露出感染 phase 2
Added 2020-05-27 14:32:23 +0000 UTC※この話はかつて書いた『露出感染』の続編のようなものです。
※単品でも問題なく読めます。
あたしにとって、そのコートはどう表現したらいいかわからない、複雑な物だった。
お店で買ったわけでも、友達から譲り受けたわけでもない。拾った、という表現が一番近いけど、厳密には落とし物を拾ったというわけでもなかった。
なぜなら、このコートは――露出狂の女が脱ぎ捨てていったものだったからだ。
ある日の夕方。
あたしはふと自分の部屋の窓から見える建物の屋上に、コートを着た女性が現れるのを何の気なしに見ていた。
春先でまだ冷える日もあったとはいえ、これから暑くなる時期にコートを着ているのは少し珍しい。現れた直後はその程度の認識だった。
でも、屋上の縁――落下防止の柵の内側だけど――に立ったその女性がコートをはだけさせ、そのコートの下に何も着ていないことを理解して、思わず目を疑った。
(露出狂ってほんとに出るんだ……! それも、女の人じゃん!)
最初に考えたのは、そんなことだった。
様々な情報源が存在する現代、露出狂というものが存在することはあたしも知っていたし、友達が実際に遭遇したという話も聞いたことがある。度々近くで不審者が出たとして、注意された記憶もある。
けれど、あたしが直接そういったトラブルに巻き込まれたことは幸運にもなく、露出狂というものは実際に存在する都市伝説くらいの認識だった。それに、そういう噂などで聞く露出狂は大抵が男の話ばかりだった。女性の露出狂も存在するとは知っていたけど、幻の中の幻くらいの認識だ。
それがいま、あたしの部屋から見えるところに、女性の露出狂という世にも珍しいものが存在している。
あたしも年頃の女子として、それ相応にそういった性的なことにも興味はあった。インターネットを通じて様々な写真や動画などは見ていたけれど、女性の露出行為などというものは、AVとかの作り物の世界にしか存在しないものだと思っていた。
(ああいうのをやるのって、おばさんのイメージだったけど……)
いくら部屋から見えるといっても、その距離はそこそこ離れている。だからハッキリと見えたわけではなかったけれど、コートを着た女性はまだ年若いように見えた。さすがにあたしよりは年上みたいだったけど、そんなに歳が離れているようには見えない。
(他に人は……いないよね?)
AVなどの撮影なら、カメラを回している人がいるはずだけど、あたしから見える範囲ではそれらしき存在は見当たらない。
(あそこの屋上はこの辺じゃ一番高いし、そんなに遠くから撮影するんじゃ、意味ないわよね?)
撮影ではないとすれば、露出狂の女は自分の意思であの場所で何の見返りもなく露出行為をしているということになる。
(……そんな人、本当にいるんだ)
様々な性的嗜好持つ人がいると知ってはいたけど、外で裸を晒すということがそこまで快感を得ることに繋がるのかがわからない。
あたしの理解が及ばない間にも、コートを着た露出狂の行動は徐々に大胆になっていく。
最初はコートの前を両手で開いていただけだったけど、さらにコートを大きくはだけて丸見えの体を見せつけるように体を逸らし、蟹股になって股間を曝け出す。
遠目からでも明らかに妙な動きをしていることがわかる体勢だ。露出狂としか言えないような格好を堂々としている。
(うわ……あんなに足を開いて、恥ずかしくないのかな……)
そう蔑むような意識を抱いたものの、あたしはその女性から目を離せなくなっている自分を感じていた。好奇心がむくむくと膨れ上がり、彼女が次はどうするのjか、その行動が気になって仕方ない。
そんな風にあたしに見つめられていることを知ってか知らずか、露出狂はさらに大胆な行動に出る。コートの裾を体の後ろへと払い、胸から下の体を完全に露出させたかと思うと、体を大きく弓なりに反らし、大きく股を開きながら、自分のおっぱいとあそこに手を伸ばしたのだ。
右手と左手で、それぞれの場所を弄っているのがよくわかる。
誰に見られているかもわからないのに――実際、あたしに見られている――そんな場所で彼女はオナニーを始めていた。
その衝撃たるや、思わず声をあげてしまいかねないほどだった。
(えーっ!? うそぉ……マジで? あんなところでオナニーしてる? うっそぉ……)
いくら誰もいない屋上とはいえ、誰かが来る可能性はないとは言えないはずだ。
女性が入れたように、誰でも入ろうと思えば入れるし、もしも屋上に昇っているところを見られたら、逃げる場所なんてどこにもない。物陰に隠れるくらいは出来るかもしれないけど、とても人をかわして逃げられるとは思えない。
そんなところでオナニーをするなんて、どうぞ見つけてくださいと言っているようなものだ。
危険な相手に見つかる可能性だってある。
解放感はそりゃ格別かもしれないけど、危険性を考えればとても正気とは思えない。
(やばいんじゃ……?)
そう思いつつ、あたしは露出狂の彼女から目を離すことが出来なかった。
心臓がどくん、どくんと激しく高鳴り始めているのを感じる。
それは本来みるべきもんじゃないものを見ているという背徳による興奮なのか、それとも何か別の理由なのか。
(これは……なんなの? なんで……こんなに……ドキドキするの?)
あたしは正直、性的経験が乏しい。
オナニーくらいは行ったことがあるけど、恋人もいないし、そういった行為には全然縁がなかった。友達と遊んでいる方が楽しいというのもあったし。
オナニーをするのだって、生理の影響で気持ちが昂った時くらいのもので、普段はそもそも意識すらせず過ごしている。
そんな性的経験ゼロレベルのあたしにとって、露出狂の女の行為は理解できないものだった。
(そんなので本当に……気持ちよくなってるの?)
遠目だから彼女の表情は全くわからない。
だけど気持ちよくなりもしないのにそんなところでそんなことはしないだろう。
なにせやっていることは完全に露出行為で、猥褻物陳列罪という罪だからだ。
(……あ、もしかして脅されて……とか?)
例えば何者かに脅されてやっているのだとすれば、その理由もわかる。その場合、見つけたあたしは警察に連絡するべきなのだろうか。
(あたし以外にも見てる人がいるかもしれないけど……)
もしかすると誰かの手によって警察が呼ばれていて、彼女を確保しに動いているのかもしれない。
彼女が自分からにせよ人に言われてやっているにせよ、恐ろしく危険な行為であることに変わりはないはずだ。
あたしには何もわからなかった。どうすればいいのか、彼女について、どう感じればいいのかも。
ただ、その行動を食い入るように見つめることしかできない。
あたしが自分の体の反応も含め、混乱したまま見つめる中、露出狂のおんなは満足したのか、自分の胸や秘部を弄るのをやめた。
そのまま去るのかと思えば、さらに信じられないことが起きた。
女は完全にコートを脱ぎ、全裸になってしまったのだ。
正面から見ていたあたしには、彼女が裸であることは確実だったけど、これでもはや彼女が裸であることは全方位、どこから見てもわかる。いままでならもしかしたら背後から見れば普通にコートを着ている人だと誤認させられたかもしれないけど。
そもそも、コートさえ着ていれば、誰かが来てもとっさにコートの前を合わせれば、とりあえず服を着ているようには見せかけられた。それすら脱いでしまったいま、彼女はどうやっても裸であることを知られてしまう。
言い逃れもなにも出来ない形で、裸を晒していた。
(あ、あたまおかしい……)
それだけでもあたしにとっては信じられないことだったのに、彼女はさらにとんでもないことをしでかした。
手に持っていたコートを軽く丸めたかと思うと。
屋上の外に向かって、思いっきり放り投げた。
丸められたコートは屋上の柵を超え、縁を超え、ばさりと広がり、少し風に流されながら下へと落ちていく。
そしてそのまま、地面へと落ちて行った。確かその方向は裏路地のような道だったから、下を誰かが歩いている可能性は低いはずだ。
(な、ななな、なにやってんのあの人!?)
コートを失い、完全な全裸になった彼女は、しばらく呆然とその場に立ち尽くしていたように見えたけど、やがてふらふらとした足取りで屋上から降りていく。全裸のままで。
一部始終を目撃してしまったあたしは、異様に鳴り響く自分の心臓の音で頭がいっぱいになりつつ、生唾をごくりと飲み込んだ。
(……コートを、回収しに降りた……のよね?)
そのはずだ。全裸ではどこにも行けない。
あの辺りは人通りが多い場所ではないが、それでも普通に人が暮らしている。そんなところを全裸で歩いていけば、すぐに誰かに見つかってしまうだろう。
あたしはその時、どうしてだか自分でもわからないけど、家を飛び出していた。
露出狂をどうこうしようとかそういうことではなく、ただ何かの衝動に突き動かされ、とにかく走ってその場に向かっていた。
彼女と会ってみたいとかそういうわけでもなく、話しかけてみたかったわけでも、ましてや知り合いになりたかったわけでもない。
ただ、あの存在は本当に実在する人間だったのか。
それを確かめてみたかった。
急いで見ていたビルの下までやって来たあたしは、コートが落下したであろう裏路地方面を、表通りから覗き込む。
周囲が暗くなってきたこともあり、薄暗い路地は不気味な静けさと暗さだった。
(もう回収して逃げちゃったかな……?)
なるべく急いだとはいえ、下まで降りる時間と、ここまでの移動にかかった時間を考えれば、彼女が階段で歩いて降りたとしても、コートを回収して去るまで十分な時間が経っている。
浮浪者がいないか、誰かに裏路地に入るところを見られていないか、軽く周囲を見渡しつつ、あたしは思い切ってその裏路地へと入っていった。
そして、露出狂の女が放り投げたコートが、隣の家の塀に引っかかっているのを見つけた。
どくん、と心臓がひと際大きく鳴る。
その辺に放置されているゴミとは明らかに違う輝きを放つコートは、薄暗い裏路地の中ではひと際大きな異彩を放っていた。
遠目でしか見ていなかったあたしでさえ、それがあのコートだとすぐわかったのだから、コートの持ち主が見逃すことはありえない。
(ま、まだ回収しに来ていない……? まさか、すぐ近くにまだいる……?)
あたしはきょろきょろと周囲を見渡しつつ、コートに近付いていった。
こんなコートがあれば、人目を引くのは確実だ。それこそ、浮浪者が持って行ってしまいかねない。そんな危険な状態になることを承知の上で、他のことをしに行くだろうか。
それにたまたま隣の家の塀に引っかかったからいいものの、もう少し風に流されていたら隣の家の敷地内に落ちて、回収しづらくなる。回収にどれくらい時間がかかるかもわからないのに、他のことをして時間を浪費している余裕があるとは思えない。
あたしはコートに手が届く場所まで、改めて周囲を見渡す。誰も来ない。
(もしかしてあたしがいるから出て来れないのかな?)
そう思いつつ、このまま放置すると隣の家の中に落ちてしまいそうだったので、とりあえず回収しておくことにした。
背伸びをしてコートを掴む。
近くで見て触って、わかったけれどそのコートは相当質のいいものであるようだった。
友達が奮発して買ったというウン十万するコートのような質感で、手触りがとてもいい。
デザイン自体はシンプルなものだったけど、よくよく造りを見てみたら女性用ではなくて男性用だった。ボタンのかけ方が逆だ。デザインと調和するように出来ているから、ぱっと見ではわからにかもしれないけど、よく見たらわかる。そんな絶妙なもの。
(なにか……ないかしら?)
コートの持ち主に関する情報がないかと、コートのポケットの中を探ってみる。
その手が、小さな紙らしき感触と、固いものに触れた。
(ん……? 何か、入って――)
何気なくその小さいものを掴んで引っ張り出したあたしは、予想していなかったものが出て来て、息を呑むことになった。
ポケットに入っていたのは、ピンク色のローターだった。
知識としてはその存在を知っていたけど、実物を手にしたことも、ましてや目にしたこともなかった。こんなところでいきなりそんなものを見て、触ることになるとは思っても見なかった。
一瞬固まてしまったあたしは、それがいわゆる『大人のおもちゃ』であると気づき、慌ててポケットの中に入れ直す。
口から心臓が飛び出すかと思った。
(な、なんてものを入れてるのよ……!)
名前も知らない露出狂の女に憤慨しつつ、今度は小さな紙の方を引っ張り出してみる。
紙はどこにでもあるようなメモ帳の切れ端であり、そこには女性らしく少し丸みを帯びつつも、丁寧に書かれた字でメッセージが書かれていた。
『このコートを拾った次の方へ
どうか役に立ててください
ローターはおまけです』
その文面は、コートを拾った者に――つまりはあたしに向けたものだった。
あたしはその文章の意味を咀嚼して、不思議な違和感を覚えた。
(……次の、方?)
まるであの女性もこのコートを拾ったみたいな書き方だと感じた。
妙な違和感を覚えつつも、そのメモを読む限り、このコートを回収しにくるつもりはないようだ。
(どうやって帰ったんだろ……いや、いくらでも方法はあるけど……とりあえず……)
あたしはこのまま裏路地にいるのは危険だと思い、急いで家に戻った。
玄関先でコートに付着した土汚れや埃を払い、家の中へと持ち込む。いいものであることを示すように、ほとんど傷らしい傷は残らなかった。丈夫なコートだ。
ハンガーにかけて吊るしたのち、メモとローターを取り出す。
メモ用紙は何の変哲もないメモ帳から取られたもので、書かれている内容以上の情報は読み取れない。裏面も確認してみたけど、何も書かれていなかった。
ローターの方は、薄暗い裏路地だとよくみえなかったけれど、傷も汚れもない新品のようだった。使われた形跡は一切ない。
試しにスイッチを入れてみたけど、動かない。スイッチ部分が妙に軽いところを見ると、そもそも電池が入れられていないようだ。
(雨ざらしになったことを考えて、抜いてあるのかしら?)
今回はたまたまあたしが落ちてすぐに回収したけど、回収されないまましばらく放置される可能性もあった。
どちらかといえば、そっちの方がありえただろうし、そうなって雨ざらしになった時の危険などを考えて、電離を抜いていたのかもしれない。
実際、電池を入れてみたら普通に動いた。
ブィイイン、と思ったより大きな音がして驚いたのは余談。
(さて、と……どうしよう、これ……)
あたしは腕組みをして、改めてコートに向き直る。
とっさに持って帰って来てしまったけど、これをどうしたらいいのか、どうしたいのか、あたしにはわからなかった。
普通なら、露出狂が着ていたコートなんて気持ちが悪いものだ。どんな体液が付着しているかもわからないし、触れないのが正解のはずだ。
けれどあたしはなぜだか持って帰って来てしまっていた。見た目コートが綺麗だからというのはあるけど、普通なら絶対にしない行為には違いない。
あたしは恐る恐る、コートに鼻を近づけてみる。汗などの不快な臭いは全くしなかった。
それどころか、どこか甘い、いい香りといって申し分のない匂いを感じた。
(化粧品……? それにしては、ほとんど香らないし……)
上品な匂いだった。その匂いを嗅いでいると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。
(……露出狂の匂いを嗅いで気持ちが落ち着くって、やばくない?)
思わず匂いを嗅いでしまっていたあたしは、愕然として慌てて離した。
なんだろう、自分の気持ちがうまく制御できない。
(あんな姿を見せられて、混乱してるのかな……)
あたしはそう結論づけた。
とりあえず今日はもうそのことは考えないことにしようと思った。ものとしていいものであることは間違いないし、最悪は質屋にでも持って行ってうっぱらってしまえばいいだけだ。
臨時収入の糧を得たと無理やり考えたあたしは、その日はそのコートをしまい、なるべく考えないようにして眠りについた。
もっとも、見てしまった露出狂の姿が目に焼き付いていて、中々眠りに着けなかったのだけど。
あたしはまだ知らなかった。
そのコートは、運命としか思えない確率で、露出狂の素養を持つ女性の手を渡り歩いて来た、いわくつきの代物だということを。
それを手にしたあたしもまた――その素養があることを。
~感染は、連鎖する~