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夜空さくら
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カゴノヒト 第2話「冒険者とそのあり方というもの」

■ あらすじ:拘束プレイ愛好者の十和野カゴメは、ある日自縛プレイのミスにより死んでしまう。その寸前、異世界の神によって加護を経て異世界転移を果たした。異世界で冒険しながらも、貰った加護で拘束プレイの追及に余念がないカゴメ。その周りには徐々にその意思に賛同する仲間が集まって行って――ありがちというにはあまりに異質な異世界冒険奇譚。


■ 本編は全体公開で連載していく予定ですが、それ以外で書きたくなった「おまけ」シーンは支援者様向けに公開予定です。そちらも合わせてお楽しみいただければ幸いです。


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 一般的に、冒険者になるには大きく分けて三つの道がある。

 ソロで活動するか、すでにあるグループに入れてもらうか立ち上げるかしてグループで活動するか、既存の冒険者のパーティに所属して活動するか、だ。


 まずソロは単純。ひとりで頑張る道。

 依頼人からの事情聴取から探索、戦闘、倒した獲物の処理、その他諸々の雑務。

 冒険者ギルドがやってくれることを除いた、ありとあらゆる全てをひとりでやる。

 当然高い戦闘力や索敵能力、知識や話術・交渉術までもが求められ、完全ソロでやれている冒険者はほとんどいない。稀に突出した戦闘力を持つ者が、通常の手順の一切を無視してその戦果だけで活動を成り立たせることもあるが、それは極々一部の例外に過ぎない。

 滅多に成り立つものではないが、報酬や名声の全てが自分のものになる。世の中に伝わる英雄冒険者の伝説の中でも、神話級の存在は大抵このパターンであるという。

 ハイリスク・ハイリターンの道だ。


 次にグループで頑張る道。

 大抵の冒険者には得意不得意があるため、それをグループで補い合う形だ。

 前衛に立って戦う者、後衛に立って魔法を唱える者、狩り場にたどり着くまでや迷宮の道中の警戒を行う者、狩った獲物を上手く処理する者――など。

 いくつもの作業を分担して行うことで、すべてをひとりでやるよりも確実に、かつ、より良い形で行える。

 安全や確実性に関してはそれなりのものが担保出来る。

 ただ、分業であるがゆえによほど気の合うメンバーとでなければ諍いが絶えなかったり、一度メンバーが固定されると新参者が入りづらかったり、問題点も多い。

 報酬や名声はグループ内で分割されるが、ひとりではクリアできない依頼を受けることが出来るため、実入りはそこそこと言ったところ。

 上手くグループを組むことが出来れば、初心者でもいきなり実入りのいい仕事が受けられ、一気に成り上がることも現実的に狙える。

 多くの冒険者はこのパターンを選ぶことが多い。

 ただしグループの中には初心者を食い物にするような悪徳グループも存在する上、初心者同士でグループを組んだ場合、各メンバーの経験不足からかえって危険なことに成り得る危うさも秘めている。


 最後に、冒険者のパーティに所属する道。

 パーティ、とはグループをさらに巨大化したような組織のことで、明確な基準はないがグループが十人を超える大所帯になるとグループではなくパーティと呼ばれるようになる。

 基本的にはグループのリーダーが特定の基本方針を持ち、それに賛同する者やグループが増えることで自然とパーティとなるケースが多い。

 例えば『火龍討伐隊』というパーティは、とある火山に棲むファイアードレイクをいつか狩ることを目的にして結成された。



 言うなればグループの発展系であり、リーダーの采配で複数の依頼を同時並行で受けたり、専門職を何人も集めて難しい依頼にも当たることが出来る。

 リーダーが許可さえすればパーティには入れるため、新参者でも入りやすく、それぞれの職の専門家がいるため、知識や技術の伝承が自然と行われる。

 采配の多くをリーダーが握ることになるため、リーダーとの不仲は致命的だが、それ以外のメンバーとはそれなりの折り合いを付けて貰うことも出来る。

 基本的なパーティの指針というものが決まっていて、それに賛同できるならパーティに所属するのが、駆け出し冒険者にとっては最も安全かつ確実と言われている。

 もっとも、大所帯ゆえにリーダーの定める方針には従わなければメンバーになれなかったり、依頼をこなすことで得られる報酬や名声は大きなものに成り辛ったりする欠点も抱えている。

 パーティはソロやグループと違い、街の中にホームと呼ばれる拠点を持つ。

 結果として地域に根ざした存在になり、ギルドとの関係も深いものとなるため、初心者を食い物にしたり、依頼をいい加減にこなしたりという悪徳パーティは存在し難い。



 実のところ、冒険者パーティを設立すること自体に、特別難しい条件があるわけではない。

 なぜなら結局は多くの冒険者がそのパーティに所属したいと思えるようなパーティでなければ、どんなパーティを設立しても人は集まらないからだ。

 特に冒険者にとって所属するパーティとは、生存率や生計を立てる上で非常に重要な要素である。よほど美味しいパーティ特典であったり、条件がなければ人が集まることはない。

 冒険者パーティを作りたい、という望みは難易度でいえば『作るのは簡単だが維持するのは難しい』という類いのものになるのだ。


 だが、それはあくまでも――普通の冒険者がパーティ設立を望んだ時の話である。





 中堅冒険者グループのひとつ『銀翼』のリーダー・ワジムは、とある冒険者パーティの拠点にやって来た。

 豪邸というわけではなく、作り自体はとても質素な屋敷だ。だが、十数人が暮らすのには十分な広さがあるであろう二階建ての建物を前にして、ワジムは感嘆の息を吐く。

 貴族ならともかく、中堅冒険者のワジムにとっては、目の前の屋敷でも十分な『成功の象徴』だ。いずれは自分の家を持ちたいと思う者は多く、ワジムもその中の一人だった。

「相変わらず、立派な建物だなぁ……少し羨ましいや」

 その手にはギルドマスターからの封書が握られており、彼はその封書を届けに来ていた。

 いくら村人出身とはいえ、本来ならば中堅冒険者グループの、仮にもリーダーが行う雑務ではない。

 もしも何の事情もなく、そんな雑務をギルマスが彼に押しつけたのだとすれば、冒険者に対する扱いを蔑ろにしたとして、この街のギルド自体が評価を落としかねない行為だ。

 だが、今回の件は理由があってワジムがその雑務を引き受けており、その理由は冒険者の間で共有されているため、誰からも文句が出る心配はなかった。


 届け先のパーティは、異世界転移者が設立したパーティだった。


 転移者とは、神が『世界に変革を促す』ために転移させていると云われる異世界からの流入者。

 その転移者には神から直接加護が与えられている場合が多く、その影響力は神の目論見通り、世界を変えうるほどのものになる。

 転移者の名前はトワノカゴメ。『加護を付与する特定用途の道具を作りだす加護』という加護を持つ。

 普通は滅多に得られるものではない加護を量産できるという点では、破格の加護を持つ人物だ。

 まだ彼女がこの世界に現れて数ヶ月しか経っていないのに、冒険者パーティを設立するに至っているのも、その加護の力が大きい。

 ワジムはそのカゴメと、冒険者として初めて邂逅した人物だ。

 その縁もあってカゴメがこの世界で冒険者として活動し始めた頃、彼女は一時的に彼の率いるグループ『銀翼』に所属して共に行動していた。

 彼女が冒険者として活動して行く上で、冒険者のイロハを教えたのが彼を含めた『銀翼』のメンバーであり、カゴメがパーティを設立するためにグループを脱退した後も、何かと相談事に乗ったりして親交を深めていた。

 最近の数週間ほどは互いに依頼をこなすなどして会えていなかったため、ギルマスが多少強引に会うきっかけを作ったのだと、ワジムは理解していた。

(ギルマスの意図は大体わかるけど……カゴメさんのことだから、そんなに心配しなくていいと思うんだけどなぁ)

 異世界転移者は、世界に大きな影響を与えてしまう存在だ。

 ゆえにこそ、その存在が世界に与える恩恵は平等に分け与えられなければならない。それはどの国でも同じであり、転移者の情報は秘匿情報とされながらもギルドを通じてすべての国に共有されている。

 一国のみでの転移者の囲い込みは禁止事項でも、情報のアドバンテージは無視できない要素だ。だからどの国も転移者には、出来れば自発的に自分の国の枠組みの中に入っておいて欲しい、と考えている。

 ワジムたちの住んでいる街を統べる国としてもそれは同じで、出来るなら転移者には自分の国の中で活動をしてもらいたいし、他国に流れるなどもっての他だ。

 ゆえに、できる限り彼女をこの国に繋ぎ止めるための方策を、全力で講じていた。

 何の実績も持たない――ワジムたちと共に数件の依頼をこなしはしたが、それではとても足りない――彼女に与えるにしては、相当大きな拠点を与えたのもその一環だった。

 さらに、ワジムという顔なじみを作り、その縁を利用して国から離れがたくすることを狙っているのである。

(縁、かぁ……それはもう俺じゃなくてもいいと思うんだけどなぁ)

 ワジムは別にカゴメと転移者だから仲良くしたいとは思っていなかったし、その縁を彼女をこの国に縛り付けるために利用するのは、正直歓迎したいことではなかった。

 純朴な彼はそういった裏工作の必要性は理解しているものの、割り切ってその役に徹することが出来るかといえば、まったくそうではないのだった。

 小さく溜息を吐きつつ、ワジムはドアノッカーを使い、来訪を告げた。

 程なくして、中から扉が開けられる。

「はいはい、どちらさま? ……って、あら? ワジムくんじゃない。久しぶりね。元気にしてた?」

 顔を覗かせたのは、おっとりとした雰囲気の女性だった。

 セミロングの茶色の髪が、首を傾げた拍子にふわりと揺れ、いい匂いが周りに広がる。

 エプロンを身につけ、優しげな微笑みを浮かべるその女性は、いかにも所帯じみており、包み込むような母性を感じさせる。

 落ち着いた佇まいは、上級階級とまでは行かずとも、生活に困っていない余裕のある中流階級の人妻、といった雰囲気だ。

 しかし彼女は、ワジムもよく知る冒険者のひとりであり、カゴメのパーティメンバーの最初のひとりでもある。

「あ、ああ、どうも。マリエッタさん……でも、ワジムくんはやめてもらってもいいかな」

 ワジムは今年二十歳になる歴とした成人男性だ。

 この国では十五歳程度で成人と認められ、様々な責務が課せられることになる。ワジムの場合はその前から冒険者として活動し始め、いまではグループのリーダーを任せられるほど成長した。

 冒険者という稼業で生計を立てるだけの実力を持ち、そして実際成人の責務を果たしている彼にとって、「ワジムくん」と子供扱いされることはあまり嬉しいことではないし、周りに対する面子というものもある。

 もっとも、嫌かどうかでいえば、マリエッタという強い母性を感じさせる存在にそう呼ばれること自体は、いまは亡き彼の母親を思い返せてしまえるため、好ましくないわけではなかったのだが。

 マリエッタは「あらあら」と少し眉尻を下げた困り顔で呟いた。

「ごめんなさいねぇ。つい……私とそんなに歳も変わらないのだから、失礼だと思ってはいるのだけど」

 手を頬に当て、ぽわわんとした雰囲気を醸し出すマリエッタに、ワジムはなんとも心苦しい気分になった。

 彼女を困らせると、なぜだか非常に悪い気分になるのだ。それは彼女の人格が醸し出す空気が感じさせるもので、ワジムのような若い男には特によく利く。

「い、いや、まあ……他に人がいない時は別にいいんだけどさ。やっぱりほら、俺にも外聞ってものがあるから……」

 つい、そう言ってしまう。

 そのワジムの言葉を聞いて、マリエッタはその表情を喜びに綻ばせた。

「うふふ。ありがとうワジムくん。あ、ごめんなさいね。こんなところで……いまカゴメちゃんを呼んでくるから、中に入って、椅子に座って待っていて?」

 マリエッタはセミロングの茶髪とエプロンの裾をひらめかせ、ワジムに背を向ける。

 その背中から、ワジムはとっさに眼を逸らしていた。露骨に視線が泳いでいる。

(……正面からならまだエプロンのおかげでなんとか見れたけど……後ろ姿はちょっと……あれだなぁ)

 カゴメの設立したパーティのメンバーには『特別な制服』というものが支給される。


 カゴメが身につけているのとほぼ同系統の、ラバースーツがその『制服』だった。


 ラバー、もしくはゴムという素材で出来ているその服は、彼女の体にぴったりと張り付き、その豊満な体つきを強調する効果があった。

 四六時中その格好でいたカゴメと、一時冒険を共にしていた経験があるため、ワジムはまだラバースーツに慣れている方だが、それでも不意打ちのように見せつけられると思わず目線が泳いでしまう。

 その程度には、そのラバースーツの見た目に翻弄されてしまっていた。

(ダメだダメだ……マリエッタさんは、必要に駆られてラバースーツを着ることになったんだから……『そういう目』で見たら失礼だろ……)

 そう心の中で思うワジムは、本当に純朴な青年なのである。

 ラバースーツはリーダーであるカゴメが加護によって創り出したもので、当然ただの衣服ではない。それ相応の効果を有している。

 その中でもマリエッタの場合は事情が他のメンバーと少し異なり、彼女はそのラバースーツを着ることで、命が助かった経緯を持っていた。



 それは、ワジムたち『銀翼』がカゴメを加えて依頼を受け、様々な冒険者のイロハを彼女に教えていた時の話だ。

 実のところ強力な加護の品をいくつも持つカゴメは、普通の冒険者よりも遙かに死ににくく、険しい環境や難しい状況も力押しで突破することが出来る。

 しかしそれだけでは実際の冒険の困難さがわからないだろうということで、ワジムたちが一般的な冒険者の動きを彼女に教えていたのだ。

 カゴメ自身も自分という特異な例を基準に物事を考えることの危険はわかっていたようで、素直にワジムたちの講習を受けていた。

 そんなある時、実地試験がてら赴いた、とある村のすぐ近くの森で、はぐれレッサーデーモンに女性が襲われる事故が起きた。

 レッサーデーモンは山羊の頭に人間のような体、強力な毒を持つ尻尾に翼まで持つまさに悪魔のような外見をしている。

 本来レッサーデーモンは熊と同じ程度には人間を避けるため、人間側がよほど彼らのテリトリーに近づかない限り衝突は起こらない。

 だがそのレッサーデーモンは何らかの理由で群れから追い出されたらしく、人間の村の近くまで単独でやって来てしまったのだ。

 結果、本来なら安全であろう場所で薬草取りをしていた人間の女性を、獲物と見なして襲いかかって来たのである。

 その女性こそ、マリエッタであった。

 彼女の悲鳴を聞き、すぐに駆けつけた『銀翼』とカゴメだったが、その時にはすでに彼女はレッサーデーモンに噛みつかれて連れ去られる寸前だった。

 とっさにカゴメが手枷足枷の加護を用いてレッサーデーモンの動きを止めたが、尾と翼を持つレッサーデーモンを完全に封じることは出来なかった。

 ワジムがとっさの判断で翼を斬ることに成功し、逃走こそ防ぐことが出来たが、レッサーデーモンはほぼ無傷の胴体と尾だけで驚異的な強さを発揮した。

 『銀翼』が死力を尽くしてなんとかレッサーデーモンを討伐する頃には、戦闘中咥えられたまま振り回されたマリエッタはほとんど瀕死の状態だった。

 回復ポーションも回復魔法もレッサーデーモンとの死闘で使い果たしていたため、マリエッタをその時点で救える力は『銀翼』にもなかった。

 そこでカゴメがマリエッタの命を繋ぐために、その加護を用いることになったのだ。

 マリエッタはカゴメのパーティの最初のひとりというだけではなく、カゴメが初めて自分以外のために加護を使った相手となった。

 その結果、マリエッタは無事命が助かったが、その代わりに数年単位でラバースーツが脱げなくなってしまったのである。



 当時その場にいたのだから、ワジムもマリエッタの事情は当然知っている。

 元々不幸な事故で夫を亡くしていて、未亡人であったマリエッタは、その事件を機に生まれ育った村を離れることになった。

 それ以後、嬉しそう、かつ楽しそうにカゴメの世話を焼いているが、その格好で居続けなければならないことをどう思っているのかは、ワジムには推し量ることが出来ない。

(まあ少なくとも……俺が性的な視線を向けちゃだめだよな……うん……)

 恋人でもなんでもない自分にそんな視線を向けて喜ぶような人ではない、とワジムもよくわかっているのだ。

 ワジムの反応に気付いていないのか気付かないふりをしているのか、マリエッタはパタパタと建物の奥へと消えていった。

 マリエッタが視界からいなくなったことで、ひとまず安心したワジムは、建物の中に入る。

 冒険者パーティの拠点は、たくさんの人間が共に活動するという観点から、入ってすぐの広間は喫茶店か何かの店のようになっている。

 広い部屋に円形のテーブルがいくつも置かれており、そこで食事を取ったり小休止したり、人が増えれば賑やかな光景が広がるのだろうと予想できる場所だった。

 まだあまり人数が揃っていないこともあって、いくつかのテーブルには椅子があげられており、普段は使用されていないことがわかる。

 マリエッタがマメに掃除をしているのか、埃や汚れの類いは一切見当たらなかった。冒険者にもマメな者はいないわけではないが、やはりどうしてもどこか雑になりがちなところはあり、冒険者ギルドの建物はどこかしら傷ついていたり汚れていたりする。

 それに比べると、カゴメのパーティの拠点は本当におしゃれな喫茶店でも開いているのかと思うくらいには、整っていた。

 ワジムは入り口から一番近くて一番使いやすい席に腰掛ける。

 尋ねてきた依頼人などをもてなす席なのか、ここだけ机の上に花が飾られていて、見た目にも拘っているのがわかる。

(やっぱりいいなぁ。俺たちもいつかは……こんなに広くなくてもいいけど、それなりの拠点を持ってみたいもんだ)

 そんな夢のある想像をしながら、ワジムが待つことしばらく。

 マリエッタに呼ばれたカゴメがやってくる。

 その姿を見たワジムは、思わず目を見開いて驚きを露わにしてしまった。

 元々はラバースーツを着て、手足に重い枷をつけ、目隠しを身につけ、首輪についた鎖を誰かに引いてもらわなければ動けなかったカゴメだ。

 少なくとも数週間前、たまたま冒険者ギルドのカウンターで依頼を受ける時にすれ違った時には、記憶通りの姿をしていたはずだった。

 しかし今日現れたカゴメは――また違った格好をしていたのである。

 まず、そもそも自力で歩いていなかった。


 車椅子のような装置に乗せられて、別のメンバーに押してもらっていたのである。


 全身をラバースーツに包まれているのは以前と変わらない。

 きっちりと脚を揃え、礼儀正しく車椅子に腰掛けているように見えるが、それは見えるだけで、よく見るとその体は太いベルトのような拘束具で車椅子に縛り付けられている。

 両手は体の前で交差した上で、自分の腰を抱くように伸ばされている。手の先がどうなっているかはわからないが、まったく動かしていないところを見ると、両手が後ろで連結されて動かせないと思われた。

 首輪も車椅子の背もたれと短い鎖で繋がれていて、俯くことさえ出来なくさせられていた。

 まるで暴れてどうしようもない危険な精神病患者を戒めているような、そんな姿だった。

 その上、目隠しはそのままである上に、彼女の口も別の拘束具が覆っていた。顔の下半分が特殊なマスクで覆われていたのである。

 口があると思われる場所には円形の蓋のようなものがされていて、完全に口が塞がれている。

 ワジムはそんな彼女の姿を見て、どう反応すればいいのかわからなかった。普通の相手ならば、脚に怪我をして車椅子に乗っているのか、あるいは悪いことをして拘束されてしまったのか、と心配するところだが、彼はカゴメの特殊な趣味――否、ストレートにいって性癖だ――を理解している。

(とうとうあの拘束だけじゃ満足できなくなっちゃったのか……いや、それともこの拠点内だけでの姿なのかな……?)

 そんなことをワジムが考えている間に、仲間が押す車椅子に乗ったカゴメは彼のついている机までやってきた。

 カゴメの車椅子を押してきた彼女の仲間は、ワジムがまだ会ったことのない人物だった。

 カゴメとそう変わらない歳に見えるポニーテールをした彼女は、無表情でワジムに軽く頭を下げると、カゴメの口元に左手をやり、彼女の口を塞いでいる蓋を捻ってロックを解除する。

 その蓋が取り外された――その内部に伸びていた長い張り子と共に。

 ワジムが思わず仰け反ってしまうのにも構わず、ポニテの彼女はカゴメの口から長い張り子を抜き出していく。

「ウェッ、グ、ッ、オォ、ッ……!」

 嘔吐きながら、カゴメがその長い張り子を吐き出していく。唾液でドロドロになったそれは、妙に艶めかしい輝きを有していた。どうやらその張り子もラバー製のようで、柔らかくテラテラと妖しげにテカっている。

 先端は少し膨らんでおり――ワジムが思わず男性器のようだと思ったのも無理はなかった。

「けほっ、ごほっ……」

 すべてが抜き取られると、たまっていた唾液が気道に入ったのか、カゴメが小さく咳き込んだ。張り子を机の上においたポニテの彼女は、左でどこからともなくタオルを取り出し、溢れた唾液で汚れたカゴメの口元を丁寧に拭いてあげていた。

 溢れた唾液はカゴメの胸の方まで垂れていたため、彼女はそちらも淡々と拭いていく。

「んぅ……っ」

 柔らかいカゴメのおっぱいが、拭かれる度にぐにぐにと形を変える。その刺激が中々強烈なのか、カゴメは身を捩って悶えていた。

 ワジムは目の前で展開される奇妙にエロチックな光景に、目が泳ぎっぱなしだった。

 カゴメは目隠しをしているが、彼女のそれが周囲の情報をある程度認識している――つまりはワジムが目の前にいることも彼女はわかっているということを知っているのだ。

 ポニテの彼女がカゴメの体を一通り綺麗にすると、慎ましくカゴメの背後に戻る。

 口枷はそのままだったが、熱の籠もった息をひとつ吐いたカゴメは、改めてワジムのことを『見』やる。

『……ふぅ、お待たせしました。ワジムさん。お久しぶりです。お元気そうで安心しました』

 頭の中に直接声が響いたことにワジムは驚いたが、この程度で驚いて思考が止まるほど経験が浅いわけではない。

「あ、ああ、まあ久しぶり……君も変わりなく……といいたいけど、めっちゃ変わったねぇ」

『ふふふ、ありがとうございます』

 褒めてはないけど、とワジムは言いかけた言葉を飲み込んだ。

「……とりあえず、色々忘れないうちにこれを渡しとくね。ギルマスから」

 机にギルマスからの封書を置くワジム。

 机の上に、カゴメの口に差し込まれていたラバー製の張り子と、ギルドマスターからの封書が並ぶ、傍から見ると意味がわからない光景が広がっていた。

『いつもありがとうございます。お茶でもいかがですか? 近況報告もしたいですし』

「あー、うん。じゃあいただきます」

 どんな驚きの報告をされるのだろうかと、すでに十分驚かされたワジムは遠い目をするのだった。



第3話につづく




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