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夜空さくら
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カゴノヒト エピローグ 「カゴノヒト」

■ これにて「カゴノヒト」シリーズは一旦終了です。最後までお付き合いくださり、誠にありがとうございました!

■ このシリーズは一旦終了ですが、ほぼ間違いなく第二部とか、シリーズとして、不定期に色んなキャラの話を書いていきたいと思っています。こうご期待。

■ 第一部の中でも書き足りない部分がありますので、そっちもそっちでおまけとして書くかもしれません。


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 火山龍が通り過ぎてから早数週間――街は普段通りの日常を取り戻しつつあった。

 多くの街や村が火山龍の影響を受けて焼失し、冒険者や軍人が奮闘してなんとか半壊で済んだ街がひとつふたつ程度ある中で、その街だけは唯一完全に被害を免れた。

 それは火山龍の影響を受けにくい立地だっただとか、偶然火山龍の咆哮のタイミングが外れて溶岩や噴石が飛んでこなかったとか、そのような幸運の結果ではない。


 とある人物の、加護のおかげだった。


 その人物が自らを生け贄のように捧げることで生み出した巨大な障壁は、火山龍の噴石を悉く打ち払い、流れてくる溶岩をも遮った。

 街に通じる道に被害こそ出たものの、都市の機能のすべてを維持することが出来たのは、その人物の献身あってこそのことだった。

 彼女のおかげで多少生活環境に変化は生まれたものの、その街の住民たちは街を捨てて流民となることもなく、基本的にはいままで通りの生活を送ることが出来ていた。

 その街は火山龍の進撃に唯一対抗した街として、加護の人・トワノカゴメの名と共に、世界に広く知られることとなる。

 そして話し合いの結果、そんな彼女の献身と加護、その犠牲に敬意を称し、街の名が改名されることとなった。


 加護の街――トワノ、と。






 トワノの街に所属する冒険者グループ『銀翼』のリーダー・ワジムは、完了した依頼の報告をしに、冒険者ギルドへと戻って来た。

 受付には彼の幼馴染でもある女性ギルド職員・エカテリーナがいる。

 彼の無事な姿を認めて、営業スマイルではない純粋な笑顔をニコリと浮かべた。

「おかえりなさい、ワジム」

「ああ、ただいま。……カチューシャ」

 彼が彼女のことを愛称で呼ぶのはいまに始まったことではないが、その声音にはどこか照れたような気配が滲んでいた。

 そんな彼を、『銀翼』のサブリーダー的立ち位置にいるエゴ―が茶化す。

「リーダー、まだ照れてるんですかい? ようやく嬢ちゃんと恋仲になったっていうのに」

 火山龍の進撃が迫っていた時、街は総力をあげてその対策に乗り出した。火山龍に棲み処を追われて逃げて来た魔物たちを追い払わなければならなかったのだ。

 熟練の冒険者たちでも一歩間違えば死ぬような激闘だった。それでも奮闘の甲斐あって、トワノの街が出した犠牲は可能な限り低く抑えられた。

 その際、魔物たちとの激しい戦いの渦は、本来戦闘に巻き込まれることのないギルド職員をも飲み込んだ。

 エカテリーナも伝令に走る中、冒険者の陣を抜けた魔物に襲われたのだ。

 彼女を護ったのは、たまたま偶然、虫の報せとしか思えないレベルのタイミングで一端後方に退いていたワジムだった。

 彼女を守りながら魔物と戦ったワジムは、そこでようやく彼女への恋心を自覚し、告白するに至り、元から彼のことを好いていたエカテリーナがそれを拒む理由などあるわけもなくすんなりと――周りからすればようやく――恋仲になったのである。

「う、うるさいな。いままで意識してなかったから、意識すると恥ずかしいんだよ!」

「前にも言いやしたが、前々からあっしらは嬢ちゃんの気持ちには気付いてやしたからね」

 散々やきもきさせられたのだから、多少からかわれるくらいは多めに見ろ、と言外にエゴ―は告げる。

 なお、エカテリーナがワジムを好いていることは、初対面の人間が彼女の所作から察することが出来る程度には周りに筒抜けだった。

 知らないのはワジムだけだったのだ。

 それを指摘されると、ワジムはぐうの音も出ない。

 分の悪さを自覚している彼は、ひとつ咳ばらいをして、話題を無理矢理変える。

「と、ともかく。北の街道の調査をしてきたよ。火砕流で寸断されてたけど、復旧はそう難しくなさそう。やっぱり火山龍の影響は凄まじいね。元は禿山だったところが、緑の生い茂る丘になってたよ。生態系もだいぶ変わっちゃってるだろうから、危険な魔物や獣が棲み着いていないか、細かい調査が必要だと思う。これまでの調査図とか意味ないだろうし」

 火山龍はすべてを焼き払いながら進撃する破壊の権化――のように見えて、その後に残す影響は、むしろ好ましいことが多かった。

 焼き畑農業の例を挙げるまでもなく、一端焼野原になっても自然の回復は早いものだが、火山龍の火で焼かれた場合の再生は尋常でなく早いのだ。いわば魔力の塊で焼かれているようなものなので、最高品質の肥料をぶちまけたようなものだと推測されている。

 火山龍が通った後は、どんな荒地であろうと緑が生い茂り、生命が活発に動く。

 元々魔法のあるこの世界では条件さえ揃えば、一夜のうちに小さな草原が森になることは珍しいことではない。火山龍の場合は規模が広すぎるため、それこそ数百年に一度の現象ではあるが。

 火山龍が流した溶岩も、豊かな土壌の元となる。これから数十年に渡って、トワノの街の周辺は豊かな土地となるだろう。

「秋には畑も大豊作だろうし、この街自体には被害がほとんどないから、すごい利益が生まれるだろうね……」

「そうね。甚大な被害を受けた他の街ではあらゆる物資が不足しているから、需要もあるし。まあ、街が潤うのは良いことだわ」

「……今後は観光目的の旅人も来るようになるだろうしね」

 ワジムはそう言いつつも、浮かない顔で呟いた。

 エカリテーナがその様子を見て首を傾げると、彼の代わりにエゴ―が説明する。

「戻って来た時に、ちょっと見てきたんでやすよ。『例の塔』」

 その説明を受け、エカリテーナはワジムの浮かない顔の理由を理解した。

「……ほんとにあれでよかったのかなぁ……見世物にしているようで、なんだか彼女に申し訳がないよ」

 ワジムの言葉に、エカリテーナはなんというべきか迷い――結局何も言わなかった。

 その身に宿す加護の力を用いて、街を救った加護の人・カゴメがその身を磔にした丘の上には、小型の塔が建てられていた。


 それは見ようによっては――彼女の墓標のようにも感じられるのだった。






 その建造物は『加護の塔』と呼ばれていた。


 その身を捧げて街を救った彼女の偉業を称える目的があると同時に、その場所に磔にされたまま動けない彼女を覆う目的がある。

 塔は三階建てで、二階部分の中央にカゴメが位置するように作られている。

 一階部分はカゴメの偉業をわかりやすく記録した展示室になっていた。ギルドから派遣された職員が数名管理しており、旅人なども受け入れている。

 その日、その塔を訪れたのは、トワノの娼館で顔役として働いている娼婦・ワレリアだった。その手には小さな包みが握られていた。

「もうこんな立派な塔が出来たのねぇ」

 独りごとのように呟かれた言葉だったが、その呟きに応える声があった。

『うちの街における最優先事項だからねぇ。さすがにあのまま野ざらしで放置するわけにもいかないし、ある意味当然なんじゃないかな?』

 特定の部屋から出られない制約を自身に課し、その空間内でのみ大賢者の如き魔法を扱うことが出来る、ワレリアの同僚の娼婦・ヤロスラワーの声だ。

 急に聞こえて来たその声にも、ワレリアは当たり前のように言葉を交わす。

「数か月前にうちにあの子が来た時には、こんな風になるとは思わなかったわね」

『本当だよ。いずれカゴメちゃんが街を出て行く可能性は考えていたけれど……まさかカゴメちゃんがボクと同じように土地に縛られる道を選ぶとは……いや、街を出ていくよりもカゴメちゃんらしいといえば、らしいのかな?』

 意味合いは違えど、土地に拘束されているというのは変わらない。拘束愛好家らしい結果といえば、結果だった。

「あんたも土地に縛られてるようなものだものねぇ……こういう裏技はたまに使ってるけど」

 言いながら、ワレリアは手に持った包みを軽く手でポンポンと叩く。

 そこにはヤロスラワーの身体の一部が包まれていた。包んでいるのは彼女の部屋に昔から設置されていたカーテン。つまり彼女はその包みの中を『部屋の中』と定義して『部屋から出ていない』という状態にしているのである。

 その上で魔法を用いてその身体と本体に繋がりを持たせ、『娼館の部屋から出られない』制約を持つ自身の、外部連絡用の端末として活用しているのだ。

 詐術でしかない理屈とやり方であるが、出来てしまうのだから仕方ない、と本人は割り切って考えている。時に魔法は、そういう理屈に沿わないことも許容するのだ。

 もっとも、包みから十数メートル範囲の情報を得ることと、会話くらいしかやれることがないため、今回のような場合でもなければやる意味があまりない行為ではあるのだが。

「はぁ……カゴメさん、大丈夫なのかしらね……」

 ワレリアが塔を見上げてそう呟く。ヤロスワラーは何を今更、と返した。

『ボクらはそれを確かめに来たんじゃないか』

 普段は街から滅多に出ない二人が、こうして塔を訪れたのは挨拶のためだ。

 カゴメの加護によって街が守られなかったら、被害の規模によってはヤロスラワーは娼館の部屋を無理矢理追われていたはずだ。その恩義を示すため、また純粋に親交ある友人として、カゴメの様子を見に来たのであった。

 塔の一階で受付を済ませた二人は、早速二階のカゴメがいる部屋へと通される。

 ワレリアとヤロスラワ―はその部屋を覗き込んだ段階で、その異様な雰囲気を肌で感じ取った。

「これは……」

 丸い部屋の中央、そこにカゴメはいた――否、『そこにいる』というよりは『そこにある』としか言えない状態だった。

 足下から伸びている細い柱に支えられ、空中に磔にされている肉塊。

 経緯を知る者からすれば、その柱が彼女の体の内側まで潜り込んで貫いていることは自明のことだ。

 折り畳んだ両足はそれぞれ斜め下に鎖によって引かれており、股を閉じることも許さていない。体内を徹底的に貫いているその柱によって、彼女の腹部は妊婦もかくやというほどに膨らんでいた。

 腕は合掌縛りの要領で後ろ手に組んだ状態のまま、動く気配もない。

 顔は真上を向いて仰け反った状態で固定されており、仮面のようなものが被さって彼女の個性を奪い去っていた。

 時折小さなうめき声をあげ、体が痙攣する様子が見られなければ、そういう形のオブジェだと二人でも思ったかもしれない。

 全身を隙間なく覆うラバースーツがその印象に拍車をかけていた。

「……あれが……カゴメさん、なのね」

『うぅん……徹底してるなぁ……貫通拘束を示したのはボクだけど……まさか本当にやるとはね』

 ヤロスラワーの言葉に、ワレリアは呆れた顔を浮かべる。

「あなた……それは無責任じゃない?」

『いや、反省はしてるんだよ。確かに体内まで完全に拘束するのはどうかといったけれど。ボクの場合は軟化魔法を使ってるからね。全然慣れてないナギちゃんが気持ちよくなれたのは、その影響あってのことだったから……もしそれなしでやろうとしたら、死ぬほど辛いはずなんだよ』

 そもそも人体というものは何かが貫通するようには出来ていない。魔法の力があれば無理矢理それをすることは出来るし、それが直接的な原因となって死ぬことはないが、恐ろしく苦しく辛い行為である。

『あとから気付いたんだけど、まさかこんなにすぐそれをやろうという段階になるとは思わなかったから……』

 そういう意味でも、ヤロスラワーはカゴメに直接謝罪したかったのだ。

 二人が部屋の中に入ると、自動的に部屋の扉が閉まる。

 少し驚いた二人に話しかける者がいた。

「ワレリア殿。……そしてその声は、ヤロスラワー殿ですね。ご無沙汰しております」

 部屋の隅に控えていた、カゴノヒトの用心棒・ナギだ。

 凛とした立ち居振る舞いをしているのは、彼女たちの記憶と変わらないが、その姿は二人の記憶から大きく変わっていた。

「その声は……ナギさん……よね?」

『へぇ……そういうのって確か、鎧武者っていうんだっけ? ナギちゃんの故郷の衣装?』

 ナギは全身を甲冑に覆われていた。

 大きな角のような飾りの付いた兜が特徴的で、顔も仮面のようなものに覆われているため、ほとんど肌が露出していない。

「肯定でもありますし、否定でもあります。これはカゴメ殿に願って作っていただいた、カゴメ殿を護るための拘束具ですので」

 ナギはカゴメがいまの拘束を施される様子を、最初から最後まで見ていた。

 普段どんな拘束を受けても飄々としていた彼女が本気で泣き叫び、嘔吐までして悶絶する様は、ナギにとって衝撃的な光景であった。

 そのあまりの苦しみように彼女の精神が壊れてしまうのではないかと危惧した彼女は、厳しい制約を課した上でその鎧を作り出してもらったのだ。

 その制約とは、このカゴメの安置部屋にカゴノヒトのメンバー以外の誰かがいる時だけ動けるというもの。つまり、誰かが訪れている時は動くことが出来るが、誰もいない場合はナギもカゴメ同様に動けなくなってしまう。

 ただその分、動けるようになった時のバフ量はすさまじく、本来の実力も相成って、ナギはこの部屋の中であれば誰にも負ける気がしないほどだ。ある意味ヤロスラワーの物理版といった存在になったのである。

 それだけのバフを生んでいる理由には、もう一つ代償を支払っているということがある。

 その代償とは、『カゴメが受けている感覚の十分の一を彼女の代わりに肩代わりする』、というものだった。

 それによって、カゴメでさえ発狂しかねない拘束の苦しみが、少しはマシになっているはずであった。

 当然今も、ナギはカゴメの体が感じているものを自分の体でも感じている。

 リンクしてすぐの頃は十分の一の感覚だというのにナギの意識は飛び、吐瀉物をまき散らして悶絶してしまったくらいだった。

 さすがに数週間経ったいまでは、かなりその感覚に慣れたこともあり、そのような無様は晒さないで済んでいたが。

「……ところで、お二人はどうされたのですか?」

 詳しいことは機密扱いとなるため、親交のある二人に対しても語れない。

 ナギの疑問を受け、ふたりは口々に応えた。

「カゴメさんの様子を見に来た……いうなれば、お見舞いね。街を救ってくれたお礼も兼ねてるわ」

『ボクは貫通拘束のリスクの忠告をし損ねた謝罪も兼ねてね。……拘束の激しさは噂に聞いていたけれど、想像以上だね。以前のように、話すことはできないのかい?』

 そう尋ねるラワーに対し、ナギは何かを考えるそぶりを見せてから、応えた。

「ここでは、カゴメ殿と意思疎通をする方法はありません。カゴメ殿の前で願えば、個人の望みに合わせた拘束具を生み出すことは可能ですが」

 加護付き装備の生産装置のような状態にカゴメはなっているのだ。

「今後加護付きの装備が必要な時は、カゴノヒトのメンバー以外は下の受付で申請してからになります。まあ、以前から作り出した装備品に関しては誰に渡したか含めて逐一ギルドに報告していましたから、その順序が逆になっただけ、ですが」

「じゃあいままで娼婦たちに貰っていたラバースーツの提供も……」

「ええ。誰か一人に願いに来ていただく必要はありますが、可能だと思います」

 滔々と答えるナギの様子に、ヤロスラワーは感心したような声をあげる。

『なんだか……ナギちゃん、変わったねぇ。前はもっと無口というか、口数が少なかったように思ったけれど』

「手前はこの部屋でカゴメ殿本人に関する説明役を務めておりますので。日に何十回と喋っていれば、自然と慣れます」

 素知らぬ顔で応えるナギに、納得したように頷くワレリア。

「わかるわぁ。娼婦の子たちもね、新人の頃はたどたどしくて心配なのだけど、回数をこなして行くうちに慣れて、振る舞いがそれっぽくなっていくのよ。教育もしはするけど、結局は慣れが大事でねぇ……」

『ワレリア、その言い方はちょっとおばちゃんっぽくないかアイタタタ』

 皆まで言わせることなく、ワレリアの手がヤロスラワ―の包みを捻る。かなり力が入っているようで、ミシミシと音がなっていた。

「動けないで暇なんじゃないかとこれを持って来たんだけどねぇ……意思疎通も出来ないんじゃ、置いていっても邪魔なだけかしら?」

 ヤロスラワーの身体を物のように扱うワレリアだが、同意済みのことなのか、あるいは彼女が自分から言い出したことなのか、彼女は特に文句を言わなかった。

『ナギちゃんは忙しそうだしねぇ』

「……そうですね。手前も必要に駆られて喋るようになりましたが、別におしゃべりになったわけではないですし……夜は夜で逆にそちらが忙しそうですしね」

『特殊だけど、ボクも娼婦だしね』

「なので、こちらで預かるよりは、カゴノヒトの拠点にて預かった方がいいでしょう」

 ナギはそう告げて、二人を拠点に誘導する。

 元々ヤロスワラーが自身の一部を預けようと思ったのは、カゴメの無聊を慰めるためであり、それが叶わぬとなれば預ける必要もないのだが、カゴノヒトと即座に繋がる連絡手段があるのは悪いことではない。

 それに加え、ナギの声音に何か含むところを感じた二人は、彼女の提案に従ってヤロスラワーの一部をカゴノヒトの拠点に預けに行くことにした。


 そしてそこで――思いがけない人物と再会した。





 カゴノヒトの拠点を尋ねたワレリアとヤロスラワーは、リーダーが街の外で過酷な磔状態にあるというのに、拠点が妙に賑やかだと思いつつも、その扉を潜った。

 そして、目を疑うことになる。

「あ、ワレリアさん。ラワちゃん。お久しぶりです。お元気でしたか?」

 宴会のようなものをしているらしい、カゴノヒトの面々の中に。


 冒険者パーティ・カゴノヒトのリーダー、トワノカゴメその人がいたのだから。


 しかも、普通に話しかけてきたのだから。

 実のところワレリアとヤロスラワーはカゴメの顔を直接見たことがなく、それが確かにカゴメだと認識出来たのは、彼女の声を聞いてからだった。

 だが認識出来てしまえば、なんで、という疑問に全ての思考が持っていかれても仕方ない現象だ。

 唖然という言葉は、その時のワレリアとヤロスラワーに相応しいものだっただろう。

「え……? カゴメ、さん……よね?」

『さっき、塔で見たんだけど……? あれ……?』

 カゴメはいまだかつてない自由な状態だった。これまで彼女たちが見て来たカゴメという人物は、全身に拘束具を身に着けた姿だけだ。

 しかしいま、カゴメは完全に自由な様子で、目も、鼻も、口も、耳も、手足や胴に至るまで――全てが自由だった。

 裸、というわけではなく、ひらひらとした白いワンピースのようなものは身に着けていたが、その柔らかな布地は明らかにラバーではなく、至って健全な――普通の女性の姿をしていたのだ。

「まさか……塔にいたのは……偽物?」

「いえ、あれも本物ですよ。というかどちらかといえばあちらが本体です」

 さらりと告げられた事実に、ヤロスラワーが目を見開く。

『そうか……ボクがいままさにやっているのと同じようなものか……! 分身というか……意識体、あるいは、魂ってことか! だから、このボクのこともわかったわけだ!』

「ご明察です。ラワちゃん。期間限定の……そうですね……チートディみたいなものです」

 カゴメはそう言ったが、残念ながらこの世界の者にその例えはかえって通用しなかった。ゆえに言葉を尽くして説明することになる。

「拘束愛好家のもっとも恐れるもの……それは、『慣れ』です」

 人間の適用能力というものは恐ろしいもので、例え死ぬほど苦しい拘束感でも、何週間も続けて受けていれば慣れてしまう。

 そして、慣れてしまっては拘束の苦しみも辛さも楽しめない。

 ゆえにカゴメは、わざとより自分が苦しめるような制約を作ったのだ。

「私が拘束に慣れて、苦しいとか辛いとかそういう感覚がなくなると、こうして一時的に完全に解放された状態で動き回れるようになるんです」

 そしてその解放時間が過ぎれば、再び苦しい拘束に戻る。

 慣れという救済を捨て、限界以上に拘束感を楽しむことを選んだ。ドM極まる楽しみ方だが、それをカゴメは喜んで設定していたのだ。

 そして数週間経って、最初の解放期間がやって来たのである。

「解放されたといっても拠点の外には出て行けませんし、これはこれで縛られているようなものですけど……」

 あまり気にした様子はなく、カゴメは笑う。

「ギルドマスターは何とも複雑な顔をしてたけどねぇ。あの人、なんだかんだ甘いから」

 そう話に割り込んできたのはシャーティだ。

 それに同意してか、行商人のルナールも頷いている。なんだかんだ対抗心を露わにする二人だが、お互い意見が一致することに関しては馬が合うのである。

「最後まで悩んでいたみたいね。カゴメさんを……加護付き装備を生み出せる最高の人材を、確実にこの街に縛り付けられるのに」

「あの人は一冒険者から成り上がったタイプだからねぇ。国の事情は理解しても、リーダーをこの地に縛りつけることになっていいのかって葛藤したんでしょうね」

「今回の件でギルドには大きな貸しが出来たようなものだし……いいんじゃないかしら」

 そんな風に言葉を交わす二人は、とても楽し気だった。

 この場にいるカゴノヒトのメンバーは皆楽しそうに、それぞれの拘束を楽しんでいる。

 カゴメが理想として描いていた光景のひとつが、ここにはあった。

 ワレリアとヤロスラワーはしばし唖然としていたが、やがて苦笑へと表情が変わる。

「……とても、カゴメさんらしいといえば、らしい話ねぇ」

『全くだよ……あれ? でもナギちゃんはカゴメちゃんの苦しみを一部肩代わりしてなかった?』

 それはカゴメの基準でいえば、拘束感を減じさせてしまい、余計なお世話ではないだろうか。

 その指摘に対し、カゴメは首を横に振る。

「いえ、それがそうでもなくて。ナギさんの行動には本当に助けられました。私自身、正直あそこまで苦しいとは思っていなくて……ナギさんがああしてくれなかったら、本当に発狂してたかもしれません」

 元々解放期間の話はギルドマスターやカゴノヒトの面々には通っていたが、拘束される瞬間を見ていたナギは、そのことを踏まえてもカゴメが耐えられないかもしれないと察した。

 ゆえにナギ自身が身を捧げ、苦痛の一部を肩代わりすることを選んだ。

 結果として、カゴメは序盤の苦しみを乗り越えることが出来、こうして無事に解放期間を迎えられたというわけだ。

「それにナギさんのおかげで、カゴノヒトの目標が……ひとつ増えたんですよね」

 本来、カゴメが神によって課された制約には『拘束を緩む方向では解けない』というものがあった。ゆえに本来であるならば、拘束の苦痛が増すことはあっても、緩むことはないはずなのだ。

 だが、ナギがその拘束の苦痛を一部肩代わりしたことで、その制約を回避することが出来ることがわかったのだ。

「つまり、そういう風にして、代償を少しずつ皆に背負ってもらうことで――私が完全に解放されることが出来るんです」

「……それは、カゴメさんにとっていいことなの?」

「それなんですけどね……ずっと同じ拘束だと、やっぱり飽きるじゃないですか」

 あっさりと。

 カゴメは屈託のない笑顔でそう言ったのだった。

「もちろんいまの拘束自体には満足していますけど、これから何十年、何百年と同じ形だとさすがに飽きが来そうですし、ならいまのうちから違う形での拘束が出来るように環境を整えておくのがいいな、って」

 どこまでも、拘束を楽しむため。

 トワノカゴメという拘束愛好家は、そういう人間だった。

「より多くの愛好家を集めて皆で拘束をシェアするっていう方法もありですし、これはもうカゴノヒトをどんどん広げていかないと、と思っています!」

 ある意味とんでもない宣言だったが、この場にいるカゴノヒトのメンバーは皆彼女のことを過たず理解しており、仕方ないなという様子で受け入れていた。

 ワレリアとヤロスラワーは暫し沈黙した後、どちらともなく笑い出してしまった。

 人間、笑うしかない状況というものは結構あるものである。

「そういうわけで、決起集会的な意味合いも含めて宴会を開いているわけです。良ければお二人も参加していってください」

 カゴノヒトの女房役・マリエッタが自慢の手料理を携えて現れる。

「あらあら。お客さんが来たのね。丁度良かったわ。焼きたてのパイを食べていってちょうだい」

「ありがとうございます、マリエッタさん」

 カゴメは最初の仲間である彼女にそう言って、そして改めて全員を見回して手を振り上げる。

「皆さん! 改めて……これからもカゴノヒトをよろしくお願いします!」

 彼女の音頭に合わせ、カゴノヒトのメンバーたちがそれぞれ呼応する。

 その宴会騒ぎは遅くまで続き、朝になる頃にはカゴメの姿は忽然と消えてしまっていた。


 そして今日もまた――彼女は塔で拘束され続けているのである。



カゴノヒト 第一部 終わり


Comments

こちらこそお付き合いくださり誠にありがとうございます^w^ 第一部でカゴノヒトの基本的なことは大体書けたので、今後のシリーズ作品ではもっと拘束プレイに主眼を置いた話を書いていきたいと思います!

夜空さくら

まだ続けるって…ありがたや…ありがたや…

はやて


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