フォロワーの皆さんこんにちは。支援者の皆さん、いつもお腹いっぱい食べさせてくれてありがとうございます。黄土みきとです。更新のタイミングがどんどん後ろに下がっていますが、投稿の時期を「週末のどこか」にさせていただきたくおもいます。申し訳ないです。…厳密にはもう月曜日になってしまっていますが…。 私は前戯をみっちり描きたいがためにこの漫画を描き始めたようなものなので、ここからがいよいよ本番です。というか、前戯がこの漫画の主眼になるとおもいます。ここからはどうしても11ページ目のように使いまわしを多く用いることになってしまうとおもいますが、私が以前まで投稿していた差分イラスト集のようなものだとおもって大目に見てくれると幸いです。 以下、まるごと余談です。 月曜日、大学の食堂の入り口に、肩の高さまであるモニター付きの謎の機械が設置されていました。その機械の1メートルほど前に立つだけで、自分の体温を測ってくれるそうです。その機械が設置されたのはその一日だけだったので動作テストだったのだとおもいますが、いよいよ近未来感がありました。マスクを外していたら「マスクを着用してください」と機械に叱られました。 木曜日の十五夜の月はとてもきれいで、しかもその夜は雲一つない快晴だったので、テンションが上がって大学のさらに標高の高いところに上りました。京都市内の夜景をバックに、キャンパスの時計塔と円形の広場とがライトアップされていて、そこに煌煌と輝く満月が相まって、まるで外国の風景みたいでした。キャンパスが比較的新しく、下界を見下ろすことができることから、こういう機会においては本当にきれいなところだとおもいました。毎日の登校は本当につらいですが。 私の気質として、「どんな絵でも丁寧に描こうとしてしまう」というものがあるらしく、最近はそれが悩みです。「絵を描くのが好きな人間」に分類されるであろう人間にもかかわらず、それが理由で、いままで学校などでもいわゆる「らくがき」というものが一切できませんでした。絵を描くときは無意識に「完成度を高くしよう」という気持ちが湧いてしまい、絶対こだわる必要のないようなところもこだわってしまうので、時間と労力を浪費してしまいます。ここはあえて自分の中での目標完成度を低くすることによって、消費されるリソースを削減したいとおもいます。イメージ的には、自分のなかでの目標完成度をたとえ30%にしても、上でいったような性質により、勝手に作品に対して完成度がプラス50%されて最終的な完成度が80%になるといった感じです。漫画って絶対もっと汚く描いてもゆるされるんだろうなあとおもいつつ、でも内容が内容だし、デッサンが狂ったりするのも嫌だなあとおもったりして、ジレンマです。 クリエイターとして、女性がうらやましいと最近よくおもいます(以下のことはあくまで個人の見解として聞いてもらえればとおもいます。したがって、以下、「~とおもいます」という表現を適宜省きます)。理由は二つあります。 ひとつめは、男性の身では男女間の機微が理解しづらいであろうということです。男性の性質として、コミュニケーションにおいて、文章を額面通りに理解し、情報共有よりも問題解決を志向する傾向があります。女性がよくする「たわいない雑談」に相槌を打つのが苦手な男性が多いのは、男性にとって会話とはある問題を解決するための手段であり、「その会話を通してどんな問題が解決されるのか」ということばかりに興味を取られるからです。女性の「会話するのが楽しいから会話をする」という楽しみが、個人差はあれ、わかりにくくできています。そんなわけで、男性(私を含め)にとって、女性の気持ちをおもんぱかるのは至難のわざです。しかし、その「言葉の裏の気持ち、文脈、胸中を言葉を経ずに理解する」、その機微を描くことが楽しいからこそ、こんな作品を作っているのも事実です。女性であったならばここらへんの機微がもっと心で理解できて、結果もう少し作品を作るのが簡単になったのかなとおもいます。 そしてこちらが主な理由なのですが、二つ目の理由は、女性は「描くために描く」ということを容易に遂げているということです。上述したように、男性は問題解決を志向し、問題が解決されたときに快感を覚える人間です。よって、(大量の例外があるとはもちろんおもいますが、)創作活動においても「この作品を完成させることによってどういう問題が解決されるか」つまり「この作品が世に生み出されることによってどんな価値が発生するか」ということを、頭の片隅で考えてしまうとおもいます。価値というのは、たとえば「どれだけうまく描けたか」「どれだけ売れるか」「どれだけ他の人に見られるか」といったものです。しかし、そういった創作活動に自分の「私情」をはさむのは、純粋な創作活動ではないのではないかとおもいはじめました。 一方、女性は上述したように情報共有、つまり気持ちと気持ちをぶつけあうこと自体に快感を見出すことができます。また、女性の脳髄は人物間の感情の機微を容易に察知かつ想像することができ、その想像からいわゆる「尊さ」を抽出する能力が、男性の数倍はあるとおもいます。そしてその結果彼女らは辛抱たまらなくなってペンをとり、膨大な量の創作(一次二次三次含め)を生み出すことができます。その創作には、上で言った「この作品が世に生み出されることによってどんな価値が発生するか」といった皮算用は一切はさまれません。「この推しカプが生きる糧だから」といった、情熱が前に押し出された巨大なモチベーションによって、何の疑問もなく創作ができます。 ここがうらやましいところです。私は、「どれだけ売れるか」とか「どれだけ他の人に見られるか」といった点は最近は気にならなくなりましたが、「どれだけうまく描けたか」ということを気にしない境地にはまだ達していません。純粋な創作ならば、そういうことを気にする前にはもうすでに目の前に作品が完成しているんだろうとおもいます。そして、pixivにおいて私の見解におけるその「純粋な創作」をしている女性の多さにはいつも驚嘆します。作品の価値をクリエイター自身が(その作品を作っている最中に)考えるのは煩悩以外の何物でもありません。作品の周囲にただようそういった雑念をすべて取り払い、作品のみにむきあって創作する、という境地にいつか達してみたいものです。…と、サークルの後輩の女の子と話していた時におもいました。 ちなみに、純粋な創作の境地に達することはすなわち自分の技術の成長が止まることを意味するので(自分の作品の価値を考えなくなると他人との比較もしなくなるから)…もう少しスキルアップしてから煩悩を消す修行に入りたいとおもいます。まだまだ道は長いです。