ヒトネコライフ!2
Added 2020-06-22 12:49:13 +0000 UTCメイドさん達が退出して、わたしと美里は二人ーー今の状態でいうなら二匹、だろうかーー部屋に残された。
この部屋にもカメラは取り付けてあるのだろうけど、ひとまず人の気配が見える範囲からなくなったっことで、一息つくことができた。
美里は部屋の中をうろうろしている。
床に転がっていたボールを手で転がしたり、用意されたベッド代わりのクッションにダイブしたりしながら、部屋の中を色々見て回っているようだ。
その姿は好奇心旺盛な猫とほとんど変わらず、物おじしない美里の性格がそのまま表されていると言っていい。
わたしはしばらくじっとしていたけれど、ケージの奥でじっとし続けているのもなんだったので、意を決してケージの外に出てみることにした。
(うう、気にする必要はないって思ってても、やっぱり気になるなぁ……)
この場にはわたしと美里以外誰もいないのだから、恥ずかしがる必要はないと思っていても、やはりほとんど裸の格好で動き回るのは恥ずかしかった。
そろり、そろりと両手両足を動かしてケージの外に出る。後から聞いた話、そんなわたしの動きはまさに「見知らぬ場所に連れて来られた、警戒心の高い猫」のようで、すごく受けが良かったらしい。
もちろんその時のわたしに演技しようとか、そんなことを考えている余裕はなかったので、単に動きがそれっぽい、というだけのことだ。
しかしヒトネコ愛好家にとってはそれこそが重要なことなので、美里もそうだけど、素でそういう動きが出来るわたしたちはとても貴重な存在、らしい。
ケージから出たわたしは、なるべく体勢を低くしつつ、部屋の中を見渡した。
(どこを見ても……猫の部屋、よねぇ)
わたしたちにあてがわれた部屋は、縮尺の狂った猫の部屋、と言える。
置かれている物が人間サイズに合わせて作られている以外は、大体のものの形状が猫のものと共通しているのだから、その印象も当然だろう。
もちろんこんな変わった物がそうそう売られているわけではないだろうから、ほとんどが特注品のはずだ。
この部屋だけでもかけられているお金を想像すると怖い。金持ちの道楽とはいえ、一体どれほどのお金が注がれているのやら。
わたしたちを雇うだけでも相当なお金が動いているのだ。はっきりしている分だけでも、一般大学生には途方もない金額になっている。
(ああ……想像したらクラクラしてきた)
はぁ、とわたしは溜息を吐いた。
そんなわたしの溜息を聞きつけたのか、自由に行動していた美里が近付いて来た。
「にゃおん?」
美里の『何を悩んでいるの?』と言わんばかりの能天気な顔。
こっちの気も知らないで、と少し腹が立ったわたしは、もう一度猫パンチを食らわせてやろうと手を動かした。
けれど、今度は美里も黙っておらず、素早く身を翻し、パッと跳び退いてわたしのパンチを避けてしまった。
「にゃははっ♪」
楽しそうに笑う美里。
ほとんど素っ裸な格好でも、平然とそんな動きをする美里は猫になりきっている。そんな美里に感心するやら呆れるやら。複雑な気持ちで再度溜息を吐いた。
こっちは片手を伸ばした拍子に胸が揺れるだけでも、慌てて手を引っ込めて胸がなるべく揺れないようにしてしまうくらいなのに。
(まあ、美里は平均だからかなぁ)
スレンダーというべきか、美里の胸はそんなに大きな方じゃない。
不本意ながら巨乳とされるわたしとは状況が違う。
そういう単なる現状認識の一環として視線を向けたのだけど、美里はわたしの視線を辿って、胸に注目されていたことに気付いたようだった。
「んにゃあ?」
若干不機嫌そうな様子で唸る美里。
別に彼女は胸の大きさに拘ってはいないはずだったけど、差があることを意識されると不満のようなものは感じるらしい。
(い、いや別にそういうつもりでみてたんじゃ……)
美里がわたしに向かって正面から迫ってくる。
美里の耳がピンと立ち、尻尾飾りもゆらりと持ち上がっていた。耳と尻尾飾りはわたしたちの感情を読み取って動いているため、言葉を交わさなくても何を考えているかは大体察することが出来る。
一方、わたしの耳はぺたんと寝て、尻尾飾りが丸まってお腹の下に潜り込んで来たのを感じた。
完全に威圧する猫とビビる猫の構図になっている。
「ん~、んにゃ!」
美里の猫パンチが閃いた。それはまっすぐわたしに向かって伸び――重力に従ってただでさえ揺れていたわたしの乳房を、さらにぶるんと揺らす。
「んにゃあ!?」
あくまで軽い猫パンチだったので、痛くはなかったけど、とても驚いた。
胸を手で庇いながら体をのけ反らせた結果、わたしは膝立ちの状態になって――勢いあまって後ろ向きに転倒する。
幸いこの部屋は全体的に柔らかな絨毯が敷き詰められていたので、頭を打ち付けたりはせず、どこも痛くはなかった。
ひっくり返ってしまったわたしは、あられもない格好になっていることをすぐに自覚して、慌てて体を捻ってうつ伏せになる。
(な、なにするのよ美里ぉ……!)
彼女に抗議しようと、真っ赤になっているであろう顔で美里がいる方向を睨み付ける――だけどすでに美里はそこにいなかった。
いつの間にかわたしの死角に回りこみ、うつ伏せになったわたしの背中にのしかかってくる。
「みにゃあ!?」
「にゃははっ♪」
わたしが押しのけようとしても、美里は絶妙な位置取りを続けて押さえつけて来て、上手く押しのけることが出来ない。
美里の胸が、おっぱいが、わたしの背中に押し付けられているのを感じる。スレンダーとはいったけれど、美里の胸はないわけじゃない。その柔らかさや膨らみを強調するように――主張するように、しきりにぐいぐいと押し付けて来た。
(ちょ、ちょっとやめなさい美里!)
女の子同士でもこんなに密着することはそんなにない。いや、わたしと美里の場合は割とペアでお店のショーに参加することもあったし、それこそ小旅行の時にはこれくらい密着するのはよくあったけれども。
シャワールーム以外の場所で、完全な裸で密着したことはあまりなかった。
いつもラバースーツのようなものを着ていたから、それ越しの感触は慣れていたけれど、肌がそのままこすれ合う感触には全く慣れていなかった。
顔が真っ赤になっていることがわかる。
(離れてってば……!)
背中に引っ付き続ける美里を、肩越しに振り返った。
そして美里の顔を見たわたしは呆れ返る。
(……って、美里も恥ずかしいんじゃない!)
さすがの美里も裸で誰かに密着するのには慣れていなかったのか、その顔が少し赤くなっていた。恥ずかしいなら止めればいいのに、一度やり出した手前引けないのか、なおもわたしの背中に自分の胸をこすりつけてくる。
「んにゃぁっ!」
やめてってば、という意図を込めて少し強めに啼くと、美里はくすくすと笑いながらわたしから離れてくれた。早くもどっと疲れた気がする。
美里は素知らぬ顔をしているけれど、まだその耳が赤いのをわたしは見逃さない。
(まったくもう……初日から疲れさせないでよね)
わたしは美里をそういう気持ちを込めてで睨み付けておいてから、改めて部屋を見て回ることにした。
(さて、と……)
わたしはキョロキョロと周囲を見渡しながら部屋の中をぐるりと一周する。
壁際には喉が乾いた時に飲む用なのか、いわゆる給水機のようなものがあった。よく飼い主が旅行中、ペットが自由に水を飲める用にするためのものだ。
飲み物に関してはある程度自由に飲めた方が健康上いいだろう、という判断なのかもしれない。
(でも、餌皿は置いてないのね)
猫というかペットの部屋と言えば必ずある餌皿はこの部屋にはなかった。
まあヒトネコであるわたしたちは、食べさせられるものにもよるけれど、よく見られるペットに餌を与える平たい餌皿ではご飯が食べにくいので、それで出されても困ってしまう。
(そう言えば、食事の細かい方法までは書いてなかったわね……)
栄養状態が不足しないよう最大限配慮する、みたいな条件はちゃんと契約内容に定められていて配慮はされていたものの、その摂取方法に関しては指定がなかった。
まさか餌皿に適当に盛られることはないだろうとは思っていたけど、その方がペットプレイらしいと天景院さんが考えたらそういう食べさせられることもあるのかもしれない。
ご飯の時間になればわかることかと、わたしはひとまず餌皿のことは考えないことにした。
(……必要と言えば)
一月の間、この部屋で暮らしていくのであれば、当然必要なものがあるはずだ。しかしいくら猫に扮するとは言え、本物と同じようなやり方では困るものhが餌皿の他にも色々ある。
その中のひとつであるトイレをわたしは探した。
(まさか猫砂が敷かれてたりしないわよね……?)
猫のトイレと言えば猫砂入りのものだけど、流石にそれでやれとは言わないだろう。
トイレらしきものを探してみると、壁の一角に『おトイレ』とプレートがかかっている扉を発見した。扉は普通の扉と違ってドアノブがなく、押せば開くようになっているようだ。
(まだ催してないけど……見ておいた方がいいかな?)
そう思ったわたしは、とりあえずトイレの扉を押して開いてみる。
トイレは広くて清潔そうな空間だった。便器は和風便器で、開脚し、またがってするタイプだ。
(……尻尾飾りにおしっこがかからないように注意しなくちゃいけないわね)
大便に関しては考える必要がない。
なぜならわたしたちの肛門は、尻尾飾りと繋がったアナルプラグによって塞がれているからだ。正確には尻尾飾りを固定するための土台として、アナルプラグが差し込まれているのだ。
アナルプラグは括約筋を前後から挟むような仕様になっていて、内側でかなり膨らんだ構造になっているのでわたしがどれほどいきんでも抜け落ちないようになっている。
さらに、外側に飛び出している部分は背中側に平たく伸びて、尾てい骨あたりを覆っていて尻尾が自然な位置から生えているように見せかけている。
この仕掛けのおかげで肛門を見られる心配はなかったけど、代わりに前はもろだしだった。改めて考えても恥ずかしい装飾品だ。
(用を足したらあの上のボタンを押せばいいのかしら?)
ちょうど便器にまたがった時に、手を置いて起こした体を支えられる台のようなものがある。その台の正面にボタンがあった。おそらくあれで水を流すのだろう。股間を拭くときはどうしたら分かりづらかったけど、なんとなく連動して拭く機械が動くように見える。
(それは実際にする時でいっか……)
わたしはドアを半開きにしていたのを戻し、トイレから出る。
美里は寝具を兼ねた大きなクッションに抱きついて寝転がっている。全く呑気なものだ。
その後も部屋の中をひとつひとつ丁寧に見ていっていると、部屋のドアを開け、天景院さんが入ってきた。
思わずびくりと体を竦ませてしまったわたしとは対照的に、美里は起き上がると天景院さんに駆け寄っていく。
「にゃおん♪」
じゃれつく美里の頭を撫でてつつ、両膝を突いてその場に座る天景院さん。そしてわたしに向かって何か言いながら手招きしてきた。
相変わらず彼女が何を言っているかはわからなかったけど、ニコニコとした笑顔で手招きされれば近くに来てという意味であることはわかる。
わたしは恐る恐る、天景院さんに近づいて、なるべく体を晒さないように、猫が小さく縮こまるように四肢を縮こませた。
(……何しに来たんだろう?)
早速わたしたちで――いや、わたしたちと遊びに来たという様子ではない。
不思議に思って見つめていると、天景院さんは何やら小型のマイクのようなものを取り出した。
『あー、あー……聞こえてるかしら?』
急に理解できる言葉が聞こえてきて、思わず体がびくりと跳ねる。
その反応で、天景院さんはこちらに声が聞こえていることを理解したようだ。
『うん、大丈夫みたいね。このマイクを通す時だけ、ミヤちゃんとミサちゃんは人の言葉が理解できるはずよ。大丈夫かしら?』
そう言われ、わたしたちはこくりと頷く。
『この装置は緊急用に用意されているものなの。その動作チェックと、こういう機械があるっていうことを覚えて置いて欲しくて。二人の方がよく理解していると思うけど、耳当てはすぐに外せるものじゃないからね』
たしかに。この耳当て、一見ただの猫耳付きの耳当てに見えるけど、実は相当ハイテクな代物だ。耳にぴったりフィットして凹凸まできっちり覆っているから、実は前後左右にずらすこともできない。
緊急時だからと無理やり外すことはできない仕組みだった。
『基本的には使わないから、安心してね』
それは喜んでいいことなのだろうか。
微妙な気分だったけど、とりあえず頷いておいた。
『動作チェックがてら、ついでに最終の意思確認を行うわね。事前に確認してもらった通りではあるけど』
そう言って、天景院さんは契約内容をかいつまんで繰り返してくれた。
――契約期間中、ヒトネコのミヤとミサは、天景院志樹久を『飼い主』とすること。
『できれば好きな飼い主、としてほしいところだけど……それは無理強いになってしまうから、条件には入れてないわ。ミヤちゃんとミサちゃんに好かれるように努力するから、よろしくね!』
そう宣言する天景院さん。
言ってしまえば、天景院さんはお金を出してわたしたちを雇っている雇い主なのだから、そういう風に命令すればいいだけのことなのだけど、それをしないあたり、ヒトネコに対する拘りの強さを感じさせる。
彼女を好きになるかどうかは――正確にはそういう風に振る舞うかどうかは――わたしたちが決めていいというわけだ。
最も、美里はすでにだいぶ心を許していると見え、正座のような姿勢になっている天景院さんの膝の上に頭を乗せ、寛いでいる。
甘え上手というか、人間としての尊厳はどこに置いてきてしまったのか、友達ながら時々心配になるなるほどの、ヒトネコっぷりだ。
そんな美里の頭を撫でつつ、天景院さんは契約の確認を進める。
――ミヤとミサの行動範囲は、基本館の内部、屋内のみとする。
『行動できる範囲は、この屋敷の中に限定させてもらうわ。基本的には建物の内側だけだけど、バルコニーに日向ぼっこができるスペースは確保してあるから、よければ行ってみて。出たくなりそうな場所にはシートを敷いていて、危なくないようにしてあるから、それで行動可能範囲は判断してちょうだい』
それと、と天景院さんは指を一本伸ばす。
『中庭に人工芝の広いドッグラン……キャットランかしら? スペースがあるから、そこは走り回ったり寝転んだりしても大丈夫よ。全部人工物で虫とかもいないから。行ってみたらわかるわ』
ただでさえ広い庭もあるみたいなのに、中庭まで完備されているらしい。
本当に本物のお金持ちの屋敷って感じだ。
『例外的に外に連れ出す時はペットキャリーに入れるし……本当の野外で活動してもらう時はラバースーツを着せてあげるから安心してね。それと、期間中一度だけこの屋敷でヒトネコ愛好家を集めてパーティを開く予定があるの。その時は他にもヒトネコが集まるから、ぜひ期待していてね!』
その話も一応事前に聞いてはいた。
彼女はお茶会や小規模なパーティを開催するのが趣味なのだ。
いつの時代のお貴族さまなのかとツッコミを入れたものだった。
その一環で、ヒトネコ愛好家を集めてパーティを行うことがあるらしく、わりと盛大に開かれるのだとか。
それだけたくさんのヒトネコ愛好家がいることにも驚きだけど。
その二つ以外にもいくつか契約事項はあったけど、それはお互いの安全のためだったり、健康のためだったり、当たり前の事項が多いので確認は割愛された。
『とにかく、ミヤちゃんとミサちゃんはこの一ヶ月、自由にヒトネコ生活を楽しんでちょうだい。事前に承諾してもらった通り、生活の様子は全部映像に取らせてもらっているけど、わたしが個人で楽しむ以外には広めないから』
天景院さんの笑顔が、ニコニコを通り越し、ニヨニヨというほどに緩んでいた。
そんなにいいものなのだろうかと思うのだけど、本人が楽しんでいるのならそれでいいのだろう。
その辺も納得済みで来たのは確かだ。
『日中はあまり家にいれないから、ミヤちゃんとミサちゃんの世話はお手伝いさんたちがしてくれるわ。ちゃんと事情は説明してあるし、口は硬い子ばかりだから安心してね』
あれだけメイドさんがいることだけが想定外だったけど。
そこまで考えたところで、わたしは大事なことを思い出した。
(そ、そうだ……! メイドさんたちの中に、知り合いがいたんだった!)
まさか同じ大学に通う女の子が、ここに働きに来ているとは思わなかった。
その時美里は寝ていたからまだ知らないだろう。急に挙動不審になったわたしに、胡乱げな目を向けてきている。
「ん、んにゃぁ……っ」
けれどそれを美里に説明することができない。チョーカーというか首輪に仕込まれた人語抑制機能が邪魔をするからだ。
ただ、説明する必要はなくなった。
部屋のドアを開け、数人のメイドさんが入ってきたからだ。
『奥様、失礼します。ネコちゃんのお食事をお持ちしました』
天景院さんのマイク越しに聞こえてきたそのメイドの声は、聞き覚えのある声だった。天景院さんの膝の上でくつろいでいた美里の尻尾が、あからさまにブワッと膨れ上がって驚愕を露わにする。
食事を持ってきてくれたメイドさんの中に、わたしたちの知り合いが混ざっていた。
つづく