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夜空さくら
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ヒトネコライフ!20


 パーティ会場には、至る所にヒトネコがいた。


 それもどのヒトネコもすごいクオリティだ。まるで最初からそういう生き物であるかのように、自然に振る舞っている。

(ちらほら有名どころもいるし……すげえ)

 割と有名なヒトネコも何頭か確認できた。

 その中でも、特に目立っているのは『ボス猫』のシロだろう。

 会場には何かの余興のためか単に挨拶のためにか、少し小高いステージが設けられている。その上にシロはいた。

 ここは普段彼女がいる『縄張り』ではないのだが、それでもやはり高い場所を陣取っているのは、ボス猫ロールプレイに徹している彼女らしいと言うべきだろうか。

 普段、横町にいる時の彼女は体が透けて見える透明なラバースーツを身につけている。

 今はどうやら完全に裸のようだ。透明のラバースーツを着ているときに見られる若干のテカリがなくなっていて、白磁のような肌を惜しげもなく晒している。

 普段からスーツが透明で丸見えとは言え、スーツを着ているのと何も着ていないのとでは全く感覚が違うはず。それでも全く気にした様子もなく、堂々としているあたり、彼女らしいというべきかなんというべきか。

 ステージ上で悠然と寝転がり、両肘を立てて、いかにもボス猫が高いところから猫の集会を見下ろしているようだ。

 そんな彼女の元に、先ほど見かけた栗色の髪をしたヒトネコ・ミサが近づいていっていた。ステージに登る階段を軽やかに上がっていく。

「にゃーっ」

 声をかけられたシロが気付いて立ち上がり、嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「んにゃっ、にゃにゃっ」

「なぉっ、にゃっ」

 ミサの方も会えて嬉しい、という感情を隠そうとせず、シロの肩口辺りに頭をすり寄らせていた。無論挙げている声は単なる啼き真似であって、それによって意思疎通は出来ていないはずだが、二頭はそれで相手の言いたいことがわかっているかのように自然に振る舞っていた。

(あの二頭、顔見知りなのか)

 シロはヒトネコ横町に行けば会うことができるし、ミサは最近ヒトネコ横町に行っていたわけだから、その時に面識があってもおかしくはない。

 ステージ上で仲睦まじげに体を擦り付け合うシロとミサ。どっちも美ネコだからとても絵になるし、眼福だった。

 天景院さんが用意した余興というわけでもないだろうに、すでに満足いきそうな光景が展開されている。

 オレが二頭の様子を見ていると、不意に咲ちゃんが小さく悲鳴をあげた。

「わひゃっ、せ、先輩っ」

「どうし――ウワォ」

 思わず変な声が出た。少し視線を外していた間に、咲ちゃんが三頭ものヒトネコに囲まれていたのだ。やはりこのパーティ会場でセーラー服を着た咲ちゃんはとても目立つようだ。

 咲ちゃんを取り囲んでいるのは、三頭の小柄なヒトネコだった。

 基本的な衣装はシロやミサと同じで、裸に猫耳、猫の尻尾飾りを身につけている。無論色もそれぞれの色に合わせられている。

 ただ、彼女たちが首に巻いているのはシロやミサが身につけているチョーカーのようなタイプではなく、犬の首輪みたいなゴツい首輪だった。

(チョーカーと首輪でどういう違いがあるんだろうな……)

 よくみるとその首輪にはプレートが取り付けられていて、それぞれの名前が刻まれているようだ。

 髪の毛を短い縦ロールに巻いているどこかお嬢様風の子がルル、ポニーテールで元気っ娘風の子がララ、前髪が長く目が隠れがちのおかっぱで眠そうな雰囲気の子がナナ、というようだ。

 三者共に小柄で、年齢的にギリギリセーフな咲ちゃんより下手すれば幼く見える。

 ここにいるということは大丈夫なんだろうが、本当に大丈夫なのか不安になるレベルだ。

 そんな三頭は見た目に違わぬ幼い仕草で、咲ちゃんの様子を伺ってその周囲をぐるぐると回っていた。

 いくら小柄とはいえ、三頭も集まると中々強い圧を感じる。

 ララが手を猫の手の形に握り、その握り拳を使って咲ちゃんの足に触れようとした。

「ひゃっ」

 しかし、咲ちゃんは体を硬くして身を引いてしまった。それを見たララは手を伸ばすのを止め、少し距離を置いて咲ちゃんの様子をまた探り始める。

 咲ちゃんは先ほどミサに不意打ちでキスされたインパクトが強かったようで、ヒトネコを警戒してしまっていた。

 なのでしゃがみ込むことも出来ず、ただその場に立ち尽くしているのだ。

「せ、先輩ぃ……」

 どうしたらいいのかわからない、と言った様子で若干涙目になっている咲ちゃん。それでも咲ちゃんに興味津々と言った様子の三頭は、彼女を取り囲んで様子を伺っている。今にも飛びかかっていきそうだ。

 オレは苦笑しつつ三頭を宥めにかかる。

「えーと、ララ、ルル、ナナ。ちょっと待って」

 オレはとりあえず咲ちゃんの側に立ち、三頭を牽制する。

 三頭はパッと素早く飛びすさり、オレたちから距離を取った。

(うん、ヒトネコっつーか猫としてみるとこれが正しい反応なんだけど、微妙に凹むな……)

 咲ちゃんと一緒でなければ、自発的にヒトネコが近づいてくることはなかっただろうし、そういう意味では妥当な反応なんだろうけど。

 不摂生はしていないし身嗜みも最低限は整えているとは言え、ヒトネコを惹きつけるほどのイケメンじゃないからそれはもう仕方ない。

 オレが咲ちゃんの傍から離れずにいると、三頭のヒトネコは警戒したままじりじりと後退し、示し合わせたように同時に離れていってしまった。

 その連携度合いというか、通じ合っている感じに感心しつつ、オレは咲ちゃんに話しかける。

「逃げちゃったね。ごめん、余計なことしたかな?」

「い、いえ、ありがとうございます。助かりました。同時に三頭は……ちょっと圧が凄かったので……」

 確かに明らかに興味津々な様子だったし、下手にあの子たちと触れ合おうとしたらもみくちゃにされていた可能性が高い。

 咲ちゃんはその存在自体が目立ってヒトネコを惹きつけやすいから、オレみたいなのが側にいるのはヒトネコに対して程よい牽制になっていいのかもしれない。

 そんな風に思っていたら、今度は人間が――パーティに集った愛好家の人が近づいてきた。

「こんにちは。あまりお見かけしない方たちですな。もしや、イベントに参加するのは初めてですかな?」

 見た目からして裕福そうな紳士だ。

 太っているとかそういうわけではなく、なんというか、正しい表現かは分からないが「人生充実してそうだなぁ」という感じ。明らかに何十万もするであろうスーツの上からでもわかる体つきの逞しさとか。自信に満ち溢れた顔立ちと表情とか。

 年齢的には三十代半ばくらいだろうか。住んでいる世界が違うとはまさにこういうことを言うのだろう。

「ええ、実はそうなんですよ。幸運にもご招待していただきまして……」

「え、えと、はじ、初めてです……」

 オレたちがそう答えると、その紳士は嫌味のない、にこやかな笑みを浮かべる。

「天景院様のパーティが初めてのイベントとは羨ましい。とても良い思い出になることでしょうな。……おっと、申し遅れました。私は仲山と申します」

 明らかにオレたちは自分よりも年下だと分かっているはずなのに、丁寧に礼をしてくれる紳士ーー仲山さん。

 オレも慌てて頭を下げた。

「ご丁寧にどうもありがとうございます。阿久津です」

「や、薮川、咲です」

 オレたちの名乗りを受け、彼は均等に笑顔を浮かべてくれる。

 男で一般人なオレのことなんて、正直どうでもいいだろうに。

 そういう気配は一切滲ませない辺り、相当人間が出来た人だ。

「阿久津様に、薮川様ですな。……不躾ですが、お二人は如何様なご関係ですかな?」

 そこは気になるだろう。というか、どういう関係性にあるかで対応も変わってくるだろうし、まずそこをはっきりさせておくのは大事だ。

 仲山さんがたまたま最初になっただけで、オレたちを――正確には咲ちゃんを――気にしている人は多い。

 オレたちの会話が聞こえる範囲の人たちが、こっそり聞き耳を立てている気配を感じる。聞き耳を立てるのは本来あまり褒められた行為ではないが、それを上回って咲ちゃんに興味を惹かれているということなのだろう。

 オレは咲ちゃんが余計な詮索をされないよう、関係性を偽るべきか一瞬考えたが、示し合わせているわけでもないし、下手な嘘は心証を悪くする可能性の方が高い。

 結局、正直に話しておくことにした。

「実は元からの知り合いというわけではなくて、ここにくる際の、送迎の時にご一緒しただけの間柄なんですよ」

 微妙に距離のあるオレたちの立ち位置などから、大体の予想はしていたのだろう。

 仲山さんはオレの説明に対して特に意外そうな様子は見せなかった。

「なるほどなるほど。と、なりますとお二人はそれぞれ関心をお持ちになって各々の意思でパーティに参加していらっしゃる……ということですな」

 オレたちが頷くと、仲山さんはますます嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「若い方がヒトネコに興味を持ってくださるのは、愛好家としてはとても嬉しいことですからねぇ。ぜひ、ご一緒させていただきたいのですが、よろしいですか?」

 あわよくば咲ちゃんと繋がりを持っておきたいといったところか。

 気持ちはとてもわかる。

 ぶっちゃけいかにも上流階級っぽい人たちばかりのパーティで、何か粗相をしたら後が怖かったので、『そっち側』の人が傍にいてくれるのはとてもありがたかった。

「そうですね。こちらとしても初めてで勝手が分かりませんので、色々教えてくださると嬉しいです。咲ちゃんも、いいかな?」

「えっ、あっ、はいっ! よろしくお願いします!」

 ペコリと頭を下げる咲ちゃん。とても高校生らしい感じだ。

 そのことは仲山さんにも伝わったのだろう。微笑ましいものを見る目で見ている。

 周囲の人たちがなんとなく惜しそうな顔をしているように感じるのは気のせいではないだろう。仲山さんに先んじられてしまった形になるのだから無理もない。自分が最初に声をかけていれば、という思いがあるのだろう。

 それでも露骨に態度には出していない辺り、さすが弁えているというかなんというか。

 オレはとりあえず仲山さんと話を続けてみることにした。

「仲山さんはもう何度かこういったパーティやイベントに参加していらっしゃるんですか?」

 オレはまずそう尋ねた。

 とても落ち着いている感じからして、多分ベテランの域だろうとは思うが。

「ええ。天景院様主催のパーティはそもそも頻度が少ないので私も初めてですが、それ以外のヒトネコパーティやイベントに関しては、それなりに参加しておりますよ」

 やはり結構な経験者なようだ。

「ヒトネコ関連のパーティやイベントって結構あるものなんですか?」

「場合によりますが、頻繁に行われることもありますね。特に最近はレベルの高いヒトネコが立て続けに現れたこともあって、愛好家界隈が盛り上がっておりますし」

「そう、なんですか……? 全然、そういうの見かけませんけど……」

 立場や年齢が比較的近いオレと違って、仲山さんは明らかに『いい大人』の男性である。

 そういう存在に対して緊張している様子の咲ちゃんだったが、自分から積極的に疑問を口にしていた。真面目な子なのだ。

「ああ、一般の方の目に触れないよう、愛好家の交流は基本的に見えないところで行われていますからね。普通に探しただけでは、見かけなくて当然です」

「さっき話したヒトネコ横町の利用者だけに教えられるサイトとかもそのうちだしね。……でも、そういうところでも、こういうパーティとかの話はあまり出てきませんよね」

 ついでにオレも気になっていたことを質問する。

 なお、この天景院さんのパーティに関しては、ヒトネコ横町の公式サイトにも載るほど告知されていた。だからオレや咲ちゃんが参加できたわけだ。

「施設ではなく、各自が開催するパーティとなると、やはり不特定多数から参加を募るより、既に交流がある者を呼ぶことになりますからねぇ。お二方がもし興味がおありでしたら、天景院様に橋渡しをお願いしてみると良いでしょう」

 このパーティに参加できているお二人なら、他の愛好家の皆様から拒否されることはないでしょうから、と仲山さんは言った。

 その言い方からして、仲山さんレベルの人たちにとっても、天景院さんという存在は相当大きいようだ。

「それは、天景院さんの目利きが信用されている、という意味で間違い無いですか?」

「ええ、ええ。実際あの方の目利きはとても素晴らしいですから。……例えば、そう、ララ・ルル・ナナのことはご存知ですか?」

「あ、その子たちなら、さっき咲ちゃんのところに集まってきましたよ。オレ……私を軽快して逃げてしまいましたけど」

 楽に話して下さって構いませんよ、と仲山さんは大人の余裕たっぷりに言ってくれたが、さすがにかといって砕けた口調にする気はしない。

「あの子たちは皆、天景院様のメイド兼『飼い猫』なのですよ。今でこそ三頭セットのように扱われていますが、数年単位で揃っていった子達なのです」

 あの三頭は結構仲が良い様子だったから、元々から知り合いなのかと思っていたが、天景院さんがそれぞれ違うところからスカウトしてきた子たちらしい。

(数年単位で集めたってことは、少なくともあのうちの一人は二十歳くらいってことか……マジか?)

 童顔である人はそれなりにいるだろうけど、あの三頭はみんな高校生、下手すれば中学生にも見えてしまうくらいだった。

 それを三人も集めるところがすごい。

(とんでもねえな、天景院さん……ヒトネコに愛されすぎじゃね?)

 思わずそう思ってしまう。

 唖然としているオレたち。仲山さんは話を続けた。

「ヒトネコの素養を持つ者は、そう簡単に見つかるものではありません。しかし、天景院様はお金にものを言わせた方法ではなく、自然とそういうタイプの者を見出してみせるのですよ。調査資金など、天景院様と同等に資産を投入している者もいないわけではないのですが、あの方ほどヒトネコを見出すことに優れた人はいまだおりません」

 運よくそういう素養を持つ者を見つけられたとしても、『飼い猫』として成り立つのはさらに稀なのだとか。

 ある意味天景院さんがヒトネコを独占しているようなものなのではないかと思うが、そう言った不満はほとんど上がらないらしい。

「『飼い猫』として、つまりは自分のペットとしてヒトネコを飼うのは、相当な覚悟が必要なのです。なにせ『ヒト』ですからヒトネコに適した年齢が過ぎても、その者の人生は続きます。そうなってからの面倒を見る覚悟も問われるわけですな」

 それは確かにすごく重い。

「男性の資産家が長年飼っていたヒトネコと結婚した例もありますしね」

「マジですか」

 思わずそう言ってしまった。

 とはいえ、よく考えれば『飼い猫』として費やした年月の責任を取る方法としては、間違ってはいないのかもしれない。それにそれだけ長い間一緒にいて、色々やっていたのだとすれば、それだけ相性の良さも認識出来ているだろうし、むしろ落ち着く先としては当然なのかもしれなかった。

 しかし、要はヒトネコを『飼い猫』とするには、それくらいの覚悟を持っていなければならないと言うわけだ。オレにはとても無理そうな話だった。

 オレは飼い主側の立場からその難しさを感じたのだが、オレの横で話を効いていた咲ちゃんは全く別の感想を抱いたようだった。

「わぁ……それは……とても素敵なお話ですね……」

 目がキラキラしているあたり本気でそう思っているようだ。

 確かに、一般的な視点から見れば素敵かどうかわからないが、ヒトネコ愛好家としてはヒトネコが大事にされているということだから、いい話だとは思う。

 仲山さんはそんな咲ちゃんの反応を見て、可笑しそうに笑う。

 どうやら仲山さんも咲ちゃんの素質に気付いたようだ。

(まあ気付くよなぁ)

 まだヒトネコになっていないのが不思議なレベルだ。

 咲ちゃんはもっと仲山さんから話を聴きたがっていたけれど、その前にステージの上に天景院さんが現れたので、真面目な彼女は口を噤む。

 マイクを持った天景院さんが、パーティ会場を見渡しながら挨拶を始めた。

『皆さま、本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます』

 挨拶が始まると同時に会場は静まり返っていた。思い思いに行動していたはずのヒトネコたちも、一斉に天景院さんの方を見て、傾聴の姿勢を取っていた。

『挨拶の時だけはこの場にいる全員に言葉が届くよう、特別な機材を通しております』

 そう説明され、言葉が理解できないようにするための耳当てを着けているヒトネコたちが反応していることに納得がいった。

『本日は皆さまにヒトネコたちと存分に交流していただきたいと思っております。当家で飼っているヒトネコたちにはその旨を了承してもらっておりますので、見かけたら嫌がらない範囲でぜひスキンシップを取ってあげてください』

 ぱちん、と天景院さんが指を鳴らすと、何頭かのヒトネコがステージの上に集まり出す。

 ミサ、ララ、ルル、ナナの四頭の他に、いかにも気の強そうで堂々としているヒトネコや、逆に酷く恥ずかしそうに身体を縮めているヒトネコが二頭いた。

 なお、シロは天景院さんの挨拶が始まった段階で空気を読んでステージから降りていた。その辺は本物の猫と違って、人としての気遣いも出来るヒトネコの良さである。

 全部で七頭のヒトネコが、ステージの上にずらりと並んだ。

 そのどれもが、それぞれタイプの違う美ヒトネコ。

 冷静に考えれば、とんでもない光景だ。

 愛好家にとって桃源郷としか言えない空間を作り出した天景院さんは、得意げに笑っていた。

『それでは改めまして――天景院家のヒトネコパーティにお集まりくださり、誠にありがとうございます。存分に、当家自慢のヒトネコたちとお戯れくださいませ』

 優雅に頭を下げる天景院さん。


 一拍おいて、万雷の拍手がパーティ会場に巻き起こったのだった。



つづく



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