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夜空さくら
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ヒトネコライフ!5


 わたしはヒトネコとして、天景院志樹久さんの屋敷で一時的に飼われることになった。

 猫耳や尻尾飾りを除いて、ほとんど裸の状態で過ごすのはすごく恥ずかしかったけれど、一応報酬も出る仕事ということで受け入れていた。

 けれど、まさかそこで大学の知人である大河原さんが働いているのは想定外だった。

 その大河原さんは、偶然屋敷の中で出会ったわたしを自分の部屋に招き入れ、筆談で『それって、藤原さんの趣味でやってるの?』と尋ねてきた。

 どういう意図での質問かはわからなかったけど、彼女の表情は真剣そのもので、わたしたちがそれを強制されていた場合の、事件性を疑っているようだった。

 わたしは背中に冷や汗をかいていることを自覚しつつ、彼女の問いにどう答えるべきなのか、悩んでいた。

(趣味……っていうのは恥ずかしいし、仕事は仕事なんだけど……完全に趣味が含まれていないといえば嘘になりそうだし……ああ、なんて答えればいいの……!?)

 ぐるぐる頭がこんがらがる。蹲ってどう答えるのが一番無難にこの場をやり過ごせるか、わたしは唸った

 すると、大河原さんが気を利かせて、もう少し書き足してくれた

『無理やりではない? 犯罪が行われるわけではないのね?』

 そこは、わたしが一番聞いて欲しかったところだ。わたしの複雑な心情は頷いたり首を振ったりするだけでは伝わり辛い。

 少なくとも同意の上のことではあるし、仕事であることは間違いないので、慌てて勢いよく頷く。

「にゃっ、にゃっ!」

 そう、そう、と言ったつもりが、猫の啼き声に変換されてしまった。

 そんなわたしの様子を見て、大河原さんはなぜか微妙に困ったような、目を細めて口をへの字に曲げ、なんとも形容し難い妙な表情を浮かべた。

(ど、どういう表情……? 呆れてる……?)

 どう思われているかわからず不安になるわたしの前で、彼女の指がメモ帳とペン、としてわたしの手を指し示した。

 そうされて、初めて気付いた。

(……あっ! わ、わたしのバカっ)

 わたしの手は、いつもヒトネコになる時は大体身に付けていた肉球グローブに覆われていない。

 チョーカーに仕込まれた機能が阻害しているのは、二本足で立つ事だけなので、手足の先の動きまでは制限されていない。

 だから、やろうと思えばペンを持って字を書くことはできるのだ。

 ペンを使って、わたしの複雑な心境や状況を示すこともできた。

(か、完全に、頭から抜けてた……っ!)

 ヒトネコとしての振る舞いが完全に板についてしまっていて、目の前で大河原さんがペンを使って書いていたにも関わらず、自分もそうすればよいということに全く思い至らなかった。

(ど、どれだけ猫として振る舞うことに慣れちゃってるのよ、わたし……っ)

 自分で自分をぶん殴りたいくらい恥ずかしい。

 大河原さんにどんな風に思われているのだろうか。確かめるのが怖い。

 それでも確かめないのも怖かったので、恐る恐る彼女の顔を見上げてみた。

 ばっちり大河原さんと目が合ってしまい、わたしは益々顔が赤くなるのを感じる。

 すると、大河原さんは笑いでも堪えているのか、口元を片手で押さえた。

 そして空いた手をわたしに伸ばして来て頭に触れてきた。

 躊躇いながらではあったけど、その手を動かして優しく撫でてくれる。

 その手が「大丈夫」と言ってくれているようで、わたしは少し安心した。

 どういう気持ちでいるのかはあいかわらずわからなかったけれど、少なくとも悪感情は持っていないようだ。

「んにゃ……ぁ……」

 拙い手つきであっても、撫でられる気持ちがいいことは変わらない。思わず声が出てしまった。

 大河原さんは相変わらず感情が読みにくい、困っているような笑っているような複雑な表情を浮かべていた。

 そんな大河原さんが続けて何かメモ帳に書こうとした時、部屋の外からかすかに声が聞こえてきた。

「……ギニャーっ」

 しっかりとした作りの扉は、防音性も高い。

 そんな扉を貫通して聞こえてくるということは、相当大きな声をあげている、ということになる。

 気のせいではない証拠に、大河原さんも不思議そうに部屋の外に視線を向けていた。

(いまの声……美里?)

 聞こえてきた声は、猫の叫び声のような声だった。

 いまこの館の中で猫みたいな悲鳴をあげるとしたら、わたし以外だと美里しかありえない。

 わたしと大河原さんは顔を見合わせた。

 大河原さんが立ち上がって部屋の入り口の方に向かい、そしてドアを開いた。

 すると、途端にハッキリと声が聞こえた。

「ンギャーっ! ニャー! ニャァっ、ギャニャーッ!!」

 尋常じゃない叫び声が、結構な大音声で屋敷に響いている。

 はっきり聞こえるようになって確信したけど、やはり美里の叫び声だ。

(なにがあったっていうの!?)

 わたしは大河原さんの部屋を出て、美里の声が聞こえる方向に急いで向かった。

 一拍遅れて動き出した大河原さんが、あっさりわたしを追い抜いて声のする方向へ向かう。

 そうやって声のする方に向かっていると、同じように声を聞きつけたのか、至る所からメイドたちが集まってくる

 わたしは蹴られないように廊下の隅に寄って移動した。

 メイドさんたちがわたしに目を向けていることにも気付いたけど、わたしは気にしないフリをして必死に四つん這いでの移動を続けた。

(美里……っ!)

 相変わらず悲鳴のような啼き声が聞こえ続けている。

 そうしているうちに、メイドさんたちで出来た人だかりが見えてきた。

 どうやら廊下の一角で何かが行われているようだ。

 四つん這いであること、メイドさんたちが足首くらいまであるロングスカートのメイド服を着ているから、密集されてしまうと、ブラインドみたいになってその向こう側が何も見えない。

「んにゃ……っ!」

 もどかしさを感じたわたしは、メイドさんたちの突貫し、足元の隙間を潜り抜けて行った。

 わたしの存在に気付いたメイドさんたちが、悲鳴をあげつつも避けてくれたので、なんとか人垣を超えることができた。

 そうして見えてきたのは、突拍子もない状況だった。


 広い廊下のど真ん中で、ひとりの女の人がしゃがみこんでいる。

 そしてその前で、美里がその人に全身を撫で回されて悶絶していた。


 かなり激しい触り方で、美里は大声をあげて悶えている。

「ニャッ! ニフッ! ンニャーっ!!」

「ーーー、ーーーーーーーー!」

 女の人は楽しそうに何かを言いながら、両手で美里を軽々と弄んでいた。

 その人は、一瞬男の人と見間違うほどに筋骨隆々とした体つきをしていた。

 よく見ると髪も長いし、胸も膨らんでいるし、何より骨格が違うから女の人だとわかったけど、遠目じゃわからないかもしれない。

 格闘技とかレスリングとか、とにかく筋肉が重要なタイプのスポーツ選手だと紹介されたら、納得するような立派な体付きだった。

 顔立ちは天景院さんに奇妙に似ていた。全然タイプが違うのに、関係があるのがわかるというか、血縁の雰囲気を感じる。

 ただ、なんとも目立つというか、非常に濃い顔立ちをしていた。天景院さんが典型的ないいところの婦人という感じだあったのに対し、この人はあまりにも野性味が溢れている。

 そんな体つきや顔立ちに違わず、満面の笑顔を浮かべたその人は、顔と同様に豪快な手つきで、床に転がされた美里の体を撫で回している。

 その遠慮のない、豪快な撫で回し方は、少なくとも女の子の体に触れるときの繊細さはなく、まさしくペットを撫で回すときの、実に豪快なものだった。

 股間や胸にも容赦なく触れているので、さすがの美里も強い刺激と羞恥を感じ、悲鳴をあげて身悶えているのだった。

「フニャーッ!! ニギャァーッ!」

 普段は猫らしい振る舞いを心掛けている美里がーーまあ、それはそれで猫らしい反応といえばそうなのだけどーー本気で嫌がって見目を気にする余裕もなく暴れている。

 けれど、その謎の女傑は美里の抵抗など、まるで意に介していなかった。

 わたしたちからすれば丸太のように太い、筋肉の塊だとわかる腕で、美里のお尻をわっしと掴み、もみもみと音がしそうなほど豪快に揉み解す。

「フギャアアアアアアアアッ!! ニャアアアッ!!」

 美郷がじたばたと手足を暴れさせて女傑を振り払おうとするも、手が胸を打とうが足が股間を蹴り上げようが、全く同時もしない。

 ますます楽しそうな顔をして、美里の全身を撫で回すのみだ。

「ーーー、ーーーーーーーーーーーーっ!」

 女の人が何を呟いているのかは相変わらずわからなかったけど、その手の動きと連動していることで、何を言っているのか大体わかった。

 おそらく「よーし、よしよし」と、人がペットを撫でる時に思わず出るセリフを呟いているのだ。

 動物ずきが高じて構い倒してしまい、結果ペットに嫌われてしまうというのは、ダメな飼い主の話としてよく聞くけれど、まさしくその人はそれを美里にやってしまっているのだった。

 ヒトネコの美里であっても、それだけ豪快に撫で回されれば耐えるのにも限界がある。

「ニギャっ……! フシャーッ!!」

 そしてとうとう耐えかねた美里が、女性の腕に思いっきり噛み付いた。

 見てる方が痛い勢いで、周りで見ていたわたしやメイドさんたちも思わず息を呑んだくらいだった。

 人体でもっとも硬い部分が歯である。

 顎の力はそれほどではないけれど、本気で噛めば相当痛いし、肉が抉れ、噛みちぎられることだってありうる。

 いまの美里が出来る最大の抵抗であったことは間違いない。

 だが、その女性は全く気にした様子を見せなかった。痛がる様子すらない。

 歯が立たない、というのはまさにこのこと、というように、食いつかれた部分に血すら滲んでいないようだ。

 いくらなんでも普通の人間の皮膚なら、服越しであっても全く無傷というわけにはいかないだろうから、その人の着ている服が防刃なのかもしれない。

 というか、そうでなかったら人外だ。

 腕に思いっきり噛みつかれても、「やんちゃな猫だなぁ」とばかりに余裕綽綽で女性は笑っていた。

 美里にとっては、恐怖以外の何者でもないだろう。

「にゃぎゃーっ!!」

 ますます悲鳴をあげて暴れる美里。

 ますます調子に乗って撫で摩る女傑。

(た、助けなくちゃ……っ!)

 わたしはそう思ったものの、いま動いて女の人の注意を引いていいものか、動くことを躊躇してしまった。

 いま間に入っていったら、間違いなく女の人は今度はわたしに狙いを定めてくるだろう。それは目に見えている。

 わたしに対象が移れば、美里は助けられるだろうが、それは代わりに自分が犠牲になるということだ。

 そしてそれは正直避けたい

 あんな手加減知らずの豪腕で、美里と同じように撫で回されたら、わたしの乳房はもぎ取られてしまいかねない。そんなことを思ってしまうほど、女の人の撫で摩り方には容赦がなかった。

 それを考えると、軽々に助けに入ることができない。メイドさんたちも止めようとはしてくれていたけど、女の人はかなり偉い人らしく、夢中になっているその人が止まる様子はなかった。

 やがて騒いで啼いて力を使い果たした美里が、ぐったりする。

 それをどう解釈したのか知らないけど、女の人はとても満足そうにワシワシと美里の頭を撫でーーメイドさんたちの人垣が真っ二つに割れた。

 空いたスペースに走り込んできたのは、天景院さんだ。おしとやかな様子はどこかに投げ捨て、美里を抱える女の人の側に立ったかと思うと。

 女の人の脳天に鋭いチョップを叩き込んだ。

 ものすごい音がした。

「ーっーーーーーっ!!」

 頭を抑え、蹲る女傑。

 その手から解放された美里は、即座に体を回転させてゴロゴロと床を転がって女の人から距離を取った。

 そして駆け出そうとして、わたしの姿を認めると、一目散に逃げて来てわたしの背に隠れる。

 涙目でぶるぶる震えておいて、本気で女の人を嫌がっている猫になっていた。

 その女の人が、頭を片手で押さえながらこちらを見た。

「ーーーーーーーーー!」

 そして物凄くいい笑顔になった。嫌な予感しかしない。

 蹲っていた女の人が立ち上がる。

 すると、その巨躯の全貌が明らかになった。わたしたちが四つん這いの視点だから余計にかもしれないけど、とにかく大きい。

 山のように聳え立つ女の人を見上げることしかできない。

 その人が一歩こちらに踏み込んでくると、やわらかな床の上で靴も履いていないのに、ずしんと床が揺れたような気がした。

「にぎゃぁ……」

 思わず変な声が出る。女の人から目が離せない。

 蛇に睨まれた蛙というのは、こういう気分なのだろう。

 女の人が、さらにこちらに近付いてこようとしてーー天景院さんの鋭い手刀が脇腹に減り込んだ。

「ーーっ」

 女の人はすごい顔をして脇腹を抑え、再び蹲る。

 二回りも大きさの違う相手を、的確に制した天景院さんは、わたしたちに向けて両手を合わせて謝罪の意思を示してくれた。

 どうやら、その女の人のことは天景院さんのプランにもなかったみたいだ。

 そして、天景院さんはその大柄な女の人の耳を掴むと、悲鳴をあげる女の人を無視してずるずると引き摺っていく。

 どうやら話をつけてくれるみたいだ。

 突如襲来した台風が一瞬で色んなものを吹き飛ばしながら通り過ぎていったような、そんななんともいえない気持ちでいると、背中に誰かがどしんとのしかかってきた。

「ぐぅ、にゃあ……っ」

 思わず呻きつつ、そののしかかってきた誰かの重さを支える。

 誰か、といったけど、こんなことをしてくる相手の心当たりは一人しかいない。

 わたしの影に隠れていた美里だ。背中にのしかかってきて、首に腕を回し

ぎゅーっと力を込めて抱きついてきている。裸の肌と肌が擦れ合って恥ずかしい。

 よっぽどさっきの女の人が怖かったのか、すりすりと顔を擦り付けてきて離れようとしない。

(んん……っ、気持ちはわかるけど……状況、わかってる!?)

 騒動に集まってきたメイドさんの一部は、天景院さんたちに付いて行ったけれど、ほとんどのメイドさんはまだこの場に残っていた

 彼女たちの目からは、ほぼ裸の女子ふたりが絡み合っている光景にしか見えないはずだった。

 顔を赤くしつつも、こちらのことをちらちらと見ているメイドさんもいる。

 わたしは恥ずかしい思いをしつつ、美里を振り払うわけにもいかず、そのまま美里を引き摺って自分たちの部屋へと戻ることにした。

 幸い、そんなに離れていないようだ。

「にゃあん、にゃおんっ♡」

 あの女の人から解放されて安心したのか、すりすりとしきりに体を擦り付けてきながら、嬉しげに啼く美里。

 その体はじっとりと汗ばんでいて、肌と肌が擦れ合う感覚が妙に強調されてしまっていた。

 美里の体は散々暴れたあとだからか熱を持っていて、肌越しにそれが伝わってきて、妙に心地いい。

(う〜……人の気も知らないで……っ)

 勝手に独りで出て行ったくせにこういう時はすり寄ってくる美里に、わたしは少々呆れつつ、触れてくる体の気持ちよさを感じながら、部屋へと戻る。

(それにしても……あの人は結局誰だったんだろう?)

 妙に天景院さんと似ていたあの女傑は何者だったのか。

 わたしは少し気にしながら、自分たちの部屋へと戻るのだった。


つづく




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