──宇津見エリセは、よりにもよって水着姿で寛いでいる時に、聞きたくもない怪談話を耳に入れることになった。
この辺りの浜辺では、夕刻以降に水着などの薄着姿でいると、海に住まう妖怪に攫われて二度と帰ってこれないのだという。
ありがちと言えばありがちだが、そもそもエリセ自身が人ならざる存在であるサーヴァントであり、邪霊を攻撃に使うことから怨念の集合体になり易い体質などもあって、この噂話を信じるには十分な根拠があった。
「まあ、薄着っていったところで、ねぇ?」
白黒のキャップを頭に被り、黒の水着の上から白を基調としたシャツを羽織っているという、水着と言うよりも「今から水着に着替えますよ」というスタイルに近しいこともあって、エリセの警戒心はかなり薄い。
カルデアの面々もほとんど警戒している様子は無く、中には返り討ちにしてやると気合を入れている者までおり、バカンスの時間が進むにつれて、エリセもそのことを忘れてしまっていた。
……だから、正直なところ噂話を思い出したのは、うっかりと日陰で微睡んでいたせいで周りに置いて行かれ、夕焼けの日を眺めながら慌てて拠点へ還ろうとしていた時だった。
「……いや、大丈夫よね、きっと? この格好は、多分セーフよね……みんなも、置いて行かなくたっていいじゃない」
不安をごまかすようにブツブツと呟きながら砂浜を歩いていると……なんとなく、波からは離れるようにしているが……、ふと視線の先に人影を見つけた。
そういえば、妖怪退治をしようと言っていたサーヴァントたちも居たのだった。きっと残ったカルデアのメンバーだろうと思い、エリセは走ってそちらに駆け寄る。
その途中で……エリセは思わず、歩みを止めてまじまじと相手を見つめることになった。
サーヴァントという存在自体に一定のリスペクトを抱いているエリセだが、そこに立っている存在の見目麗しさは初めて見るものであった。中性的で、顔のパーツの配列が非常に整っており、左右対称と言われても信じてしまいそうなほどに作り物めいた美貌の持ち主である。
初めて見る……つまり、カルデアのサーヴァントではない。
美貌に引かれるように二、三歩進んでしまったが、エリセはようやく警戒心が湧き上がって、恐らくは女性であろう相手の数歩手前で立ち止まる。
「──夕焼けを見ていると、何だか不安になってくる。朝焼けと違って、あの色合いの終わりが約束されていない気がして。永遠に空は焼かれ続けるんじゃないかと、不安になるんだよ」
中性的な声で囁きかけられ、エリセはますます警戒を強める。
そんなエリセの様子を気にすることなく、中性的な少女は……恥ずかしげもなくありがちな表現が許されるのなら、王子様といった風体の彼女は、エリセに向かって笑いかけてきた。
エリセの嗜好はノーマルであり、マスターである藤丸立香や縁の深いサーヴァントであるボイジャーといった、男性へと向かっている……はずだ。
にも関わらず、その少女に微笑みかけられた時、胸がとくんと高鳴って……そして、恐らくはそれを既に見透かされていたのだと思う。
「ボクはクトゥーラ……そんな夕焼けの日は──共に焼ける空を見上げる伴侶が欲しくなってしまうんだ」
エリセはようやく、自分がとっくに罠にかけられていたことに気付く。
警戒などするくらいならば、最初から臨戦態勢を取っておけばよかったのに、なんだかんだと理由を付けて彼女……クトゥーラから離れようとしなかった。
エリセの体が、細く柔らかく……そして、濃い海潮の匂いがするクトゥーラの腕に抱かれて、そのまま海の中へと引きずり込まれた後、再び浜辺は静寂を取り戻していた……。
※
「んんんっ!?」
大量の海水は、エリセの攻撃手段を根こそぎ奪い取る。
何故かクトゥーラに抱かれている間は呼吸ができるようだが、それ以外の抵抗の一切は水圧によって封じられ、エリセは海の底へと引きずり込まれていく。
「誰でもよかった訳ではないけれど、これほど美しい人とは思わなかった……可愛いね♥」
「んんっ♥ な、なにを……あっ、あぁっ♥」
水の中でも聞こえてくる声に、微細な魅了の力が宿っていると思った時には、もう遅かった。
「名前を教えて、美しい人……君の名前を呼びたいよ♥ ねえ、いいだろう……くちっ……♥」
「ひゃふぅぅっ……♥ え、エリセぇ……♥」
「エリセ……エリセ♥ 好きだよ、エリセ♥ こんなにも気軽に聞こえてしまって、君には疑われるだろうか……♥」
好き、愛してる、可愛い、綺麗……それらの言葉が聞こえる度に、オリセの中の精神的な防壁が無理やり剥がれていく。
気づけばそこは、海の深奥に鎮座する奥つ城に辿り着いており、エリセの体をしっかりと抱きながら、クトゥーラは湖底を歩いていく。
「あっ……あなた、まさか……♥」
抱かれている体に熱が触れて、水の中でもまるで冷める様子のないそれに気づく。この美しい麗人は、男性と女性の両方を備えているのだと。
逃げ出そうと体を藻掻かせるが、僅かでもクトゥーラから離れると、そのまま海水の影響を受ける。下手に離れれば、水圧で押しつぶされる可能性だってある……サーヴァントなので即死はしないかも知れないが、結局にところ脱出が失敗するのは間違いない。
「(そうよ、これは安全に逃れる為の……その為の、小細工なんだから……私は演技しているだけよ……魅せられてなんて、いない……♥)」
まるで言いわけするように、クトゥーラの体に自分から抱き着き、子宮の上に熱を感じる。
妊娠の心配がないサーヴァントになった途端に、性行為の可能性が浮上するなんて、一体どうなっているのだろう……そんな心配をしている間に、海底の光景は墓場めいた城から色合いを変え、教会のような宗教色を感じる建物へと変化していた。
ステンドグラスに描かれているのは神の子の姿ではなく、蛸と蝙蝠と竜を掛け合わせたような何かが、海を割って地上へと昇ってくる姿だ。
「ボクのお父様だよ」
そう囁くクトゥーラは、愛を誓いあう場所でエリセの体を横に倒し、股間に熱を擦り付けてくる。
こんなもの、拒否しなくてはいけないのに……エリセの喉からは「あっ、あっ……♥」と喘ぎめいた甘い声が漏れた。
「挿れても、いいよね、エリセ♥ 大丈夫、愛してるから♥」
「や、やめなさい……こ、こんなこと、許さなっ……ひぅっ♥」
「濡れてるね……これは、海水じゃない。ボクを受け入れてくれている証拠だ♥」
「ち、違うぅぅ……ほ、本当にやめてぇ……♥」
「それじゃあ、心の底から拒否をされたら、キミを地上に還してあげる♥ でも、エリセ……君に囁いた愛は、本当だよ♥」
エリセはぎゅっと唇を深く結び、はっきりとクトゥーラへ宣告する。
「や、優しく、して……あぁぁっ♥」
もう、拒否できなくなっていた。ここまでくる間にしか、抵抗の機会はなかったのに。
後ろから突かれながら胸を触られ、喉からはどこまでも甘く、蕩けた声音が漏れていく。
耳元で「すき、すき、すき♥」と囁かれる度に、股間からぷくぷくが泡が立って、ずっとイキっぱなしのが分かる。
──この辺りの浜辺では、夕刻以降に水着などの薄着姿でいると、海に住まう妖怪に攫われて二度と帰ってこれない。
言い伝えが、脳裏を過ぎった。
「(うそつき……妖怪なんて、いないじゃない♥)」
後ろ手に深いキスをされながら、この海底が自分の終の住処になるのだと、エリセは快楽に溺れながら思った。