カゴノヒト 第7話 「ラバースーツの馴染んだ街」
Added 2020-11-23 14:15:46 +0000 UTC■ あらすじ:拘束プレイ愛好者の十和野カゴメは、ある日自縛プレイのミスにより死んでしまう。その寸前、異世界の神によって加護を経て異世界転移を果たした。異世界で冒険しながらも、貰った加護で拘束プレイの追及に余念がないカゴメ。その周りには徐々にその意思に賛同する仲間が集まって行って――ありがちというにはあまりに異質な異世界冒険奇譚。
■ 本編は全体公開で連載していく予定ですが、それ以外で書きたくなった「おまけ」シーンは支援者様向けに公開予定です。そちらも合わせてお楽しみいただければ幸いです。
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冒険者パーティ・カゴノヒト。
異例中の異例として、メンバーが数人しかいない状態でパーティが設立してから早一年。
パーティが設立して暫くは、その色んな意味での異質さゆえに、街の者からは敬遠されがちだった。
だが、特に大きな問題を起こすことはなく、依頼を通じて街の問題の解決や発展に寄与し続けたため、今では街の者もそのパーティの存在にすっかり慣れ、受け入れていた。
カゴノヒトのメンバーが、その独特な外見をした専用装備で、街中をうろついていても――平然と受け入れる程度には。
久しぶりにその街を訪れた獣人の行商人は、異様な光景を目の当たりにして思わず目を瞬いた。
彼女の名前はルナール・カラロウカ。
狐の獣人であり、その人並外れた嗅覚と商売の才覚を駆使し、それなりに大きな商会の一販路を任されているほどの才女である。
獣人であることに誇りを持っている彼女は、大きな狐耳やふさふさした毛並みが自慢の尻尾を隠すことなく露わにしている。
ウェーブがかったセミロングの灰色の髪は手入れが行き届いて艶やかで、陽光を反射してキラキラと輝いている。サイドで軽く編み込みを作っており、見目に特別気を使って整えていることが窺える。
少し高めの鼻には、優れたインテリジェンスの象徴かつ、生活に余裕がある者の証でもある、縁の細い眼鏡がかかっていた。
すらりと長い手足をしていて、スレンダーな体に纏っているのは、実用的でありながらどこかファッションとしても拘りが窺える衣服であり、「若い女性である」という彼女の武器を嫌味でない程度に最大限発揮するものであった。
獣人であることに加え、見目麗しい美女であることもあって、彼女自身が町中でとても目立つ存在である。事実、通行人の中には彼女のことに注目している者も多く存在した。
しかしそんな彼女自身は、別の存在に目を奪われていた。
ルナールが現在いる場所は街の中央付近にある、活気のある市場だ。
色んな立場の住民が忙しなく行き交い、呼び込みの声が賑やかに響いている。
日用品や食材などの買い物に来たらしい一般市民もいれば、これから街の外に出ようというのか、ある程度武装を整えた冒険者らしき者もいる。
治安を守るために目を光らせて街角に立っている兵士もいれば、道端に力なく座り込んでお恵みをねだっている浮浪者もいて。
明らかに人間ではない体格の、熊の獣人らしき大男が歩いているかと思えば、魔術師の使いなのか、風呂敷を抱えた犬程度のサイズの使い魔が人に踏まれないようにちょこまかと歩き回っている。
多種多様な姿や形をした者が行き交う、どこの街にもあるような、活気のある市場だ。
ルナールも見た目明らかな獣人であるため、目立つ部類であるが、そんな彼女が紛れてしまうほど様々な存在が行き交っている。
そんな中でも――その『彼女』の姿はやはり一際異彩を放っていた。
見た目はおっとりとした雰囲気を醸し出す妙齢の女性だ。ずば抜けた美貌というわけではないが顔の造形は非常に整っており、逆にそれが近寄りがたさのない、安心する空気感を生み出している。
体つきはふっくらというか、むちむちとしており、思わず触れたくなってしまうような、その気のない男性でもムラっと来てしまうような、実に性的魅力に溢れたものだった。
その容姿や体つきだけでも目を惹くであろう彼女は、その着ている衣服によって、その傾向がより強まっていた。
彼女は、ラバースーツという服を身に着けていたのだ。
首から下の身体を隙間なく覆うタイプのそれは、彼女の豊満なボディラインをさらに強調している。
同じラバー素材で出来たエプロンをその上から身に着けていなければ、直視することも憚られたかもしれない。
彼女が身体を動かすたびに、ラバースーツとラバーエプロンが擦れる奇妙な音が響いていた。ラバーで出来た衣服というものはとても珍しく、この場に彼女以外で身に着けている者はいない。
もしもこの街以外の市場でそんな格好をすれば、市場中の視線が彼女に集まっていたことだろう。それくらい、異質で目立つ格好であった。
そういう意味では、彼女に視線が集まらないこの街の者たちは、そういう存在にかなり慣れていると言えた。
ふと、ルナールの向けていた視線に気づいたのか、ラバースーツを着た彼女が周囲に視線を巡らせる。
そしてルナールを見つけると、その顔に笑顔を浮かべ、近付いて来た。
「あらあら。ルナールちゃんじゃない。お久しぶり。帰って来てたのね。元気そうで安心したわ」
親しい調子で挨拶してくる彼女に、ルナールは少し困ったような顔で応じた。
「ついさっき、戻って来たところよ……久々ね、マリエッタさん。貴女は……ええと……お元気そうで何より、と言っていいのかしら」
ルナールがそう言いながら視線を泳がせたのは、久しぶりに会い、目の当たりにしたマリエッタの姿に対し、視線をどこに向けたらいいのかわからなくなってしまったからだ。
ラバースーツというものは、身体のラインを強調する衣服である。
以前からマリエッタは母性的で豊満な体つきをしていたが、ルナールが暫く見ないうちに、その豊満さが随分と増していたのだ。
無論太ったという意味ではなく、かつては若干足りていなかった栄養がしっかり取れるようになって、痩せていた部分の肉付きが良くなったのだ。
そのため女性としてのーーありていにいえば性的なーー魅力が増しており、彼女が普通に街で暮らしていけているのか、ルナールが少々心配になるほどだった。
現在進行形で邪な視線を向けている不埒な者がいないか、思わず周囲を窺ってしまったくらいだ。もっとも、彼女の心配に反して、そう言った意味合いの視線を向けている者はほとんどいなかった。
性的な魅力が増した、という意味でルナールは「お元気そうで何より」と口にするのを少し憚ったのだが、マリエッタ本人は別の意味で受け取ったようだった。
「うふふ。お気遣いありがとう。でも大丈夫よ。ラバースーツはまだしばらくは脱げないけど、傷はもうすっかり治っているから」
そういって彼女は自分のお腹を掌で撫でる。ラバーとラバーが擦れ合う音が響いた。
マリエッタがそのラバースーツを身に着けた経緯は、はぐれレッサーデーモンに襲われ、致命傷を受けたためだ。彼女はラバースーツの加護で命を繋ぐ代償に、ラバースーツを数年単位で脱げなくなってしまっていた。そのことはルナールも知っている。
そのため、彼女がまだラバースーツを着ているということは、呪われている状態にも等しく、身体の傷は治っているにしても単純に「変わりなく元気」としていいのかどうかは迷うところだ。
ルナールはそういう気遣いをしてくれたのだと、マリエッタは解釈したのだった。
「この格好でいるのにも、すっかり慣れちゃったしね♡」
そういってマリエッタはラバースーツを誇るように、その大きな胸を張った。
そういう姿勢を取ったことで、ただでさえ際立っている彼女の胸の膨らみが、グッと強調される形になった。
「そ、そう、ね。それなら、いいのだけど……」
ルナールは自分の身体付きに関して――獣人としての耳や尻尾なども含んで――基本的には誇りを持っているし、愛着を持っている。
しかし唯一不満に感じているのが、胸の膨らみであった。
スレンダーといえば聞こえはいいが、彼女の場合はスレンダーを通り越して貧乳である。せめてもう少し膨らみがあれば、と思ったことは数知れない。
そのため、豊満なマリエッタの体つきはルナールにとって羨望と嫉妬の対象なのだ。
見せつけられるような形になって、思わず苦い顔をしてしまうルナールだが、マリエッタが嫌味でやっているわけではないことはわかっている。
ゆえに下手に触れないようにして、別の話に逸らすことにした。
「カゴノヒトの皆も、カゴメさんも元気にしてるの?」
「うふふ。ええ。リーダー含めて皆元気にしているわよ。人数も随分増えて、賑やかになったわ。ルナールちゃんを皆に紹介しないといけないわね」
「へぇ。結構増えたのね。あの加入条件、人によっては結構厳しいものであると思うのだけど」
カゴノヒトは女性限定の冒険者パーティだ。
女性だけのグループやパーティは実の所そう珍しいわけではない。
魔法がある世界では男女の肉体差など軽く埋まりうるものだし、男女混合の場合パーティの中での男女関係で揉めることも多く、それなら最初から男だけ・女だけのパーティにしようと考えるのは当然の話だ。
もっとも、男女差がそうないとはいえ、やはり色々な面で区別は生じうるため、バランスを考えれば男女それぞれいた方がいいのだが、それはそれとしてさておき。
そういう理由で、女性限定という加入条件はそう大きな問題にはならない。
その問題よりも遥かに問題と思われるのは、カゴノヒトで提供される特別な制服――マリエッタも身につけているラバースーツのことである――の着用が義務とされているところだった。
決して一般的な外見とはいえないラバースーツを身につけなければならないというのは、普通の女性にとって中々勇気のいることであった。
マリエッタはそもそもそういう認識にないのか、不思議そうに小首を傾げる。
「そうかしら? 必要に駆られてこれを着たのは私とナギちゃんくらいで、あとの人は皆、自分から着ることを選んでいるわよ?」
「確かに有用であることは間違いないけどねぇ……カゴメさんも中々罪なものを作ったものだわ」
加護というものは、本来は大冒険の果てに手に入れられる伝説級の装備くらいにしかない。
実際は加護による加護のため、厳密にはそういった『本物』に遠く及ばない性能ではあるのだが、それこそ『本物』を相手にするわけでも無いなら十二分な性能をしている。
それが少し恥ずかしい格好を我慢するだけで分け与えてもらえるというのだから、普通は志願者が殺到してもおかしくない。
そうでないのはカゴノヒトのリーダー・カゴメが用意する装備が拘束具というカテゴリーに存在し、嵌めれば嵌めるほど――ハマればハマるほど――抜け出せなくなっていくということを、直感で理解してしまうからだろう。
それを最初から理解していたルナールは、単純に街から出ることも多い立場にあるからということもあったが、カゴノヒトに直接は所属せず、外部協力者として程よい距離を取っている。
離れ切ることができなかったのは、すでにかなりの部分でカゴノヒトの拘束にハマって島っているということもあるが、もう一つ理由があった。
「……そういえば、あの子はどうなってるのかしら。ズブズブとハマって行っちゃってたけど。ま、まあ、別に、特別気にはしてないんだけどね」
今思い出した、と言外に主張するかのように。いかにもついでのように、ルナールはマリエッタに尋ねる。
しかしマリエッタは、ルナールが一番聞きたかったことはそれだということがわかっていた。
ある程度彼女と付き合いがある人間なら大体察するし、そもそも彼女の狐耳が今までと違ってピクピクと動いているので、そのことを知らない人間でも、彼女が一番興味を持っているのは「その子」のことだと察するだろう。
マリエッタはそんな彼女の素直じゃない態度を可愛らしく思いつつ、提案するのだった。
「これからうちに来たらいいわ。また街の外の話を聞かせてちょうだい。カゴメちゃんも聞きたがると思うし」
「し、仕方ないわね。いいわよ。外部協力者として、外での話をカゴメさんにしにいくのも契約のうちだし、色々と仕入れたものを売り込みにいかないといけないしね」
澄ました顔でメガネのブリッジを押し上げつつ、早口で告げるルナール。
マリエッタはそんな彼女の尻尾が左右に勢いよく振られていることに気付いていた。
そっけない態度を取りつつも、ルナールが喜んでいることは誰が見てもお見通しだったのだが、心優しいマリエッタはそれに気付いていないふりをするのだった。
ルナールとマリエッタがカゴノヒトの屋敷に辿り付いた時、ちょうど屋敷の中から数人のメンバーが出てくるところだった。
三人組のグループはルナールたちに気付き、思い思いに声をかけてくる。
「お? ルナールじゃん。おひさー」
「数か月ぶりですかね? お久しぶりです」
「おかえりにゃー。おみやげはどんなのがあるにゃ?」
軽薄そうな女戦士、穏やかなシスター、元気いっぱいの猫娘、とバリエーションに富んだ面子である。
彼女たちとルナールは既知の関係であった。
「あんたたちは相変わらず仲良さそうね……これから依頼に行くの?」
「ううん、まだ準備しないといけないものがあるから、明日出発するつもりー」
「あらあら。言ってくれれば市場で買って来たのに……」
「あー、市場で買えるもんじゃないんだよねー、これが」
「実は聖水を切らしてしまってまして……新しいものを神殿で頂かないと行けないんです」
市場には色々な物資が並んでいるが、専門性の高いものはそこでは買えない。聖水は神殿が管理しているものであるため、直接神殿に行かないと手に入らないのである。
「聖水が必要ってことは……死霊絡みの依頼なの? ああ、だからクリスがメンバーに含まれてるわけね」
聖職者のシスターであるクリスは、アンデッドやゴーストなど、霊的な魔物に対して効果の高い退魔の術に長けている。
「そうなんです……正直、除霊はあんまり得意じゃないんですけどね……」
「コップが割れても、心霊現象なのか、クリスの不幸体質の結果なのか、わからないもんねぇ」
「にゃはは。それを言ったらクリスが可哀想にゃ!」
嫌味なくけらけら笑う二人に対し、クリスは恥ずかしそうに縮こまるのだった。
彼女は類まれな生来の不幸体質を患っていた。幸い命にかかわるような不幸に見舞われることはないものの、何かと小さな不幸が起きてしまう体質なのである。
そのため、物が倒れたり壊れたりしてもいつものことだと考えてしまうのだ。今となっては笑い話だが、悪戯好きなゴーストに憑かれていたことに数日間に渡って気付かなかったこともある。
それでも彼女がそういった現場に赴くのは、彼女が聖職者であり、それに特化した加護を付与された制服を身に着けているためだった。
「ほ、ほら、早く神殿にいきましょう! それじゃあルナールさん、またあとで!」
女戦士と猫娘の背を押して、クリスがそそくさとこの場を離れていく。
そんな三人の姿を――それぞれに合った工夫が施されたラバースーツを着た三人を――見送ったルナールは呟く。
「……他のふたりはともかく、クリスのあれは神殿に着て行って問題ないのかしら。神父さんに怒られそうだけど」
「あらあら。最近は朝のお勤めもあれで行っているみたいだから大丈夫だと思うわよ」
さらりと告げられたマリエッタの言葉に、ルナールはどんな顔をすればいいのかわからなくなってしまった。
「色んな立場の人にあの姿が受け入れられてるのは、いいことよね、うん」
そう無理矢理自分を納得させたルナールは、マリエッタに続いてカゴノヒトの扉を潜って、拠点の中に入った。
カゴノヒトの拠点は、ルナールの記憶にあるよりも遙かに賑やかになっていた。メンバーが少なかった頃は使っていなかった部分も多かったが、いまではしっかり全てのスペースが使われている。
マリエッタが管理しているのか、花飾りなどのインテリアがそこかしこに置かれており、拠点として居心地がいいように整えられている。
拠点には来訪者を受け付けるためのカウンターが設置されていた。
その中で作業をしていた女性が、マリエッタたちに気付いて顔をあげた。
「おかえりなさ……あら。ルナールじゃない。生きてたのね」
カゴノヒトで折衝などの重要なポジションをこなしている女性――シャーティだ。
不敵な笑みを浮かべて告げられた言葉に、ルナールもまた不敵な笑みを浮かべて応じる。
彼女とシャーティは幼い頃からのライバルであった。
シャーティは情報屋として、ルナールは商人としての道を選んだが、何かと張り合う癖は子供の頃から抜けず、今でも互いの仕事のために協力はしつつもどっちがより成果を上げられるかと言った競い合いは耐えない。
幼馴染にしてよき好敵手なのである。
「ええ。おかげさまでね……あなたもお変わりなく……って、わけでもなさそうね?」
彼女がそう言ったのは、シャーティの見た目にルナールが記憶している時とは明らかに違う変化が生じていたからだ。
以前までシャーティが身に着けていたカゴノヒトの専用装備は、ラバースーツだけだった。その女性的に豊かなラインを描く格好はマリエッタの豊満さには敵わないまでも、女性としての魅力は十分なものがあった。
そんなシャーティは今もラバースーツ姿ではあったのだが、その首に太くて目立つ無骨な首輪が嵌められていたのだ。
ルナールがそのことを指摘しているのだと悟ったシャーティは、その首輪に手を添える。首輪には鎖が繋がっており、その先は拠点の奥へと伸びていた。
「ふふふ……もちろんリーダー製の、強力な加護を宿した装備品よ。どんな効果があるか、聞きたい?」
「……聞かせてもらおうじゃない」
そうルナールが返すと、シャーティはふわりとーーまるで重力を感じさせない動きでーーカウンターを乗り越え、それどころかルナールすらも飛び越えてその背後に降り立った。
「……え!?」
思わずルナールが目を見開いて驚いたのも無理はない。シャーティのことを良く知るルナールは、彼女の身体能力の低さをよく知っている。そもそもシャーティが街で情報屋をやることを選んだのも、体力面であまりにも劣っているために、ルナールのようにあちこちを旅して行商をすることができなかったためだ。
ルナールも戦闘員に比べればその身体能力は劣っていたが、持久力に関しては優れていたため、行商人を選んだのだ。
そんなルナールでも、今シャーティがやったような動きは出来はしない。
ジャラジャラ、と鎖が鳴る音が響き、ルナールの体に鎖が絡みつく。
「な、にこれっ」
「ふふふ、これが私の付けている首輪の効果ーー拠点内に縛り付けられる代わりに、戦士職並の身体能力を得られるの。いわば、番犬としての能力ね」
戦闘技術が身につくわけではないので、純粋な戦力になるかと言われると怪しいのだが、拠点で発揮するのには十分な力である。
「鎖での捕縛も加護のうちなのだけど、いい時間稼ぎになるのよ。イメージすれば勝手に動いてくれて助かってるわ。鎖は丈夫だから、相当な力自慢じゃないと引き千切ることはできないでしょうし」
「な、なるほど……ひゃっ!? ちょ、ちょっとどこに鎖を通してるのよ!」
ルナールがそう叫ぶように抗議したのは、シャーティが巻きつけた鎖が股間に食い込んで来たためだ。
鎖はただルナールの体に巻きついtだけではなく、複雑に絡みつくようにして彼女の体を這い回っていた。もしここにカゴメがいてその光景を見たならば、「鎖での亀甲縛りですか。中々趣深いですね」などと言ったかもしれない。
ルナールの胴体を引き絞るように、鎖は巻きつき、両手は後ろで一つにまとめて拘束していた。
「あら、ごめんなさい。気持ちよくなっちゃった?」
「く、鎖で縛られて気持ちよくなるわけないでしょ!」
そう返したルナールであったが、絶妙な力加減で体を縛り付ける鎖の技巧に、思わず感じてしまっていたところはあった。
元々カゴノヒトの外部協力員としてとはいえ、カゴノヒトが提供する装備品を受け入れられる素養はあるのだから、当然なことではあった。
二人の半ば喧嘩のようなやりとりはいつものことではあったため、マリエッタは子猫同士が戯れあっているのと同じような感覚でスルーしていた。
そんな風に二人がやり合っている騒ぎを聞きつけたのか、拠点の奥からカラカラと車輪が立てる音を響かせてやってくる者がいた。
『お久しぶりです、ルナールさん。お元気でしたか?』
直接な言葉ではなく念話であったが、その声の主をルナールが忘れるようなことはありえない。
鎖で縛られたままであったが、ひとまず挨拶を優先して、ルナールがその声の主を見る。
「おかげさまで……って、ちょっと待って?」
思わずルナールがツッコミを入れたのも無理はない。
「……えっと……カゴメさん……よね?」
そう彼女が呟いたのは、それこそ必然であった。
『あ。そういえばルナールさんとこの姿でお会いするのは初めてでしたか。あれから色々とアップグレードしまして……私は今、この拘束になっているのですよ』
確かに声はカゴノヒトのリーダー、カゴメのものであった。
なのにルナールがどうしてその声の主がカゴメなのかどうか不安に感じたのか。
答えは簡単だった。
「いや、拘束っていうかーーそれ、もう、ただの箱じゃないの」
数ヶ月前、ルナールが街を出るときに会った時、カゴメは車椅子に拘束されている姿だった。
目隠しに口枷、首輪を巻いて全身をラバースーツに覆われ、車椅子に縛り付けられていた。
肌が露出しているところもほとんどなく、個の判別がほとんどできない、そんな状態であったことは確かだが、それでもまだ人の形は保っていたのだ。
しかし今現在。
ルナールの前には、人間と同じくらいの大きさの箱しかなかった。
一辺数十センチの立方体。それが車椅子ではなく、背の高い台車に乗っている、ようにしか見えない。
ただ、その箱の側面には光る画面が浮かんでおり、カゴメのバストアップの映像が映し出されていた。
その映像の中のカゴメは拘束具を身につけていないため、ルナールはそれによってようやくカゴメの素顔を知ることができた。今までは拘束具を身につけたカゴメの姿しか見ていなかったため、それが本当にカゴメなのか自信は持てなかったが。
「……カゴメさんって、そういう顔をしてたのね……うん。自分は全然美人じゃないって謙遜してたけど、十分可愛いじゃない」
そうルナールが褒めると、画面の中でカゴメがニッコリと笑った。
『ありがとうございます。ルナールさん。みなさんそう言ってくださいますが、私からすると皆さんの方が遥かにお綺麗なので、少し複雑な気分ですね』
屈託のない様子でそう告げるカゴメ。実際カゴノヒトに所属している女性たちは容姿的にもかなり優れた者が多いので、彼女がそう感じてしまうのも無理のない話だった。
あまりその話を続けるのは得策ではないと感じたルナールは、話を元に戻す。
「それにしても……その、箱の中にカゴメさんがいる……のよね? 単なる中継機みたいなものじゃなく?」
答えはわかっていたが、ルナールがそう尋ねたのも当然だった。
台車の上に置かれた箱は本当に小さく、普通ならばとても人が入っているとは思えないくらいのコンパクトさだった体。
体を丸めて限界近く縮こまって、ようやく収まるのではないかという箱の大きさ。
本人は別の部屋にいて、その映像だけを箱に映し出していると考えた方が、常識に照らし合わせて考えれば、よほどしっくりくるのだ。
そのルナールの言葉を聞いて、映像の中のカゴメが少し悲しそうな表情を浮かべた。
『お疑い……ですか?』
「んー、カゴメさんを疑っているわけじゃないけど……その箱に人が入るというのは、結構無茶があるというか……」
というか、とルナールは続ける。
「カゴメさんって意外と表情豊かだったのね」
それまでは目隠しや口枷をしていたので、表情そのものが隠されていたため、表情に出やすいとか出にくいとか関係なかったのだ。。
『ああ、それはこの映像が、私の顔をそのまま映しているわけではなく、私の抱いた感情をそのまま表示しているためですね。どんなポーカーフェイスの方でも、その時抱いている感情の通りの表情がそのまま表示されます』
「なるほどねぇ……」
『私が直接交渉することは少ないので、ポーカーフェイスの必要はありませんからね』
それはさておき、とカゴメは呟く。
『私が本当にこの箱の中にいるかどうかですが、証明しましょう』
そうカゴメが呟くと、箱の側面に映し出されていたカゴメの映像が消えた。
そしてその画面だった部分が透明になっていき、箱の中身が見えるようになる。
箱の中の様子をみたルナールは、思わず息を呑んだ。
確かに箱の中に、カゴメらしき人物はいた。例によってラバースーツを身につけているし、その他の拘束具もあって、人相までは見えなかったが。
それだけ拘束されているということ自体が、カゴメであることの証明のようなものなので、そこは問題にならない。
問題はその体勢にあった。
ルナールは最初、その箱の中にカゴメが入っていると知った時、身体を丸め、出来る限り縮こまって収まっていると考えていた。
普通はそういった体勢が一番収まりがいいからだ。
しかし、実際に見えたカゴメの体勢は、ルナールの想像を完全に裏切っていた。
頭が下に、股間が上に。
身体が前向きではなく、後ろ向きに折り畳まれて。
両足が顔を挟むように置かれ、腕は背中側に捻られているのか、見えない。
人間の体はこうも器用に折り畳めるのかと思える実に奇妙な形で、カゴメはその箱の中にギチギチに詰め込まれていたのだ。
第8話につづく
Comments
もしかするとカゴメも倶楽部会員だったかもしれません^^
夜空さくら
2020-11-24 10:50:56 +0000 UTC転移していなければ箱詰め倶楽部に入りそうね
はやて
2020-11-23 17:53:48 +0000 UTC