ヒトネコライフ!13
Added 2020-07-31 13:06:00 +0000 UTC天景院さんの屋敷でヒトネコライフが始まってから、早くも十日ほどが経っていた。
大学の友人である丹羽さんや大河原さんとの思わぬ遭遇や、奈津樹さんの襲来、飼い主である天景院さんとのじゃれ合いなど、様々な出来事がありつつも、わたしと美里のヒトネコライフは、特に大きな問題はないまま続いていた。
普段、ヒトネコは特に何もすることがない。美里と一緒に遊んだり探検したりするのが主な日課だったけど、今日は美里はお眠の日らしく、部屋のクッションスペースでくうくう寝こけていた。
こういうとき、無理に起こすと機嫌が悪くなることを知っているので、わたしは久しぶりに一人で屋敷内の散歩に出掛けた。
(ちょうど良いから、調度品巡りでもしようかな……)
超のつくお金持ちである天景院さんの屋敷には、美術館みたいに素晴らしい調度品の数々が設置されている。
美里はそう言ったものに全く興味がないので素通りするだけだったけど、個人的にはもうちょっとじっくりみてみたかったのだ。
(美里が寝ている今がチャンスよね)
興味を持っていない美里を連れ回すのも申し訳ないので、一人で行動できる今日、調度品を見て回ることにした。
ヒトネコ用の扉を潜り、廊下に出たわたしは、慎重に周囲の状況を確認しつつ、廊下を歩き出す。
今日もいつもと変わらないヒトネコスタイルなので、誰かに見られるとやっぱり恥ずかしい。
十日もこんな格好でうろついて置いてまだ恥ずかしいのかと思われるかもしれないけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだから仕方ない。
とはいえ、流石に最初の頃のような、恐る恐ると言った足取りでは流石に無くなっていた。普通の人がゆっくり歩く程度のスピードで四肢を動かし、廊下を進んでいく。
廊下を進んでいると、不意に前方から声が聞こえてきた。
「ーーーーー」
「ーー、ーーーー」
「ーーーー、ーーーーーーー……」
どうやらメイドさんたちが話しているようだ。
特別な耳当てをつけているわたしの耳には、彼女たちの声が理解不能な音として聞こえるので、何を話しているかまではわからない。
(ど、どうしよう……)
引き返すべきかどうか迷ったけど、迷っている間にメイドさんたちの方から近づいて来てしまった。どうやら歩きながら喋っていたようだ。
現れたメイドさんは三人。それぞれ何か荷物のようなものを持っていた。何かを運ぶ最中のようだ。
わたしは思わず体を丸め、廊下の端に寄ってこっちに向かってくるメイドさんたちから距離を取る。
隠れているわけじゃないから、三人はすぐにわたしのことを見つけた。
「あ……っ」
思わず声を出してしまった。三人のメイドさんのうち、一人が大学の知人である丹羽さんだったからだ。
相変わらず読めない表情をしている丹羽さん。その視線はなんというか無機質で、向けられると思わず怯んでしまう。
丹羽さんと一緒にいたふたりが、丹羽さんに向けて何かをいう。丹羽さんは淡々と答えているように見えた。こっちをチラチラみながら話すのはやめてほしい。
(な、何を言われてるんだろ……気になるけど……ええい……っ)
気にはなるけど、気にしても仕方ない。わたしはなるべく目立たないように体を縮めつつ、三人の横を通って先へと進む。
視線が追いかけてきているのがわかって、思わず顔が赤くなる。それでもなんとか堪えてわたしは廊下の曲がり角を曲がって逃げた。
三人からの視線が切れてからもしばらくその場所にいたけれど、三人はやはり何かを喋りながら遠ざかって行く。
(声からは……特に何も感じられなかったけど……うぅ、なんて言われてるんだろう……大学の知り合いとかそういうことはもう話したのかな……?)
理解不能な音に変えられていても、声から得られる情報は多い。不機嫌そうか、上機嫌なのか、元気があるのか、声に張りがないのか。
そう言ったことを考えると、特に不愉快に感じていたり、不機嫌だったりする様子はなかったけど、細かくどんなことを話していたかはわからない。
特に丹羽さんは表情も声音も淡々としていて、そう言った情報を読み取りにくい方だった。
(ほかの二人の声は普通に賑やかだったというか……楽しそうな感じだったけど……)
ヒトネコになるような変態と知り合いなのか、とからかわれていたのかもしれない。
細かなニュアンスまではわからないのだ。
(気にしても、仕方ないんだけどね……)
わたしは溜め息を吐く。急病とかそう言ったイレギュラーが起こらない限り、ヒトネコライフはまだまだ続くことになっている。普通に話すことができる時間は用意されていないので、誰にどう思われていようと日程が終了するまではどうあれ耐えるしかないのだ。
(でも、丹羽さんがわたしたちのことをどう思っているのかは、気になるなぁ)
せめて何かしらの反応を見られれば違ってくるのだけど。
わたしは調度品巡りを始めつつ、どうしたものかと悩んでいた。
しばらく調度品を見て回る。屋敷の雰囲気を崩さない程度にさりげなく置かれた調度品の数々は、どれも素晴らしいものだった。
別に目利きができる訳じゃないのだけど、そんなわたしでもなんとなくすごいものを感じる調度品ばかりだったのだ。
(すごいなぁ……)
霊峰らしき霧に包まれた山を描いた作品を見上げつつ、わたしはそう思った。値段にすれば数千万はするんじゃないかというほどの見事な作品に、圧倒されるしかない。四つん這いで見上げているから余計にそう感じるのかもしれないけれど。
いずれにしてもそう言った素晴らしい作品をタダで見れるなんてラッキーだ。
問題は、美術館みたいに順路がある訳ではないから、調度品巡りをしたいのに同じ場所をぐるぐる回ってしまうということだった。
さっきも見た絵の前にまた出てしまう。
(探検みたいで面白いんだけどねぇ)
変に生真面目なわたしは、マッピングしながら完璧に進みたくなってしまう。けれどわたしはそんなに空間把握能力が高くなく、頭の中だけで覚え切るのには限界があった。
(そもそも……この屋敷が広すぎるのよね)
中庭から見た限りでは、少なくとも二階建てなのは間違いない。
今のところわたしたちの活動範囲は大体一階部分だけだった。
天景院さんの私室も一階にあったし、二階に何があるのかはほとんど把握できていない。
(二階に続く階段も見た覚えがないんだよね……)
考えてみればおかしな話だ。
偶然見つけられていないにしては、結構動き回った上で見てないから、意図的に隠されている可能性もある。
それはある意味わかっていたことというか、いくら自由に動き回って良いとはいえ、見られたり触られたりしたら困るものもあるだろう。
最初からいけないようにしておけば、こちらの自発的な配慮に依存する必要がない訳だし、おそらく二階部分にそういったものを移動させているのだと考えられた。
(そう考えると、二階に上がる階段はむしろ探さない方がいいってことよねぇ……ん?)
そんなことをつらつら考えながら歩いていたら、歩いた覚えのない場所にわたしはいた。周囲を見回してみるけど、同じような部屋がいくつも続いている廊下で、はっきりとした目印がない。
(あれ? しまった。ここどこかしら……)
把握力に自信はないとはいえ、一応迷わないように気を付けていたのだけど、どうやらその甲斐なく迷ってしまったようだ。
よりによって周囲にメイドさんの気配もない。静けさが満ちている。
「にゃ、にゃー……」
なんだかホラーゲームの中に入ってしまったような不気味さがあって、思わず啼いてしまった。
本気で啼けば声を聞きつけたメイドさんが一人くらい来てくれそうだけど、迷子になって啼くというのは、子供がするそれと意味が違うとはいえ少々恥ずかしい。
(見覚えのある場所まで出られれば良いんだけど……)
そう思ってわたしは静かな廊下をさらに先に進んでいった。
そうして進んで行った先に、わたしは二階へと続く階段を見つけてしまう。
(あれ……? 普通にあった……)
土足厳禁な絨毯は階段にも続いているし、上に昇っても良い、ということなのだろう。
わたしはてっきり上がれないようにしているはずという予想が外れて、少し残念なような気もしつつ、その階段に手をーー前脚をかける。
(行っていいなら、行ってみたいもんね)
平面的な移動には慣れてきていたけど、立体的な動きにはまだ慣れているとは言い難い。部屋にキャットタワーはあるものの、あれを利用する気にはなれなかった。
段差に手をかけ足をかけ、慎重に登っていく。階段は少し幅が広く、四つん這いでもそんなに上がりにくくはなかった。
(流石に階段まで掛け替えてはいないだろうし……元々こういう造りだったのかしら?)
わたしは階段を二階へと上がった。
二階も一階と同じように、同じようなドアがいくつも並んだ部屋が続いている。
(ほんと……どんな大豪邸なのかしらね、ここ)
わかってはいたけど、改めてすごい人と関係を持ってしまったと思う。
もしこのまま飼い続けたいと天景院さんに言われたらどうしようか。
(いえ……流石にないわよね)
いくら大富豪であろうと、現代日本で相手の意思を無視して人間を飼育するようなことはできないはず。同意があれば話は別かもしれないけど、今は良くてもわたしや美里だって必ず老いるのだし、ずっとヒトネコとして飼われるわけにはいかない。
そう考えると、こうして期間限定でヒトネコとして可愛がられているのは得難い経験ということになるのかもしれない。
(おかげで貯蓄という意味では普通の人よりずっと楽になるしね……ありがたいことに)
そんなことを考えてしまっている自分を自覚し、わたしはため息を吐いた。
(今は将来のことを考えるのはやめよう……)
将来への漠然とした不安はあるけれど、今はそれに捉えられていたらもったいない。
ヒトネコとして楽しもうと、わたしは二階の廊下を進んでいく。
二階にも様々な調度品が置かれていて、わたしの知的好奇心を楽しませてくれた。相変わらずすごく高価そうなものばっかりだったけど。
そうしてしばらく進んでいると、不意にヒトネコ用の扉が付いている部屋を見つけた。
メイドさんの私室とか、プライベートの場所には入れないようになっているはずなので、ヒトネコ用の扉があるということは、ここは入っていい場所のはずだった。
(何が置いてあるんだろ……)
ワクワクしながら、わたしはヒトネコ用の扉を押し開けて部屋の中へと入っていった。
そこは、薄暗い部屋だった。
窓はあるはずだけど、きっちり遮光カーテンが引かれているのか、日の光らしきものは全く入ってきていない。
代わりに部屋の灯りは煌々と点いている。ただ、部屋全体を照らすのではなく、部屋の一部をピンポイントで照らしているみたいだった。
だから、その光の集まるところに最初に視線が吸い寄せられたのは、必然だった。
部屋の中心。
ステージのように用意されたその作業台の上に、光は集中していた。
そのスポットライトに照らされているかのような、作業台の上には。
全身真っ黒な何かが蠢いていた。
それが生きている人間だと察してしまったわたしは、思わず息を飲む。
「ひぅ……っ!?」
それが厳重な拘束を施された人間だと理解できたのは、あのお店でもたまにSMショーのようなことはしていたからだ。
わたしはそのショー自体には参加したことはないけれど、お店が営業を終了した後、宣伝広告のためにステージで撮影しているところをみたことはある。
その時にラバースーツや全頭マスクを身につけ、四肢を折り畳んだ状態で拘束されていた人を見ていたから、今日目の前の作業台の上で蠢いている存在が、拘束されている人なのだということを理解できた。
そうでなければ、それが人であるなんて思えなかっただろう。
ある意味一切の拘束がなされていないヒトネコスタイルのわたしとは、対照的なその存在。
全身を黒いラバースーツに包まれている。スーツの分厚さは今までわたしが着てきたどのスーツよりも分厚そうで、柔軟性よりも丈夫さに主眼が置かれているものだ。
体のラインはある程度はっきり出るけれど、明らかに体のラインを出すための服ではなく、その体をラバーで覆うということが目的であるようだった。
その手足を半分に折りたたんで拘束しているのも、分厚いラバーの拘束具で、ハサミですら破らそうにない。金属できっちり補強された革のベルトがその体を締め付けて絞り出していて、常に締め付けているのがわかる。その人がわずかに身動ぎをするたびに拘束具が軋む音が微かに響く。
手の先も一切使えないように、グーの形で固定するグローブのようなものが被せられていた。そのグローブは手首のあたりから始まっていて、一切の余裕がなさそうなので、手首から先を動かすこともできなさそうだ。
首にはわたしや美里が身につけているのとは、まるで話が違う分厚い金属製の首輪が嵌められていて、ラバースーツは決して脱げないようにさせられていた。
折り畳まれた肘と膝の四点で体を支える四つん這いの姿勢は、わたしとあまり変わりはなかったけど、その自由度さは比べものにならない。
四つん這いで垂れ下がっている乳房は、ブラジャーのような形をした金属製の何かが覆っていた。その上で、丸い輪っか状のピアスのようなものが乳首のあたりを貫通している。ピアスには重りのようなものが付いているようだけど、金属のブラジャーが支えているので、乳房がそれの重さで引っ張られるということはなさそうだ。
股間は金属の何かで覆われている。多分貞操帯と呼ばれる類のものだ。何かのコードやチューブのようなものがそこからは伸びていて、作業台の側におかれた機械に繋がっている。
肘と膝は作業台に直接繋がっているようで、固定されていた。わたしと違って四つん這いでも動けないし、足を閉じたり腕を動かしたりと行った自由もなさそうだ。
そして頭部。全頭マスク以外にも様々な道具が装着されていて、口や鼻からは長い管が伸びていた。口枷によって口を開いた状態で固定されているらしく、呻き声しか聞こえない。
目の前部分にも分厚いベルトのような目隠しが巻かれているし、耳にはわたしや美里がつけているような耳当てが取り付けられている。
おそらく何も見えないだろうし、何も聞こえていないはず。口や鼻に管が刺さっているから、嗅げないし味も感じないだろう。見た目からして声も出せないし、体が徹底的に覆われているからわずかな空気の動きも感じられていないかもしれない。
自由の全てを奪われた状態で、その人は作業台の上で拘束されていた。
わたしは心臓がドクンドクンと激しく高鳴るのを感じる。
(こ、これって一体……?)
恐る恐る近づいてみる。作業台の側まで行っても、その人はわたしの存在に気付いていないようだった。
近づいてもその人の声は聞こえてこなかった。呻き声らしきものはしているけど、彼女に繋げられた機械が動く音でかき消されている。
彼女のことを見ていたわたしはふと、作業台の端にネームプレートのようなものがかけられていることに気づいた。
(もしかしてこれってこの人の名、前……っ!?)
そのプレートに書かれている名前を認識して、わたしは目を剥いて驚いた。
なぜならそのネームプレートに書かれていた名前は。
大河原留衣、という名前だったからだ。
メイドとして働いているはずの大河原さんが、なぜこんなところで、こんな姿に。
そんな考えに頭の中がいっぱいになってしまったわたしは、自分の背後に複数の人間が立っていることに気付けなかった。
つづく