ヒトネコライフ! エピローグ
Added 2020-09-02 12:08:34 +0000 UTCヒトネコライフが終わった。
一夏の間の、夢のような時間だった。
まあ一月もの間ずっと四つん這いで歩いていたせいで、二本の脚で立って歩くという基本的なことがひどく違和感を感じられるようになってしまったり、ほぼ人間の言葉を喋ってなかったせいで気を抜くと「にゃあ」だの「なおぉ」だの猫みたいな声をあげることになって恥ずかしかったり、そもそも服を着ていることに違和感を覚えてしまったり――とにかく、しばらくは大変だった。
一週間ほどのリハビリを経て、ようやくまともに人間として暮らせる程度に回復したわたしは、美里と共にキャンバスへとやってきていた。
「大学に来るのも久しぶりだね~、ミヤ」
美里は元気いっぱいだ。元々そんなに着込む方ではなかったけど、ヒトネコライフを得て着衣に違和感を覚えるようになったのは彼女も同じだったのか、いまは短パンにヘソ出しチューブトップ、素足にサンダルを履いて、申し訳程度に夏用のジャケットを羽織るという、相当露出度が高めな服装をしている。
仮にも花の女子大生が肌を露出しすぎるのはどうかと思うけど、それくらい開放的じゃないと落ち着かないみたいだから仕方ない。
一方でわたしは地味な服装のままだ。地味な黒色で、膝下丈のフロントボタンシースルースカートに、当たり障りのない柄のTシャツを合わせ、動きやすさを優先したスニーカーを履いている。
美里と並ぶと露出度の差があまりに歴然としていた。いかにも陽気な美里とは雰囲気にも差があり、傍から見ると相当ミスマッチに見えるだろう。
「そうね……まあ、元々夏休みの間はほとんど来る予定もなかったけどね」
「あはは。それもそうだね」
わたしと美里は部活やサークルに入っていない。
わたしは単に人付き合いが面倒だったからだ。逆に美里はどこかに所属すると人付き合いが限定されちゃうから、というわたしにはまったく理解できない理由でどこにも所属していなかった。
ゆえに講義がない時期はほとんど大学に来る理由はない。
だからこそ一月にもおよぶヒトネコライフを送れたわけなのだけど。
今日もまだ講義はないのだけど、来年以降の就職活動に関する説明会があるというので、登校してきていた。
「来年は今年みたいには出来ないわね……」
来年の今頃はきっと就職先を探して血眼になっていることだろう。
いまから少し憂鬱だった。
「んー? またやりたかったの? ミヤ」
「やりたかった……どうかしら……確かに楽ではあったけど、暇でもあったからね……」
一切何もする必要がない、というのは少々以上に暇だった。
もし次に天景院さんから似たようなヒトネコライフの提案があったとしても、長期間だったらわたしは断ると思う。
「あたしも楽しかったけど、あれだけ満喫すれば十分かな」
「……そういえば、あの三人とはあれから連絡取ったの?」
大河原さん、丹波さん、そして瑞紀さん。
思いがけずあそこで出会って、同じようにヒトネコになることになった大河原さんと瑞紀さん。もうひとりの丹波さんはメイドとしてあくまで人間側だったけど、あの三人がわたしたちにとって特別な存在になったのは確実だ。
わたしは連絡を取っていなかったけれど――どう連絡すればいいのかわからなかったから――美里の性格なら連絡しているはず。
そんなわたしの予想通り、美里はこくりと頷いた。
「三人はあたしたちと違ってリハビリの必要はなかったけど、メイドとしての雇用期間はあたしたちより長いみたいでね。唯一自由に連絡が取れる友香ちゃん曰く『あの二人はヒトネコを含めた変態行為に、日々勤しんでいますよ』だってさ」
「……中々辛辣ね。わたしたちについては何か言ってた?」
「『ふたりのヒトネコ姿はとても素敵でしたたけど、美里は猫寄り過ぎるし、藤原さんはナチュラルに猫だから、友香の求めるところとはちょっとずれます』って」
何ともコメントし辛い評価をされていた。
ナチュラルに猫ってどういうこと。
「なんだろう、釈然としない……」
「まあ、いいんじゃない? 飼いたいって言われても困るでしょ?」
「そりゃそうだけど……あの人、大河原さんのことは飼いたいんじゃないの?」
「あー、それは本人と粘り強い交渉してるみたいだよ?」
案の定、大河原さんは丹波さんにロックオンされてしまったようだ。
ロックオンされていると言えば。
「天景院さん経由で、奈津樹さんから連絡もらってるのよねぇ……」
「ミヤ、すごく気に入られてたもんねぇ」
美里から生暖かい視線を感じた。
「あの人にドナドナされても、わたしとミヤはズッ友だよ!」
「されないわよ! やめてよ洒落にならないから!」
外国に連れて行かれて本当にペットとして飼われそうで怖い。
なんだかんだ奈津樹さんのことは嫌いではないが、そうされてもいいか、といえばそうではないからだ。美里は初対面の悪印象を最後まで引きずったせいか、その姉の天景院さんのことは母親のごとく慕っているのに対して、奈津樹さんに関しては苦手意識を払拭出来ていない。
話題を戻そう。
「と、とにかく大河原さんと丹波さんならうまくいくでしょ。パーティの時の相性も良さそうだったし……」
あのときの二人の様子を見る限り、お似合いそうな感じではあった。
ふと、わたしはパーティで会った女の子のことを思い出す。
「……そういえばあの子はどうしてるのかしら。天景院さんに訊いても個人情報は明かせない、って言われて何も教えてもらえなかったけど」
それはある意味当然のことだったので別に何とも思わなかったけど、どういう部類での招待だったのかくらいは訊けばよかった。
「あの子? ……ああ、パーティでミヤを蕩けさせた女の子?」
「う…………ま、まあ、そう、ね。その子よ」
言い返したくなったが、事実だけに言い返し辛い。
後から思い返せば拙い愛撫だったのに、なんであんなに気持ちよくなってしまったのか――本当に不思議だった。それくらい相性が良かった、ということなのかもしれないけれど。
「なにしてるんだろうねぇ。結局、ヒトネコの誘いにも乗らなかったしねぇ」
あのパーティの時、天景院さんが用意した余興には『ヒトネコ体験』もあった。
ただ、あの女の子はあれだけひどく関心を持ってくれていたみたいだったのに、結局ヒトネコになることはしなかった。
「絶対ヒトネコになりたいんだとおもったんだけどなぁ」
「まあ、無理もないんじゃない? あの年頃の女の子に、いきなりヒトネコになれって言っても無理よ。はずか死んじゃうわ。せめてわたしみたいに全身スーツから入れば違うかもしれないけれど……」
「せっかくの機会だったんだし、ヒトネコに成ってみればよかったのにねぇ」
「それは……どうかしら」
あの子と同じ立場になったとして。
体験してみたいと思ったとしても、他に男性も含めて人がたくさんいる状況で、裸同然の格好になれと言われたら。
たとえどんなにそういう気分になっていたとしても、恥ずかしさの方が勝ってしまうと思う。わたしが同じ立場でも辞退すると思う。
もし他に機会があれば――そう、それこそ特定の少人数だけが側にいる環境であれば――それはわからないけれど。
「あの子はまだ高校生みたいだったし、大学に入ってから悪い人に引っかかって道を誤らないといいけどねぇ……」
ある意味、わたしは美里によって道を誤ったというか、いままで考えもしていなかった道に引きずり込まれたという感覚はある。
思わずジト目で美里を見ると、美里はすっとぼけた様子で目線を反らした。
「それにしても、今日はなんだかキャンパスが賑やかだねぇ?」
「今頃気付いたの……? あなたの方がこういうイベントには詳しいんじゃないの?」
「あたしが知ってるのはあたしが興味のあることだけだからなぁ」
そういう気分屋なところは、実に猫らしいというか、美里らしいというか。
あたしが呆れつつそう思っていると、わたしたちはブレザーを来たグループとすれ違った。統一されたそのデザインは、明らかに私服ではない。
「……もしかして、オープンキャンパスみたいなのやってるのかな?」
「かも、しれないわね」
女子高生らしく、若々しい賑やかさだ。ほんの数年の違いしかないはずなのに、そういう違いを感じられるのは、自分が歳を取ったようで嫌だけれど。
「あの子も来てたりして」
「いや、それはありえないでしょ」
ヒトネコパーティに参加した一般人たちが、ほぼ全員同じ大学に集まるなんてどんな確率だという話だ。
そもそもここの大学は地元ではそこそこ有名で、就職に不利にならない程度の水準の大学とはいえ、全国からここを目指して受験しにくるような大学でもない。
あの子がどういう子かは正直ほとんどわからないけれど、まさかそんなわざわざこの大学を受験しに来るなんてあり得ない。
普通ならそうだ。
しかし現実とは時に物語より奇なることが起きるもので。
わたしと、美里と、大河原さんと、丹波さんと、瑞紀さんが、同じ大学に所属していること自体、すでに奇跡だったのだから。
そこにもう一つ奇跡が重なったとしても、不思議ではないのかもしれなかった。
ふと、美里が校内図の前で困っている様子の女の子を見つけた。
わたしなら気にかけながらも向こうから声をかけられない限りはスルーしてしまうシチュエーションだけど、美里は一切の躊躇なく、その子に近づいていった。
困った者が見捨てられないというよりは、単に人と話す機会を逃さないだけ。
わたしにはよくわからない感覚だったけど、美里が行くなら、とわたしもあとからその子に近づいた。
「ねえねえ、貴女、もしかして道に迷ってる? 学校内の場所なら教えられ――」
美里にしては妙なところで言葉を詰まらせたな、とわたしが思ったのは一瞬。
振り返ったそのセーラー服を着た女の子の顔を見て、わたしは思わず硬直してしまった。
あのときと違って、メガネをかけているから少し印象が違うけど、あれだけ鮮烈に焼き付いた記憶で間違えるわけもない。
そしてそれは向こうも同じことだった。
わたしの顔を見て、その頬をかすかに赤らめ、目を見開きつつも、確信した様子で口を開く。
「え、っと……まさか……ミヤ、ちゃん……?」
ヒトネコパーティで、最初に触れあった女子高生が目の前に立っていた。
奇妙な縁はいまだ解れず。
ヒトネコが繋いだ縁は、まだまだ続いていくようだ。
ヒトネコライフ! おわり