「前回の『異世界快楽天』の原稿ありがとうございました、土透辺先生! お陰でわたくし、浅利純奈緒! 初編集長を任された企画で見事成功を収めました!」
「浅利くん」
「まあ正直ゴブリン相手に前衛にされたこととか、私を置いて退社されたこととかに思うところが無いでもないですが、編集にとっては『面白いことを書いてもらう』ことこそ全てでして」
「──浅利くん」
「それで臨時ボーナスが! 編集者の九割をサイボーグ化してでも昨今の働き方改革に中指おったてるワニマガジンですらも! 臨時ボーナスが出たので、小旅行のお土産をですね……」
「浅利くぅん!」
「はいっ!」
マシンガントークで担当作家・土透辺浪漫相手に乗り切ろうとするも、編集・浅利純奈緒の目論見は一瞬で看破され制止されてしまった。
ゴシックロリータファッションの下手すれば少女にすら見える純奈緒が、バイザーで目元を隠しサスペンダーが“ドスケベ”に見えるという、控えめに言って“怪人”な浪漫の前で正座している姿は、一歩間違うと事案の香りがぷんと漂う。
「君の名前は浅利純奈緒、ぼくの担当編集だったと記憶している。君が近所に住む、ぼくの親戚のおばさんだというならば、小旅行の感想を聞き、土産を受け取り、そして笑顔で送り出すことだってしよう」
「はい……」
「だがしかし、ぼくに『面白いことを書かせるのが仕事』とまで言っておきながら! 頑なに次回の快楽天ビーストの特集テーマを伝えないのは、怠慢という奴じゃあないのか!?」
「な、何故、次回テーマが発表されたことを!?」
最低でも、今回はそれを隠して乗り切ろうと考えていた純奈緒に向けて、浪漫はひらりと手紙を一枚提示してみせる。
その手紙の送り主のところには『アクラクルス』という名が書かれていた。
「これはぼくへと送られたファンレター。それが誹謗中傷であろうと、ぼくは何よりも“リアリティ”を好む。だから君たち編集部には、検閲せずにファンレターを寄越すようにと言っていたね」
「し、しまったぁっ! それがあったんだった……」
ファンレターというのは、時に作家にとって“凶器”となる。
誹謗中傷は当然ながら、的外れな好意や行き過ぎた偏愛からだって、編集は作家を守る義務がある。
しかして、スーパーエロ漫画である土透辺浪漫はその気遣いを“検閲”と切り捨て、降り注ぐ悪意に正面から立ち向かうことを選んでいた。
浪漫との付き合いがあまり長くない純奈緒は、慣習法に従うままにファンレターの内容を確認もせず(流石にカミソリレターとかその手のものが無いかはチェックしたが)渡してしまっていたのである。
「この『アクラクルス』と言えば、ぼくも“悪堕ち特集”の際には大いにお世話になった、あの『ジャスティス☆ネーチャン』の作者だ。ワニマガジンとは別社からだが、最近になって完結編も敢行された」
「普通のスーパーヒロインものなのに、なんでか先生が『悪堕ちの取材になるはずだ』って何処かの団地に出かけたんですよね。大人しい感じの人妻さんだったのに、土透辺先生の漫画読んでるんだ……」
「ぼくの作品を、丁寧に評価してくれている。作家が作家の作品を見る時の“批評”がない。なかなかに読ませる文章だぜ? そこでこんな一文があった……『次回の“レズ・百合特集”も期待しております』、と!」
ああ、遂にバレてしまった……絶対に今回だけは隠し通し、取材は出来ないけど原稿は間に合うくらいまで粘ろうと思っていたのに。
純奈緒は前髪で目元を隠した人妻を思い出して恨みながら、それでもまだ抵抗を行っていた。
「だってぇ! 異世界でゴブリン相手に前衛させられたり! 濡れ女さんにMIYABIなSplashされたり! これまでの取材ですら酷い目にあったんですよ! そこで“百合・レズ特集”! 先生は男! 私は女! 結果は火を見るより明らかです!」
「その火だって自分の目で見て確認しないと、頭の中のイメージと違うこともあるだろうがね。大体、浅利くん。ぼくは別に今回のテーマに乗っかるとは、一言も口にしていないじゃあないか?」
「そ、そうですよね! 先生は百合とかレズとか、興味ゼロですもんね? これまでヘテロセックスもの一筋な土透辺浪漫先生ですもの!」
一縷の希望を見出し、それに縋る純奈緒。
浪漫はいつもの含みのある笑みを向けて、はっきりと純奈緒へ告げた。
「こいつは非常に“そそる”テーマだ!」
「うわぁぁぁっ!? そ、それじゃあ、取材するんですか……?」
「YES、YES、YES」
「私も同行ですかぁ?」
「YES、YES、YES」
「もしかして矢面に立たされますかァ~ッ!?」
「YES、YES、YES! Oh,My,GOD!」
純奈緒が「ぎにゃぁぁぁぁ」とこの世のものでは無いような呻きを上げる横で、浪漫は嬉々として旅の準備を始めていた。
※
──奈良県は三輪駅を降り、殆どの人間が“世界最古の神社”へと向かう流れに逆らないながら、浪漫は未だに「レズレイプはいやぁ……」と小声でつぶやいている純奈緒を伴い、目的地へと足を進めていた。
有名神社所縁の駅にしては錆びた舎屋を背にして、お好み焼き屋や焼き鳥飲み屋は分かるにしても、何故か河豚屋などがある奇妙な商店街を歩みながら、しばらく。
たどり着いたのは、発掘作業がまだ続けられていると思わしい史跡である。
「こ、ここ、何なんですか? 纒向遺跡?」
「浅利くん、君は“邪馬台国”を知っているかい?」
「いや、それはもちろん知ってますけれど……」
それは、日本においては最も有名で、最も謎めいた古代王朝だ。
鬼道を操る巫女にして女王、卑弥呼によって収められた神秘の国、その程度のイメージは純奈緒の中にもある。
「では、邪馬台国は“どこにあった国か”言えるかい?」
「えっと、九州っていう説と、畿内って説があるんですよね……あれ、畿内って確か」
「そう、奈良県のことだ!」
かつては発掘技術の未発達もあり、九州説が濃厚だった邪馬台国だが、技術の進歩も手伝って奈良でも所縁と思わしい遺跡は見つかる様になり、現在は二つの説が拮抗するようになってきている。
中には移動王朝説や二人の王を掲げており二つあったという説、それらまで語られているほどだ。
「それで、邪馬台国が取材とどう関係するんですか?」
「おいおい、君は卑弥呼も知らないのか? 邪馬台国の最も有名な女王であり、生涯において未婚を貫き、それでいて傍には女性だけを置き、後継者にも女性を選んだとされる」
「え、まさか……」
「そう! 卑弥呼こそ“日本最古のレズだった”んだ!」
……八尾比丘尼は露出狂だった並に、とんでも理論が飛び出した。
「えー……でも、その百合とかレズって、もっと歴史が新しいっていうか、いやサッフォーとかレスボス島とか知ってますけれど……日本ではせいぜい大正の“エス”文化くらいまでしか遡れないんじゃ?」
「それは不勉強な話だぞ。いわゆる“化外の民”と呼ばれた人々が、特定の共同体において異性装なども込みで受け入れられる話などゴロゴロしてる。この国は相当古くから……あるいはソドムの街が塩漬けになる前から“その文化”があった可能性すらあるんだ」
「はあ……」
相変わらず“なんでそんなこと知ってんの?”ということに詳しい、浪漫の高説に気のない返事を純奈緒は返す。
「でも、仮に卑弥呼がレズビアンだったとしても、こんな跡地に来て何の意味があるんですか」
「卑弥呼は鬼道と呼ばれる怪しげな術を治めていた。道術であるとも、古代神道の奇跡であるとも言われている。それを用いれば、現代まで卑弥呼が生き延びていてもおかしくはない。そう、八尾比丘尼のようにね」
「は? 八尾比丘尼?」
かつて湧雪山珍烈寺によって行った取材の際、純奈緒は露出体験でそれどころではなかったが、浪漫は住職と共にいた尼僧の正体を看破していた。
この世には神秘が存在する。それはエロスという、原初の衝動と結びついて“今も”生きているのだ。
「それで、あー……どうやって卑弥呼をここにおびき出すって言うんですか? まさか私に卑弥呼の気持ちになれとか、イタコみたいなこと望みませんよね?」
もう好きにやらすしかないと、諦めの境地に達した純奈緒の言葉に、浪漫は不敵に笑うとペンを取り出す。
「君の“定時出社”が、ぼくたちの世界にも影響を与えたように! 異世界で身に着けたレアスキルはこの身に残っている! 【快楽天の扉(エデンズ・ゲート)】ォォッ!」
「なっ、こ、これはぁぁぁっ!?」
浪漫の走る筆が純奈緒のゴシックドレスに振るわれ、忽ちの内にその表面が純白の古代礼装へと変えられていく。それもおへそと太ももを露出した、猥雑なデザインのそれにだ。
「なにしてくれてるんですかぁぁぁっ!? 私のお気に入りにぃぃぃぃっ!?」
「卑弥呼が古代から生きているならば、もっとも自由に振る舞えたのは権力を持っていた邪馬台国時代! 即ちそれはもっとも自由に恋を出来たのがその頃だという意味だ! 卑弥呼の性癖は古代に作られた!」
「そ、それで、現代では滅多に見られない、邪馬台国スタイルの痴女をこさえて誘惑しようと!? 馬鹿の発想ですよ、それはぁぁぁぁぁ~っ!?」
「あのー……何をなさってるんですか」
浪漫と純奈緒の動きが止まる。
二人がゆっくりと声の方を向くと、そこには白衣に緋袴という、美しい黒髪の巫女さんが立っていた。恐らくは、すぐ近くの“日本最古の神社”の所属だろう。
「纏向遺跡で騒いでいる、観光客らしき人がいると聞きまして。警察に連絡する前にお話を聞かせてもらおうかと」
「あ、いや、これはですね……」
編集者は作家を守らなければならない、例え作家が100悪い場面であろうとも。
涙目になった純奈緒は、古代痴女スタイルで巫女さんに事情を説明し始めた。
※
「あっはっはっは! 卑弥呼を痴女スタイルでおびき出そうとか、面白い発想ですね!」
「笑ってください……笑われるのが、救いになりますから……」
比留芽……ヒルメと名乗った巫女さんの家でのことである。
純奈緒の『おくすりキメたね?』と言いたくなるような説明を、彼女は笑って受け止めてくれて、宿も決めていなかった二人を自分の家へと招いてくれた。
どうと言って特徴のない日本家屋だったが、強制痴女コスプレさせられている純奈緒にとっては、人目が無いだけで楽園である。
「土透辺先生でしたか。私は男性向けのポンチ絵はあまり見ませんが、豊かな発想をお持ちですね」
「ポンチ絵て」
「お褒めに預かり光栄だ。今回のテーマとは違うが、巫女さんの生活というのも気になるところだ。ぜひ取材させて欲しい」
「ちょっと、先生! お世話になってる方ですよ!」
命の恩人にも『90年代のアニメから来たのかい?』とか言っちゃうのが土透辺浪漫クォリティであり、純奈緒はヒヤヒヤする。
ともあれ、鶏肉と野菜を牛乳と出汁汁で煮込んだ飛鳥鍋をごちそうになり、締めのそうめんまで頂いて、卑弥呼捜索はまた明日ということになり、純奈緒は布団を借りることになった。
「はあ……これ、クリーニングに出したら元に戻るかな……?」
連載開始時から着ているゴシックドレスの成れの果てを悲し気に見つめ、布団の上で呟く純奈緒。浪漫は何故か純奈緒の部屋の中をあちこち触ったり、へりの部分を気にしたりしていたが、先に別の部屋で就寝済である。
「私も、もう寝ようっと……編集って大変なお仕事だなぁ。こんな業務内容だって、田舎から出てきた時は思わなかったよ……」
そも同僚がサイボーグ化していることからして想定の外ではあったが。ちなみに、純奈緒は純度100の人間である。
「こんばんは、浅利さん」
「あ、ヒルメさん。どうも、今日はありがとうございます」
ただ美人なばかりでなく、不思議な魅力を持つヒルメは、遠慮する純奈緒(と遠慮しない浪漫)をぐいぐいと引っ張って、自分の家へと泊めてくれた。
白衣と緋袴が、出会った時と変わらず眩しい。
「その、すいません、とんでもない格好で。巫女さんの前で破廉恥ですよね、これ」
「そんなこと無いです。誉め言葉になるかは分かりませんが、とてもお似合いですよ」
「(マジで誉め言葉になってないんだよなぁ……)」
流石に言葉にする訳にはいかず、苦笑いする純奈緒だったが、そういえばそもそもどうして部屋へとヒルメがやって来たのか、彼女が自分の隣に座るまで疑問が浮かばなかった。
「ヒルメさん……?」
「純奈緒さんたちは、レズの取材で奈良を訪ねてこられたんですよね」
「なんかそう言うとすごく語弊がありますね!? 奈良県在住の方、ごめんなさい!」
「このままお帰しするのは、このうまし奈良の地に住まう者として、申し訳が立ちません……」
「あ、あの……顔、近くないですか? あっ、ちょっ……んんっ♥」
頬を左右から手で挟まれた時、もうキスされるのは分かっていた。
けれど、抵抗できないほどの美しさがヒルメにはあり、ぷるんと瑞々しい唇にだけ目を奪われてすらいた。
連日の編集作業、定時を知らない業務の日々で荒れた唇が、これに重なっているなんて申し訳ない。そう思ってしまうのだけれど、とくっ、とくっと口内に流れ込んでくる唾液の甘さに、思考はどんどん胡乱になっていく。
「(あ、まつげ、ながっ……こんなこと思うのも、百合漫画だとよくあるイメージ……)」
決して驚かせない様にという、気遣いの満ちた手つきで布団へと横たえられて、緋袴がしゅるると解かれ、白衣が左右に分かれる。
下着は、どちらも付けられていなかった。ごきゅっ……と喉が鳴ったことに驚き、されている行為の方には忌避感がまるでない。
「ああ、可愛い……純奈緒さん、なんて美しいんでしょう……♥その黒髪、ヒオウギの実よりも色が濃い……♥」
「(ヒオウギ……確か“ぬばたま”の……ことだっけ……)」
「すん、すん……一日お仕事を終えて、籠った汗の匂い、好きです……♥」
「ああ……か、嗅がないでぇ……♥」
腋に顔を埋められてしまい、お腹を撫で回されながら、一張羅が脱がされていく。見た目と実際のデザインが異なる様にされてしまっているのに、ヒルメはそれを脱がすのに少しも躊躇しなかった。
慣れているのだろうかと思い、胸がきゅっと痛くなる。どうしてそうなるのか、分からないけれど。
「舐めていいですか……舐めますね♥ ぺろっ、ぺしゃっ……♥」
「あっ♥ あぁっ……んっ♥ は、うぅ……んふっ♥ は、ふぅぅっ……♥」
「香しくて、美味しい……♥ まるで女陰のような腋です……♥ ここ、私のにします♥ いいですよね♥」
「ああっ……広げないでぇ……♥」
指で以て“くぱぁっ”と広げられ、本来は見せる場所でないにしても、そこまで恥部でもないはずの腋を、秘所のように扱われてしまう。羞恥で顔を真っ赤にしている純奈緒の胸に、腋を弄んでいるのとは別の手が伸びてきた。
「あぅ……そ、そこはぁ……♥」
「こうやって、指で乳輪を思いきり開くと……ぷるんっ♥ と乳首が元気よく炉びだして、ぷっくらと張るんですよ……♥ 可愛い乳首……舐めてもいいですよね♥」
「あっ……ヒルメさん……聞くだけ聞いて、私の返答なんて聞かない癖にぃ……♥」
「拗ねないでください、私のオンナになったんですから……♥ 気持ちよく、して差し上げますわ……♥」
いつの間にかヒルメのオンナということにされているが、腋や乳を弄られているのだから自然だし、そんなに嫌だと思わなかった。
こりゅっ♥ と唇だけで乳首を甘噛みされ、ぷしゅっ♥ と噴き出した愛液で下着が染みていく。
自分からする雌の匂いと、生物としての種が違うようなヒルメの甘い匂いの差に、頭がくらくらして恥ずかしくなってくる。
くちっ……♥ と、ヒルメの秘所が純奈緒のそこへと口づけてきた。上の口に続いて、下でもディープキスするなんて。
「あっ♥ ああぁぁっ♥ ヒルメさんっ♥ ヒルメさんっ♥」
「純奈緒さん、可愛いです……♥ ほら、貝合わせ気持ちいいでしょう♥ 雅な遊びの名のついた、いやらしい交合が気持ちいいのでしょう♥ 純奈緒さん、快楽に流されてしまいましょうよ♥ ほら、言って♥ 可愛い言葉が聞きたいです♥」
「あはぁぁぁっ……♥ そ、そんなの、なんて言えばぁぁ……お゛っ♥ しゅきっ♥ これしゅきっ♥ ヒルメさんとのレズパコしゅきぃぃっ♥」
「レズ交尾だけですか♥ セックスだけ好きなんですかぁ♥」
「ひ、ヒルメさんしゅき♥ 綺麗な顔でぐいぐい迫られると感じるのぉぉ……お、お嫁さんになりゅっ♥ なって♥ 私とレズ結婚してぇぇぇっ♥」
とんでもないことを口にしているのは分かるのだが、今の純奈緒は半分以上、自分の意識とヒルメの欲求が混ざってしまっている。
だからこれが、ヒルメのオンナにされた純奈緒の本音なのか、それとも彼女が言わせているのかの区別が怪しく、またそれをわざわざ明確にする意味を純奈緒は感じなかった。
「いいですよ♥ あなたは私のお嫁さんです、純奈緒さん……♥ 奈良に来るたび、抱いてあげます……♥ もう、殿方相手で二度と発情できないですよ……♥」
「あうぅ……私、エロ漫画の編集なのにぃ……♥ もう、百合姫か零号でしか働けなくなっちゃうぅぅ……♥」
弱々しく呻く純奈緒の身体が、ぱちゅっ♥ ぱちゅっ♥ と貝合わせピストンで淫らな音を響かせる。
結局、ヒルメとの性交は明け方まで続き、美しい巫女の胸に顔を埋めるようにして、甘い匂いの中で純奈緒は眠った。
※
「──おい、編集者、浅利くん。作家より後で起きるのは“二度目”だぜ、君? たるんでるんじゃあないか?」
「ふぐっ……う゛……あ、あれ、ここは……?」
純奈緒が目覚めるとそこは、纏向遺跡の発掘場だった。
ヒルメと出会った場所から、一歩も動かないままで、純奈緒は地面に大の字で寝ていたことになる。
もっとも、遺跡についたのは昼過ぎのはずだったのに、今は朝日が煌々と昇っているが。
「え? え、あれ? ここは……ヒルメさんの家は?」
「“化かされた”か、それとも、ぼくらの生きる場所と“時間の流れが違う”のか……どちらにしても、貴重な“取材”が出来たようだ。そもそもおかしいとは思ったんだ……“自宅で常に巫女服の巫女なんて、いる訳が無い”」
超常の体験をしたのだという事実に、純奈緒はポカンと呆気に取られている。
それは自身の常識を揺るがされたこと以上に、昨夜の体験が夢であったのではないかという、寄る辺ない気もちが強かった。
「心配することは無いさ。君がヒルメさんと交情したのは事実だよ。ちゃんと“撮って”ある」
「は……あっ!」
浪漫の手にするスマートホンからは、純奈緒とヒルメの艶っぽい喘ぎ声が響き割っており、純奈緒は浪漫が部屋のへりや桟を触っていたことを思い出した。
「あの時にスマホ仕掛けたんですかぁぁぁぁっ!? こ、この、消してください! 消してっ! 流石にシャレになりませんよ!?」
「おいおいおい、ぼくは違法アップローダーじゃなくてエロ漫画家だ。この動画をそのまま誰かに見せる訳じゃなく、ちゃんとぼくの中に落とし込んで描くとも」
「そういう問題じゃないっ!」
「それに、だ。本当に、消していいのか? ……ぼくは、人の心という奴に配慮するのは得手としていない。読者という“群れ”相手なら別だが。それでも、君のヒルメさんへの言葉に、熱が籠っていたとは思うぞ」
「うっ……」
この動画を消せば、完全にヒルメとの縁が切れてしまうかも知れない……そう考えると、純奈緒の中ではとてつもなく強い葛藤が沸き上がり、やがて彼女は「消さないでください」と血を吐くような声で呟いた。
「君のスマホにも送っておくよ。今回の原稿が終われば消すと約束もしよう。さあ、極上の取材ができた! これを原稿にブチまけたくてたまらないよ!」
「うぅぅ……当事者になると、これほど嬉しくない言葉はありません……。で、でも、先生。確かに不思議な体験でしたけれど、卑弥呼はもういいんですか?」
純奈緒がそう言うと、浪漫は少しだけ真面目な顔をした。
「……邪馬台国の卑弥呼と、天照大神を同一視する説は知っているか?」
「はあ……日本神話には、モデルにした歴史上の偉人がいるんじゃないかって話ですよね。なんだかトンデモに聞こえますが」
「天照大神の別名だよ、ヒルメというのはね」
歩き出す浪漫の背中を、しばらく呆然と見ていた純奈緒は、慌てて彼の後を追いかけていく。
【快楽天の扉】の効果が完全に消え去って、ゴシックドレスのデザインを取り戻している自分の服に、果たして彼女は何時気付くだろうか。
立ち去っていく編集者と漫画家の背後で、しゃらんっ……と鈴の音が何処かから聞こえた。
今回の攻め役
ヒルメ
・一切不明。彼女は奈良の地で、ずっと純奈緒を待つだろう。
屋根が高い
2023-02-01 11:21:49 +0000 UTCヨネザワ伍長
2023-02-01 11:08:42 +0000 UTC