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夜空さくら
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はじめてのヒトイヌ公園 ~遊技場での「であい」~


 あかりにマウントポジションを許してしまった。

 わたしの胴体を跨ぐように抱きしめ、半分に折り畳んだ四肢を器用に使ってのし掛かって来ている。

「う……っ!」

 咄嗟に起き上がろうとしたけど、ただでさえ動きづらいいまの状態で、同じ女子とはいえ人間一人分の重さがかかると、ろくな抵抗が出来なかった。

 それでも向こうはヒトイヌ拘束をされていて私より自由がないのだから、本気で暴れれば抜け出せるだろう。

 けど、無理矢理押しのけたらあかりに怪我をさせてしまいかねない。そう考えると、わたしはのし掛かってきたあかりをどうすることもできなかった。

「うー……く、ふふっ」

 至近距離から見つめてくるあかりは、有利なポジションを取れたことが嬉しいのか、その目尻を下げて笑っているのがわかった。

 さっきわたしが調子に乗って胸を弄った分の、仕返しと言わんばかりだ。

 あかりが身体を擦りつけてくると、お互いに身につけているラバースーツが擦れて独特の音を立てる。


――ギニュ、ムニュ、ギュムギュッ……


 わたしとあかりの胸が擦れ合う。

 ラバースーツしか身につけていない乳房は柔らかく変形しつつ、ラバースーツが形を保持しようとするため、押しつけ合っているだけなのに、揉まれているような錯覚を覚えた。

「んっ、んぅ……ッ、あ、あかり……やめ……っ」

「んぅ、くぅん……く、ふーっ」

 制止しようとしたわたしの言葉を無視して、あかりはわたしの肩口に自分の顎を乗せてきた。顎の辺りは犬のマスクが覆っているけど、彼女はそれすらも上手く活用して、擦りつけてくる。

 そうしてよりぴったりと密着することで、あかりの体温をはっきり感じ取れるようになっていた。

 熱の篭もったラバースーツの感触が、あかりの体温がダイレクトに伝わって来て、思わず身体を震えさせてしまう。

「んっ……んあっ」

「ふぅ……ふぁ……」

 どくん、どくんとあかりの心臓の鼓動が響いてくる。こんな状況なのに、その心音に集中していると少し気持ちが落ち着く。

 そうこうしているうちに、汗が再び滲んできた。せっかく程よく空調の効いた『遊技場』に来て収まっていたのに。

 いくら空調が効いていても、ラバースーツを着た状態で密着して絡み合っていれば暑くなるのは当然だ。

 ラバースーツの内側がじっとりと汗で蒸れ、その張り付く感触は少し気持ち悪い。

 外で歩いている時には必死だったから、必要以上に感じ取れはしなかったけど、いまはそれ以外に何かをする余裕がない分、はっきりと感じ取ることが出来る。

(うぅ……暑い……あかりはよく、くっついて来れるわね……)

 暑いのはあかりだって同じのはずだ。実際、あかりの肌が露出している顔の上半分、特に額には汗がわかりやすく滝のように流れている。

 けれども、あかりは身体を擦りつけてくるのをやめようとしない。密着することによる暑さも、このプレイの醍醐味と言わんばかりにひたすら密着してくる。

「んぅ……っ、フーッ……!」

(い、息が……苦しい……っ)

 ガスマスクを身につけているわたしは――本格的なものではなく、簡易的なフィルター越しとはいえ――元々息苦しい。

 そんな状態で体温を外部からあげられると、余計に呼吸がしんどくなってしまう。精一杯深呼吸して外から酸素を取り入れようとするけど、上手くいかなかった。

 呼吸し辛いのは口枷をしているあかりも同じだろうけど、口枷を噛みしめてマスクを開きさえすれば、鼻での呼吸は普通に行えるのが、わたしとは違うところだった。

 もちろん興奮して呼吸が荒くなれば、鼻呼吸では追い付かなくなるのだけど、わたしに比べれば明らかに余裕がある。

「んふーっ、ふふっ、ふふふっ……」

 あかりは楽しげに笑う余裕すらあるようで、わたしに身体を擦りつけて来る。

 体温の上昇と、中途半端とはいえ呼吸を制御されること。

 その結果、頭がぼーっとしてしまい、あかりにされるがまま、遊ばれていた。

 脱力してあかりのするがままになっていると、意外と気持ちが良い。ここに辿り着くまでの道のりの疲労感も手伝って、眠ってしまいそうだ。

(ああ、でもせっかく公園に来てるのに……居眠りで時間を潰すのは勿体ない、かな……)

 理性はそんな風に思うのだけど、身体がついていかない。

 そのままわたしは、気を失うように眠りに落ちようとして――


「うわっ!? だ、大丈夫っ、ですか?」


 急にそんな声をかけられた。

 向こうの声は驚いていたけど、こっちの方こそ心臓が飛び出すほどびっくりした。

 思わずびくんと身体が動いた拍子に、あかりの頭とこっちの頭がごつんとぶつかる。割と悶絶するほど痛かった。

 あかりがごろりと転がって、わたしの身体の上から降りたのがわかった。わたしはわたしで打ち合わせた頭を、両手で押さえて蹲る。

「あわわっ、驚かせちゃった!? ごめんなさい!」

 そう言ってくる誰かが傍に膝を着くのがわかった。

 声は女の人のものだった。美人の女の人が、わたしのことを心配そうに見つめている。

 一方、転がっていったあかり。

「つ、ぅ……ふぃ、っふぁ……」

 余程いいところに当たってしまったらしく、犬のフリも忘れて唸っていた。

 そんな彼女の傍に、あかりと同じようにヒトイヌ拘束を施された女の人が近付いている。

「わぉう、わぅ?」

 うつぶせになって震えているあかりの頭を、本物の犬だったら舐めているのだろうな、とわかる仕草で犬のマスクの口元を擦りつけている。


 わたしたちと同じ、ヒトイヌと飼い主のペアで入場している人たちだった。


 彼女達もこの『遊技場』に遊びに来たのだろう。

 自分たちの痴態を見られたことに気付き、途端に羞恥心が沸き上がる。

(そ、そうよね……ここは公園なんだもの。そりゃ、わたしたち以外にも、利用者はいるわよね……!)

 あまりに特殊な場所であるために失念していた。

 別にこの公園はわたしたちが貸し切っているわけでもないのだから、こういうことはありえるのだと覚悟しておくべきだった。

「だ、だだ、大丈夫です。ありがとうございます」

 わたしはガスマスク越しであることも考慮して、なるべくはっきりと言葉を形にする。

 ちゃんと聞き取れたようで、心配してくれたその人はニッコリと微笑んでくれる。

 見ず知らずの人に痴態を見られたという恥ずかしさはあったけど、女の人だったからまだマシだ。これが男の人だったら、本気で恥ずかしさのあまり死ねたかもしれない。

(それにしても……綺麗な人……)

 女の人はわたしと違い、極普通の服装だった。年齢的にも、恐らく社会人なのだろう。

 わたしたち学生には高すぎる入場料も、働いている人なら払えてしまえるのだろうし、オプション拘束なんてする必要はないんだろう。

 そう思うと、こんなガチガチに拘束オプションを着込んでいるというのは、色んな意味でとても恥ずかしいことなのではないかと思える。

(普通に支払うお金がありませんって言ってるようなものだし……貧乏人って思われてそう……)

 色んな意味でいたたまれない。本当に、見つかったのが女の人で良かったと思う。

 その時、女の人のパートナーであるヒトイヌが、女の人の元にやって来た。

「わぅっ、わわぅっ!」

 慌てた様子で、女の人の服の裾をそのマスクを器用に使って噛む。力加減が完璧なのか、服は程よく引っぱられ、破られる様子はなかった。

 それはまさしく、犬が飼い主の意識を引こうとする時に仕草だった。

「わわっ、どうしたの? ……あっ」

 最初、ヒトイヌが何を言いたいのか理解出来ていなかった女の人は、あかりの方を見てヒトイヌが言いたいことを理解したようだった。

 その顔が驚きに彩られる。

 わたしもあかりの方を見た。あかりが四つんばいで立ちあがっている。

 そんなあかりの姿を見て、どうして女の人たちが驚いたのかを理解した。

 あかりの首輪には、『接触禁止』を表すタグが下がっているのだ。それにいま気付いたのなら、驚くのも無理はない。

 女の人は少し慌てた様子で、パートナーのヒトイヌと一緒にわたしたちから距離を取る。

「ごめんなさい。身体の陰になっていてタグに気付かなかったわ」

 丁寧に頭を下げるお姉さん。かなり恐縮している。そういえば接触禁止のヒトイヌに触れることは禁止事項になっているのだっけ。

 わたしはその女の人の様子を見て、かえって申し訳なく感じた。

「え、あ……だ、大丈夫です。初めてなので、とりあえず着けてただけですし……あかり」

 わたしはそう言いつつ、あかりを呼び寄せた。

「あかり、いい?」

 一応あかりにも意志を確認すると、あかりはこくりと頷き、首を仰け反らせて首輪を晒してみせてくれる。

 わたしはあかりの首輪にぶら下がっているタグのうち、『接触禁止』を示すタグを取り外した。

「これで、大丈夫ですよね」

「え……ええ。それは、そうね。そうしてくれれば私たちは助かるけど……いいの?」

「はい。こんなところでじゃれあってたこっちの方が悪いですし……」

 そのことでこの人たちが責められるようなことになったら、申し訳ない。

 ただ、お願いしておきたいことはあった。

「あの……わたしたちがじゃれあってたことは忘れてくださいませんか……?」

 恥ずかしすぎるから。

 その思いを持って言ったお願いに対し、その女の人は自分のパートナーと顔を見合わせてから。

「ああ、初めてなんだっけ。大丈夫大丈夫。基本ここでの恥は掻き捨てだから。もう一度会うことは、この中でさえ滅多に会うことはないしね」

「そう、なんですか?」

 意外だ。こんなことをしようと思えばこの公園に来るしか内だろうし、常連は顔なじみになるものかと思っていた。女の人はしみじみと頷く。

「私たちは結構この公園に遊びに来るけど、一度遊んだヒトイヌやその飼い主ともう一度会うことはほとんど無いわね。私たち自身、ここに来るのは数ヶ月に一度って感じだし、無理も無いけど」

「ああ……なるほど」

 言われてみればそうかもしれない。かなり広い公園であることもあるし、ヒトイヌに合わせて行動すると、意外と行動範囲は限られる。

 その中でたまたま同じ日の同じ時間帯に遊びに来るという確率は、そう多いものではないのだろう。

「だからこそ、出会ったらその出会いを大切にしようって風潮があるのね」

 そういって女の人は床に座り込んだままだった私に手を差し伸べてくれた。

「というわけで――先輩から後輩ちゃんに提案なんだけど、ちょっとお話ししない? 同じ趣味を持つ同士、仲良く話せると思うわ」

「あ……」

 その提案にわたしは迷う。正直わたしはあかりに連れてこられただけで、そういう趣味かといえばそうではない。こんな格好をしておいて何だと言われるかもしれないけど、ヒトイヌプレイに興味があって来たわけじゃない。

 ちらりとあかりの方を見ると、女の人のパートナーとじゃれ合い始めていた。

 人懐っこいあかりのことだからそうなるんじゃないかとは思っていたけど、馴染むのが早すぎる。

 簡単に他の人と――ヒトイヌだけど――仲良くなってしまうあかりに、わたしは少しもやっとするものを感じた。

(わかってたことだけど……)

 あかりの社交的な性格はよくわかっている。

 なんとなく対抗意識を燃やしてしまったわたしは、女の人の――ヒトイヌ公園の先輩の手を取っていた。

 先輩の提案を受け入れる意志表示だ。

「……宜しくお願いします、先輩。色々教えてください」

 先輩は優しく微笑んで、頷いてくれた。



つづく


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