?)
入ってダメなら耳当てから注意してくれるだろうから、少し悩んだけどわたしも中に入ることにした。
入り口付近のマットに、あかりは膝と肘を擦りつけ、どうしても付着してしまう外の汚れを払っていた。わたしも一応ブーツの底を擦りつけておく。
そうしてあかりと一緒に入った『遊技場』の中は、なんとも賑やかな造りになっていた。
つづく