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夜空さくら
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ヒトネコライフ!6


 謎の女傑さんとの、とんだバタバタした騒動の後。

 自分たちの部屋に戻ったわたしたちがのんびりと過ごしていると、天景院さんと謎の女傑さんが部屋にやって来た。

 天景院さんは例のマイクを使って、人の言葉でわたしたちにその女傑さんを紹介しに来てくれたのだ。

『――と、いうわけで。私の妹の天景院奈津樹よ。期間中に戻ってくるか分からなかったから説明をしてなかったのだけど、結果として説明不足になってしまったことを謝るわ。ごめんなさい』

 床に正座し、頭を下げる天景院さん。

 天景院さんと並ぶと確かに血縁は感じるけど、あまりにも受ける印象が違いすぎる謎の女傑――妹さんはなんとも豪快に笑っていた。

 マイクを持っているわけじゃないのに、声が大きいから普通に声が聞こえてくる。

『だってお姉ちゃんがヒトネコを飼うなんていうから! これはもう何を捨ておいても帰国せねばと馳せ参じたのさ!』

 その判断は正解だった、とわたしと美里を見て妹さんは頷く。

『こんなヒトネコの逸材中の逸材を飼うだなんて! うん、さすがはお姉ちゃんだ! とても素晴らしい!』

 とても豪快なその人に対し、天景院さんは頭を抱えている。

『……奈津樹は見てのとおり……体験してもらったとおり、かしら? 重度の動物好きでね……もー、とにかく豪快なもんだから動物に懐かれなくって、ペットとの触れ合いに飢えてるのよ』

 それはなんとなくわかる。美里の噛み付きにも一切動じなかったあたり、普通の犬や猫はあの迫られ方をしたら怖いだろう。

『アタシに怯えないで飼える動物を世界中探し回ってるんだけどねぇ……残念ながら、ライオンでもダメだったよ。逃げられちゃって』

 この人は本当に人間なのだろうか。まずライオンって飼えるものだっけ。

 わたしはまだこの人に何もされていないけど、ちょっと怖くなってきた。

 本人は全く気にしていないようで、相変わらず女の人にしては豪快に笑う。

『はっはっはっ! なつきなのに懐かれないっていうのは皮肉だよなぁ。まあ、嫌がる姿も可愛いのだけど!』

 鬼か。

(嫌われるのも当然なんじゃ……)

 天景院さんが頭を抱える理由もわかるというものである。

『……まあ、見てのとおり丈夫な子だから、存分に噛みついたり引っ掻いたりしてもいいわ。私がいるときは鉄拳で制裁するし』

 何気にこの人に通じる鉄拳を繰り出せる天景院さんも、人を逸脱している気がしてきた。

『ひどいなぁお姉ちゃん! まあいいさ! アタシは動物が好きだが、ヒトイヌやヒトネコは違う意味でも大好きなんだ! 特にミサのああいうつれない態度は、とても猫らしく愛らしくて素晴らしい!』

 そういって妹さんが見上げる先。

 人間用の大きさをしたキャットタワーの一番上に、美里はいた。

 美里は奈津樹さんが部屋に現れた時点で、そこに駆け上がって避難していた。

(いつも思うけど……美里は猫みたいに俊敏ねぇ)

 もちろん、キャットタワーは人間のわたしたちが安全に昇れるように造られてはいるのだけど、それを差し引いても美里の動きは見事だった。

 ただ、こうなってみると、天景院さんは元から妹さんからの避難場所として、キャットタワーを用意していたのかもしれないと思えて来た。

 わたしや美里用に造られたキャットタワーは、普通のメイドさんや天景院さんなら頑張れば昇れてしまうが、妹さんの体格ではとても昇れないからだ。

 そう考えると、キャットタワーは単なるディスプレイではなく、とても有用である。

 さっそく避難場所として活用している美里は、一番上の暖から妹さんを睨み付けていた。

「フーッ!」

 全力で奈津樹さんを拒否っている美里。

 基本的には誰とでも仲良くできる美里が、ここまで全身で拒否反応を示すのは初めてかもしれない。ちょっと珍しいものを見てしまった。

 そんな呑気なことを考えていたら。

『ミヤもよろしくな!』

 いきなり頭を鷲掴みに――本人的には撫でているつもりなのだろうけど――されて思わず硬直してしまった。

(お、大きい……っ!)

 奈津樹さんの手は女性にしてはかなり大きく、わたしの頭を軽々と鷲掴みに出来ていた。

 なるほど、これはほとんどの動物に怯えられても仕方ない。

 せめて手の平で撫でればまだいいのに、指をかっと開いて掴むものだから、威圧感が半端なかった。

 その上、ぐわしぐわしと、力いっぱい撫でまわされる。

「ににゃあああッ!」

 首が捥げるかと思った。思わず悲鳴をあげる。

『あんたは何を聞いていたの! 加減しなさいこのお馬鹿ッ!』

 また天景院さんの手刀が炸裂したらしい。

 わたしの頭を撫でていた奈津樹さんの手が離れて行った。

 くらくらする視界に、奈津樹さんが頭を抑えている姿が映った。

『お、おねえちゃん……わりと、本気で痛いんだけど……』

『痛くしているんだから当然でしょう』

 天景院さんはそう妹さんを突き放すと、わたしたちに向けて改めて頭を下げた。

『本当にごめんなさいね。奈津樹にはふたりの許可なしに触れるなともう一度言い聞かせておくわ。もし何かあったら、いつでも私に示して頂戴。本気で折檻するから』

 にこやかながらとても恐ろしいことを口にした気がする。

『ふたりがどうしても受け入れられないというなら、出禁にするけれど』

『そりゃないよ! お姉ちゃん!』

『あなたがいつまで経っても加減を覚えないのが悪いんでしょうが。……追い出す?』

 奈津樹さんにはつれなく言い捨て、天景院さんがわたしたちの反応を窺う。

 わたしはどうしたものかとキャットタワー上の美里を見上げた。

 美里は実になんとも不服そうな顔をしつつも、首を左右に振ってみせた。

(奈津樹さんは嫌いだけど追い出すまではしなくてもいい、ってところかな……まあ、対価を貰いすぎなくらい貰ってるしねぇ)

 正直好きにごろごろするだけであの額はーー向こうから言ってきている金額にせよーーちょっと引け目を感じてしまうものではあった。

 奈津樹さんというイレギュラーくらいは我慢してもいいかなというのが、わたしの感じるところではある。

(こういう風に考えるから、お人よしとか言われるんだろうなぁ……)

 そんな風に自嘲はしたものの、わたしは「追い出す?」と問うてきた天景院さんに向けて首を横に振った。

 そのことに感激したらしい奈津樹さんが両手を広げる。

 あ、嫌な予感。

『ありがとう! ミヤ! ミサ! 改めてよろしくな!』

 逃げかけたわたしだったが、奈津樹さんの両手の方が速かった。

 脇の下に手を入れて持ち上げる、という普通は大人が子供にやるような持ち上げ方をされてしまう。

 それは普通の大人が普通の子供にやるのなら何の問題もない持ち上げ方だったけれど、いまのわたしの格好はヒトネコスタイルで、ほとんど服を身に着けていない状態である。

 両脇に手を突っ込まれて持ち上げられるというのは、両腕を無理やりあげさせられるのと変わらない。

 裸の胸を隠すことが出来なくなり、恥ずかしい体勢に強制的にさせられるということだった。顔が真っ赤に染まるのが自分でわかった。

 持ち上げられた拍子に、胸が上下にぶるんと揺れる。

 その様を奈津樹さんに至近距離からまじまじと見られた。

『おおー。ミヤは立派なものを持ってるなぁ』

「ふぎゃーーっ!!」

 恥ずかしさで悲鳴をあげる。足をバタつかせて暴れるけど、筋骨隆々な奈津樹さんの腕はびくともしなかった。

 余計に乳房が揺れてしまい、恥ずかしい想いをしただけだった。

 笑う奈津樹さんの脇腹に、天景院さんの肘撃ちが入る。

 びくん、と奈津樹さんの全身が震えた。

『ぐほぉっ!? お、おねえちゃ……それは……しゃれに……なら……っ』

 奈津樹さんは呻きながらわたしを床に降ろすと、そのまま地面に崩れ落ちる。

 天景院さんの背後に般若が見えた気がした。

『やっぱりもうちょっと教育的指導が必要なようね? ……ミヤ、ミサ。今日はもう何も予定はないから、ゆっくり休んでてちょうだい。本当に、うちの愚妹が色々ごめんなさいね』

 そういった天景院さんがマイクのスイッチを切り、メイドさんたちに命じて崩れ落ちた奈津樹さんを数人がかりで運ばせて連れていった。

 本当に嵐のような人だった。

(早まったかなぁ……まあ、でも、悪い人ではないみたいだけど)

 普通なら空中に放り出されてもおかしくなかったけれど、奈津樹さんはわたしを床に降ろしてから崩れ落ちた。もし放り出されていたら、いくら床が柔らかいとはいえ、あざくらいは作っていたかもしれない。

 興奮さえしていなければ、一応相手を気遣うことは出来るみたいだ。

 本当に思ってもみなかった存在だったけれど、ヒトネコ生活には割といいスパイスになるかもしれない。

 美里が降りて来て、慰めるように体を擦り付けて来た。わたしに奈津樹さんを押し付けた引け目を感じているのかもしれない。

(ん……いいわよ、美里は気にしなくても)

 わたしは気にしないでいいことを示すため、美里の頭に自分の頭を擦り付けるのだった。



 その後、しばらく部屋で休んでいたら夕食の時間になった。

 夕食はごく普通のーーというには豪華だったけれどーーものだった。

 メイドさんたちが、わたしと美里に一人ずつ付いてくれて、少しずつ食べさせてくれる。

 ほとんど介護みたいなやりとりだったけど、毎度毎度食事のたびに大騒ぎしていたら疲れてしまう。

 メイドさんたちは淡々と作業のようにしてくれたし、特に問題なく夕食を食べることができた。

 昼に食べたお寿司もそうだったけど、高級料亭並みの美味しさで、それだけでも飼われる価値はあるのかもしれない。

 まあ、ヒトネコの格好で普通に食べさせられるというのは、それはそれで恥ずかしいことではあったけれど。

 ともかく、そうして夕食は何事もなく終わった。

 ご飯が済んだら、次は入浴だ。

 本来猫は入浴を嫌がるものではあるけど、当然わたしたちは歓迎である。

(お風呂、かぁ……やっぱりすごいお風呂なのかなぁ)

 どんなふうに入ればいいかは、事前に説明を受けていた。

 いくら猫耳や尻尾がオーバーテクノロジー気味の技術で出来ていると言っても、流石に丸ごと水没して故障しないものではない。何より着けたままじゃちゃんと体や髪が洗えないし。

 そのため、お風呂に入る時だけは、それらの装備は外すことになっていた。装備品にはいくつか予備が用意されていて、常に清潔な状態を保ってくれるみたいだ。

 つまり入浴中は人間に戻ることになるのだけど、あくまでもヒトネコを飼っているということを徹底したい天景院さんは、入浴の方法にも拘っていた。

 事前説明の通りだとすると、正直恥ずかしいが、背に腹は変えられない。色々とすり合わせもしたし、それで我慢するしかなかった。

 入浴の案内をしに来たメイドさんたちに従い、部屋から出てしばらく移動すると、ある分かれ道で美里とは別れた。

 一人一人、個別に風呂場が用意されているのだ。

(まさかこのために個別のお風呂場を用意したわけじゃないとは思うけど……)

 天景院さんレベルの富豪ならありえるかもしれないと思ってしまう。

 とにかく、メイドさんに促されて脱衣所に入ると、その中に奇妙な格好をした人が待っていた。

 ペコリと礼儀正しく頭を下げられたので、反射的にこっちも頭を下げた。

 その人は、全身をラバーで覆われていた。

 頭部にバケツみたいな被り物をしていて、まるでバイオ兵器に対応する特殊部隊な格好だった。その被り物は中が窺えないような素材で出来ていて、表情どころか顔の輪郭すら分からないない。

 ラバースーツは体にぴっちりと張り付いているため、体のラインはハッキリ見えている。それによると女の人であることは間違いないみたいだけど、年齢も何も読み取れなかった。

 その人はいわゆるお風呂番だ。

 何も言わず、身振りだけでわたしを手招きする。

(ここまで徹底しなくても……と思うけど、拘りなんだろうなぁ……)

 この家にいる限り、わたしたちはあくまでもヒトネコとして扱われる。

 必要に応じて向こうの意思をこちらに人の言葉で伝えることはするが、逆にわたしたちが人間の言葉を喋ったり人間らしく行動するのは、緊急時以外固く禁じられているのだ。

(そう考えると……大河原さんと筆談しなかったのは良かったのかも?)

 向こうの書いた内容に対して、頷いたのはギリギリセーフかなと思うけど、手で文字を書いたらそれは完全にアウトだ。

(そういうルール違反に対しては罰を与える、って規定もあったし……気をつけよう)

 改めてそう感じつつ、わたしはお風呂番さんに近づいた。

 お風呂番さんは何も言わないまま、わたしの装備品を外しにかかる。

 まず、頭に固定されていた耳当てが外された。

 普通に音が聞こえるようになったけど、この場には言葉を発することのできないお風呂番さんしかいない。人の言葉が聞こえてくる要素は皆無だった。

(ヒトネコホテルでもそうだったけど、拘りすぎよねぇ)

 それに付き合わされて特殊な装備を身につけさせられているこの人は気の毒だ。完全に仕事でやらされているのではないと思いたい。

 せめてこういうのに理解があったり、性壁だったりする人なら、少しはマシだろうから。

 次に、首のチョーカーが外される。

 一見普通の布製のチョーカーだけど、その内側には金属の首輪が仕込まれている。首を締める目的ではなく、人語抑制機能や四つん這いを強制する機能が付いていた。

 これで喋れるようになったし、立ち上がれるようになった。

 お風呂番さんは続けて、肛門に刺さっている尻尾飾り付きプラグを取り外しにかかった。

 何らかの操作が行われると、お尻の内側で膨らんでいたプラグが萎み、慢性的に感じていた圧迫感が消えた。

 さらにお風呂番さんは細い注入口付きの注射器のようなものを持ち出し、それを使ってローションのような潤滑油をわたしの肛門に塗してきた。

「ん……っ」

 ヒヤリとした感触に思わず声が出る。

 潤滑油がプラグと肛門に馴染みつつ、ゆっくり引き抜かれていく。

 ニュルッとプラグが引き抜かれる感覚は、まるで排便をしているかのようで恥ずかしかったけど、お風呂番さんは淡々と処理してくれた。

 抜き取ったプラグは素早くタオルに包まれ、回収される。

 完全に裸になったわたしは、さっさと入浴を済ませるべく、浴室へと向かった。四つん這いのままで。

 猫耳も尻尾もないのに四つん這いで移動するというのは、恥ずかしさ極まることだったけど、仕方ない。

 そういう装備がなくとも、ヒトネコであることを続けるというのが、制約であり、条件だった。

(こうなってくると、後遺症が心配になってくるわね……)

 小旅行のときでさえ、しばらくは立って歩くことに違和感を覚えたくらいなのだから。

 しかし今はそのことを考えていても仕方ない。

 わたしはお風呂番さんが開けてくれた扉を潜り、浴室内へ入った。

 四つん這いであることも関係しているのかもしれないけど、浴室はかなり広かった。とてもわたしと美里、それぞれに用意されているとは思えない広さだ。

(小さな温泉宿の、浴場くらいの広さはあるわよね……これ)

 流石にこれをわたしたちのためだけに用意したとは思えないし、元々何らかの理由で浴場は複数あるのだろう。

 もう何度目かも分からない天景院さんの富豪っぷりに圧倒されつつ、わたしは洗い場らしきところに移動した。

 後ろからペタペタと音を立てながらお風呂番さんがついてきている。

 そして、壁にかかっていたシャワーヘッドを取ってわたしの側にしゃがみ込むと、そのシャワーをわたしに優しく当ててくれた。

 わたしは掌と膝を突いた四つん這いの姿勢で、前を向いてじっと無心でそれに耐える。

 独り言も禁止されているので、声を上げないように気をつけつつ、体にお湯が流れていくのを感じる。

 自分の体の感覚に集中すると恥ずかしいので、せっせとわたしの体を洗ってくれるお風呂番さんのことを考える。

(ラバースーツ……暑くないのかな……被り物の中に、空気は絶対篭るよね……)

 空調服みたいな機能があったとしても、暑いことには変わりないだろう。

 もしもお風呂番さんが倒れたら、緊急事態ということで人を呼ばないといけなくなる。

 ほぼ全裸でうろついて置いてなんだけど、そんなことにならないように、お風呂番さんには無理はして欲しくないものだ。

 お湯を頭に浴びせられたので、俯いて目を閉じる。ラバーグローブがわたしの頭に触れてきていた。なんだか色んな意味で変な感じだ。頭を誰かに洗ってもらうこと自体、子供の頃を除けば美容院でくらいしかないし、その時はちゃんと服を着ている。それに加えて、ラバーグローブの奇妙な感触。思ったより髪が引っかかったりはしないみたいだった。

 ただ、なんというか、洗われる食器か何かになったようで、なんとも奇妙な感覚であることには違いない。

 髪を洗ってもらったのち、今度は体だ。大きな乳房を揉み洗いされて、思わず声が出そうになった。幸いお風呂番さんは業務的に済ませてくれたので、すぐ終わったけれど。

 それ以上に恥ずかしかったのは、やっぱり股間の洗浄だった。ここはとても重要な場所なので、丁寧に現れたのだけど、スポンジ越しでも人の手がそこに触れるというのは恥ずかしいこと極まりなく、目を瞑って早く終わることを願わずにはいられなかった。

 肛門に触れられた際には、特に念入りに洗われた。

 プラグをずっと挿入していたために少し広がってしまっているような気がしたけれど、幸いそんなことはなかったようだ。まあ、別に拡張が目的なわけじゃないんだし、基本的に括約筋自体には影響を与えない構造になっているはずだから、大丈夫だとは思っていたけど。

 全身が念入りに洗われて、さっぱりした。

 裸で行動していても、やはり汗や何かは色々溜まるようだ。

 お風呂番さんが湯船の方を指差し、手を振る。多分「いってらっしゃい」、ということだと解釈したわたしは、広い湯船に向かった。

 みた感じ旅館の大浴場みたいな感じで段階的に深くなっているようだったけど、頭から突っ込む勇気は出なかったので、お尻を向けて恐る恐る足から入っていった。

 そうしてゆっくりと全身を暖かなお湯に浸していき、ホッとする。

 最初は湯船の中でも四つん這いに近い体勢だったけど、流石に寛げないので体を反転させ、普通に浸かるような体勢になった。

(まあ、湯船の中でくらいは、いいでしょ……)

「ふぅ……んっ」

 危うく普通に唸りそうになって慌てて口を噤んだ。

 喋るわけじゃないから大丈夫だとは思うけど、油断すると思わず言葉が出そうになる。

(……気が緩まないように注意しないとね)

 美里の方は大丈夫だろうか。

 はしゃいでお風呂番さんに迷惑かけてなければいいけど。

 そんな風に思う。

 なお、わたしが危惧した通り、広い浴場にテンションが上がった美里はいきなり湯船に飛び込むわ、泳ぎ出すわ、洗ってもらう時にも自分から体を擦り付けに行ってお風呂番さんまで泡だらけにするわ、抑制機能もないのに恥ずかしげもなく「ニャーニャー」騒がしく啼くわ、てんやわんやの大騒ぎをしていたらしい。

 わたしたちからは全く分からなかったので後で聞いた話だけど、お風呂番はメイドさんたちの中の特別賞与目当ての希望者が持ち回りでやっていたらしく、わたしの方は「楽な方」、美里の方は「大変な方」とされていたらしい。

 どっちを担当するかはその日のお風呂番の二人がくじで決めていたので、美里の方を引いてしまったメイドさんは膝から崩れ落ちるほどだったとかなんとか。

 そんなことになるとは露知らず、わたしは湯船に浸かって伸び伸びと手足をお湯の中で揺らめかせていた。

「ん〜〜っ」

 気持ちよさに思わず呻いてしまう。なんとも不思議なお湯だった。

 体の疲れが、染み込んでくる先から癒されていくようだ。

(もしかすると本当に……何らかの成分が含まれているとか? ありそう)

 薬湯、みたいな感じで疲労回復とかそういう効能があっても驚かない。

 湯船の中で十分温まったのち、わたしは脱衣所へと戻った。

 入り口ではお風呂番さんが待っていてくれて、大きなバスタオルで包み込むようにして体を拭いてくれた。まさしくペットになった気分だったけど、柔らかくていい匂いのするバスタオルだったので、悪くない気分だった。

 しっかり水気を拭かれた後、鏡の前の椅子に座らされた。普通に座っていのか少し迷ったけど、頭を重点的に拭かれ出したので、問題ないようだった。

(確かに四つん這いのままじゃ、頭はちょっと拭きづらいものね)

 髪の毛をしっかりとブローされて乾かすと、何やら高級そうなクリームのようなもので手入れされ、顔にも保湿クリームのようなものを塗られ、手足の爪を丁寧に磨かれ、念入りに手入れされた。

 裸であることを除けば、お姫様かお嬢様みたいな扱いだ。

 全身が光り輝いているのかと思うほどきれいにメンテナンスされた後で、再び元のようにヒトネコの装備を身につけさせられる。

 ヒトネコの装備も元から綺麗だったけど、手入れが行き届いた新品同然のものを身につけさせられ、わたしは再びヒトネコになる。

 無事に入浴を終えたわたしは、感謝の意味も込めてお風呂番さんに向けて「にゃ、にゃあ」と啼いた。恥ずかしくて少し声がかすれてしまったけれど。

 お風呂番さんはやはり無言のまま、ペコリと頭を下げてくれた。

 すっきりした体で脱衣所を出ると、ここまで案内してくれたメイドさんが待っていて、部屋まで誘導してくれた。

 部屋に戻ると、まだ美里は戻ってきていなかった。この時のわたしは知らなかったけど、入浴初日だということもあって全力で暴れまわっていて、時間がかかっていたのである。

(後は寝るだけ……ということは)

 わたしを案内してくれていたメイドさんが、何やら布切れのようなものを持ってわたしの前にしゃがみ込む。

「ーー、ーーーーーーーーーーーーー」

 何か言いながら見せてくれたその布切れ。

 それは、ブラジャーだった。デザインに猫が取り入れられている少し可愛すぎるデザインだ。

 寝るときにはそれを身につけることになっていた。

(胸の垂れまで気を使ってくれるのは嬉しいけれど……)

 特にわたしの胸は人並みより大きなものなので、寝るときにはきちんと下着を着けた方がいいとはされていた。

(寝る時も着けるのは苦しくてあまり好きじゃないのよね……)

 特に今の生活スタイルだと、日中はノーブラで開放感溢れすぎる格好なのに、夜の方が窮屈というのは色々逆転してしまっているような気がする。

(……仕方ないけど)

 観念して、メイドさんに就寝時用のブラを着けてもらった。

 メイドさんが少し羨ましそうにしていたのが、逆に恥ずかしかった。

 わたしにブラジャーを着せてくれたメイドさんは、それで役割を終え、部屋から出て行った。

 一人残されたわたしは、美里が戻ってきていないことと、まだ眠気が来ていなかったこともあり、どうしたものかと悩む。

(あ……そうだ)

 そのことを思い出すと同時に、急にその衝動が高まる。

 わたしは慌てて起き上がり、その扉の方へ向かう。


 『おトイレ』というプレートが掲げられたその場所へと。


つづく






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