雑記・男性向けR-18コンテンツにおける淫行許可表現に関する考察
Added 2021-08-30 15:36:16 +0000 UTCこんにちは。黄土みきとです。
男性向けR-18作品を制作するにあたって、男性向けR-18におけるとあるジャンルを体系的にまとめてみたいとおもったので、つらつらと記したいとおもいます。あくまでも男性向けR-18作品を自慰行為のための道具として扱い、その道具としての機能を向上させるための考察であることを留意してください。
前々から申し上げているように、男性向けR-18作品は、男性の性欲を刺激し、自慰行為の完了を速やかなものとするという明確な目的を与えられて制作されるものなので、芸術作品とは本質的に性質を異にするものであり、包丁や鉛筆と同じ道具としてカテゴライズされるべきだとおもっています。また、それらが刺激するべき男性の性欲というのは、極めて原始的、動物的なものなので、作品の中で複数の要素が神経細胞のように複雑に絡み合った結果その価値が評価される芸術作品とは違い、その単純さゆえにいくらか理論的な考察が通用する余地があると考えています。今回はそれを試みにやってみようという次第です。
1. 淫行の許可とは
その本質が極めて単純であるとはいえ、男性向けR-18作品には様々なジャンルが存在します。私はその全体の傾向を大きく分けて3つに分類できると考えています。
1つ目は、私たちが住んでいる現実世界、または(二次創作において)原作における世界と比べてその世界観が大きく逸脱せず、彼らの日常生活の延長の中で「こんな展開があったらいいな」と作者がおもった結果制作されたものです。つまり、読者が「そんな展開あるわけない」とおもうのではなく、「こんな展開もありだ」とおもうような作品です。
2つ目は、1つ目と違い、「こんな展開あるわけないけど抜けるから気にしない」というような作品です。今回はこの2つ目の作品について、考察を後述したいとおもいます。
3つ目は、上記2つに該当しない、フェチシズム色があふれる作品です。近親相姦、ロリペド、ふたなり、ボテ腹、異種姦、ケモノ、R-18Gなど、細かいジャンルは枚挙に遑がないとおもいます。
さて、私が考察したいのは2つ目です。言い換えると、「男に都合がいい世界」を描いている作品です。
男性は、常に容易に性欲が頭をもたげることができるように生物学的にプログラムされています。極端なことを言うならば、道端で女性とすれ違っただけでも男性の心の中では「胸を触りたい」というような欲求が生まれています。そして、世の中の男性のほとんどにおいては、そのたぐいの欲求は萌芽の時点で理性に摘み取られています。その欲求は時がたつにつれて理性では抑えきれないほど増幅していきますが、その際男性は自慰を行うため、ふたたび欲求の萌芽を十分に摘み取ることができるようになります。こうしてこの社会は、男女が同じ環境で共存しているにもかかわらず、秩序を保って運営することができています。
さて、ここで重要なのは、男性は性的欲求が日常生活の中で何回も頭をもたげているにもかかわらず、そのたびにその欲求を自分で抑制しているということです。
なぜ男性はわざわざ自分の欲求を抑え込んでいるのでしょうか。これは言うまでもないことで、もし道端で出会った女性に欲求をぶつけたら、強制わいせつ罪で6ヶ月以上10年以下の懲役刑が科されることは皆百も承知だからです。また、わざわざそのような法治国家たる日本の性質を持ち出さなくとも、そんなことをすればその女性は深刻な心の傷を負うという点から、道徳的にも絶対に行われるべきではない、ということは、人の心を持っている男性ならば皆知っているからです。しかし、ここで大事なのは、押さえつける理由がリスクヘッジであれ道徳的規範であれ、自分の中で生まれた欲求が抑制されている、ということです。
何が言いたいかというと、男性という生殖が仕事の生物学的存在を無味乾燥とした視点で観察するならば、男はだれしも女性に淫行を働きたいとおもっており、そしてその欲求を実行に移すための大義名分が欲しいとおもっている、ということです。
日本には「売春防止法」という法律があります。その名の通り売春を防止する法律ですが、これが存在するにもかかわらず、いわゆる風俗店はいまだに軒を連ねています。それらが本格的に取り締まられない理由はさまざま考えられますが、ここで注目したいのは、風俗店で淫行をした男性がいうべき言い訳です。それは、「女の子と一緒に過ごすというサービスが受けられるお店で、自分はその女の子と恋愛関係を持った」という言説です。
Wikipediaによると、売春防止法は「売春の要件に『不特定の相手方』と規定している事から『対償を受け、または受ける約束』をして性交を行った場合であっても、それが『特定の相手である』ならば、売春とはならない(愛人や恋人等)」とみなしているようです。ここにこの法律の穴があります。すなわち、どこからどうみても売春であるのに、「その一夜で彼女との間に恋心が生まれ、その時は確実に恋人同士だった」と言い張れば罪にならないということです。このような言い訳が通るということで、男性には淫行を働く大義名分が生まれ、胸を張って店に訪れることができます。
このように、男性の淫行への欲求は、何かによって許可を受けることで、心置きなく発散されることができます。上にあげた例ではその許可を与える存在は「法律の穴」でしたが、注目したいのは、男性の性欲発散は何かに許可をもらうことによって解放、促進される、ということです。
上で、道端で女性を襲ってはいけないことを、法律と道徳の観点から男性は知っている、という話をしましたが、ではもしも強制わいせつ罪がこの国に存在しなかったらどうでしょうか。もしも女性を襲ってはいけないという価値観が存在しない世界だったらどうでしょうか。また、もしも周りにいる人がその淫行を目撃しても、特になにもおもわなければどうでしょうか。さらに、もしもこの世の女性が皆、そのような行為を嫌がらなければどうでしょうか。おそらく、男性はひっきりなしに内部に生まれてくるその欲求を抑えることはしなくなるでしょう。
このように、男性の性欲は、法律や規則に許可される、あるいは常識に許可される、もしくは衆人に許可される、または相手の女性に許可されると、速やかにその発散が促されます。このことを踏まえた男性向けR-18作品のジャンルが存在します。それが、冒頭で示した分類の二つ目であり、「男に都合がいい世界」、つまり「こんな展開あるわけないけど抜けるから気にしない」という世界を描いた作品群です。
2. 淫行許可表現における4つの例
このような作品群では、常に男性の淫行をなにかしらの存在が許可しているという世界が描かれています。このような表現を私は淫行許可表現と勝手に呼んでいますが、この表現の方法には4つの例があると考えています。すなわち、「1. 認識変換」、「2. 常識変換」、「3. 世界観置換」、「4. 貞操低下」の4つです。以下、これらについて簡単に説明します。
1. 認識変換
何かの要因で、登場人物の認識能力や判断能力が操作された結果、淫行が人々からとがめられないという世界を描いた作品です。その操作を受ける前では常識的な判断能力を持っていた、あるいは淫行に対して少しでも疑問を持つ人物が作品内に登場する、という特徴があります。いわゆる「催眠」というジャンルもこれに該当します。
例)天凪作『痴漢の存在しない素晴らしいセカイ』、水龍敬作『MC学園』
2. 常識変換
ある局所的な場所、あるいは広範囲の地域において、淫行を行うことが共通認識または規則によって認められている世界を描いた作品です。1と違い、登場女性の認識が外部からの影響により無理やり歪曲されたわけではなく、その状況を自発的に受け入れたという扱いがされていることが特徴です。
例)ねこめたる作『スポハメ』、水龍敬作『おいでよ!水龍敬ランド』、胃之上奇嘉郎作『奉仕委員のおしごと』
3. 世界観置換
舞台が地球ではなく異世界である、または女性側が人間ではない別の存在であり、人間との淫行に対する貞操観念が異なるため、淫行を積極的に行ってもとがめられないような世界を描いた作品です。
例)水龍敬作『性欲に正直すぎるショタ勇者』、由木彌作『PASSIVE SKILL』、立花オミナ作『異世界ハーレム物語』
4. 貞操低下
登場女性の貞操観念が一般的なものと比べて著しく低いため、性交による快感、またはその他の利益と貞操とを天秤にかけた結果、女性が容易に貞操を捨てることを選択するようなシチュエーションを描いた作品です。
例)水龍敬作『貞操観念ゼロの女友達』、diletta作『行列の出来るチ〇ポ』
さすがその道の大家である水龍敬先生といった感じですが、おそらくこの4つが淫行許可表現として挙げられるとおもいます。さて、ひとつひとつ見ていきたいとおもいます。4つとも、「女性が淫行を受けることを許可している」という点は共通しています。注目すべきは、男性が自慰をしている最中に頭によぎる、「自分は悪いことをしている」という負の感情の多寡です。
1の認識変換ですが、この表現の魅力として、女性を有無を言わさず操ることのできる征服感、本来ならばしてはいけないところでしてはいけないことを堂々とできる、あるいは女性の知らない間に女性に自分の痕跡をいくらでも残すことができるという背徳感などが挙げられるとおもいます。一方で、この表現の短所としては、正気を保っていたならば女性は深く傷つくであろうということが後ろめたさとして感じられること、あまりにも男性において恣意的であるため、後腐れの発生が予想されることが挙げられます。
2の常識変換ですが、1と比べると後ろめたさや後腐れが存在しないという点で大きく改善されているように感じます。すくなくともその世界では、女性はそういうものだと淫行を受け入れているからです。しかし、作品の一部では女性が淫行を嫌がっている素振りが描写されているため、それがかわいそうであるという意見は十分あり得るものだとおもいます。このように、1の認識変換と比較すると、後ろめたさ及び後腐れがなくなった一方で「罪悪感」は完全には拭い去れていないことがわかります。
では、3の世界観置換ではどうでしょうか。ここでは、常識や道徳などの判断能力の支持基盤自体が置換されているので、読者においては「こちらの世界・人間とは違うのだろう」という認識によって、後ろめたさ、後腐れ及び罪悪感が限りなく少なくなっていると考えられます。短所としては、現実世界と設定が異なるため、リアリティが少なく、それに伴って臨場感が減少することが挙げられます。
3の世界観置換における、貞操観念の変更を世界レベルから個人レベルまで落とし込んだのが、4の貞操低下です。ここでは、上に挙げたような負の感情が限りなく少ないと同時に、世界観がこの現実世界と限りなく近い状態を保っています。残る問題は「こんな女の子いるわけない」という馬鹿馬鹿しさですが、自慰中の男性にとっては些末な問題でしょう。私としては、この表現方法が表現上の短所が最も少ないものであると考えております。
これら4つの淫行許可表現には以上のような特徴があると考えられます。それぞれ長所と短所がありますが、短所と考えられる点も人によっては抜けるポイントだったりするので、これ以上は個人の好みの問題だとおもいます。
3. まとめ
長々と書いてきましたが、このように、男性向けR-18というコンテンツはあまりにも単純で低次元なものなので、本来ならば様々に相互作用を生じながら読者に複雑な精神作用を及ぼすであろう表現の数々を、それぞれナイフや栓抜きのような機能を持ったユニットであるとみなすことができ、読者への精神作用(この場合は性欲の亢進)を物理的な相互作用の結果として帰着することができるとおもいます。
今回、私は4つ目に挙げた例である「貞操低下」を採用して制作しようとおもいます。できるだけ無駄な部分をそぎ落とし、鋭利な刃物のように機能的に読者の自慰を促すような作品、いや道具を制作したいとおもいます。
そんなところです。以前も言いましたが、このような文章を書き起こすのは一種の発作のようなものなので気にしないでください。本当にどうでもいいことだとおもいます。
Comments
黄土さんに今まで無かったような路線で描くということで、応援します
高見沢後彦
2021-08-30 22:10:18 +0000 UTC