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夜空さくら
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遺された『もの』を継ぐ者 ~継がれるヒトイヌ視点 その1~

■ 『叔父からヒトイヌ編』のヒトイヌ視点のお話です。時間軸は本編からかなり前となります。

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 送迎の車から降りると、そこには巨大で荘厳な屋敷が聳え立っていました。

 思わずそれを見上げて唖然としてしまいます。

「ここが……あの人の……そして……私の……」

 呆然としている私を置いてけぼりにして、ここまで私を乗せて来てくれた車は早々に去っていってしまいます。

 車が走り去る時の風でワンピースの裾が捲れあがらないように掌で抑えつつ、私は改めて誰も周囲にいないことを感じ、ぶるりと体を震わせました。

 もう帰る術がありません。引き返すことなんて出来ないのです。

 そのことを思うと、急に胸がドキドキしてきました。胸に手を当て、深呼吸を一つ。

 意を決した私は恐る恐る豪邸の玄関へと近づき――扉が開いたことで思わず身を竦ませてしまいました。

 開いた扉から現われたのは、総一郎さまでした。

 ダンディなおじ様という表現がしっくりくる貫禄のある総一郎さまは、身を固くする私を見て、安心させてくれる、朗らかな笑みを浮かべてくださいます。

「おお! キミを待っていたよ! さあさ、とりあえず中に入ってくれ!」

 そういう総一郎さまは扉を大きく開いて私を招き寄せてくれます。

 ここだけを見れば、仲のいい叔父の家に姪が遊びに来た、くらいに見えるのかもしれません。

 ですがその実態はまるで違います。


 私は今日から、この屋敷で総一郎さまに飼われることになっているのです。





 私は天涯孤独の身でした。

 幼い頃に両親が事故で亡くなり、親戚中をたらい回しにされた挙句、施設に預けられました。

 どうにかそこで頑張って学び、無事就職することは出来たのですが、残念ながら私の就職した会社はブラックもいいところの会社で、数年働いている内に私は心身ともにすっかり病んでしまいました。

 当時の私はさぞ痩せこけて不健康で、お世辞にもいい姿をしていなかったはずです。ろくにお風呂にも入れず、皴の付いた草臥れたスーツで、さぞ汚らしい野犬のような姿だったでしょう。

 そんな折、通勤の最中、信号待ちをしている時に、私は立ち眩みを起こして道路上に倒れてしまいました。

 もし数秒早ければ。あるいは遅ければ。

 私は死んでいたでしょう。

 ですが、私を牽きかけた車は総一郎さまの車でした。トラックなどと違い、制動力に優れた総一郎さまの車は、突如倒れた私を牽くことを、ギリギリで回避してくれました。

 さらにお世辞にも清潔とはいえなかった私を車に乗せ、病院まで運んでくださったのです。

 私は病院で過労と栄養失調の診断を受けましたが、ブラックな会社がそんなことで許してくれるわけがありません。

 病室にまで怒鳴り込んで来て、会社に与えた損害を借金として負わされるところでした。

 しかし、そんな私を総一郎さまは救ってくださいました。

 私の勤めていた会社の親会社から働きかけ、あっさりと会社を解体に追い込み、私を専属の秘書見習いとして雇ってくださったのです。

 業務内容は子供のお使い程度の、学もスキルもない私にも出来ることばかりでした。

 とにかく一生懸命言われたことを忠実にこなすだけで、総一郎さまは手放しに私を褒めてくださいました。

 十分すぎる御給金を頂き、休暇や療養の時間も作ってくださり、私はみるみるうちに健康になっていきました。

 半年が過ぎる頃には、すっかり人並みの姿を取り戻せていました。

 私は総一郎さまに感謝してもしきれない恩を感じていたのです。

 ただ、気になることはありました。

 総一郎様にとって、私はただ自分の車の前に倒れ込んで来た非常に迷惑な女でしかないはずでした。

 それを病院に連れて行くだけならまだしも、会社を動かして劣悪な労働環境から救ってくれるなんて、あまりにも私にとって都合がよすぎます。そうしたところで、私が助かるだけで、総一郎さまには何のメリットもないはずです。

 どうしても気になった私は、ある時総一郎さまに尋ねました。

「どうして社長は縁もゆかりもない私を助けてくださったんですか?」

 私が絶世の美女であったり、その卵であればまだわかります。

 ですが、私はお世辞にも容姿が優れた方であるとはいえません。

 美しくないのは当然として、良くて人並み、どちらかといえば不細工よりだったからです。

 実際、総一郎さまの会社で働くようになってから、色々と改善はしましたが、それでもとても可愛らしいとは言えませんでした。

 率直な私の疑問に対し、総一郎さまの答えは単純明快でした。

「あの日のキミがあまりにも捨て犬っぽかったからだね」

 その説明は正直意味がわかりませんでしたが、私は総一郎さまが度を越した犬好きなのだろうと納得することにしました。

 犬のイメージを重ねてしまったのであれば、なんの取りえもない自分を救う気になったのも納得がいくからです。

 その総一郎さまの言葉の意味が真に理解出来たのは、総一郎さまと体の関係を持つようになってからでした。

 完全に成人を迎えてから、私は総一郎さまにお願いして抱いてもらったのです。

 決して総一郎さまに無理強いされたわけではありません。人によってはそうなるように誘導されていたんじゃないかと邪推する方もいるかと思いますが、少なくとも私は自分の命の恩人である総一郎さまを心から好いておりました。

 総一郎さまは終始私を優しく扱ってくださり、とても幸せなひと時を過ごしました。

 それから私は会社に勤めるのを辞め、通いの家政婦として総一郎さまにお世話になることになりました。

 恋人や愛人という立場はなんとなく違和感がありましたので、その立場はむしろ歓迎すべきことでした。

 私は総一郎さまに相応しい存在になろうと、せめて磨けるだけ容姿を磨きました。

 路傍の石ころが綺麗に磨かれた程度のことでしかなかったでしょうが、総一郎さまはとても喜んでくださり、私を愛してくださいました。

 そうしているうちに、私は総一郎さまが『ペットプレイ』という趣向を持っていることに気付いたのです。

 最初は信じられませんでしたが、その前提から見れば総一郎さまの私に対する接し方はペットに対するものと考えれば納得のいくことが多かったのです。

 恋人や愛人関係というのは少し違和感を感じていたことでしたので、むしろ納得したくらいです。

 そして私は総一郎さまを「飼い主」として、屋敷で飼われることになったのでした。





 今日はその初日。

 屋敷に来るのは初めてでした。通いの家政婦として働いていた総一郎さまの部屋は、都内にあるマンションだったからです。

 この屋敷は半年ほど前に総一郎さまが購入したらしく、私を飼うために用意していたそうです。

 総一郎さまに飼われる意思を固めたのはここ数か月のことですから、そういう関係になることを予期して用意しておいたのでしょう。先見の明がある総一郎さまらしいです。

 ドキドキする心臓の鼓動を感じつつ、私は玄関扉を潜り、ついにその屋敷の中に入りました。

 まだ玄関だというのに、物凄く広い場所でした。

 玄関だけでかつて社畜時代に私が借りていた部屋並みです。

 私がその光景に圧倒されていると、総一郎さまが私のすぐ後ろに立ち、頭を撫でてくださいました。

「本当によく来てくれたね。……最後にもう一度確認するけれど、本当にいいんだね?」

 何度も何度も、総一郎さまは私の意志を確認してくださいます。

 普通に生きる道を常に残してくださっている総一郎さまは、本当にお優しい方です。

 ペットになることを本人が自分の意志で選んでこそ、という拘りがあるからかもしれませんが。

 いずれにせよ、私に限っては無用な気遣いでもありました。

「はい……もちろんです。私を、総一郎さまのペットにしてください」

「……わかった。飼われるのが嫌になったら、いつでも言うんだよ」

 そんな時は来ないと思いましたが、私は神妙に頷きます。

 総一郎さまは私をその場に立たせたまま、サンダルを脱いで家に上がり、そこで私を振り返りました。

「さて……それじゃあ早速だけど始めようか。キミをここで飼うための儀式を」

 総一郎さまがその手を差し出して来ます。

 私は小さなポシェットを総一郎さまに渡しました。

 その中には私の身分証明書や細かな書類、実印など、大事なものが全て入っています。

 私には思い出の写真というものも全くありません。一枚だけ両親の写真はありますが、書類の中に挟めてしまう量です。

 それを受け取った総一郎さまは、中身を確認し、すぐ閉じてしまいました。

「使ってた部屋は引き払って来たね? 家財道具類は?」

「全て処分しました。もちろん靴や服も……下着も、全部捨てました」

「いま身に着けているのが全てということかな?」

「……はい」

「少し待っていなさい」

 総一郎さまは私の大事なものが入ったポシェットを持ったまま、家の奥に歩いていってしまいました。

 大事にしまっていてくださるのでしょう。

 捨ててしまってもいいように思いますが、もしも私が人間に戻りたいと思った時のために取っておいてくださるのです。

(……そんなに、気遣ってくださらなくてもいいのに……)

 あるいは総一郎さまには、私の決意がまだ伝わっていないのかもしれません。

 手持無沙汰になった私は少し考えた後、総一郎さまに命じられる前に、自分から誠意を見せることに決めました。

 胸に手を当てると、妙に早い鼓動の感触が感じられます。

(ふー……落ち着いて……落ち着いて……)

 やると決めたら、早くするべきでしょう。

 呼吸を整える間も惜しみ、私はまず履いていた靴を脱ぎます。

 靴は素足で履いていたため、それを脱ぐとひんやりとした感触が足裏から伝わってきました。

 その冷たさに体を震わせつつも、私は体が妙に火照っているのを感じます。

(私は、もう、総一郎さまのペットなんだから……っ!)

 怖気づきそうになる自分を叱咤して、私はワンピースのボタンを一つずつ外していきます。

 それを肩からするりと脱ぎ落とせば――私はあっという間に生まれたままの姿になっていました。


 家を引き払った時から、下着などは身に着けていなかったのです。


 下着などは全て処分し、ワンピース一枚しか残していませんでした。

 かなり恥ずかしかったのですが、総一郎さまに飼って貰えるという喜びの方が勝っています。

 初めて訪れた家の玄関で、素っ裸になっている自分を意識し、私は気が遠くなりそうなくらいの興奮と羞恥を感じました。

 畳んだワンピースの上に靴を乗せ、自分の脇に置いておきます。

 あとは総一郎さまが戻ってくるのを待つばかりなのですが、私はどんな姿勢で待っているべきか悩みました。

 直立不動で立っているのもおかしい気がしますし、セクシーなポーズはもっと違う気がします。

(やっぱり無難なのは……正座、でしょうか)

 試しにその場で正座し、姿勢を正してみます。

 全裸の体が何とも心許ない感覚を伝えて来て恥ずかしかったのですが、まだどこかしっくりきません。

(これからお世話をお願いするんですから、姿勢としてそう間違ってはいないはずですけど……何か、違いますよね、これ)

 その違和感の正体を探った結果、答えに辿り着きました。

(そうでした……この格好と、この姿勢……これは……どちらかというと、『奴隷』のものですよね)

 ちなみに性的知識に関しては、総一郎さまと肉体関係を持つ前から、少しずつ専門の女性セラピストさんに教えてもらったり、自分で調べたりして、人並み程度のものは持ち合わせています。

 それらの知識に照らし合わせると、こういう格好とポーズは、玄関先でご主人様を待つ奴隷がするものだと気づきました。

(限りなく似通った立場ではありますけど……私は奴隷というわけではありません……つまり)

 私は正座を崩し、足の裏をぴたりと地面に着け、膝を立て、お尻を浮かし、胸を反らして、両手を股間の前に置く。


 犬が『おすわり』しているような――そんなしっくりとくる姿勢を取ったのでした。


つづく

 

Comments

The human dog perspective is very good. Please look forward to it!

夜空さくら

読んでくださり、ありがとうございます! しばらくはこのお話を続ける予定なので、楽しみにお待ちください^w^

夜空さくら

Aha, This is what I want to see! POV from human dog!

Rosette

ありがたや…

はやて


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