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夜空さくら
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遺された『もの』を継ぐ者 ~継がれるヒトイヌ視点 その2~

■ 『叔父からヒトイヌ編』のヒトイヌ視点のお話です。時間軸は本編からかなり前となります。

■ ヒトイヌ契約と、名づけのお話。

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 生まれたままの姿で、玄関のたたきの上でしゃがみ込み、犬の『おすわり』の姿勢で総一郎さまをお待ちします。

 なんだか早くも犬らしくなれた気がして、少し幸せな気分になっていました。

 もちろん恥ずかしくないわけではありません。

 頬に熱が集中していますし、手足の先は少し震えています。自然と背中が丸まってしまいそうになるのを、意志の力で必死に抑えつけている状態でした。

 ただ、その状態であることを情けないとは思いません。

 なぜなら、羞恥心は忘れてはならない、と総一郎さま自身がおっしゃっていたからです。

 野生児のように平然と裸で歩き回るようになってはヒトイヌである意味がないから、という理由らしいです。

 かといってわざとらしく恥じらってもいけないそうで、総一郎さまにはそこに拘りがある様子でした。

 幸い、といっていいのかどうか私にはわかりませんが、私自身は何度かこういうプレイを行っても、慣れる感覚は全くしませんでした。

 幼い頃から周囲の顔色や視線を意識して生きて来ざるを得なかったせいか、私は結構恥ずかしがり屋と言える方で、素裸にそれほど自信がないこともあって、羞恥心は強く感じてしまいます。

 それが総一郎さまにそういう方向で気に入られることに繋がり、結果こうして飼われることになったのですから、何がどう繋がるかはわからないものです。

 私はムズムズする感覚を覚えつつも、じっとその場で待っていました。

 最初は恥ずかしさでドキドキしていたのですが、時間が経つにつれ、だんだん不安になって来てしまいます。

(……先走り過ぎたでしょうか……?)

 総一郎さまに命じられてヒトイヌになるならともかく、自分からこんな格好になってこんな姿勢で待つのは、ヒトイヌではなく痴女のやることだったのではないでしょうか。

 そんな風に考え始めてしまうと、私はこのままこうしていていいのかどうか余計に不安になり、ドキドキする心臓が興奮でなのか恐怖でなのか分からなくなって来てしまいます。

(はしたない女だと思われるんじゃ……? 総一郎さまに嫌われたら……私……っ)

 誠意を見せるつもりが、かえって失望させてしまうんじゃないかという想いが胸に湧き上がってきます。

 私は隣に置いてある拭くと靴を見ました。いますぐ着直せばいいのではないかと、私の頭の片隅で囁く声がします。

 ですがもし、着直してる最中に総一郎さまが戻って来てしまったら。

 それこそ中途半端な振る舞いです。

 笑われるくらいならまだマシですが、本気で見限られてしまうかもしれません。

 総一郎さまに限ってそんなことはない――そう思いたい自分と、不安に振り回される自分の心に板挟みになってしまっていました。

「うぅ……」

 どうするのが総一郎さまのペットとして、ヒトイヌとして正しいのか。

 迷ってしまった私は、目の前がグルグル回るような感覚に陥っていました。

 時間にすればほんの数分だったのでしょうけれど、私にはかなり長く感じられる時間が過ぎました。

 お座りの姿勢のまま動けない私の耳に、総一郎さまの足音が近づいてきます。

 びくりと体が震えました。

「すまない、ちょっと待たせた、ね……」

 総一郎さまの声の語尾が小さく消えていきました。

 呆気に取られている様子なのが、目に見えてわかります。こっちを見ている総一郎さまの目が、丸くなっていました。

 総一郎さまの視線が私の体に向けられています。

(み、見られて……見られてます……っ)

 私の身体を、総一郎さまの視線が移動していくのが感じられました。

 肩、胸、お腹、腰、そして、股間。

 隠したくなる本能を堪えるので精いっぱいでした。

 私は総一郎さまがどんな風に感じていらっしゃるのか、その顔を窺っていました。

 そして総一郎さまは――にこやかな笑みを浮かべました。

「うん……さすがは私が見出したヒトイヌだ。命令する前から、自ら相応しい姿になるなんてね」

 予想外で驚いたけれど、とても嬉しいよ、と総一郎さまは私を褒めてくれます。

 私は少なくとも悪印象は持たれなかったことに安堵し、ガチガチに固まっていた緊張が解れていくのを感じました。

 総一郎さまは私の近くに――上がり框のところまでやってくると、そこに腰掛けるようにして、視点を私に合わせます。

 それでも、若干私の方が視線が低いので、ちょうどいい具合でした。人と犬らしい状態になっています。

「さて……行動が若干前後するけれど、これからキミには人間の立場を捨て、ヒトイヌの立場になるという契約を結んでもらう。……あ、その契約が結ばれるまでは、普通に喋っていいよ」

「あぅ。は、はい……」

 やはり若干先走った行為だったようです。

 総一郎様が喜んでくださったのが幸いでしたが。

 総一郎様は、手に持っていたもの――契約書らしき紙と、真っ赤な首輪を傍らに置きました。

 私の目は自然とその赤い首輪に吸い寄せられてしまいます。

 本来であれば、いかにも重要そうなことが書いてある契約書の方に注目するべきなのですが、私の目は首輪の方に吸い寄せられてしまっていました。

 これまでペットプレイをやって来た中で、首輪を身に着けたこと自体は多々あります。

 ただ、その時はあくまでその日その場限りのことで、ずっと着けていたわけではありません。

 今回は、違います。

 これから何日か、何週間か、何か月か、それとも、何年か――ずっと身に着けることになるのです。

 そう思うと、自然とそれに注目してしまうのも無理はないと思います。

 そんな私の視線を受けてか、総一郎さまは笑いながらその首輪を軽く手で弄びました。

「キミは首輪が好きだね。そんなに早く着けて欲しいかい?」

 指摘を受け、私は恥ずかしく思いましたが、それでも嘘は吐けませんでした。

「……はい。着けて、欲しいです」

 私だけかもしれませんが、首に首輪が巻き付くと、程よい締め付けがとても気持ちよく感じるのです。

 正直な思いを吐露すると、総一郎さまは朗らかに笑いつつも、その首輪を置いてしまいます。

「まだダメ。『待て』、だよ」

 犬に言い聞かせるように、総一郎さまがそう囁きます。

 私の身体は自然とその言葉に震えてしまいました。

 総一郎さまは私の前の地面に契約書らしき紙を置いてくれます。

 そこには『ヒトイヌ契約書』とタイトルがあり、細かな契約内容が書かれていました。

 私の名前がその書類にはしっかりと書かれており、私という存在を総一郎さまのペットとする旨が小難しい言葉で書いてあります。

「まあ法的な効果は一切ないけどね。形式的なものとはいえ、やはり契約は形にしてこそだからね」

 楽し気に呟きながら、総一郎さまが契約の内容を説明してくださいました。

 色々と言葉が装飾されていましたが、要するに契約の内容としては。

 私が総一郎さまのペットとして、ヒトイヌになること。

 総一郎さまは私をペットとして、不自由ない環境を提供すること。

 私の全ての権利は総一郎さまが有しているものの、例外として『ヒトイヌを辞める権利』だけは私が所有すること。

 大きくその三つが契約の内容でした。

 総一郎さま側からこの生活を止めることは一部の例外を除き、出来ないことになっています。

 契約を結んだ時点で、私の一生を責任持って面倒見ることを強いられるわけです。

 どちらが不自由かといえば、総一郎さまの方でしょう。

 その覚悟を持って、総一郎さまは私を飼ってくださるのです。

 契約書を全部読んだ私は、再度ぶるりと体を震わせてしまいました。

 もちろん寒いわけではありません。この屋敷は空調がよく利いていて、暑さ寒さは感じない程度の温度を保っていました。

 私が体を震わせたのは、もちろん――快感を覚えたためです。

 これから始まるヒトイヌ生活に、期待と興奮が湧き上がって来てしまいました。

 そんな私の反応を、総一郎さまは的確に把握してくださっているようです。

 あそこに熱が集まっている感じがしましたので、恐らくそこを見てのことだと思います。

「さて……この契約で良ければ、拇印を押してもらおう……と思ったんだけれど」

 総一郎さまは楽し気に笑っていました。

「やはりここは手形にしようと思う。そっちの方が、ヒトイヌらしいしね」

 そう言って、総一郎さまは大きな朱肉を差し出しました。

 ちゃんと用意してあったのでしょう。よりそれっぽくするためとはいえ、細かな小道具もきちんと用意している総一郎さまはなんともマメな方と言えます。

 私は言われるがまま、掌を朱肉に押し付け、契約書に作られていた手形をためのスペースに押し当てます。

 しっかりと押し付け、手を離すと――そこには、私の手形がでんと残っていました。

 これで私は総一郎さまのペットに、ヒトイヌになれたわけです。

 私がしみじみと思っている間に、総一郎さまは私の手を取り、インク塗れになったそれを濡れたタオルで綺麗に拭いてくれました。

 くすぐったくて気持ちよく、思わず身を捩ってしまいます。

「ふふ、可愛いね……さて」

 総一郎さまは私の手を離すと、契約書を丁寧に仕舞い込んでしまいます。

「これでキミは私のペットだ。早速、ペットの証たる首輪をつけてあげよう」

 そう宣言された私は、激しく心臓を高鳴らせつつ、期待の目を総一郎さまに向けます。

 総一郎さまはわかっていると言わんばかりの顔で、首輪を手に取り、私の体に手を伸ばしてきます。

 総一郎さまの掌が、私の首に触れてきました。

 男性らしいごつごつした手が私の首を撫で摩ります。

「ん……肌の荒れも傷もなし……と」

 くすぐったい感じはしましたが、総一郎さまは本気で喜んで下さっている様子でしたので、我慢してそれを受け入れました。

 総一郎さまに助けていただいた頃は、肌も紙もぼろぼろっで、肌の状態も決していいとは言えませんでした。

 総一郎さまに雇っていただき、何度もエストなどを受けさせてもらったおかげで、いまではすっかり綺麗な肌になっています。

 そんな私の首筋を暫く撫でた後、総一郎さまはその手に持っていた首輪を、私の首に巻き付かせてきました。

 太くて硬い首輪が私の首に巻き付いてきます。

 一応その内側には柔らかい当て布があり、私の弱い肌が傷つくといったことはありません。

 心持ち顎を上に向け、首輪をつけやすいようにします。

 ドキドキする心臓を感じつつ、首に首輪が巻き付いてくるのを目を閉じて受け入れていました。

 すると、首輪を取り付け終わったのか、総一郎さまの手が私の首から離れて行きます。

 目を開けると、総一郎さまのとても満足気な顔が見えました。

「うん、これでいい。……ああ、ほんとうにキミには首輪が似合うね」

「はふっ……」

 率直な誉め言葉は、私以外の者であれば決して喜ばしい内容ではなかったでしょう。

 首輪が似合うと言われて、喜ぶ方が稀なのですから。

 ですが私にとっては、何より嬉しい誉め言葉でした。

「ここで服を脱いでもらおうと思っていたけれど、それはもう出来てるから省略するとして……次の段階に進もうか」

 総一郎さまが正面から私の顔を両手で掴み、まっすぐ目を覗き込んで来られます。

「キミにヒトイヌとしての名前をつける。もう決めてあるんだ。気に入ってくれると嬉しいな」

 そういえばまだヒトイヌとして名前を付けられてはいませんでした。

 人間としての私の名前は犬っぽいものではないので、果たしてどんな名前を総一郎さまは付けてくださるのでしょうか。

 これから長く付き合っていくことになるその名前を、私は受け入れます。

「キミの名前は――ラッキー。私とキミが出会えた幸運に感謝する」

 とても犬らしく、かつ素敵な名前でした。

 総一郎さまに――いえ、ご主人様に会えて幸運だったのは私の方ですが。

「……っ、わんっ!」

 私は溢れそうになった喜びを、鳴き声として発したのでした。

 その際、首に巻き付く首輪の存在を強く感じ、最高に興奮しました。


 こうして私は、ヒトイヌの『ラッキー』となったのです。


つづく


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