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夜空さくら
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はじめてのヒトイヌ公園 ~それからのわたしたち~(最終話)


 そして、ヒトイヌ公園での不思議な体験は終わり、わたしたちは今まで通りの普通の日常に戻る――はずだった。


 学校の廊下を歩いていたら、いきなり背後からのし掛かって来る者がいた。

 基本的にそれほど親しい友人が多くないわたしに、こんな暴挙をして来るのはひとりだけだ。

 予想出来ていたことなので特に驚くこともなく、私は少し呆れた気分でのしかかって来たその人に振り返る。

「いきなり抱きつかないでくれる? 瀬田さん」

 クラスメイトの瀬田あかりが、わたしに背後から抱きついていた。

 わたしと彼女には身長差があるため、ほとんどしがみつくような形で足が半ば浮いていた。彼女はこちらの首に腕を回して、ほとんどおんぶの状態だ。

 普通の、一般的なわたしたちの年代であればそんな振る舞いをするのは恥ずかしく思うものだけど、瀬田さんは一切気にしていないようだった。

 何がそんなに楽しいのか、瀬田さんはわたしにしがみついたまま、けらけらと笑う。

「えー、いいじゃん別にー。毎回ちゃんと受け止めてくれるくせにぃ」

 ぷにぷにしたほっぺをこちらの頬に擦り付けて来る。調子のいい彼女にわたしは深くため息を吐く。

 わざととしか思えないくらい足音をバタバタさせて近づいて来るのだから、誰だって身構えるだろう。

「全くもう……次は移動教室なんだから、早く行って準備しないとダメでしょう。ほら、自分の足で立って」

「えー、やだー。このまま連れてってよぅ、ちゃこー」

 我が儘し放題か。

 わたしは早くも彼女とやり合うのを諦め、瀬田さんをずるずる引きずりながら歩き出す。最近体を鍛えているせいか、体重の軽いあかりくらいならなんとかなる。あかり自身、完全に体重を預け切っているわけではないこともあるけども。

 そんなわたしたちの様子を、瀬田さんとよくつるんで一緒にいる子たちが苦笑いで眺めていた。

「いやー、あかりってば瀬田さんに甘えすぎっしょ」

「本当ほんと。あんだけ瀬田の前じゃ猫被ってたのに、どこやっちゃったんだか」

「瀬田っちの対応もずいぶん変わったよねぇ。前までだったら容赦なく放り出してたっしょ?」

 派手な子たちだ。必要もないのに分厚いメイクをしたり、アクセサリーをジャラジャラつけて怒られているのをよく見かける。

 あまり積極的に関わりを持ったことはなかったけれど、瀬田さんに引っ張られて連れ回されていた時に話してはいた。そういった間柄なので、気になったことは遠慮なく聞く。

「ちょっと待って。今まで瀬田さんは猫被ってたんですか? わりと前からこんなふざけた調子だったと思うんですけど」

 ちゃこひどい、と言う背後霊の言葉は無視する。

 その背後霊との付き合いは、三人組の方がよほど長い。瀬田さんがわたしに執拗に絡むようになったのは同じクラスになって、隣の席で何度か会話をしてからだ。その頃からいまとあまり変わらない態度だったような気がするのだけど。

 しかしそう言われてみれば、瀬田さんが他の人に積極的に絡んでいる姿は見ていないかもしれない。基本的にはわたしか、この三人組と絡んでいて、他の人への対応はほとんど見ていなかった。

 わたしの疑問に対し、三人は顔を見合わせ、笑う。

「そりゃもうすごい猫被りようだったっしょ? 近寄ってはいくけど、今みたいに引っ付いたりは全然しなかったし」

「瀬田との会話の糸口にしようと、読めもしない文学作品に手を出していたこともあったね。プロローグで挫折していたけど」

「アタシは瀬田っちがどうしてそんなに寛容になったか気になるなぁ」

 わたしの背中にひっついている瀬田さんの顔を伺おうとしたら、全力で顔を背けられた。

 言いたいことはあるが、とりあえず最後の質問にだけ答えておく。

「……別に、寛容になったわけじゃないですよ。単に諦めただけで――」

「やっぱり、先月の休みに二人だけでどこかに行った時かな?」

 人の話を遮るんじゃない。

 そう言ってやりたかったけど、図星を突かれたので黙るしかなかった。

 思わず瀬田さんに非難の目を向けるが、慌てた様子で首を横に振ったので、どうやら彼女がバラした訳ではなさそうだ。

「……どうして、わたしと瀬田さんが二人だけで出かけたと?」

 こう聞く時点で二人で出かけと自白しているようなものだったけど、疑問を解消させることを優先する。

 すると三人はなんとも微笑ましいものを見る笑みを浮かべた。

「瀬田っちはわかんなくても仕方ないかー。それまでは休みのたびに瀬田っちを遊びに誘ってもいいかどうかうるさかったんだよねー」

「そうそう。でもあの日だけこっちから話振っても挙動不審でさー。挙句、あの日は急に都合が悪くなった、とかで遊びに来なかったんだよね」

「だから多分、瀬田だけ誘ってどこかに行ったんだろうって話してたわけ」

 思ったよりも――と言うと彼女たちに失礼かもしれないが――彼女たちの頭は良かったらしい。

 いや、対人関係や感覚で言えば、友人の多い彼女たちの方が優れているはずだから、これくらいの推察は普通はできるものなのかもしれない。

 まあ、何をおいても最大の要因は、瀬田さんが分かり易すぎることなのだろうけど。そう思って瀬田さんにじとっと責める目を向ける。

「……瀬田さん」

「だ、だってぇ……」

 うるうる、と涙を浮かべる瀬田さんは、自分の見た目をうまく扱いこなしていると思う。

 仕方ないな、と言う気分にさせられるのだから、わたしもわたしで彼女にだいぶ甘いのは事実なのだ。

「……瀬田さんには、バイトを紹介してもらっただけですよ。その恩義分、甘えられても仕方ないかと思っているだけです」

 虚実混ぜた言葉で三人の追求を煙に巻き、次の授業が始まることを言い訳にして、わたしは瀬田さんを引きずって再び歩き始めた。

 引っ付いたままの瀬田さんんが、後ろからついてきている三人に聞こえないように、わたしの耳元で囁く。

「ちゃこぉ……ごめんね……」

「いいわよ、別に。あの三人も面白がってはいるけど、これ以上踏み込んでくる気はないみたいだし……」

 無駄に派手な格好をしているとは思えないくらいに、賢明な子たちだ。

 わたしと瀬田さんの間に何かあったと察しても、それを殊更に暴き立てようという気はないのだろう。今みたいにからかいはして来るが。

 おそらく瀬田さんという存在は彼女たちにとって、同い年だが妹のような感覚なのだ。

 思えば、瀬田さんにやたらと遊びに誘われて振り回されはじめた当初は、こちらのことを伺うような視線をよく向けてきていたような気がする。

 あれはわたしに拘る瀬田さんを案じて、わたしのことを見極めていたのだろう。その三人が何も言わないということは、わたしは彼女たちの眼鏡に適ったということか。

 彼女はなんだかんだ言って、とても愛されているのだ。


 そして休日。

 秘密のバイトの日がやって来る。


 わたしたちは更衣室で身支度を整えながら、世間話を交わしていた。

「あの三人相手なら、教えても大丈夫だと思うけど?」

 学校に伝えられるとあまりよろしくはないが、あの三人がこちらの不利になることをするとは思えない。それくらいの信用はあった。

「や、やだよう恥ずかしいもん」

 わたし相手なら恥ずかしくないのか。

 そう言いたくなったが、実際わたしもあの三人にこの姿を見せられるかというと、とても見せられるものではないのだから、彼女の反応も当然かもしれない。

 友人とパートナーは違うものだ。

 顔の前面を覆うガスマスクを身につけ、わたしの準備は完了する。

 まだガスマスクにフィルターの類はついていないので、呼吸は楽だ。

「さて、次はあなたの番よ――あかり」

 今日支給されたわたしの衣装は、かなり簡易なものだった。

 ごく普通の踵の高さのブーツに、全身を覆う厚手のラバースーツ、手袋もかなり自由度の高いラバーグローブだけで、首に巻かれているのも、金属製の首輪ではなく、ラバースーツ固定用のチョーカーだけしかない。

 全体的にぴちぴちしていて体のラインが浮き出しになり、正直かなり恥ずかしい姿ではあるが、最後に被る顔の前面を覆うガスマスクのおかげで顔は隠せるので、我慢できる。

 今回の衣装がそれだけ自由度が高い、というかトゲトゲしたところがない理由が、パートナーとなるあかりの拘束法に関係しているのは明らかだった。

「あぅ……今回の、かなり恥ずかしいよぅ……」

 そういって服を脱ぐあかりの肌は、恥ずかしさのためか早くも赤くなっていた。

「そういう契約なのだから仕方ないわね。ほら、手を出して」

 その手足に、膝と肘までを覆うグローブとロングブーツを身につけさせる。手足の先は犬のように丸まっていて、意味があるのかないのか、触り心地のいい肉球が配置されている。

 膝や肘まで覆うタイプなのは、四つん這いになった時に怪我をしないためだ。

 四つん這いにさせた彼女の頭に、耳当てとゴーグル、口の中に突起物が突き出して明瞭な声を発せなくさせる機構などがひとつになるように組み込まれた、犬型の全頭マスクを被せる。

 マズル部分や犬耳など、マスクの全体的なシルエットは犬に寄せられているから、犬っぽさはかなり強かった。

 そして肛門には意思を表すための、尻尾飾り付きアナルプラグを差し込む。もうすっかりこの尻尾飾りの扱いに慣れたのか、挿し込むと同時にフルフルと左右に振られた。

 最後に首輪を巻き付ければ、裸の胴体が丸出しの、非常に恥ずかしいヒトイヌスタイルが完成する。

 手足や頭の部分の犬っぽさに比べて、人間の女性であることが明らかな、というか丸出しの胴体。

 そのアンバランスさがなかなか倒錯的で、見ている側は楽しいのだろうと思われた。着ている本人は相当恥ずかしそうだった。犬の全頭マスクで顔が覆われているのが救いだろうか。わたしのガスマスクといい、羞恥心まで計算して衣装が選ばれている可能性は高い。

 準備を整えたわたしたちの前に、ヒトイヌ公園の職員さん――今は職場の先輩だけど――が入ってくる。

「二人とも、準備はできましたか?」

「はい。できてます」

「わふっ」

「よろしい。では本日の行動計画をお伝えしますね。今日は特に厳密なスケジュールではありませんから、ある程度は自由裁量にお任せしますが――」

 そんな風に説明を受けながら、わたしはまたここにきてしまっている自分を思い、我ながら苦笑する。

 結局わたしは『はじめて』の後もこの公園に来続けることになっていた。


 友達の瀬田さん――いえ、ヒトイヌのあかりのご主人様として。


 はじめて公園にやってきたあの日、これで終わりだと思っていたわたしたちに、受付の職員さんが話を振ってきたのだ。

「お二人に特別なご提案なのですが、ヒトイヌ公園の職員として働いてみる気はありませんか?」

 まだ学生の身分であるわたしたちにそんなことを言われて、最初は戸惑った。

 けれど、話を聞いてみると、普通の職員とは少し違う役割を担う話だったのだ。

「職員と申し上げましたが、厳密には少し違います。言葉は悪いですが、いわゆる一種のサクラとして、定期的に公園内を練り歩いていただきたいのです」

 ヒトイヌというプレイはいわゆる特殊性癖のひとつであり、わたしが想像していたよりは愛好家が多くても、溢れるほどではない。

 ヒトイヌ公園は見学のみの入園も歓迎してはいるが、その時にヒトイヌがひとりもいないとその入園者は損をすることになる。

 もちろん事前に確認は取り、公園を訪れるヒトイヌを見る以外のことが目的の者もいるのだが、公園側としては公園内にヒトイヌが独りもいない、という状況をなるべく無くしたいわけだ。

 だから、何組かのヒトイヌ利用者を、賑やかしのためのサクラとして、公園側が雇っているのだという。

 本来仕込みの客、つまりサクラは嫌われることも多い行為ではあるけれど、ヒトイヌ公園はやっていることがやっていることなので、完全に自由意志に任せていては安定した供給ができない。

 それに悪い意味でのサクラと違って、ヒトイヌプレイをしていることには違いがないため、半ば暗黙の了解で成り立っている、というわけだった。

 ちなみに、なぜわたしたちに声がかかったのかと訊いてみると。

「こう言ってはなんですが、お二人は学生で金銭的余裕が少ないでしょう? と、なると自発的に来られる頻度はかなり少なくなってしまいます。ですので、半分身内に引き込んで他のお客様を楽しませる一助になっていただいた方が、総合的に見たとき、こちらの益になると判断がされたわけです」

 加えていうなら、わたしたちの『はじめて』の様子はほぼずっとネットで会員限定で中継されていたようなのだが、その視聴率の伸びが異様に良かったのだとか。確かな需要があると判断され、今回の提案に至ったらしい。

 まあ、自分で言うのもなんだけど、若い女子二人が拙くも絡み合っている映像は、非常に貴重ではあるだろう。

 それがヒトイヌとそのご主人様、なんていう特殊な状態で見られるのだから、希少性も伴って納得できなくはない。

 施設側の上層部が金になると判断して、わたしたちを半分身内に引き入れたいと思うのも当然かもしれなかった。

 もっとも――最初に契約書でそういう同意をしたとはいえ――そんなたくさんの人に自分たちの痴態が見られていたことに関しては、死ぬほど恥ずかしくていたたまれなかったのだけど。

 それでも結局、わたしはあかりともども、その施設側の提案に乗って、ヒトイヌ公園でバイトみたいなことをやっているのだった。

 拘束方法は指定されてしまうとはいえ、ヒトイヌを楽しみたいあかりはもちろん、そのご主人様役で振る舞うわたしの方も、興味があったラバースーツや拘束をいっぱい味わうことができる。

「……それじゃあ行こうか、あかり」

 今日ガスマスクに取り付ける道具は、リブレスバッグという呼吸制御に使う道具だった。歩いて動くことを考慮し、ちゃんと呼吸弁は開いているものだけど、その酸素の供給量はかなり制限され、絶妙な息苦しさが長く続くだろう。

 そのことを考えると、今から胸がドキドキして、早くも呼吸が荒くなってしまう。

「ワウっ!」

 四つん這いになったあかりは、わたしの呼びかけに元気よく応じる。

 いつもは四肢を折り畳んだり、厳重な拘束をされているけど、今日はわりと自由度が高い。四つん這いとはいえ、歩く速度も中々早くなりそうだ。

 リブレスバッグを装着しなければならないわたしとしては、中々過酷な散歩になりそうである。

(そういうのを楽しみに感じている時点で……わたしも結構な変態よねぇ)

 そんなことを思って、苦笑する。今更の認識だった。

 わたしもあかりも、度を越した変態であることに間違いはないのだから。


 飼い犬とご主人様というよりは、一組の対等なパートナーとして――わたしとあかりは今日もヒトイヌ公園に繰り出すのだった。



〜はじめてのヒトイヌ公園 終わり〜


Comments

コメントありがとうございます!^w^ そういう番外編というか前日譚というか、キャラたちの交流みたいな話も書きたいですね。 水曜日に書く話の候補とさせていただきます。ありがとうございます。

夜空さくら

あかりがちゃこに気づいたり興味を持ったりして、近づき始めるストーリーを書いていただけたら嬉しいです。

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