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夜空さくら
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ヒトネコライフ!0

 これまでにわたし――藤原宮子は、ヒトネコとして様々な体験をしてきた。


 アルバイトとして働いている一風変わったバーで、ヒトネコショーとしてステージに上がったことがそもそもの始まりだ。

 友人の甘城美里もヒトネコに扮し、彼女と絡み合ったそのショーの評判がとても良かったため、わたしはそのショー以降も度々お客さんにせがまれ、ヒトネコとして仕事をすることが多くなった。

 本来特定のキャストに特定の格好をさせるのは、結構高額なオプションのはずなのだけど、三回に一回はヒトネコになるように言われるくらいに人気だった。それによってヒトネコに慣らされた、ような気もする。

 そして極め付けは、慰安旅行という名の小旅行――『ヒトネコトリップ』で、ヒトネコとして色んな場所に連れて行かれたことだろうか。

 ヒトネコ横丁だの、ヒトネコミュージアムだの、とんでもない規模の施設に案内され、さらにディープな世界に浸り切ってしまった。

 なんだかんだでわたしもその世界に慣れ、ヒトネコ自体にほとんど忌避感がなくなったのはいいのか悪いのか。

 四つん這いで歩くのにもずいぶん慣れたし、体にぴっちり張り付くラバースーツを着るのにも慣れた。寝起きなど、油断するとうっかり四つん這いで行動してしまいそうになるくらいだ。

 わたしのヒトネコとしての活動が人気なのは、そう言った様々な経験を経てもなお、恥ずかしい気持ちが中々なくならないことにある、と店のママさんは教えてくれた。

 ただの人間として恥ずかしがるのではなく、ただの猫として恥を感じずに動き回るでもない。そんなわたしはヒトネコとして、ひとつの理想的なバランスの羞恥心を持っているそうなのだ。

 だから、いつかわたしがヒトネコという行為に完全に慣れた時は、お客さんはおそらくわたしから離れて行ってしまうのだろうと、達観していた。

 いくらわたしの羞恥心がしつこくても、いずれ慣れてしまうのは人間として当たり前だ。

 だから、そうなってしまった時は、ヒトネコになることを辞めよう、と心に決めていた。いわゆる区切りという奴だ。それまではやる言い訳にしたいだけかもしれなかったけれど、とにかくわたしはそういう風に決めていた。

 そして、その終わりはそんなに遠い未来の話ではないのだろうと、半ば覚悟していた。

 ヒトネコとして扱われることも、見られることにも、かなり慣れが来始めていると、そう思っていたから。


 だけど――まさに今、死ぬほど恥ずかしい思いをさせられていた。


 視線が体の至るところに突き刺さっているのを感じる。

 その視線にはわたしがこれまで感じてきた、好意や興味関心といった、友好的な視線も当然あったけれど、それ以外の感覚の視線も混じっていた。

(ま、ママさんの嘘つき……! 話が全然、違うじゃない……!)

 格子越しに見える景色の大半を、ニコニコとした女性が埋めている。

 その人はわたしと美里が入れられたケージの前で膝を突いて、こちらを見つめていた。

 その女性の視線はとても優しい。彼女がわたしたちをこの場に招いた張本人であることは間違いなかった。事前にわたしたちにこんな依頼を出した人の情報は、ママさんに教えてもらっていたから、確信が持てる。

 資料で見た顔はもっとビシッとしていたというか、よそ向きの真面目な顔だったけど、顔自体が変わるわけではないから、同一人物であることはハッキリしていた。

 確か名前は、天景院志樹久さん。

 名前からして只者じゃないけど実際彼女は只者じゃなかった。天景院家は日本で屈指の名家とかで歴史も長い。天景院財閥がその気になれば、公道を一日貸し切るみたいな無理を通すこともできるとかできないとか。

 彼女はそんな天景院家の女主人であり、まだ若いように見えるのにその実態はとんでもないやり手らしい。家の資産を数年で倍にしたとかいう噂も聞く。

 ただ、ママさん曰くこの界隈では重度の『ヒトネコ愛好家』として名高く、ヒトネコ横丁なんかの施設にも多額の支援を行っているらしい。

 全部本人のポケットマネーらしいけど。わたしたちとは住む世界や金銭感覚が根本的に違う人だった。

 性格はとてもおっとりとしていてママさんとはわたしや美里のデータをやり取りする関係で仲良くなったとか。当事者に黙って何やってるんだと思わなくはないけど、とりあえずそれは置いておく。

 その人はわたしたちがヒトネコとしての小旅行をしている時――つまりはヒトネコトリップ中にわたしたちを見かけたらしい。

 そしてその結果、ぜひとも自分の家の猫になってほしいという要望を打診してきたのだった。

 もちろん本当にわたしたちを猫として飼いたい、というわけじゃなくて、期間限定のヒトネコとして、だ。

 期間は夏休みの間の一ヶ月。丸々彼女の家で過ごすことになっている。

 それは、いい。その条件に関してはすでに承知済みだし、ヒトネコとして天景院さんの館に運び込まれることも、承知したことだ。

 天景院さんに見られることは承知していた。


 けれどまさか――普通のメイドさんたちがこんなにいるとは聞いていない。


 わたしたちはヒトネコトリップの時の移動がそうだったように、ケージに入れられたまま、屋敷の中まで運ばれていた。

 玄関を入ってすぐの、広い玄関ホールにケージは置かれ、玄関だけでもわかるその屋敷の豪華な内装や調度品に圧倒されていた。別世界に迷い込んだみたいな、言葉では言い表せない見事な光景だった。

 けれど、それよりも問題だったのは、天景院さんが出てくるのに合わせて、この屋敷で働いていると思われるメイドさんがたくさん玄関ホールに集まったことだった。

 さすがは日本で名家と呼ばれる人の屋敷というべきか。

 使用人がたくさん雇われているのは予想して然るべきだった。

 彼女たちにもわたしたちが今日来ることは周知されていた思うのだけど、話に聞くのと実際に見るのとでは印象が違うのだろう。どこか戸惑っているようにも見えた。

 教育が行き届いているのか、騒いだりすることはなく、蔑むような視線を向けてくるような人もいなかったけれど、代わりに無遠慮な視線が容赦なく向けられていた。

 道も場所もわからない雑踏に、独り裸で放り出されたような心細さを感じたわたしは、一緒にケージに入れられて運ばれてきた美里に身を寄せる。

 ちなみに美里はふてぶてしくも運ばれている最中に眠ってしまい、今もまだ丸まって熟睡している。ケージを移動するときは極力優しく運ばれていたとはいえ、それ相応に揺れたり衝撃が走ったりしたのだけど、それでも起きないのは肝が座りすぎだった。

 知らない人に囲まれ、視線を向けられてこちらが不安になっていることを察したのか、天景院さんがこちらに向けてその口を開く。

「ーーーー、ーーーーーーーーー」

 優しい声音。しかし、その言葉の意味はわたしにはわからなかった。

 わたしの頭には猫耳と耳当てが一体化したものがつけられている。

 その耳当ては周囲の音を遮音し、猫耳に仕込まれた集音器を通した音を耳に流してくれていた。

 その結果、猫耳のあるあたりで音を聞いているように錯覚すると同時に、それを通した人の言葉は、意味の通らない音に変えられるようになっている。

 その機能を人声抑制機能といい、「猫が人間の言葉を完璧に理解するのはおかしい」というヒトネコ愛好家の異様なこだわりの結果、作られた機能だった。そこまでするのかと思うけど、彼ら彼女らはそこまでするのだ。

 声に込められた感情自体はなんとなくわかるので、実際の猫もこんな感じなのかなと思う。

「ーーーー、ーーーーー。ミヤーーー、サトーーー」

 わたしと美里の名前を呼ばれたのだけは、なんとなくわかる。多分いらっしゃいとかようこそとか言っているのだろう。

「ーーーーー」

 天景院さんがその手をわたしたちに向けて伸ばしてきた。掌を上にし、なるべく低い位置から手を近づけてくる。

 猫を触るときには上から被せるように手を伸ばしてはいけない。その基本を熟知している者の動きだった。

 もちろんわたしたちは本物の猫じゃないので、被せるように撫でようとしてきてもそんなに問題はないのだけど、ヒトネコという猫と触れ合うことを重視する人はそういう細かなところにも拘る。

(そ、それなら自分から擦り寄りに行くのは違うわよね……?)

 わたしはそう考えた。

 いくら人に慣れている猫でも、ほとんど知らない相手に擦り寄りに行くことは滅多にない。ヒトネコだからサービスして擦り寄りに行くことだってできるのだけど、それをしに行っていいのかどうかわからない。

 そもそも人の手に擦り寄りに行くには、恥ずかしい気持ちが勝る。

 結果的にわたしは逃げることも擦り寄りに行くことも出来ず、天景院さんの手が触れてくるのを、身を固くして受け入れることしかできなかった。のちに聞いた話、その反応は正解だったようだ。

 緊張で硬直するわたしの姿は、天景院さんにとって理想のヒトネコの反応になったらしい。天景院さんが望む『借りてきたヒトネコ』的な反応だったようだ。喜ばれて嬉しいやら、本当の猫っぽいと言われているようでもあり、複雑な気持ちになるのだった。

 天景院さんは破顔するとわたしの顎下を軽く、くすぐってくる。

「にゃっ」

 こそばゆい感覚に変な声が出た。わたしの首には人語抑制機能のついたチョーカーが巻き付けられているので、人間の言葉は口に出来ない。

 この機能に関してはわりと後遺症が残るので、一ヶ月も人の言葉を喋られなかったら、人の言葉を忘れてしまうのではないかと若干不安ではある。

 天景院さんはすぐに手を離してくれた。絶妙な触れ合いのコツを抑えている様子だ。わたしたちを家に招くために支払った金銭も決して安いものではなかろうに、それでもヒトネコの気持ち優先という原則を重視する天景院さんには頭が下がる。

 正直、その配慮にほっとしていたわたしを置いて、彼女は立ち上がった。

 そして振り返って、メイドさんたちに向かって何やら指示を出しているようだ。その姿は確かにやり手の女主人だった。

 指示を聞きながらも、メイドさんたちは私たちの方をチラチラ見ていた。

 彼女たちの中には、こちらを見て明らかに赤くなっている人もいた。

 今までわたしたちが相手にしてきた人たちと違って、一般人に近い感性を持つ人のようだ。そんな彼女たちにしてみればわたしたちは裸同然の格好で猫耳と尻尾をつけ、猫の振る舞いをしている変態、という認識なのだろう。

 正直否定する材料が全くない。そんな彼女たちの視線は、無遠慮かつとても強いものだった。天景院さんのように、受け入れている愛好家の優しい視線ではない。興味関心の方が上回った、不躾な視線。

 それらの視線が、わたしが恥ずかしく感じる大きな理由になっていた。

(で、でも、まあ、この場限りだと思えば……!)

 愛好家しかいなかったとはいえ、ヒトネコ横丁やヒトネコミュージアムでも色々な人から色んな意味の視線を向けられたものだ。

 単純な興味関心の視線だってその中にはあった。今この期間だけ恥ずかしいのを我慢すればそれで済む。

 そう思っていたのだけど。

 わたしはあるメイドさんを見て、腰が抜けそうなほど驚いた。

 そのメイドさんの顔には、見覚えがあったからだ。

(なんで、なんで、ここにいるの……!?)

 居並んだメイドさんたちの中に、知り合いが混ざっていたのだ。


 それも、二人も。


 一人は驚きを持った目でわたしたちを見ていて、もう一人はしれっとした表情をしてこちらに目も向けていない。

 二人とも顔は知っているけど、ほとんど喋ったことはなく、仲がいいわけでなければ、特に嫌い合っているわけでもない。

 同じ学校に通っている、という共通項だけがある、そんな存在。

(そ、そりゃあわたしたちがあの店で働いているように、他の子たちだってどこかで働いている可能性はあるけど……よりによって、ここ!?)

 もしかすると、彼女たちも夏休みで特別に働きに来ているのかもしれなかった。天景院さんとママさんは通じているから、知り合いに見られる可能性があるところに何も言わずに送り込むのは、さすがにリスキーがすぎる。せめてわたしたちには伝えておくべきだろう。

 全くのイレギュラーなのかもしれないけれど、この邂逅はただただ驚きで、困惑することだった。

(ひぃ……み、見ないで……っ)

 二人の存在に気づいたわたしは、ますます美里に体を寄せて、体を縮こませる。

 彼女たちがどんな性格をしていて、今のわたしたちを見て、どんな風に思っているのか、全く予想ができない。

 どう思われているのかわからないということが、こんなに恥ずかしいことだとは思わなかった。

(み、美里、美里、起きてよ……!)

 前足――もとい手で美里の肩を揺らす。ヒトネコとしてふさわしい行動かといえば微妙に怪しい線だったけれど、とにかく美里にも知り合いがいることを認識して欲しかった。

 けれど美里はわたしの必死の訴えにも起きず、それどころが「んにゃぁ」と不機嫌そうに唸ったかと思うと。

 その腕に巻き込むようにして、わたしを抱き枕みたいに引き寄せたのだった。

「んなぁっ!?」

 驚いて声を上げるが、首にしっかりと腕が絡みついていて、振り解けない。わたしは美郷に絡みつかれるまま、横向きに倒れてしまった。

(わーっ! バカバカっ、何すんのー!)

 そう叫びたかったが、人語抑制機能が効いているうちはその言葉を口にはできない。啼いて注目を浴びたくはなかったため、黙るしかなかった。

 思わずあげた声だけでも、十分注目は浴びてしまったようで、メイドさんたちの視線が集中するのがわかる。

 彼女たちの視点では、裸の女子二人が絡み合っている、というようにしか見えないのだろう。顔を真っ赤にする人が続出していた。

 天景院さんだけがじゃれつく猫を見るような優しい目をしている。

 その天景院さんが指示を出したら、数名のメイドさんがわたしたちの入っているケージに近づいて来て、ロックされていたキャスターを解放し、わたしたちをケージに入れたまま運び始めた。

 その他のメイドさんたちは解散してそれぞれの仕事に戻っていった。その中にはクラスメイトたちもいて、彼女たちも仕事に戻ったようだった。

 美郷に抱きつかれ、運ばれていく中、わたしはこの一ヶ月のヒトネコ生活――『ヒトネコライフ』がどうなるのか、早くも不安で一杯になっていた。


つづく



Comments

私もそういう存在になってみたいですね!^w^ 理想を形にしております(笑) ヒトイヌ公園も大富豪的な出資者が支えていると思われます。どう考えても入園料だけじゃ成立しませんしーwーウム

夜空さくら

そんな大富豪になってみたい・・・! ヒトイヌ公園のほうもそういう趣味のすごい人が裏にいたりとかするんですかねー。妄想が膨らみますw

Kojiro


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