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夜空さくら
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箱詰倶楽部の携帯旅行 前編


 筋骨隆々とは彼らのためにある言葉だと、その行列を見た通行人たちは思った。


 服の上からでもわかる筋肉で覆われた身体は、思わず立ち止まって眺めてしまうほどのインパクトがあったのだ。

 その上、そんな筋肉の塊がひとりふたりではなく、十数人連なって歩いているものだから、その目立ちようといったら、大名行列でも行われているのかと錯覚するほどのものだった。

 たまたまその行列を見かけた二人組の女子高生も、その圧巻の光景に思わずあんぐりと口を開けて目が釘付けになってしまっていた。

「ね、ねえ。この辺で何かイベントとか、あるんだっけ?」

「聴いたことないけど……っていうか、あの人たち、なに背負ってるんだろ?」

 彼らは皆一様に似たような箱を背負っていた。それはとても丈夫そうな材質で出来ており、単なる荷物を入れたバックパックというには非常に重そうだ。

 現に筋肉質で相当な力自慢であろう彼らでさえ、汗を掻いている。

 背負子のようなものでしっかり身体に固定してあるため、見た目ほどは重くは感じないのかもしれないが、傍から見ると相当な重量物であることに違いはない。

 何かのイベントか、それとも珍しいトレーニングか。

 彼らを見かけた者たちがひそひそと憶測を交わす中、彼らは先頭を歩く女性に着いて、一定のペースで歩き続けていくのだった。





 筋肉自慢の男たちの前に立って歩いている真藤馬しずなは、背中から相当な圧を感じながら歩いていた。

 ツアーガイドのような立ち位置にあることからもわかるように、今回彼女には彼らを先導する役割が与えられていた。

 変則的とはいえ、一企業の受付嬢として様々な相手と相対する上で、培った営業スマイルで乗り切っているものの、背後から小山がついてくるが如き感覚は、彼女の精神を相応に消耗させていた。

(……はぁ。またこんな珍妙なイベントに付き合わせて……恨みますからね、社長)

 いつものように箱に詰められないで済んだかと思えばこれである。

 内心文句の一つや二つ、呟かずにはいられない。

 いくら仕事のうちとして、納得済みで引き受けたことではあるが、ここまで威圧感を覚えるとは思っていなかった。


 彼女は箱詰倶楽部という、『箱に詰められた状況を性的に楽しむ』ことを活動目的とする企業で、受付嬢として働いていた。


 彼女自身には特にそういう趣味も嗜好もなかったが、社長の趣味で行われるイベントで、人数の関係で彼女も箱の中に詰められてしまうことは時々あった。

 受付嬢という本来の職務からは大いに外れてしまうゆえ、突っぱねることも出来るのだが、社長のお願いに弱い彼女は、つい許容してしまうのである。

 いつも特別な箱に詰められたり、箱に詰められたまま運ばれたり、挙句の果てには箱に詰められた状態で仕事をさせられたりすることすらもあった。

 今回のイベントでは、希望者だけで参加人数が埋まったこともあって、しずな自身は箱に詰められなくて済んだのだが、その代わりに屈強な男性たちの案内を――先導を任されてしまったというわけだ。

(別に、男嫌いというわけではないので、構わないと言えば構わないのですが……)

 しずなは信号に差し掛かって立ち止まったのを機に、さりげなく後ろを振り返る。

 彼女より頭一つ分は高い身長を誇る筋肉男が、ずらりと並んでいる。

 そんな大柄な彼らでさえ、背負子を使わなければならないくらいに重く大きな箱を背負っているため、質量が増して威圧感がさらに増していた。

 健康的に汗を流しながら、先頭にいた男性がニッコリと笑顔を浮かべる。

「いやぁ、いいトレーニングになりますよ」

「そうですか。それは良かったです」

 当たり障りのない言葉を返すしずな。むしろそれ以外にどう言葉を返せばいいのか、しずなはわからなかった。

「もうまもなく第一チェックポイントにつきますので。そこで少し休憩しましょう」

「はっはっはっ。まだまだいけますぞ!」

 ムキッ、と筋肉を誇張していう男の言葉に、しずなは営業スマイルを返すのだった。

 さすが、体力自慢の力自慢が揃っているだけあって、彼らの中で音を上げているものは一人もいない。汗は掻いているものの、足取りに不安のある者はひとりもおらず、まだまだ歩いて行けそうな気配が感じられた。

 しかしいくら余裕が見えるといっても、休憩は予定通り取らなければならなかった。

 それはもちろん、彼らの背負っている箱の中に――箱詰倶楽部の会員たちがいるためである。箱にはハイテクな仕掛けがいくつも施されており、普通の箱に詰められるよりは負担も軽いが、それでも休憩は小まめに取らなければならなかった。


 今回の箱詰倶楽部のイベント名はーー『携帯旅行』なのである。





「さあ皆さん。どの運び手の方に運ばれたいか、選んでください! 早い者勝ちですよー!」

 社長が音頭を取ると、裸にバスタオルだけを巻いた箱詰倶楽部の会員たちが姦しく話し合いながら、これから彼女たちが詰められる箱の上に置かれた顔写真を物色し始める。

「この人カッコイイ! 私この人にしよっと!」

「優しそうな人選んだ方がいいよぉ?」

「乱暴に扱われたら大変だしねー」

 キャッキャと笑い合いながら選ぶ会員たちを見ながら、私は密かにため息を吐く。

「ふふふ……みんな楽しんでくれて何よりだわ」

 一番このイベントを楽しんでいる社長が近づいてきたので、私は社長とこっそり話をすることにした。

「本当に大丈夫なんですか? 向こうは自分たちが背負う箱の中に人が入っているなんて夢にも思っていないのでしょう?」

「その辺は大丈夫! ちゃんと事前にルールも守れない人は除外してあるわ」

「にしたって……事故とか考えると、私は今から気が重いんですが……」

「一応念入りに安全なルートを選んでいるし、あの箱はトラックに直接轢かれても形状を保つ強度があるから大丈夫よ。仮に落としても衝撃を吸収して致命打にはならないようにできてるし」

「前から思ってましたけど、技技名さんの技術力おかしくありませんか?」

 オーバーテクノロジーなのは知っていたけれど。どんな素材をどう使ったら、あの小ささでそんなシェルターみたいな箱が出来るのかがわからない。

 まあ、今更気にしても仕方ないので、そこは流すことにした。

「……それは置いておいても、彼女たちもよくほとんど知らない相手に身を委ねる気になりますね」

「箱詰プレイへの期待感が上回っているというべきかしらね。というか、今回はある意味あの運び手の人たちも、彼女たちの目当てのうちだし」

「……お見合い、みたいなことを予定してるんでしたっけ?」

 普段、女性単体や成立済みのカップルを愛艇にすることが多い箱詰倶楽部だが、今回はフリーの、出会いに飢えている女性たちばかりが集められている。

「ええ。今日の宿についたら、一日彼女たちを運んでくれたお礼もかねて、みんなで宴会をすることになっているわ」

 いうなれば婚活パーティのようなものである。

「もしかしたら、そこでカップル成立、なんてこともあるかもしれないわね?」

 イベントを企画する会社側の私たちは、差し詰め恋のキューピットだろうか。

 嫌なキューピッドもあったものだった。

「なにせ移動時間はほぼずっと密着しているわけだし、彼らのちょっとした仕草ややりとりなんかも全部わかるようになってるからね。ビビッとくる相手と出会える可能性はあるわよ!」

 果たしてそうだろうか。

 私だったら、そんな形で運命の人に出会いたくはないが。

 今更それを口にしてムードを盛り下げるわけにもいかなかったので、私は賢く沈黙を守ることにする。

「皆さん選び終えたみたいですよ」

 そう私がいうと、社長は頷いて、改めて会員たちの前に立った。

「よし、みなさん自分の運び手を選びましたね! それでは、早速ですが特別イベント『携帯旅行』――そのイベント名の通り、携帯されて楽しむ旅行を、始めましょう!」

 ぱちぱちぱち、と控えめな拍手が起こる。

「では皆さん! 箱の中に入っていってください!」

 社長の合図に、にわかに部屋の中が騒がしくなる。

 それぞれが自分の入る箱の扉を開け、箱に詰められるための準備を始めたからだ。

 箱は彼女たちが三角座りを極限まで縮めた状態より、少し大きいくらいのサイズだった。

 安全は確保されていたとしても、実質ほとんど余裕はなく、その中に入ればほとんど動けなくなるのは自明のことだ。

 しかし彼女たちはそれこそを喜んで、身に纏っていたバスタオルを脱ぎ捨て、一糸まとわぬ全裸になっていそいそと準備を進めていく。


 箱には人間を無事に詰めるための安全機構の他に、詰められている間退屈しないための仕組みが用意されていた。



中編に続く




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