箱詰倶楽部の携帯旅行 後編
Added 2020-10-20 13:20:21 +0000 UTCある日、ジムに一風変わったトレーニングのイベントの話が持ち込まれた。
俺が通っているジムは、いわゆる『魅せる』ためのマッチョを目指すのではなく――それはそれで素晴らしい肉体美だとは思うが――「実際に使える筋肉」を身に着けることを目標にした、少し変わったジムだ。
だから荷物を背負っての山登りとか、普通は電車で行くような長距離の行軍をトレーニングとして良く行っている。
今回の企画はジムのオーナーが考えたイベントではなく、特殊な装置を開発している会社から提案してきたものらしい。
実験を兼ねた、ちょっとした小旅行的なイベントになるという。
さらにそのイベントでは夜に交流会――ぶっちゃけた言い方をすると合コンだ――も行われるとあって、肉体に自信はあっても出会いのない、独身男性がこぞって参加していた。
普段のトレーニングイベントは用事があって参加しない者も多い中、現金な男が多いというわけだ。
まあ、俺もそのうちのひとりなわけだから、そいつらを笑えないのだが。
餌につられてしまった俺が出発地点として指定された建物の一室に辿り付くと、そこにはよくわからない光景が広がっていた。
「……箱?」
学校の視聴覚室のような広い部屋。
その床に、謎の箱が等間隔で置かれている。これが企画を主催した企業の開発した装置なのだろうか。
高さは大体一メートル、幅と奥行きが七十センチくらいの長方形で、余計な装飾はなく、金属で出来ていた。荷物を満載にした登山者が背負っているバックパックのようだが、布じゃなくて金属という時点で、それよりかなり重いだろう。
この部屋に入る前に受付の別嬪さんから「置いてある箱にはまだ触れないようにお願いします」と言われていたので、触らないようにしながら部屋の中を少し歩いた。
箱には名前が書かれたプレートが上に置かれており、それはどうやら俺たちの名前のようだ。
(俺の名前もあるってことだよな……お、あった)
とはいえ、名前が違うだけで箱そのものに変わりはなさそうだ。
自分の名前が入ったプレートの箱の近くにはパイプ椅子が置かれていたので、ありがたくそこに座って待たせてもらうことにする。
――ギシッ……
「っ、ととっ! 勢いよく座り過ぎたか」
極普通のパイプ椅子は、俺のような筋肉達磨が座ることを想定していない。それなのに思わず体重をかけてしまった。慌てて足に力を入れ、少し身体を浮かせる。
古くなっていなくてよかった。ガタが来ているようなパイプ椅子だったら、どこかが壊れていたかもしれない。
パイプ椅子に座って待つこと暫く。続々とジムの仲間たちが集まって来た。
「おっす、久しぶり! やっぱお前も参加してたか。」
そう声をかけてきながら隣の椅子に座った顔見知りに向け、俺は苦笑いを返す。
「うるせーな。せっかくのイベントに参加しない方が損だろ」
「だよなー。……ところで受付の別嬪さん見たか? あの人も夜の合コンに参加してくれるのかなぁ?」
普段はあまり表に出していなかったが――うちのジムは性質上女性会員が少なないのもあって出す機会もなかった――どうやらそいつは結構な女好きだったようだ。
「さあな。そこはわからないが、あんまりがっつくなよ」
「何言ってやがる! 働いていると出会いの機会は多くねえんだから、こういうところでがっつかなくてどうする!」
そいつの言うことにも一理あるかもしれない。
それが目的の全てではないにせよ、俺もそれを楽しみにしていることには違いないのだから。
そんなことを考えつつも、そいつの話を適当に流していると、ジムの仲間ではない人物が部屋の中に入って来た。
これまた偉く別嬪な女性と、俺たちに負けないレベルの逞しい体躯をした女性だ。
普通なら美人の方に目が行くのだろうが、哀しいかな、身体を鍛えることに関心のある俺たちに興味関心はまず後者の方に向く。
「うぉ……やべえなんだあの女の人……」
「仕上がってる……でもあれはビルダーじゃねえな」
「実用性重視の筋肉……俺たちの同類か……」
仲間たちがざわめいている。そのあまりに真に迫った呟きに、こいつらは一体どんな目線で話しているんだと呆れてしまったが、俺もまたその女性の体つきに興味をそそられていた。背丈も相当デカいから大多数のジムメンバーより逞しく見える。
美しい女性がマイクを手に取った。
「皆様、本日は当倶楽部の特別懇親会にご参加いただき、誠にありがとうございます。私は今回のイベントの主催である倶楽部にて、社長を務めさせていただいている者です」
美人さんは社長だったようだ。
なるほど、言われてみればそういう『出来る女』オーラが滲んでいるような……ような……気はあんまりしない。どちらかといえば天然っぽい。
そんな美人社長は、挨拶だけすると逞しい女性にマイクを渡した。
「アタシは技術班主任の技技名だ! 今回のイベントで使う箱を制作させてもらったのさ! あと、そっちのオーナーとは幼馴染でね! イベントを持ちかけたのもアタシ! 色々と楽しいイベントになるように尽力させてもらったから、期待してくれていいよ!」
なんともはや、豪快な挨拶だった。
(その体躯で技術屋……? いや、力仕事にはなるだろうから妥当か……?)
机に座って図面を引く、みたいな立場なら無駄な筋肉と言えるが、実際に工場で腕を振るうタイプの職人であるならば、多少は力強さも必要だろう。
彼女の力強さは多少の範疇ではなかったが。
(それはそれとして、あの身体づくりのコツは知りたい気もするな……)
元々そういう拘りを持つジムに通っているだけあって、俺はそういう方向で彼女のことが気になってしまうのだった。
「さて、普段こうして外部の人に向かって説明役をすることはあまりないんだけどね! 今回に関してはアタシがそっちのジムとの繋がりがあるってことで、特別に説明役をさせてもらうよ! 礼儀作法とかよくわかんないから失礼があったらごめんね!」
ざっくりと、サバサバと。
そもそも敬語すら使っていないし、豪快過ぎる態度であった。
とはいえ、俺としては仕事でもないし、それくらいの方が付き合いやすくて安心するので気にしない。ジムの仲間も大体同じ意見なのか、気を悪くしているような奴はひとりもいなかった。
隣の女好きな奴に至っては「……割とありだな。あそこの締まり良さそう」なんて、よっぽど最低なことを口走っていた。
(お前、それを本人に聞かれたらドン引きされるぞ……まあだからこそパートナーがいないんだろうけど……)
「まずは、すでに聞いていると思うけど、今回のイベント名の再確認からね!」
技技名さんがそういって手の平を掲げると、その腕に巻かれていた腕時計のようなものから映像が壁に向かって照射される。
まあ要するにプロジェクターだ。
さらっと使ってるけど、それがすでにとんでもないテクノロジーじゃないか。
ともあれ、照射された壁にはデカデカと『携帯旅行』の文字が浮かんでいる。
「題して『携帯旅行』! 君たちにはアタシが開発した特殊トレーニング機材を背負って長距離行軍してもらうのさ!」
やはりこの箱を背負って歩くようだ。
しかしそれだと要するにウェイトトレーニングでしかないような気がするが。
「ふふふ……詳しくは秘密だけど、箱には色んな機能が備わっているのさ。それはもうすごい機能がね」
それだけを聞けば単なるハッタリか詐欺を疑うところだが、いままさに彼女の持つ技術力の一端を見せつけられたところだ。
それと同様のテクノロジーがこの箱に詰まっていると考えれば。
(……信じる信じないはおいておいても、話に乗ってみる価値はあるか)
打算的にそう思う。このイベントは参加費こそ多少支払ったものの、一泊二日の行程としては格安の部類だ。夜に行われる合コンでは高級料亭の料理が味わえるという話もあるし、仮にテクノロジーが全て嘘で、単なるウェイトトレーニングだとしても損はしない。
技技名さんが合図を出すと、箱を背負うための道具を職員さんたちが箱に取り付けていく。いわゆる背負子のようなものだ。それによって重そうな箱を持ち運べるようになるのだろう。
(……ウェイトトレーニングと考えると、道具が良すぎるのは良くないんじゃないか?)
各個人の体格に合わせて調整されているらしい。
試しに背負って見ると、かなりずしっと身体に重みが来た。
そして、その感覚に驚く。
「うぉ……っ、これは……!」
背負う部分の機構が上手く重量を分散してくれているのだろう。肩にベルトが食い込む感覚はあまりなく、全身が平等に重くなっている。
これはかなりいいトレーニングになりそうだ。
その予感を感じていると、技技名さんが説明を続けてくれた。
「君たちにはこの箱を携帯して貰うことになるわけだけど、それじゃあただのトレーニングでイベントにならないよね! だから、君たちにはあることで競い合ってもらうよ!」
技技名さんはニカッといい笑顔を浮かべて告げる。
「題して! 『箱は大事なお姫様! なるべく揺らさないゲーム!』」
曰く、箱には高感度センサーが仕込まれており、振動や傾きなどを記録し、どの程度箱が揺れたか、つまりどの程度身体がふらついたかがわかる。
最終的にその揺れが最も小さかったものから順に、特別な豪華景品が贈られる――そんなゲームなのだという。
トレーニーである彼らにとっては、より質の良いトレーニングにもなって一石二鳥。
その説明を、箱の中で聞いていた私は、盛大に冷や汗を掻く羽目になった。
(裏を知ってたらあからさますぎじゃない!? まあ、皆ただのそういう比喩だって捉えてくれたみたいだけど……)
向こうはこっちが箱の中にいるなんてことを知らないから、箱を乱暴に扱わないためのルールは必要だ。
けれどまさかそんな堂々とした比喩を持ち出すとは思わなかった。怪しまれたらどうするつもりだったのだろうか。
(まあ、普通の人は箱の中に人が入っているかも、なんて夢にも思わないだろうし、仮にそう思ったとしても箱の蓋を開けられるわけではないだろうから、大丈夫なんだろうけども……)
中々危ういことをしてくれる。変な意味で胸がドキドキしていた。
しかしそんな気持ちも、実際に彼らに背負われて運ばれる段階で消えてなくなった。
(ゆらゆらと揺れて……なんだろう、揺りかごとかハンモックとか……そんな感じ?)
視界は真っ暗だったけど、すぐ近くに男の人の気配を感じる。
「ふー……ふー……ふー……」
逞しい体が奏でる呼吸音は、決して不愉快なものではなく、むしろそれほどの存在に身体を預けているという安心感に繋がった。
とはいえ、そんな呼吸音すら聞こえるような至近距離で、私はほぼ裸で、身体を丸めて箱に詰められているわけで。
そのとても倒錯的な状況に非常にドキドキしていた。
「見た目で感じるより、軽くて楽だな」
「背負いベルトのおかげなんだろうなー。これ今回だけじゃなくて普通に普段のトレーニングにも欲しいわ」
「箱の中には結構空洞がある感じだよな。機械が詰まってたらこんなに軽くはできないだろ」
「ははっ、『お姫様』にしちゃあ、ちと重いけどな」
違いない、と男性同士が笑いあっている声が聞こえて来た。彼らも少し歩いて重みに慣れて来たのか、雑談する余裕が出て来たようだ。
誰が誰と喋っているかはわからないけど、声の距離から自分を背負ってくれている人が喋っているかどうかはわかった。
(男性同士の、だいぶ気を許した会話を聴けるのは、相手の本性を知るって意味ではいいわね……)
女性に対してだけ外面がいい男というのはいるものだから。
無論、飾らないことが必ずしもいいこととは限らないし、女性が女性に対する態度と男性に対する態度が異なるように、男性もそうであるのだから、男性が男性に対する態度だけを見てその人物を判断するのは間違っている。
しかし、どちらもその人であるのならば、ひとつの判断材料にはなる。
いまのところそこまで態度が露骨に酷い人はいないようで、一安心だった。
言うことがちょっと下品な人はいたけれど。あの程度ならまだ許容範囲内だ。
(私を運んでいる人じゃないしねえ)
彼を選んでしまった女の子がどう感じているかは、その子にしかわからない。
私は時折交わされる外での会話に耳を傾けつつ、別のことにも考えを巡らせる。
(それにしても……すごいわ……)
箱を背負って歩く。それだけを聞けば簡単なことのように思えるけど、私を収めた箱の重さは軽く見積もっても百キロくらいは超えているはず。
身体にしっかりと固定されているとはいえ、それを背負って何キロも歩くというのだから、並大抵の体躯ではない。
逞しさに関してはこのイベントをこなした時点で証明されるということだ。
卓越した身体能力はそれだけで尊敬の対象である。
箱に入る前に見た、男の人の顔写真を思い出す。俳優のようなずば抜けたイケメンではなかったけど、素朴で快活そうな、そして逞しい人。
そんな人が私を背負って運んでくれているのだと思うと、なんだか少し違う意味でも胸がドキドキする。
「フゥ……フゥ……フゥ……?」
声をあげられないように口は塞がっているから、鼻で呼吸を繰り返していると、不意に自分以外の体臭がすることに気付いた。
どうやら、箱の換気機能が、外の空気を取り込む際、男の人の匂いも一緒に取り込んでしまっているようだった。
嫌な匂いではなかった。別に匂いフェチというわけではないのだけど。
(たまに街中で嗅ぐ嫌な匂いとは全然違う……なんで……?)
これは後に知ったことだけど、そもそも男の人の汗の匂いが不快なのは、男の人がそれを自覚してケアしていないことが原因なことが多いのだという。
ジムに通い、汗を流すことを習慣にしているこの人たちは、そもそも身体を動かすから代謝がよく、嫌な匂いがしにくいというのもあるし、意識して身体を清潔に保って匂いケアを行っているため、思わず息苦しくなるような不快な匂いにはなり辛い、とそういうわけだった。
もしそんな匂いを出す人が担当だったらと考えるとぞっとしない話ではあるけれど、私を担当してくれているその人はそうではなかったので、安心して呼吸することが出来た。
男性の気配を傍に感じることにも慣れて来て、私には箱詰めの感覚を味わうだけの余裕が生まれた。
(ほんと……身体はゆらゆら揺れるけど……心地いい……)
本当に揺りかごに入れられてあやされているようだ。
男の人の匂いを感じつつ、私は自分の匂いが籠っているのを感じる。
箱には温度調節機能があり、蒸されるほどの暑さにはなっていなかったけれど、狭い箱の中に人間が一人押し込められているのだから、当然温度は増していく。
汗が身体の表面を、丸めた背中の上を流れ落ちていくのがわかる。しかしそれを拭うような自由は私にはない。ただじっと耐えるだけだ。
不意に、私の体の中に挿し込まれた突起がぶるる、と震えた。
「んぁっ♡」
思わず声が出てしまう。
口がマスクギャグによって塞がれている上、音を通さない分厚い壁があるから外にまで聞こえはしないだろうけど、これだけお互いの距離が近いと、大きな声をあげたら気付かれてしまいそうだ。
(がまん……っ、がまん……!)
声をあげないように堪える。けれど身体の中で動く突起は私の事情などは考えてくれず、動き続けている。
ただ震えていただけの突起の動きが変化する。私の一番感じるところを、弱いところを探してもぞもぞと蠢いていた。
「んぅ……っ♡ んんっ♡」
ウィンウィンと身体の中の突起が動き、私の快感をどんどん高めていく。
体をより小さく縮こませて耐えようとすると、余計にその振動が強く感じられて、さらに気持ちよくなってしまう。
(あぁ……っ、だ、だめぇっ……!)
元々箱に詰められるだけでも気持ちよくなってしまう性質なのだ。
男の人によって運ばれている最中という特殊なシチュエーションも合いなって、私は早くも身体を震わせて絶頂してしまった。
「――ッ、んッ、ふ、ぅ……っ!」
思わず体を捩ってしまい、身体がギシギシと音を立てる。
幸い箱の中で何が起こっているのか男の人は気付いていないらしく、黙々と歩き続けるだけで、特にこちらのことを察した様子はなかった。
(ま、また……っ)
一度絶頂したからといって、身体に挿し込まれたバイブが手加減をしてくれるわけもなく。
立て続けに動き始め、私は身動き一つ取れないまま、再び性的絶頂へと導かれる。
「~~~ッ!♡♡♡」
私だけではなく、いま運ばれている子たちの大半が似たような状況なのだろうと想像すると、何とも奇妙な一体感を感じる。
とても心地よい、『携帯旅行』だった。
その後、『携帯旅行』は無事に宿までの行程を済ませ、宿泊先の旅館で男女交えての宴も執り行われた。
半日の間ずっと傍に男性たちの存在を感じていた女性たちは、自然と彼らに対する心理的な距離も近くなっていた。
自分たちが運んだ箱の中に彼女たちがいたということなど全く知らない男たちは、そんな彼女たちの距離感に戸惑いつつも、根が真摯な者たちが多かったため、宴は楽しく夜遅くまで続いたのだった。
交流会としても『携帯旅行』のイベントは大いに成功を収めたのだ。
おわり