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黄土みきと
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定期更新・新作進捗

フォロワーの皆さんこんにちは。支援者の皆さん、いつもおなかいっぱい食べさせてくれてありがとうございます。黄土です。一日遅れの木曜日の更新です。 すこしずつすすんでおります。先週もいいましたが、前回の『背徳』よりも妹ちゃんが病んでる感じにしたいとおもいます。この髪型、割と好きかもです。 服をどこまでこだわって描くか、という点は毎回悩みます。ある程度突き詰めることで、作品から「温度」を感じ取っていただけるようになるとおもい、がんばってます。 以下、日常のつぶやきです。 研究室の宿題であった論文紹介資料の作成ですが、さきほど完成にこぎつけました。Word資料が長大であったことが問題点でしたが、先輩にいわゆるオッカムの剃刀を大胆につかってもらったことで、かなりの簡素化が達成できました。不要な部分を私自身の手で思い切って削れなかった理由は、ひとえに自分が和訳をとおしてわざわざつくった文章を削除したくなかったからだとおもいます。なので先輩に削ってもらえてありがたい限りです。科学的論文の簡潔な文章表現を身に着けたいところです。…今考えると、今回手掛けた元の論文の文章の書き方は、なんというか…冗長な気がします。研究対象が文章に現れるたびに、いちいちそれに説明的な修飾表現をつけてくるし。それとも論文って毎回ああいう感じなんだろうか。自分たちの功績をアピールするための修辞なのかもしれません。それで迷惑をこうむるのは和訳する私なのですが。 先日、寝ている間に蚊の猛攻にあったのですが、それら6カ所がアレルギー的ないわゆる「悪い腫れ方」をし、特に右手人差し指が真っ赤に腫れあがって若干作業に支障が出ました。虫刺されって、刺されてすぐにピンクに腫れ、すぐに治るもの(即時型)と、刺された翌日一日中は真っ赤に腫れて、だんだんかゆみがひどくなって、最後には水ぶくれになるもの(遅延型)とがありますよね。私はてっきり、それぞれ別の昆虫のしわざだとおもってました(そして後者のような腫れを「毒虫に刺された」と表現していました)。しかし、ちょっと調べてみたらそういうわけでもないらしいです。要するに運なのかもしれません。あるサイトによると、刺され続けた結果遅延型が即時型にもどるらしいので、しばらくは虫の攻撃を甘んじて受け続けるのも手かもしれません(マジか)。今私の身体には10カ所の虫刺されがあり、一カ所を除いてまだ真っ赤でかゆいです。とりあえず明日ムヒを買ってきます。虫刺されが全部「即時型」なら、そんなに嫌じゃないんですが…。 自炊をしているのですが、最近コンロをつかうメニューに挑戦しはじめました。というのも、今まで私は電子レンジのみを調理につかうメニューばかりを用いてきました。しかし、その結果メニューのヘビーローテーションが甚だしくなり、ひどいときには昼と夜のおかずがまったくおなじメニューになったりしていました。そこで、新しいメニューを開拓するためにコンロをつかいはじめ、新たに治部煮と鶏肉のマリネ蒸し焼きを覚えました。特にマリネ蒸し焼きは、市販のオイルドレッシングを0.5カップ (100 cc) 使い、それ以外の調味料はつかわないという面白いものでした。とても美味しかったですし、使うドレッシングによって味が変わると思うと、期待が膨らみます。 完全に理系、しかも化学系の学生なので、化学実験のようにいわゆる「再現性」を料理に求めてしまい、レシピに忠実にしたがうことに躍起になってしまいます。こんな私ですが、いつか自分の感性を用いて、オリジナル料理をつくるところまでいきたいものです。 噂になっているらしいですが、全国的にバターとホットケーキミックスがスーパーから姿を消しているらしいですね。試したいメニューがあったのでこれらを探したのですが、ホットケーキミックスはまったく見つかりませんでしたし、バターは大きなショッピングモールに行ってやっと一つ見つけました。ホットケーキミックスがふたたび現れるまで、お菓子作りの挑戦はおあずけになりそうです。 以下、上記の日常のつぶやきよりもさらにどうでもいい余談です。 作品を鑑賞するという観点からすると本当にどうでもいいことなのですが、FANBOXという環境上、しのびやかにつらつらとつづらせていただきます。読む必要は本当にないです。 彼女のTシャツの胸に書いてある"SURATA"というロゴにまつわる、ちょっとした私の思いについてつづります。 SURATAとは、密教経典において重要な経典のひとつ『理趣経』に登場する「十七清浄句」の第一、「妙適清浄句是菩薩位」の「妙適」を梵語(サンスクリット語)で表記したものです。「妙適」とは、性的な恍惚のことを指します。この文章の意味するところは、「性的な恍惚を感じることは、清浄なる菩薩の境地である。」ということです。 『理趣経』ではこれをはじめとして、男女の交合、性的欲求、快感を「菩薩の境地」、つまりはやがて悟りに至る境地として、積極的に肯定しています。これは、愛別離苦をうたう仏教においてはかなり異色の論旨です。これが「性的快感によって即身成仏に至れる」と曲解されることで、いわゆる真言立川流といった淫蕩な宗派も誕生したのですが、理趣経の論じるところはそれではなく、要するに「人間の人間たる所以の一つである性的欲求、快感は本来不浄なものではなく、清浄な菩薩の境地である。」と、いったん性的欲求の存在を「肯定」し、そのうえでその人がどう行動するかが大事である、と述べているのです。密教の特徴のひとつは、大日如来という形であらわされた「宇宙」から見れば、山川草木、森羅万象、すべてのものの存在がひとしく「肯定」される、という考え方です。そしてそれらには、人間の性的欲求や快感も含まれる、というわけです。 ここで重要なのは、密教においては性欲を持つこと、性的快感を得ることは罪ではない、と考えられていることです。罪ではないどころか、「清浄な菩薩の位である」と全面的に肯定しています。私はここに感銘を受けました。性欲は万人が持っているものであり、否定されるべきものではない。男女が互いに抱擁し、はなれがたい状態になっていることもまた清浄(=自然)なことである。性的快感に浸り、恍惚とした状態になるのもまた清浄(=自然)なことである。私はこの密教の超越的な、俯瞰的な考えに触れ、R-18作品をつくることをはじめました。 要するに、性的欲求、性的快感をいだくことはいたって自然なことなので、その性的快感というものをイラストという面から突き詰めていこう、ということです。 この密教の考え方は、夢枕獏の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』と、司馬遼太郎の『空海の風景』で知りました。空海の常人を超越した考え方が個人的に好きです。 以上です。妙なことばかり考えてます。

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