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夜空さくら
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ヒトネコライフ!18


 天景院さんの屋敷は想像通り――とんでもない豪邸だった。


 場所はとりあえず山間部のようだが、詳しくはわからない。

 馬鹿でかい門をくぐった先に、これまた広い前庭らしきものがあって、そこを通ってようやく大きな屋敷が見えてくる。

 屋敷は高さこそ二階くらいと低かったが、そのデカさが半端ない。ちょっとしたドーム型の野球場くらいあるんじゃないかというほどのデカさだ。

 こんな豪邸、アニメの中にくらいしか存在しないと思っていた。

(……マジで雰囲気のある洋館だな……つーか、日本だよな? ここ)

 あまりに住む世界が違い過ぎて笑えてくる。

 今回のパーティのためにだろう、前庭の一部が駐車スペースとして活用されていた。そこにはリムジンに負けないような、いかにも高級そうな車が何台も停まっている。

 オレは車に詳しくないから、高そうだなぁと思う程度だが車好きの友人が見たら狂喜乱舞するであろうレベルの車であることはなんとなくわかる。

 そんな車に乗ってくるような連中が集うパーティに、オレたちみたいな一般人が参加して良かったのだろうか。

(いや……それはあくまで、選別した結果に過ぎないのかもしれないな)

 天景院さんの眼鏡に叶うような、一種の『おおらかさ』を持つためには、余裕のある人間でなければならないということなのかもしれない。

(金持ち喧嘩せず、とはよく言ったもんだ)

 お金を持っている、というのは、良くも悪くも余裕のある証拠だ。

 高い参加費を払ったのだから、と無闇にヒトネコに触れにいったり、相手が嫌がるようなことをしたりする人間は面談などで落とされていて、多少ヒトネコと触れ合えなくとも「普通のパーティに来たようなもの」と思えるような者だけに絞られているのだとすれば。

 その結果、参加者の傾向として金持ちが多くなるのは、わからないでもない理屈だ。

 だが今回の参加費は一般人にとっては決して安い金額ではない。それを端金と思えるレベルの者ばかりが集まっているとすれば、どんな化け物の巣窟になるなのか。

(今更緊張してきたな……)

 ネクタイを締めて来たのは正解だったか失敗だったか。

 緊張のあまり倒れてもなんなので、少しだけネクタイを緩めた。

「ひゃー……すごい車やなぁ……」

 車に関する知識は藪川さんーー咲ちゃんも同程度らしく、高級なことはわかるから感心してはいるが、言うほど感動しているようには見えない。

 なんと言うか、驚く基準とか傾向とかが似通っていて、同じ一般人として本当に安心する。

 彼女もそう感じているのだとすれば、一般人同士を巡り合わせたのは正しい判断なのだろう。

「どんな富豪たちが集まっているんだろうねぇ……」

 オレはそう言いつつ、緊張を解すために窓の外に注目していた。

 そうしていたら、高級車ばかりが並んでいる中に、妙に野暮ったい外見をしている車が混じっていることに気づく。

(あれは……トラック、だよな?)

 明らかに周りと違って浮いている。

 それこそ業者とかそういう類いの者が使っていそうな、野暮ったいトラックだ。飾りっ気がほとんどなく、マークらしきものは小さなものしかない。

(ん……待てよあのマーク……)

「あ、阿久津先輩っ。あのトラックって……もしかして……っ」

 咲ちゃんも気付いたらしい。

 若干興奮気味に見えるのは、彼女のここに至る経緯を考えればわかる。

「ああ。あのマークは……ヒトネコ横町のシンボルだね。ヒトネコ横町からも何頭か参加してるのかな……」

「『ボス猫』のシロさんとか……でしょうか?」

「あー、どうだろ。確かに知名度は抜群だけど……あのヒトネコは横町以外でほとんど見かけないって噂だからなぁ」

 ボス猫のロールプレイに忠実というかなんというか。

 オレがヒトネコ横町を訪れた時も、商店街中央のモニュメントの上で凛として孤高な様子を見せていた。実に絵になっていたものだ。

(それにしても、やっぱ咲ちゃんも知ってるんだな)

 当たり前だが、ヒトネコ愛好家の中でヒトネコが自由に過ごせるというヒトネコ横町のことを知らない者はあんまりいない。

 ちょっとネットで調べれば出てくるからだ。そして、そんな有名な横町のことを、今時の若者である咲ちゃんが知らないはずがないとは思っていた。

「咲ちゃんはヒトネコ横町には行ったことあるの?」

 そう尋ねると、彼女は悲しそうな顔をして首を横に振った。

「行ってみたくはあったんですけど、うちが住んどるところからはとおーて、とても行けへんかったんです……でも、ネットで動画を見たことはあるんで……」

「そっかぁ」

「阿久津先輩は行ったことあるんですか?」

「一度だけね」

 大したことじゃないのに、キラキラと羨望の眼差しを向けてくれる。

 なんともむず痒い。本人の素の気質が愛され系だと言うのは、ここまでの雑談でもよく伝わってきた。

 ちなみにオレのことを「先輩」呼びなのは、「阿久津さん」だと堅苦しい感じがしたからそう呼ぶように頼んでいた。高校生という彼女の立場上もその方が慣れてそうな感じがしたし。

 そのついでにこちらは「咲ちゃん」と呼ぶことにしている。いきなり踏み込みすぎかとは思ったのだけど、特に気にする様子はなかったので、そのまま呼び続けている。

(……ヒトネコ横町には確か補助金制度みたいなものもあったけど……今じゃないか)

 ヒトネコ横町には、審査に通れば旅費や参加費などの一部が支給される『ヒトネコ参加優待』特別制度という物がある。審査基準は不明で、とても厳しいものだとは言われているが、この子ならほぼ確実に通るだろう。この話は特例処置だけあって普通にホームページを見るだけではわからない。

 実際にヒトネコ横町に行くか、相応に詳しい者から教えてもらって知ることができる。咲ちゃんが知らない可能性は高い。

 だが、いまはまだ言わないでおいた方がよさそうだ。

 もしも今回のパーティを経て、自分もヒトネコになってみたいと思っている様子があれば、それとなく伝えてみるべきだろう。

 最初から下手にあれもこれもと言い過ぎると、逆に躊躇させてしまう原因になりかねない。

(……仮に天景院さんが彼女をヒトネコ側に引き込むために、パーティの参加を許可したとして……何の話も通してない男のオレを側に宛がうのは、かなりリスキーな賭けだったんじゃないのか……?)

 そこらへんも踏まえた上での人選なのかもしれないが、オレが考えなしの男だったら、彼女を嫌な気持ちにさせて、彼女はヒトネコ界隈から去っていたかもしれない。

 その損失を考えると、少なくとも「同行者を不愉快にさせないように」とか多少の話は通しておくべきだと思うのだが。

 純粋に愛好家として、オレのことも大事にしてくれているということなのかもしれないが、しかしオレはどう足掻いても一鑑賞者にしかならないだろうごく普通の一般男性だ。

 それに対し、類い希なる数奇な運命に導かれてヒトネコ界隈にやってきた、今後ヒトネコになってくれるかもしれない現役JKの咲ちゃん。

 その価値は月とスッポンほどにかけ離れていると言っていい。

 オレがもし天景院さんの立場なら、多少自身のポリシーを曲げてでも、彼女を界隈から去らせてしまう可能性が少しでもある存在は徹底的に排除する。

 そうされていないのが不気味ではあった。

(……まあいい。金持ちの考えることなんてわかるわけもなし。オレはオレで愉しませてもらえばそれでいいさ)

 オレはそう考え、それ以上天景院さんの考えに想いを巡らせるのをやめた。

 わからないことはわからないままにしておいた方がいいこともある。

 天景院さんにどういう意図があるにせよ、人懐っこくて純真で、現役JKでヒトネコ愛好家、その上見目も良いと言う、最高の逸材と知り合えたことは間違いないのだから。

 何かに利用されていようがいまいが、この状況を愉しまなければ損というものだ。

 そしてリムジンが館の前に停まり、ついにオレたちは天景院さんの屋敷に到着した。メイドさんが素早く降りて、オレたちの脇のドアを外から開けてくれる。

「お疲れ様でした。玄関へとお進みください。手荷物以外はこのままお預かり致します」

 前泊用の着替えなんて持ってても嵩張るだけなのでとても助かる。

 ケータイと財布だけ一応ポケットに突っ込み、オレは身軽になってパーティに臨むことにした。咲ちゃんは女の子らしく、大きな荷物とは別にしていたハンドバッグのような小さな鞄だけを肩にかけている。

(……それにしても、なんというか、学生の正装は確かに制服ではあるんだけど……いいのか?)

 改めてこうして立っているところを見ると、どこからどう見ても女学生だ。

 これから行くところは、少なくともヒトネコがいるわけで。

 明らかに十八歳以下厳禁な見た目をした存在がいるパーティ会場となる。

 こんなことを言っては彼女が可哀想だが、めちゃくちゃ浮くであろうことは明白だった。

 そもそも彼女のような若い子が他に何人もいるとは思えないし、もしいるならオレなんかと組ませるよりそっちと組ませるだろうけども。

(……まあ、いっか!)

 オレは同じ一般人枠として、彼女の居心地の悪さが少しでも改善されるよう、程よい距離を保っておくとしよう。

 そんなわけで、オレは咲ちゃんと一緒に玄関へと向かった。

 扉の前には、これまたメイドさんが待っていて、オレたちに向かって頭を下げる。

「ようこそお越しくださいました。薮川咲様、阿久津光生様。まずはこちらでお履物をお脱ぎください」

 洋館なのに履物を脱ぐのか。

 一瞬不思議に思ったが、すぐにその理由を説明してくれた。

「当館内では、現在ヒトネコが自由に生活を送っております。その姿は、猫耳に尻尾飾り以外には首輪のみを身につけた姿ですので、館全体が裸足で移動しても可能な状態に整えられているのです」

 ヒトネコに合わせて館内を全部絨毯張りにしたのか。

(こだわりがすげえ……)

 そういうことなら、確かに土足では入れないだろう。

 オレと咲ちゃんは素直に靴を脱ぎ、スリッパのような上履きを履いて館の中へと入る。

 なんとも豪勢なエントランスが迎えてくれた。

(ゲームやアニメではよく見るけど……本当にこういう構造のエントランスってあるんだなぁ)

 二階部分までが吹き抜けになっていて、螺旋階段のように曲がった階段が左右から上階に伸びている。

 吹き抜け部分には豪勢なシャンデリアがかかっており、さすがの絢爛豪華さだった。

 思わず内装に目を奪われていると、のしのし、という足音が近づいて来た。

 なんでそんな足音がするのかと不思議に思ったオレは、目の前にオレ以上に背の高い女の人がオレたちの前に立っていることに気づいた。

 女性のボディビルダーが普通のドレスを身につけているみたいなアンバランスな姿。けれどドレスのデザインがマッチするように工夫されていて、ギリギリ場に馴染ませるくらいの効力は発揮していた。

「ほへ?」

 オレでさえ硬直したのに、ごく普通の一般JKである咲ちゃんが動じないわけもなく。目をまん丸に見開き、変な声を上げて固まっている。

 その謎の女傑はニッコリと白い歯を剥き出しにして笑った。肉食獣が唸ったのかと思った。

「やあ! 阿久津くんと薮川さんだね! 私は天景院奈津樹! パーティの主催者である天景院志津久の妹だ! よろしくね!」

「は、はあ……ども……」

 スッと手を出されたので、思わず咄嗟に握ってしまった。やばい。手の筋肉もぱねぇ。握り潰されるかと思った。もちろんそんなことはなく普通に握手をしただけだったのだけど。

 手を離されてもなお、まだ力強い手の感触が残っている。

「薮川さんも、よろしく!」

 続けて咲ちゃんとも握手をしていたが、同じ女性とは思えない手の大きさの差だった。完全に咲ちゃんの手が包み込まれている。オレとでさえ、志津久さんの手の方が大きいくらいだったから、それもまあ当然か。

「は、はひ……」

 咲ちゃんはもうかわいそうなくらいガチガチになっていた。

(いや……でもこれはびびるわ。オレもビビってるし……)

 笑顔や態度は豪快だけど、悪い人ではなさそうだ。怒らせたら怖すぎるので、絶対揉め事は起こさないようにしようと内心誓った。

「パーティ会場は中庭だ。この廊下を真っ直ぐ行けば着くよ。ちなみに道がわからなくなったら各所にメイドが立っているから、彼女たちに聞いてね」

 そういえば一応オレたちはパーティの参加者なのに、めちゃくちゃフランクに話してこられていた。

(……この人はこれが普通なのかな)

 オレはとりあえずお礼を言って、そのまま廊下を進み始める。

 それと同時にオレたちの入ってきた玄関がまた開かれ、パーティの参加者と思われる男性が入ってきていた。奈津樹さんがその人の方を向いて、オレたちが相手だった時以上に破顔していた。

「あっ。山王堂のおっちゃんじゃないか! 久しぶりだねぇ!」

「奈津樹の嬢ちゃんか。変わらないな君は。君が日本にいるのは珍しいな」

 何やら知己の関係らしい。仲が良さそうで、会話も弾んでいる。

 それはいいのだが、その呼んでいた名前が気になった。

(山王堂……山王堂かぁ……)

 山王堂といえば、世界に名高い大企業の創始者の名前だった気がする。

 その創始者自体はもう八十近い高齢のはずだから、あの男の人は本人ではないだろうけど、その孫か何かなのだろうか。

 いずれにしてもとんでもない立場の人間である。

「う、うちでも分かりますよ……あの山王堂さんですよね……」

「いやぁ……やばいねぇ……」

 咲ちゃんと二人、一般人の視点で息を呑む。

 心なしかさっきより咲ちゃんの距離が近かった。

 とにかくまずはパーティ会場に向かおうと、オレと咲ちゃんは奈津樹さんに示された廊下を歩いて行った。

 本当にバカでかい屋敷だ。結構な長さの廊下が延々と続いている。

 遠くに中庭らしきところは見えるけれど、結構歩かなければならない。

 オレは歩きながら、とりあえず咲ちゃんの緊張をほぐそうと口を開きかけて。

「咲ちゃ――うぉっ、っとぉ!?」

 脇道から不意に飛び出して来た相手と、ぶつかりそうになって急停止する。

 危うく蹴っ飛ばしそうになったのを止められてほっとした直後、ぶつかりそうになった相手を『見下ろして』、心臓が一気に高鳴った。

 相手はオレを『見上げ』、その目を丸々に見開いている。

「――んなぉ……っ」

 その口から溢れたのは、不完全ながらも猫の如き啼き声。

 その頭には髪の色に合わせた猫耳があり、お尻の尾てい骨あたりに着けられた、同色の尻尾飾りがある。そしてチョーカーのような首輪。

 それだけを身につけた、何よりも開放的な、その格好。

 四つん這いで行動する女性の、その様こそ。

 オレたちが遠路遥々この館にやってきた、理由。


 一頭のヒトネコが――目の前に、いた。



つづく




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