ヒトネコライフ!17
Added 2020-08-17 14:38:20 +0000 UTC天景院志津久、といえばヒトネコ愛好家の中で知らない者はほとんどいないほどの知名度を誇っている。
ヒトネコあるところに天景院の名前ありーーとは愛好家の間で言われる冗談であるが、実際ヒトネコが関係しているイベントや施設には、必ずと言っていいほど彼女の名前が出資者として連ねられている。
それだけなら他に全くいないわけではない。彼女が有名になった理由は、彼女がその出資者という立場をほとんど利用しないことにあった。
天景院には『ヒトネコは自由であるべき』という信念があり、忖度を嫌い、イベントへの参加や施設の利用の際にはあくまでも一利用者として、ヒトネコ側に何かを求めることはなかった。
愛好家界隈で有名なヒトネコ横丁が、ヒトネコ利用者の自由意志を最大限尊重する形で運営されているのも、最大の出資者の一人である天景院の理念を反映した結果だと言われている。
そして、そんな彼女だからこそ、『天景院が出資している』ということが、ヒトネコ側にとって都合のいいイベントや施設であるという証明のようになっていた。
人呼んで『天景院ブランド』という。
ヒトネコ界隈にそれだけの影響力を発揮しつつも、天景院志津久本人はほとんど表に出てこない。そのミステリアスな存在も相なって彼女はヒトネコ界隈で半ば伝説として語られているのだ。
そんな天景院志津久が主催するヒトネコパーティ。
どんな内容なのか。どれほど質のいいヒトネコが参加するのか。
愛好家たちの注目を浴びない方が難しい。
数多くの愛好家たちが、パーティに参加するべく名乗りをあげたのだ。
その日、ホテルから出たオレを待っていたのは、黒塗りのリムジンだった。
(わかっちゃいたけど、やべえなまじで……)
住んでいるところの関係上、前泊するしかなかったのだが、こんなことなら変に遠慮せずホテルも工面してもらえばよかったと後悔した。
ただの格安ビジネスホテルにリムジンで迎えに来るなんて、イヤガラセ一歩手前である。送迎用の車を回すとは聞いていたが、まさかリムジンで来るなんて思わないじゃないか。
めっちゃ目立っている。
さらにリムジンの中からメイドが出てきて、オレに向かって一礼するものだから、注目度は恐ろしい程だった。
「阿久津光生様ですね。天景院家のものです。お迎えにあがりました」
「あ、はい」
それ以外なんと答えれば良かったのか。
あれよあれよと荷物を預かってもらい、オレはリムジンに乗り込む。
やばいくらいに豪勢な座席に逆に座り心地が悪く感じつつ、オレが腰を落ち着けると、別の扉から乗り込んできたメイドさんが目の前に腰掛けた。
「それではこれより天景院家の屋敷に向かいます。お飲み物や軽食などもお出しできますので、阿久津様も何かあればご遠慮なくおっしゃってください」
そうメイドさんが告げた後、リムジンは滑るように走り出した。
一般人のオレにはすでにキャパオーバーな状況なのだが、これから向かう先にはいったい何が待っているというのか。
(スーツ着といて良かった……いや、焼け石に水だけどさぁ。いつもの普段着だったらいたたまれなくて帰ってたところだぜ……)
大学院生という立場にあるオレは、本来ならガチガチの資産家である天景院さんの主催するパーティに参加することなんてできない。
しかし今回のパーティはあくまでヒトネコ愛好家のためのパーティらしく、身分や性別、年齢、職業などは一切問われなかった。
ヒトネコ愛好家であれば、最低限の条件はクリアとされたのだ。
ただ、天景院さんには譲れない拘りが一つある。それが『すべてをヒトネコの自由意思に委ねる』こと。
触って欲しくないヒトネコに無理に触るのは当然NGだし、場合によってはヒトネコに全く近づくことも触れることもできないままパーティが終了することも覚悟するべしと、くどいほど念押しされていた。
数度にわたる面談と精神鑑定まがいのテストを受けさせられ、ようやくたどり着けたというわけだ。
(そもそも参加費もべらぼうに高かったしなぁ……ふるいはその段階からかけられてたんだよなぁ……)
上流階級のパーティになんか参加したことがないから、どれくらいが相場なのかは正直知らなかったが、とにかく高かった。
条件付きでヒトネコ参加も可能だったが、そちらはまあ普通に送迎代とパーティでの飲食代金くらいなのだろうな、という程度だったのに対し、普通の参加者としては相当高かった。
基本的に無趣味で金を生活費以外に使わないオレは、蓄えがあったからなんとか出せたが、一般人にとっては遠い外国に旅行に行くくらいには考えないといけない金額だったのだ。
オレは色んな意味で海外旅行に行くつもりで支払ったが、大体の一般人はあの参加費を見た時点で諦めただろう。
(正直、立場や職業は問わないと言いつつ、貧乏人や一般人は最初から除外するつもりなのかと思ったけど……)
オレがこうして招かれている時点で、そういうわけではなかったようだ。
そうなるとオレが選ばれた理由というのが気になる。
(……まさかと思うが、この子が原因なのか?)
リムジンが走り出してしばらく。
無言でいたオレは、それとなく真横に視線を向けた。
そう、実はこのリムジン内にはオレ以外にももう一人乗客がいた。ただ、その子のことをどう考えたものか、本気でオレは悩んでいた。
見るからにオレ以上にソワソワしている女の子。
その女の子は、セーラー服を身につけていた。
(コスプレじゃなかったとしたら、リアルJKってことになるんだが……)
流石に十八歳以下の子を、明らかな十八禁のイベントに参加させるわけはないだろうから、最低限、十八歳より上だとは思うのだが。
オレは何か読み取れはしないかと、その女の子の様子を密かに観察した。
背はそんなに高くない。座っているから定かではないが百八十五センチあるオレの肩くらいまでだから、ざっくり百五十センチから百六十センチだろうか。
体の発育はまあ普通な感じ。貧乳でもないが目立って巨乳というわけでもない。制服の上から見た判断だから、もしかすると隠れ巨乳だったり貧乳を盛ってるかもしれないが、とりあえず普通だ。
華奢な体つきはいかにも女の子って感じで、守ってやりたくなる感じがする。垂れ目がちでおっとりタイプなのもそれを拍車をかけている。
肩くらいで切りそろえられた髪の毛は日本人らしい黒髪で、染めたり巻いたりしていない真面目そうな印象を受けた。
(……少なくともこの車で送迎されてるってことは、参加者の一人ではあるんだよな)
おそらくだが、今回のパーティで一般人と言える人間はオレと彼女だけなのだろう。普通は、こういう送迎では知り合いの場合を除いて個別にするものだ。
そして、天景院さんの資金力を考えれば、個別に用意できないわけがない。
(つまりこれは……そういう気遣い、なんだろうなぁ)
要するに『他の参加者とは住む世界が違いすぎて気遅れするだろうし、一般人同士仲良くなれる機会があった方が、その後のパーティを楽しめるだろう』という天景院さんの気遣い、深謀遠慮。
よく言えば「お節介」で、悪く言えば「不要な気回し」、人によっては「大きなお世話」、だ。
(まあ、実際パーティの間ぼっちなのは寂しいしな)
ここで彼女と仲良くなる、そうでなくても面識を持っておくのは悪いことではないだろう。
「あー……話しかけても、いいかな?」
とりあえずまずはそう声をかける。敬語の方がいいかと思ったが、明らかにオレよりは年下だし、年上が丁寧に話しかけたらかえって萎縮させてしまうかもしれない。相手の反応を見て調整して行くつもりで、まずはそう声を開けた。
向こうが拒否するならそれまでだ。ナンパはしたこともないが、一応一定の社交力くらいは身につけている。
「えっ? ……あっ、はい! いいです!」
一瞬自分が話しかけられたとは思わなかったのか、女の子は慌ててそう答えてくれた。
答え方が「話しかけていい」のか「結構です」的な意味なのか、微妙な感じだったが、嫌がっている様子ではなかったので、話を続けた。
「オレは阿久津光生。普段は大学院生やってる普通の男だ。オレもこういう所に参加するのは初めてだから、そんなに硬くならなくてもいいぜ」
この場にいる時点で普通でない気はするが、まあとりあえずそう名乗った。
実際そう名乗るのが一番正確な気もしたし。
女の子はあわあわとわかりやすく慌てた後、名乗った。
「え、えっと……うちは、薮川咲って言いますね……じゃなくて、申します! ふ、普通の高校生、です」
見ればわかる。
とは言え、彼女の言葉を信じるなら、コスプレでもなんちゃってでもなく、ガチの高校生だという。
(……大丈夫なのか?)
別に乱交パーティというわけじゃなくとも、パーティのメインはヒトネコだ。格好にもよるが、十八禁な光景である可能性は非常に高い。
オレは思わず正面に座っているメイドさんに目を向けてしまった。
メイドさんは苦笑を浮かべ、答えてくれる。
「ご安心ください阿久津様。薮川様は十八歳の誕生日を迎えていらっしゃいますし、保護者の方の承諾もいただいた上で、今回のパーティに参加していらっしゃいます」
「そ、そうですか」
親御さん、許可出したのかよ。
そういうことに理解のある親なら、許可を出してもおかしくはない。どこまで詳細に話しているかは分からないが、天景院さんは表の職業も明らかになっているような資産家だし。
それこそ、安全なことはある程度担保されているアメリカなどの外国に旅行に行くのを許可するようなものだろう。
しかし高校生で十八歳ということは。
「高校三年生か。……いいの? オレはその時期の夏休みは大学受験で忙しかったけど」
「あ、えっと……その……」
答えづらそうに薮川さんが視線を泳がせる。
踏み込みすぎたか。
「ああ、ごめん。思わずきいちゃったけど、別に答えなくていいから」
本格的な受験勉強を始める前の息抜きかもしれないし、そもそも大学には進学しないタイプかもしれない。
家庭の事情とかいろいろ考えはあるだろうし、もしかするとオレが知らないだけで、すでに何かの特殊な職業についているその筋では有名な子なのかもしれない。
普通の高校生という名乗りからは外れるが、彼女が本当のことを言う必要もない。特殊な職業についているのなら尚更だ。身バレのことを考えれば、下手に言えないこともあるだろう。
「せっかく縁があって一緒になったんだ。普段の話なんてしなくても、どうしてパーティに参加しようと思ったのかとか、同じ愛好家として話せることがあればいいなと思うんだけど」
オレはとりあえず話を進める。
薮川さんも緊張はしていたが、そういう話はしたかったのかコクコクと頷いてくれた。
よし、これで気まずい無言の道中は回避できる。
「いきなりなんだけど、よく参加する気になったね? 学生でなくても結構高かったでしょ、このパーティの参加費。オレはたまたま蓄えがあったからそんなに躊躇はしなかったけど」
「お、お金はなんとか工面しました!」
緊張している様子はそのままだったが、彼女はぺらぺらと話し続ける。
どうやら本来は人懐っこいタイプのようだ。
「だって『あの』天景院さん主催のヒトネコパーティなんて、今回を逃したら次いつするのかわかりませんし! あの人が関わっているイベントで、愛好家が損をすることは絶対にないって有名ですからっ」
「確かに、有名だよねあの人。オレも似たような考えで参加を決めたなぁ」
多少無理をしても参加する価値がある。
「オレはさ、可愛かったり綺麗だったりするヒトネコを見るのが純粋に好きでね。天景院さんの主催ならそこは間違いないと思った。言うなれば見る方に興味があるんだけど、薮川さんは?」
踏み込みすぎかと思ったが、薮川さんがどっちの立場なのかは正直一番気になるところだ。
思い切った甲斐はあったのか、彼女は少し頬を赤らめながら答えてくれた。
「う、うちはそのぅ……なんていうか、なりたいとか、そういうわけじゃないん……ですけど、はじめて『ヒトネコの写真』を見たとき、なんか、すっごくいいなぁ……っていうのがあって……それで、まあ、色々調べてたら、天景院さんのこととか知って……そしたら、タイミングよくこのパーティの募集が始まったので……」
「ほぉ……それは運命的だねぇ」
なるほど。
彼女が選ばれた理由は大体見えてきた。
十八歳という年齢からすると、順当に考えて「そういう情報」に触れたのはごく最近だろう。
ちょっとネットを調べればそういう情報が溢れている今時、律儀に『十八禁の情報に触れるのは十八歳になってから』ということを守っている者は少数派だろうが、この子の場合、そうだった可能性が高そうだ。
彼女は自分がなりたいわけじゃないとは言ったが、実際にそうなのかどうかは、彼女自身おそらくわかっていない。
だけど人並み以上に興味はある。普通の、それも学生なら普通は絶対諦めるような高額のパーティに参加しようとするほどに。
それは単なる興味関心というには、あまりにも強いものだ。
つまり、この子はヒトネコの原石なわけだ。
きっかけ次第で十分そちらに転ぶ可能性がある。見目も悪くないから、ヒトネコになったら相当に映えるだろう。
オレが今軽く話しただけで察することができるのに、ある意味この道のプロとも言える天景院さんが見逃しているわけがない。
(あわよくばこのパーティでヒトネコにしようってことか……? なら、同じ一般人のオレを選んでわざわざ一緒にしたのは、解せないが)
一般人の参加者が彼女一人だけでは彼女もあまりに気後するだろうし、いかにも上流階級のような連中ばかりしかいなかった場合、食い物にされようとしている、みたいな変な誤解を生みかねない。
そうなったら警戒してヒトネコどころではなくなるだろう。
だから、その緊張や警戒を解くために同じ一般人であるオレがいることを印象付けた。という考えもできる。
しかしそういう仕掛けを打つなら、本当に一般人のオレを使う理由はない。同性のメイドがいるのだからその中から薮川さんと気が合いそうな人を選んでサクラとしてあてがえばいいだけだ。
同性の方が彼女の緊張も解きやすいし、なんならそのメイドに彼女の目の前でヒトネコになるようにしむけ、それに巻き込まれる形で彼女もヒトネコにすればいい。
場の流れというのはとても重要で、薮川さんのような性格ならそれをされれば断りきれずに流されるだろう。
そうしないということ、つまりオレがこうして選ばれているということは、純粋に愛好家として評価されているということだ。
そして薮川さんに関しても本人に伝わっているかどうかはわからないが、恣意的な誘導はするつもりがないという意思表示。
(……なるほどな。これが『あの』天景院さんってわけだ)
あくまでもヒトネコファースト。
あくまで本人が自然にやりたいと思うまで待つ。
天景院ブランドはどこまでも天然物に拘ったブランド、というわけだ。
オレは改めて、いったいどんなパーティが開催されるのか楽しみになっていた。
薮川さんは語れる相手ができて嬉しいのか、向こうから話を振ってくれた。
「あのぅ……阿久津さんは、ヒトネコをみる、のが好きなんですよね? それは、えっと、どういうところが、好きなんでしょうか?」
ヒトネコのどこが好き、か。
「色々あるけど……一番はやっぱり自由なところかなぁ。ペットプレイで言えば、ヒトイヌっていうのもあるし、むしろペットプレイでメジャーなのはそっちなんだろうけど……ヒトネコの解き放たれてる感じがいいんだよね」
(まあ、ガチガチに拘束するヒトイヌやヒトブタもそれはそれとして好きだけどな)
それは秘めておく。
薮川さんは同意見だったのか、激しくコクコクと頷いた。
「そうっ、そうなんよっ! ……へあっ!? ご、ごめんなさい!」
方言がでた彼女は、慌てて敬語に戻していた。
別に気にしないんだけどな。
「楽に話してくれていいよ? 関東に住んでても関西弁な人は普通にいるし」
出生地がわかるわけではないし、詮索もしないという意味で言ってみた。
「ぅ……し、失礼にならへんかなって思て……阿久津さん、年上やし……」
生真面目な子だ。もじもじと指先を突き合わせている。
オレは軽く笑って見せた。
「ははは。多少砕けた言葉遣いで話された程度で失礼に感じるような奴は、多分このパーティに参加できないと思うよ」
「そ、そうなん?」
「そりゃあね。ヒトネコファーストの天景院さんのパーティだし。自分で言うのもなんだけど、人間ができてないと怖くて招けないでしょ。そのためのテストだったんだろうし」
「テスト?」
不思議そうに首を傾げる薮川さん。
(おっと……これは……)
チラリとメイドさんの方を見ると、オレの考えは正しい、とばかりにこくりと頷いた。
「ああいや、なんでもないよ」
どうやら薮川さんはオレが受けたようなテストを受けていないようだ。
まあ、少し話したオレが大体の素養がわかったくらいだし、テストをするまでもなく、参加させても大丈夫だろうと判断されたのだと思われる。
(……これは、ますますパーティが楽しみになってきたな)
パーティそのものがそもそも楽しみだったが、もしかするとオレは今日、新しいヒトネコの誕生を目にできるかもしれない。
そんな彼女に嫌われるのは避けるべく、オレは当たり障りのないヒトネコ愛好家トークでその場を繋げた。
幸い彼女もそう言う話ができる相手に飢えていたのか、ものすごく楽しそうにトークに乗っかってくれた。
そしてオレたちは、天景院さんの屋敷に到着した。
つづく