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夜空さくら
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はじめてのヒトイヌ公園 ~はじめてのあとで 1~


 わたしとあかりは最初に訪れた、ヒトイヌ公園の入場ゲートを兼ねた建物に、職員さんが運転するカートに乗って戻って来た。

 ヒトイヌ小屋から出て入口に戻ろうとしていた途中で、ゴルフ場のカードのようなものに乗った職員さんが迎えに来てくれたのだ。

 あかりを台車に乗せて移動していたのだけど、そうやって迎えに来てくれたのは、正直非常にありがたかった。

 あかりよりはマシだったとはいえ、わたしも結構疲れていたからだ。

 全ての利用者にそういうサービスをしているのか、それとも初回利用だったから特別に迎えに来てくれたのか。

 そこはわからないけど、特に料金などは要らないと言われたので、ありがたく利用させてもらっていた。

「ありがとうございました。――あかり、着いたわよ」

 わたしは運転してくれた職員さんにお礼を言ってカートから降りつつ、後ろに回りこんで、荷台に乗せられていたあかりに声をかけた。

 広めに作られたカートの荷台には、公園内で度々見かけたヒトイヌが四肢を休めるための台が乗っていて、あかりはそこに頭を後ろに向ける形で乗って体を休めていた。

 と、いうか寝ていた。それまでの行動・プレイで疲れ果てていたから無理もないのだろうけど。

「……わぅ?」

 完全に寝ぼけている。カートがほとんど揺れない静かな仕様だったことも寝やすかったのだと思う。

 中途半端に開いた口から涎が垂れ落ちていた。

「着いたわよ、あかり」

 わたしはそんなあかりの口元を拭ってあげながら、背中をぽんぽんと叩いて目を覚まさせる。

「ほら、着いたから降りなくちゃ」

 すでに退園予定時間は過ぎてしまっていたけれど、延長料金は払わなくていいと説明されていた。

 初入園者が公園内の移動時間を考慮に入れ損なって退園時間を過ぎてしまうのはよくあることらしい。私は移動時間も意識しているつもりだったけど、ヒトイヌ小屋の中で夢中になっている間に時間が過ぎてしまった。

 施設側の好意であるわけだから、出来る限り早く退園するのに越したことはないはずだ。生真面目と言われようと、わたしとしてはあまりそういう好意に甘んじることはしたくない。

 そういった事情もあるし、施設側に問題がなくとも、実質的な時間は経ってしまう。

 確かあかりも学校が斡旋するマンションで独り暮らしをしているはずだから、帰宅時間が遅くなっても大丈夫とはいえ、女子である私たちが深夜まで出歩くのは事件に巻き込まれる危険もあってあまり良いこととはいえない。

 だからなるべく早く退園するのは、私たち自身にとっても大切なことだった。

 割と本気で寝ぼけていたあかりをなんとか起こし、リードを牽いて彼女と一緒に建物の中に入る。この犬の散歩スタイルにもすっかり慣れてしまった。

(数時間前にここから出ていく時には、おっかなびっくりだったような気がするんだけどね……)

 人間の慣れというか、順応性には色々と驚かされる。思えば最初は履かされたブーツの踵が高くて、普通に歩くのも苦労していたものなのだけど。

 いまでは楽々、とまではいかなくとも、普通に歩く程度のことは出来るようになっていた。

(あかりの慣れっぷりもすごいけど、わたしもわたしで大概よね……)

 わたしはガスマスクの中でバレないようにひっそり苦笑した。

 職員さんに案内され、到着したのは、わたしたちが着替えを行った更衣室だった。

「それでは、まずは瀬田様から――」

 わたしたちを案内してくれた職員さんは、まずあかりから拘束具を解こうとした。体にかかる負担を考えれば、それは当然の流れだったと思う。

 けれど、私はそれを静止していた。

「すみません、ちょっと待ってください」

 わたしはあかりの前にしゃがみ込み、視線を合わせる。

「あかり、悪いけど先にわたしの拘束を解いてもらってもいい? 体が痛むとかそういうことがあればあかりからにしてもらうけど……もう少しだけ我慢してもらってもいい?」

 わたしの提案にあかりは少し首を傾げた。

「う? ……あぅ」

 不思議そうにはしていたけれど、わたしの意思を尊重してくれたのか、こくりと頷く。

 そんなあかりの頭を撫でて、感謝を伝える。

「ありがとう。それじゃあすみませんけど……わたしの着替えからお願いします」

 職員さん的にはあかりに問題がなければどちらからでも構わないのだろう。頷いて受け入れてくれた。

「では今市様、こちらにどうぞ」

 更衣室の中央に立ったわたし。

 その背後に回りこんだ職員さんが、まず首を覆う革のネックコルセットの鍵を外してくれた。

(そういえばこれのことも途中から意識の外に消えてたわね……)

 人間の順応性はすごいというべきか、わたしが特別鈍感なのか、あるいは道具の質が非常に良いからか。

 それによって首の動きが結構制限されていたはずなのに、途中からわりとそういうものだと受け入れていた気がする。

 まったく動かせないほど硬くなかったのも影響しているのかもしれない。もしもこれが微動だにしない金属製であったなら、さすがに常に意識せざるを得なかったはずだ。

(リストには金属製のネックコルセットもあったのよね……さすがにやめたけど)

 玄人向けという説明もあったから避けたのだけど、その判断は正解だっただろう。

 ネックコルセットが取り外されると、あまり意識はせずに済んでいたとはいえ、確かな障害になっていたのだということが実感できた。

 まだ首はラバースーツや全頭マスクの縁が覆っていて素肌が露出したわけではないのに、急に首回りが涼しく感じられる。

 綺麗な姿勢を支えてくれていたこともあるのか、首を動かす際の抵抗がなさすぎてちょっと自由過ぎる、と感じるくらいだった。

(こんなのに慣れたら、普通に暮らしていく方が大変になりそう……)

 そんな風に私が考えている間に、職員さんは次の行動に映っていた。

 次に外されたのは、耳当てだ。ガスマスクにベルトで連結されて固定されていたそれ。

 顔を縦断していたベルトが取り外され、後頭部側に繋がっていたベルトも外されて、ようやく、耳当てが外された。

「ん……っ」

 その途端、耳に入り込んできた細かな雑音に、思わず顔をしかめた。

 つけている間はほとんど違和感がなかったからわからなかったけど、耳あてのノイズキャンセル機能と増幅機能はかなり優秀だったようで、耳当てが取り外された途端、カットされていた雑音が耳に飛び込むようになっていた。ノイズキャンセルが相当優秀だった証拠だ。

(こうして、あらためて感じてみると、すごい技術ね……)

 なんとなく普段よりひとつひとつのことに集中することができていたのは、それも関係していたのかもしれない。

(……普段の生活でもこの耳当て欲しいかも)

 なんてことを想う程度には、その耳当ての効果は絶大だった。

「次はガスマスクを取り外しますね」

 そういう職員さんの声は、耳あての補助がなくなったからか、全頭マスク越しの少しくぐもったものになっていた。

 ガスマスクのカギを職員さんが外してくれる。

 ガスマスクを外すと、途端に呼吸が楽になった。フィルターを通さない新鮮な空気というものが、こんなにも美味しいものだったのかと、若干感動するくらいだ。

「ふぅー……すぅー」

 普通に呼吸が出来るということが、こんなに幸せなことだったとは。

 普通に生きていたらそう実感することはないだろう。

(ただのガスマスクでこれ、なのよね……)

 今回わたしが使用したマスクのフィルターは、見た目こそ物々しいものの、性能上は普通のマスクとほとんど変わらない。

 呼吸制御プレイに特化した道具、というわけじゃないのだ。

(世の中にはリブレスバッグみたいな、呼吸制御に特化した道具もあるけど……)

 そういった『特定の目的に特化した道具』を身に着けたとしたら、どれほどの苦しみが待っているのか。

 そしてそれから解放された時の快感は、どれほどのものになるのだろうか。

 少しも興味がないといえば嘘になってしまう。

 今回提示されたオプション拘束の中に、そういった呼吸制御関連のものはなかったし、あったとしてもさすがに選びはしなかったとは思うけど。

 いつか、そういったものを身に着ける機会は訪れるのだろうか。

 そんなことを考えながら、脱げるようになった全頭マスクを脱ぐ。首のあたりに親指を差し込み、引っ張って伸ばしながらめくりあげるようにして脱いだ。

 相当な汗をかいていたこともあり、かなりきつい抵抗があった。

「ふ、ぅ……!」

 苦労しながらも、なんとか脱ぐことが出来た。大汗を掻いたこともあって、内側は相当蒸れている。汗が髪の毛の先からしたたり落ちそうだ。

(あ……一緒に脱げちゃってる)

 髪の毛を纏めて収めていた水泳キャップのような帽子が、全頭マスクを脱ぐときに一緒に脱げてしまっていた。その中に収めていた髪が広がり、髪の間に溜まっていたらしい汗が額や頬を流れて落ちていく。

 そこに職員さんがタオルを差し出してくれたので、ありがたく受け取り、頭と顔をざっと拭いた。

 シャワーを浴びたわけでもないのに、それだけで異様なほどの清涼感を覚える。

「ふぁ……」

 思わず声が出る。スポーツで散々汗を流した直後みたいな感覚だ。汗で髪がべとついて気持ち悪いはずなのに、空気が顔に当たる感触が妙に心地いい。

 そんなわたしを、四つん這いのあかりが羨ましそうな顔で見上げていた。いまだ不自由なヒトイヌ拘束を施されている状態のあかりにしてみれば、頭だけとはいえ自由になっているのは羨ましいのだろう。

「あ……ごめんね、あかり。急ぐから」

 わたしは慌ててそう言って取り繕う。あかりはやれやれ、と呆れ顔ではあったけど、怒ってはいないようだ。

 次に、胴体を引き絞るコルセットに繋げられていた、ベルト状の貞操帯を取り外してもらった。

 股間をずっと抑えられていた感覚がなくなり、かなり楽になった。お尻を割くように走っていたベルトの感触もなくなって、ようやく普通に足が閉じられるようになる。

 いままでも別に常にガニ股にならざるを得なかったわけじゃないけど、異物が股間に挟まっているような感覚はどこか不自然なものだった。それがなくなったのはかなり大きい。

(しばらくは足を開いてしまわないように注意しないと……)

 無意識に開きがちになってしまいかねない。ラバースーツを着て、明らかに非日常な姿の時ならまだしも、普通の服装で無防備に足を開いていたら、はしたないにもほどがある。

 意識して足を閉じていると、職員さんは胴体を引き絞るコルセットに取りかかっていた。

 強く引き絞られていた胴体が、コルセットが緩められることで、徐々に楽になっていく。

 その締め付けにもかなり慣れてしまっていたのだと、いまさらながら気づかされた。

(こうして緩められてみると、順応していたのが信じられないわね……)

 姿勢が良くなっていた、という理由もあるのかもしれないけど。

 わたしはお腹が楽になって、ふぅ、と息を吐いた。

 しかし、股間やお腹を圧迫していたものから解放されたからか、わたしは急にトイレに行きたくなった。

(う……あとでいかせてもらおう……)

 ラバースーツを来たままでも出せるのはわかるけど、それで借り物のスーツを汚してしまったら申しわけがたたない。

 続いて職員さんがグローブを外してくれる。久しぶりに掌が空気に触れる感触が心地いい。

(少し蒸れてふやけてる……? あかりの方は大丈夫なのかしら)

 お風呂に長く浸かり過ぎたときのように、指先の皮が少しふやけているのがわかった。グローブを嵌めていた時間と、流した汗の量を考えると、かなりマシなような気はしたけど。

 わたしよりずっと厳重に拘束されていて、蒸れる度合いも高いであろうあかりの体が少し心配になった。

 手が自由になったので、ブーツの紐を解くのはわたしも自分で行った。鍵だけ職員さんに先に外してもらい、紐を上から順番に緩めていく。

 椅子に座って足を上げ、膝上まであるブーツを脱ぐ。ブーツによってきつく締め上げられていた足に血が流れていくのがわかる。

 もちろんいままでも血の流れが止まっていたわけではない。例えるなら正座をしなければならない状況から解放された時みたいな感じだ。

 じわじわと足の末端まで血が巡り、そのなんともこそばゆい感覚が心地いい。

「んぁ……っ、はぁ……」

 思わず変な声が出そうになる。職員さんは淡々と作業を進めてくれていたのでよかったのだけど、あかりの目元が笑っていた。

 声を聞かれたことに気づいて、少し恥ずかしかった。

(し、仕方ないじゃない……気持ちいいものは気持ちいいんだから……)

 わたしは心の中でそう言い訳しつつ、立ち上がった。踵の高いブーツじゃなくなったから、なんだか逆に違和感を感じた。まあすぐに慣れるだろうけど。足の裏に冷たい床の感触があって、なんだか奇妙な感じだ。

 そしていよいよ、最後になったラバースーツを脱ぐ。

 職員さんがわたしのうなじあたりにあるジッパーの金具を掴んだ。ゆっくりとジッパーが引き下げられていった。

 ジッパーが下がると同時に、肌に密着して締め付けてきていたラバースーツの感覚が弱まり、体が完全に解放されていくのを感じる。

「はー……」

 思わず息が零れた。ラバースーツがジッパーに沿って割れ、背中が露出するのがわかる。ラバースーツに包まれていたわたしの体は、空気が肌に当たる感触を敏感に捉えていた。

 ぞくぞくと背筋が震えるのを自覚しつつ、わたしはラバースーツからゆっくりと腕を引き抜いていく。

 第二の皮膚のように思えていたラバースーツが、ずるずると剥がれていった。それと同時に風がラバースーツから解き放たれた部分の素肌に当たり、その感覚はわたしの想像をはるかに超える強さで襲い掛かってきた。

「んひゃっ!」

 体が勝手に跳ね、そのせいで余計に敏感になった肌に刺激を感じ、思いっきり悲鳴を上げてしまった。

 それを何とか堪えつつ、ラバースーツを腕から引き抜く。ラバースーツが腰のあたりでだらんと垂れ下がる。脱皮途中のセミみたいな気分だった。

 裸になった上半身にはじっとりと汗を掻いていて、室内の空気が少し動くだけでも敏感に感じ取れるくらいだ。

「ふぅ……ふぅ……」

 背中を汗が流れていくのがわかる。胸の谷間に流れ込む汗の感覚もはっきり感じることができていた。

(は、早く脱いでしまおう……)

 わたしはラバースーツから早く解放されたい思いで、腰のあたりまで脱げたラバースーツを握りしめ、サイズがキツめのパンツを脱ぐようにズリ下げていった。


――ニチャ……


 その嫌な水音がしたのは、その瞬間だった。ハッとして自分の股間を見下ろすと、股間部分で妙な粘性を持った液が、たらりと糸を引いていた。

「――ひゃっ!」

 大慌てでラバースーツを引き上げる。心臓が激しく高鳴っていた。

(い、いまのって、いまのって……!)

 自分自身の体の反応なのだから何が起こったのか、なんていうことは当然わかっていた。いま糸を引いていたものがどういう類のものか、わからないほど無知ではない。

 そうなっているかもしれないという予感はあったけれど、実際にそれを目にするとまた別の衝撃がある。

(で、でもまさか糸をひくほど……感じてた、なんて……!)

 このままラバースーツをズリ下げれば、それをあかりや職員さんに見られてしまう。

 いまさら気にすることではないのかもしれないけれど、おおっぴらに見せるのは恥ずかしい。

 どうしようかと悩んでいると、職員さんが助け舟を出してくれた。

「今市様、私がラバースーツを脱がしますので、こちらで体をお拭きください」

 そういって職員さんはタオルを渡してくれた。ありがたくそれを受け取り、上半身を拭く。

 その間に、後ろに回った職員さんがラバースーツに手をかけ、ゆっくりとズリ下げて行ってくれた。

(うぅ……でもここまで気づかいしてくれてるってことは……少なくとも職員さんにはバレてるよね……)

 そして決して勘の鈍い方ではないあかりもきっと気づいている。

 気づかれていることはわかっていても、やはり堂々とするのは無理なのだけど。

 職員さんがラバースーツをズリ下げてくれたタイミングで、わたしはタオルでさっと股間を拭いて、証拠を隠滅する。

 その後、ラバースーツを足から抜くところまでしてもらい、わたしは完全な裸になる。

「んっ……」

 裸になると途端に肌寒くなってしまう。なんだか微妙に心細いのは、いままでが厳重な拘束を施されていたからだろうか。

 タオル地のバスローブを受け取り、それを手早く身に着ける。それで少しは落ち着いた。

「それでは、瀬田様の拘束を……」

 続けてあかりの拘束も解こうとする職員さんに、わたしは声をかけた。

「あの……ごめんなさい」

 とりあえず大事な提案を先にする。

「さ、先にお手洗いに行かせてもらってもいいですか……」

 裸になって、その衝動がどうしようもなく強まっていた。


 情けないとは思ったけれど、生理現象には勝てなかった。


つづく

 


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