フォロワーの皆さんこんにちは。支援者の皆さん、いつもおなかいっぱい食べさせてくれてありがとうございます。黄土です。 以前投稿した、『背徳』に登場した妹ちゃんをあらためて描こうとおもいます。おにいちゃんの手で撫でられたりいじられたり指を挿入されたりしてもらいます。前回よりも若干妹ちゃんの病み度が高くなってる感じにしようかなとおもいます。 以前FANBOXで言及していた、「口と口とのキス」を盛り込んだ『初えっち』シリーズは、ゆっくり構想を練っているところです。夏が終わるまでには完成させたいという感じで漠然と考えています(院試があるのでアレですが)。次回は男女ともにうぶな高校生で、かつ同い年の幼なじみという設定でいこうかなとおもっています。 この段階では描いていませんが、今回も前回と同じように後ろから手をのばしてもらい、いじってもらおうとおもいます。『初えっち 2』を見返していたときおもったのですが、やはり男性の手の筋をこだわって描くと、ひときわえっちでいい感じになる気がします。そんなにページ数が多くなるわけではなさそうなので、早めに完成させたいところです。 以下、どうでもいい余談です。 『背徳』『戯れ』のように、私が好きなジャンルのひとつに兄妹ものがあります。その嗜好がそなわったのは、忘れもしない、中学三年生のときです。当時の私はとにかく京極夏彦に耽溺しており、氏の著作をあさるようにそろえては学校に持っていき、講談社文庫の、あの辞典のような厚さの本を机に積み上げていました。今おもえば、中二病発症期間中の嗜好に氏の著作はとても合致していたのだとおもいます。 そんなわけで当時の私が氏の百鬼夜行シリーズを読み進めていたところ、『鉄鼠の檻』にいきあたりました。それに登場する松宮鈴子というキャラクターに、完全にやられてしまいました。いつか、あのように幼いながらも妖しく兄を誘惑するような妹が描ければいいなあとおもいつづけ、今にいたります。 そういうわけで、『背徳』と『戯れ』はシリーズ化する可能性があります。次から次へと新しい作品の構想が浮かんでくるので、やすむ暇がありません。 さらに余談です。 中学高校時代に京極夏彦の著作はほぼ読んでしまったのですが、今はもっぱら司馬遼太郎の著作しか読んでいません(好きな作者に没頭するところがあるかも)。そして、これら司馬遼太郎の作品は、私の作品内での言葉づかいに大きく影響しています。つまり、私の作品内の文章は、ひらがなでもさらりと読めるところはひらがなのままにしています。例として「はじめる」「やさしく」などがあります。 なぜ司馬作品の文章は、難しい熟語をつかっているにもかかわらず、なんとなくやさしい感じがするんだろうとおもっていたところ、氏の文章では、基本的な動詞や副詞などは全部ひらがなであることに気づきました。特に「思う」と「言う」がほぼすべてひらがなであることに驚きました。私もこれを見習って、ひらがなでも違和感なく読み進められると判断したところは、ひらがなに直すという手段をとっています。こうすることによって、すこしでもやさしい雰囲気を演出できればとおもっています。もちろん不徹底なところがありますが…。 なぜ文章のやさしさにこうも驚いたのだろうとちょっと考えてみたら、京極夏彦の文章の性格がこれと正反対であることに気づきました。なにしろ、「仮令(たとえ)」「魂消る(たまげる)」「巫山戯る(ふざける)」「慥かに(たしかに)」といった、やたらむずかしい漢字をこだわってつかう人です。なんにせよ、いい趣味を教えてくれた京極夏彦と、やさしさを教えてくれた司馬遼太郎には感謝です。 …R-18作品を掲げるpixivFANBOX投稿欄で、両氏の名を出すこと自体妙な感じもしますが。ただ、京極夏彦に趣味嗜好をかなりねじまげられたことはたしかです(小声)。