ヒトイヌ公園の裏事情 ~地下の飼育室②~
Added 2023-10-13 14:29:13 +0000 UTC■ ヒトイヌ公園シリーズです。今回は利用者ではなく、ヒトイヌ公園で働く職員側のお話となります。姉妹の視点を交えつつ、ヒトイヌ公園の裏事情を描いていきます。
■ ヒトイヌ公園はとても楽しい職場です。ある実務に従事すると、副産物でとても良いものが手に入りますーw-フフフ……
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ヒトイヌ公園の地下に降りたあたしの目の前に広がっていたのは、実に奇妙な世界だった。
広い空間が細かく区切られていて、いわゆる巨大なオフィスみたいだ。
色んなところで人が働いているのが見える。
「ここでは上のヒトイヌ公園の園内の監視や管理、各装飾品などのチェック、開発、改良、その他渉外から医療行為の手続きまで……ありとあらゆることを行っています」
寺沢さんがそう説明してくれた。
思ったよりも普通な感じだ。普通の企業とやっていることはそう変わらないんじゃないだろうか。
そんな風に思ったあたしの思考を読んだのか、寺沢さんが言う。
「実際、やっていることは特殊なことではありますが、ヒトイヌ公園も企業であり、商業施設であることに変わりはありませんからね。普通なこともやらないと、回らないんですよ」
「なるほど……」
寺沢さんがあたしを連れて行ってくれたのは、公園中にある監視カメラの映像を確認している、やたらモニターが置かれている一角だった。
モニターの前に座っていた女性が、あたしたちが近づいて来たことに気付いて椅子をくるりと回してこちらを向いた。
「おや、寺沢くん。その子が噂の新人候補ちゃんかな?」
とても美人な女性だった。寺沢さんにため口をきいている辺り、結構偉い人なんだろうか。
あたしよりはさすがに年上だと思うけど、肌の感じとか髪の質感とか見る限り、下手すればあたしと同年代でもおかしくなさそうだ。
「降籏係長……一応、彼女はまだ部外者なので、それなりの態度で対応していただけると……」
「構わないだろう。ウチで働くことになったら隠すつもりもないことだし――君は他所でペラペラ喋るほどの馬鹿でもあるまい?」
何もかも見通すような視線を向けられ、若干居心地悪く感じる。
「えっと……まあ、そうですね……お義父さんに迷惑かかりますし……」
あたしがここに来たのはお義父さんの紹介であり、つまりはお義父さんの伝手を使っているわけだ。
そんなあたしが守秘義務を破ったり何かしたりすれば、お義父さんの評価が下がってしまう。
やってはいけないことくらいの分別はついている。
「……ふむ。聡明でいいね。雇って問題なさそうだと思うけれど、まだ不安なのかい? 寺沢くん」
「人格的、性質的には大丈夫かもしれませんが、ここは性癖の場所ですからね。ちゃんと行われていることを見て受け入れられるかどうかは見ておかないといけないでしょう?」
「その通りだね。全く寺沢くんは昔から慎重派で優秀な職員だ。でも、ここに来たばかりの頃はもっと可愛げがあったのにな。いまは少しこなれすぎていて面白味が足りないね」
「私が新人だった頃の話でしょそれ……いつの話をしてるんですか……ほんと、勘弁してくださいよ……」
頭を抱える寺沢さんの前で、降旗さんはケラケラと楽しそうに笑っている。
どうやら相当前からの知り合いらしい。
そんな前からこんな施設が存在していることも驚きだけど、それより気になることがあった。
(この人……何歳なの?)
今の話からすると、あたしからみて十分なおじさんである寺沢さんより上の年齢になるはずだ。
あたしのお義父さんと同年代くらいになるんじゃないだろうか。
それにしてはあまりにも――と思っていたら、降旗さんとバッチリ目が合ってしまった。
思わず硬直するあたしに対し、降旗さんはニヤリと笑う。
「ふふ……そんなに私が気になるかい? この人一体何歳なんだろう、と顔に出てるよ。新人ちゃん」
「あっ、えっ、ご、ごめんなさい……?」
まだ新人ではないと思うのだけど、ばっちり思考を読まれてしまい、反射的に謝ってしまっていた。
そんなあたしに対し、降旗さんは楽し気に続ける。
「いいよ。別に責めているわけではないから。……君の疑問に答えると、私は今年で55歳になるね」
「へー…………へあっ!?」
あまりにサラッと言われて驚愕した。本当にあたしのお義父さんと同年代くらいだった。
寺沢さんは30代から40代くらいかと思っていて、それより少し上くらいだと予想していたのに。
からかわれているのだろうか。
しかし降旗さんは心底おかしそうに笑い、寺沢さんは何とも苦い顔をしている。
「あっはっは! すごい声だったねぇ新人ちゃん! それだけ驚いてくれると、驚かせがいがあるなぁ!」
「……萩原さん、降旗係長に気に入られると、後が大変ですよ」
確実に苦労します、と真顔で告げる寺沢さん。
「失礼だな寺沢くんは! ……まあいい。種明かしをするとだね。この公園では様々な先進的技術が用いられている。うちと提携している、とある企業にとんでもない天才がいてね。彼女が開発したアンチエイジング技術が、これがまた素晴らしいのさ」
ソースは私、と降旗さんは自分を指し示して見せる。
アンチエイジングは確かに最近凄いとは思っていたけれど、どうやらその比ではないものをこの公園では使っているようだ。
しかし。
ということは、だ。
「……それって、ここの職員になれば、あたしも使わせてもらうことが出来るんですか?」
あたしは我慢できずにそう尋ねていた。
一人の女性として、いつまでも若くいたいと考えるのはおかしなことじゃないだろう。
あたしはどちらかというとずぼらなタイプの人間だったから、加齢による衰えは確実に自分を襲うと思っている。
それを少しでも遅らせることが出来るのであれば――何においてもここで働く理由になる。
そんなあたしの思考はやはり降旗さんに読まれているようで。
「ふふっ。そうだね。それは大丈夫。君が望むのであれば、それを使うことは出来るよ。ただし――」
いいながら、降旗さんは一番大きなモニターに、その光景を映し出した。
「定期的にヒトイヌにならないといけないけどね」
画面には、全身を黒いラバースーツのようなもので覆われた、四つん這いの黒い塊が――ヒトイヌが、首輪にリードを付けられて、外を散歩させられているのが映っていた。
ヒトイヌを躾けるのであれば、もっと厳しいものを想像していた。
延々歩かせたり、鞭で叩いたり、ご飯を与えなかったり。
というか実際、私が事前にここに来いと言われて調べた限りでは、ヒトイヌの扱いとはそういうものだった。
けれどもここではどうもそうではないらしい。
「よーしよしよしよし。いいぞ。上手くお腹を見せられるようになったな。喜ばれるぞぉ」
寺沢さんがそう言って目の前のヒトイヌのお腹を撫でている。
そのヒトイヌになっている子は、くすぐったそうにしながらも、なんだか楽しそうだった。
格好はエッチなのだけど、どことなく無邪気で、可愛らしいという感情が先に立つ。
「……なんだか、意外です。ヒトイヌの躾けってこういうものなんですか?」
「こういうものですね。なんでかわかりますか?」
ひとしきりヒトイヌの体を撫でた後、仕上げとばかりにそのヒトイヌの頭を撫で、寺沢さんは私に問いかけて来る。
私は少し考えてから、答えた。
「えーと、飴と鞭の飴……とか?」
「そうである場合もありますが、いまのところそういう扱いはしていませんね。ここで教育しているヒトイヌはとにかく甘やかして育てています」
「……なんでですか?」
「人間、堕落するのは簡単ということですよ」
事も無げに寺沢さんは告げた。
「ヒトイヌ状態はそれなりに厳しいものではありますが、ここで支給しているヒトイヌスーツは、その負荷を可能な限り減らしています。その状態で、『野良』のヒトイヌたちには好きなだけ寝て、好きなだけ食べて、好きなように振る舞うことが許可されています。人や他のヒトイヌを傷つけたり、施設の外に出て行ったりすることは禁止していますが、ヒトイヌの状態でそれは元々出来ませんから、実質ほぼ制限はないようなものです」
「……なるほど」
要は何も不安に思うことがないということだ。ひたすら気持ちいい時間を過ごさせられる。
何か他に目的があるとか、よほど強い意思を持っている者でなければ、抜け出そうと思わないということだろう。
(でも……それにしたって、従順になる理由もないように思うけれど……)
「あなたは中々聡明なようですね」
私が疑問を抱いたのを、寺沢さんは即座に見抜いていた。
「その答えはこれがあります」
そういって寺沢さんが見せてくれたのは、怪しげな薬のアンブルだった。
「薬……? ま、まさか、麻薬的な……!?」
「当たらずとも遠からずです。これは、理性の働きを少し鈍らせ、本能的な行動を優先させることが出来る特別な薬です」
ここに来てとんでもない裏社会みたいな要素が出て来た。冷汗が頬を垂れる。
「依存性もあります。お酒やタバコと同程度には」
「それは……! …………え? 酒タバコ?」
なんてひどい、と思いかけ、私は目を点にしてしまう。
「なお、人体への悪影響は然程ではありません。タバコの方が害になるくらいです。あくまで一時的に理性を失わせる薬ですからね。服用すると頭がぼんやりして、難しいことを考える気がなくなるらしいですよ。私は服用したことがないので知りませんが……」
「……それは、その……違法、ですよね?」
「最大限健康に配慮した違法薬物です」
「えー……」
それは、なんというか、どうなのだろう。凄く判断に困る。
私は遠い目をしてしまった。
(薬漬けにされる覚悟もしてたんだけど……なんだか、妙に温いというか……気が抜けちゃうなぁ……)
「なんで、そこまでして?」
私がそう尋ねると、寺沢さんは苦笑いを浮かべた。
「さっきのヒトイヌの行動もそうでしたけど……例えば冴島さんが同じことを同じ格好でしろと言われて、躊躇なくできますか?」
「……無理、ですね」
必要に駆られてどうしても、というのならともかく、ただするように言われただけじゃ、そうそう出来そうにない。
「そう。ほとんどの人は恥も外聞もなく犬のように人に甘えるということは出来ないでしょう。それは知性ある人間としてはとても正しいことです。ヒトイヌ公園に自らやってくるお客さんは、ほとんどが躊躇なくヒトイヌに扮していますが、それはそういう素養が元からあったからです。そうでない『野良』の場合、その意識を取っ払ってあげる必要があるんですよね」
寺沢さんの言いたいことがだいぶわかって来た。
つまりヒトイヌとして振る舞ってもらうためには、必要な処理なのだろう。
「……ただ、それでもやっぱり、そこまでする理由にはなっていないような」
どうしてヒトイヌの健康管理にまで気を使っているのだろう。
すると寺沢さんは深く溜息を吐いた。
「この公園を好んで利用するような人たちは、どうも捻くれた者が多くてですね。暴力や権力で無理矢理犬の真似事をさせられているようなヒトイヌには興味がない人が多いのですよ。そんなヒトイヌは見飽きたとか、やろうと思えば自分で用意出来るとかで」
「ええ……」
どうやらこの公園を利用するような連中は、とんでもない客層のようだった。
確かに寺沢さんのいう通り捻くれているというか、実に変態的だ。
「ちなみに、なんであなたにそのような格好をして貰ったのかはわかりますか?」
「…………えーと、もしかして、飼育してる様子も含めて、見世物にしてる……とかですか?」
「素晴らしい。可愛らしいヒトイヌが、ラバースーツというエッチな格好をした飼育員と戯れる様を見たいという要望は結構ありましてね。貴女はそれに丁度良かったんですよ。問答無用でヒトイヌとして扱うには微妙な境遇でしたし。妹さんのことがあったとはいえ、程よく聡明で、程よく従順なところがとても良いですね」
「……………………なるほどぉ」
私は色々と考えるのをやめた。
とりあえず、痛い想いも苦しい思いもそんなにしなくて良さそうなのを喜ぼう。
私がそう自分で自分を納得させていると、膝辺りに軽い衝撃を感じた。
驚いて見下ろしてみると、そこには全身ラバースーツに包まれ、頭も全頭マスクで覆われているヒトイヌがいた。
私の足にその頭を擦りつけて来ている。
「丁度良かった。そのヒトイヌで躾の練習をしてみましょうか。基本的にはヒトイヌは気持ちよくさせてあげます。ですのでここは――これで構ってあげてください」
そういって、寺沢さんは私でさえ見覚えのある道具を取り出し、私に手渡して来た。
それはいわゆる電動マッサージ機――通称・電マと呼ばれる道具だった。
つづく